犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

世界最大の漢字辞典?

2008-01-14 00:31:53 | 辞書の話

 韓国で「世界最大の漢字辞典」が発刊されるそうです。(→リンク


 檀国大学東洋学研究所が30年がかりで編纂し,

「全15巻」「約6万字の漢字」「約50万の漢字語」

を収録しているそうで,これは

諸橋轍次「大漢和辞典
全13巻,漢字4万9千,漢字語40万,1960年,

台湾学術院「中文大辞典
全10巻,漢字5万,語彙40万,1962年,

中国「漢語大詞典
全13巻,漢字5万6千,漢字語37万,1994年

を上回るんだそうです。

 何が「世界一」かというと…

 まず巻数が「15巻」で最多。でも,これは編集しだいでどうにでもなるでしょう。
 次に漢字数。「約6万字」は確かに多い。
 そして漢字語の「約50万」も最多。

 でも,この手の記事はしばしば歪曲されることがあるので,ちょっと調べてみました。1月10日のほうの記事に沿って見てみると…。


朝鮮日報2008年1月10日
【萬物相】漢韓大辞典
 1943年、漢学者の諸橋轍次が製作した「大漢和辞典」の第1巻が出版され、大きな話題となった。古代から近代までの漢字と熟語の解釈や出典、用例を収録するという膨大な作業に一人で取り組んだ諸橋の挑戦は、多くの人を驚かせた。諸橋は1960年に漢字4万9000字と語彙40万語を収録した全13巻の辞書を完成させ、日本政府から文化勲章、中国政府から学術褒賞が授与された。

 紀田順一郎『日本語大博物館-悪魔の文字と闘った人々』(1994年ジャストシステム/2001年ちくま学芸文庫)によれば,「大漢和辞典」初版の全巻刊行は1960年で全13巻,漢字(親文字)数5万,語彙52万

 あれっ? 韓国の記事と漢字数,語彙数が違うぞ。

 なお,「大漢和」は初版刊行後,修訂作業が続けられ,89年の修訂2版は全14巻,2000年に補巻が刊行され,現在の版は全15巻,親字数5万1000,漢字語数は53万余(大修館のHP)。

 なんだ,巻数は同じで,漢字語数は下回っているじゃないか。やはり,「韓国が世界一」を謳いたいがための捏造が行われていました。


 諸橋が「大漢和辞典」の編さん作業を行っていた1945年、東京大空襲によって組み上がっていた活字がすべて溶けてしまったことがあった。それでも挫折することなく作業をやり遂げることができたのは、それだけ学者や出版人としての強い執念を持っていたからだ。だが、諸橋はあまりにも目を酷使したため、右目の視力を失い、左目も拡大鏡を使わなければ字を読むこともできないほど弱ってしまった。

 このあたりの内容は,「日本語大博物館」の記述と符合します。

 諸橋に辞書の出版を持ちかけた大修館の鈴木一平も、この辞書の編さんに社運を賭けていた。予想以上に多くの作業が必要となったため、実子らの学業を中断させ、作業に従事させたほどだった。

「日本語大博物館」によれば…

 当初,大修館の印刷所には8000字の活字しかなかった。4万字以上の活字製作,そして戦争の泥沼化の中でインテル(活字組版の行間に挿入する金属板)も不足し,用紙を入手するのも困難を極めた。1943年に第一巻を刊行したとき,各新聞はこぞってその成果を讃えたが,続刊は不可能な情勢。
 1945年2月25日の大空襲で,組み上がっていた活字1万5000ページ分と,苦心して入手した用紙のすべてが灰塵に帰した。
 幸い,校正刷りが残っていたため,戦後,諸橋と鈴木は復刊を決意。鈴木が長男と次男の学業を断念させ,刊行事業の補佐をさせたのが,このときです。
 しかし,膨大な活字をあらためて作り直す余力はない。

 ここに新たに「大漢和」の立役者が登場します。

 写真植字機研究所(現写研)の石井茂吉です。鈴木は,「大漢和」のために5万字の原字製作を石井に依頼。説得の結果,当時64歳の石井は損得抜きでこの仕事を引き受けます。

 そのとき持っていたのは5000字。残り4万5000字を,1日20字ずつ書いても7年かかります。完璧主義者の石井は,既存の文字も書き直すことにし,結局すべて完成するまでに8年を要したとのこと。完成した「石井文字」はその後の写植の標準字体になりました。
 第一巻の写植による組版が始まったのが54年,翌年末に第一巻刊行。60年に13巻完結。この業績により,鈴木は57年,石井は60年に「菊池寛賞」を受賞,諸橋は65年に文化勲章を受賞しました。


 さて,韓国の記事に戻りましょう。

 「大漢和辞典」は漢字文化圏の宗主国を自負していた中国に大きな衝撃を与えた。まず台湾で学術院の主幹による辞書の編さん作業が始まり、1962年に漢字5万字と語彙40万語を収録した「中文大辞典」全10巻が刊行された。中国では1975年に6つの省・市から学者420人を動員する人海戦術を通じた作業が始まり、1994年に漢字5万6000字と語彙37万語を収録した「漢語大詞典」全13巻が出版された。

 台湾,中国の辞書のデータはわかりません。もしかしたら日本の大漢和のように,漢字や語彙が少なめに歪曲されているかも。

 韓国では檀国大東洋学研究所が1978年に「漢韓大辞典」の編さん作業に着手した。学界の重鎮だった一石・李熙昇(イ・ヒスン)が初代所長として指揮を執り、21年後の1999年に第1巻を発表、昨年までに計12巻を刊行した。そして作業開始から30年後の今年、3巻を追加し、遂に全15巻として完成することが決まった。この辞書には漢字6万字と、語彙50万語が収められている。こうして世界最大の漢字辞典が、韓国で誕生することになった。

 結局,「世界最大」は漢字(親字のことか)数の6万字だけのようです。ただ,まだ完結していないから,たんなる「予定」で,実際に数えてみたらずっと少なかったということになるのかもしれません。
 漢字はときとともに増えるものじゃないから,「6万字」というのもちょっと胡散くさい。記事に,「韓国・中国・日本などの漢字文化圏で使用される約6万字の漢字」とあるので,日本の略字や中国の簡体字なんかも含めちゃって,「世界一」のための水増しをしている可能性もあります。

 でも,漢字の「宗主国」でもないし,現在,漢字を使っていないのに,なんで「世界一の漢字辞典」を作る必要があるのだろう。できてもだれも使わないことは目に見えているのに…。


 辞書の出版はその国の文化水準を反映する重要な事業だ。そしてその事業の裏には、辞書に人生を賭けて取り組む人々の存在がある。例えば英語圏最大の辞書「オックスフォード英語辞典(OED)」は、36年をこの辞書の編さんに捧げた初代編集者ジェームス・マレーをはじめとする関係者らによる努力の賜物だ。韓国の「漢韓大辞典」にも何十年をこの事業に没頭してきた専門家らの努力の結晶だ。ただ予算や人材面の制約により、最後の作業がやや駆け足で行われた点が惜しまれる。もともと辞書とは絶えず改訂され、補充されるものだ。「漢韓大辞典」の完結もまた、終わりではなく始まりに過ぎない。

 この辞書に「人生を賭けて取り組んだ人」はだれなのだろう。初代所長の李熙昇さん?

 文字はどうしたんでしょう。写研の石井明朝をパクった? 

最後の作業がやや駆け足で行われ」るのは毎度のことのようで(→リンク)。

 願わくは,初版だけ刊行されておしまいになった「ウリマルクンサジョン」(→リンク)の轍を踏まず,「終わりでなく始まりに」なってくれることを望みます。

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4 コメント

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韓国語翻訳ソフト (スンドゥプ)
2008-01-14 10:41:17
有料ソフトも無料のweb翻訳も使うと基本的に同じ訳が出てくる。
日本語訳なので多少違った言い回しになってもおかしくないのですが...
ということは、会社や製品が異なってもルーツは同じ?
重宝していますが、有料の製品も含めていつまでたっても間違いの修正が行われていない。
辞書はどうなんでしょうね?
返信する
漢字辞典 (犬鍋)
2008-01-14 22:17:46
索引に誤りが多いのに閉口します。

学生アルバイトにやらせてチェックしないんでしょう。
返信する
一大快挙?怪挙? (馬齢)
2008-01-15 23:49:59
1月2日から、東京国立博物館で特別展「宮廷のみやびー近衛家1000年の名宝」展が始まっていますが、昨日観てきました。

何時ものことながら、己の無知にガックリして帰ってきました。

草書・万葉仮名(書籍、軸もの、色紙、書状、日記など)が殆ど読めません。従って、国宝・重文と言われても、もひとつ感興が湧きません。
これは、1000年前の「近衛家の名宝」に限らず、僅か100~200年前の商人・百姓の書いた証文、手紙の類でも同じです。
キチンと「古文書の読み方」を習っていない所為なので止むを得ませんが。本屋さんには草書字典とか崩し字字典を結構見かけますので、その気さえあればナントカなるのかも知れませんが、横着者には無理です。

日本でもこんな具合なのですから、南北朝鮮のように、国家意思としてハングル専用になっている国では、国民の大半が、50年前の漢字交じり新聞を読めなくても当然でしょう。

後世に残す学術手引き、そういう意味で、このたびの世界一の「漢韓大辞典」の完成は快挙なのではないでしょうか。
ハナから一般市民の購入なぞ考えてはいないのはありませんか。
100年後諺文が消滅し、朝鮮語がローマ字化してしまう時に備えた一大事業なのではありませんか。









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漢字の未来 (犬鍋)
2008-01-19 01:35:19
韓国の古文書(漢文)を読むのに,15巻ものは必要ないのではないでしょうか?

1980年代だったと思いますが,文章における漢字含有率の低下傾向から,日本語は数十年後にかなだけになるとする予言がありましたが,その後のワープロ・パソコンの普及で,逆に漢字含有率が増えているそうです。
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