兄は6月16日に他界して今日が四七日のお経になる。痛み止めの薬が5種類あるというかなりきつい最後だったのだろうか。1月の段階で早く西知多総合病院の緩和ケア病棟へ入院したいと言って、どのように最後を過ごすか考えていた。思っていた以上に痛みはきつく、点滴をはずせないため一時外出も難しかった。意識がもうろうとして幻想から大きな声を出し病棟に迷惑をかけたようだが、そんなことはここでは日常茶飯事で私たちはプロですからと軽く答えてくれて安堵した。太陽くんに病院から危ないという知らせが行くようにしていて、太陽くんから連絡を聞いてすぐ私と空くんで行ったが太陽くんも間に合わなかった。葬儀は自宅ですませるようにと言われていた通りにしたところ、予想以上の人が来てくれて驚いた。やはり葬儀はお寺でやるべきもののように思う。斎場で娘二人(朝と春)がぜんぜん泣かないのかと言うので、私の父が自分の母親の葬儀の時「俺は泣けてこないんだから仕方ないだろう」と私に言った言葉を納得して自分もそうしていると答えておいた。兄もいつもそう考えてそうしていたと思っている。うちの子5人は私より涙が出るタイプのように思うがそれはそれでいい。
遺影はこの表情で帽子をかぶっていないもの
遺影はこの表情で帽子をかぶっていないもの
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