▲奥入瀬渓流にて。オシダに光が宿る
「毎日暑すぎる…」「暑くて寝れない…」と暑さに文句を言っているうちに
8月が終わっていくような気がしていたが、数日前からようやくホッとひと息つける涼しさが戻ってきた。
いや、空は日に日に透明度が増してきているし、
夕方の雲はなんだかちれぢれとしたものがたくさん浮かんでいる。
風が吹いたときの匂いはなんだか生き物が土に還っていくような感じがして、
これはいよいよそこまで秋がきているのだと、夏の終わりに少しさみしくもなる。
でもとりあえず8月中にブログが更新できたので何よりです。
この夏は例年になくたっぷり休みを取り、旅を満喫することができた。
というのもお盆帰省で夫の実家がある山形へ行く前に、さらに北上して青森へ。
私が今住んでいる関西からだと、山形へ行くにも青森へ行くにもそれぞれ交通費にウン万円かかるのだが、
ふと思い立って調べてみたところ、山形―青森間は新幹線と在来線を乗り継いで1万円ちょっと。
乗車時間も約3時間ですむと知り、今回は山形へ行く前に急きょ青森旅行をねじこんだのであった。
行き先はもちろん、秋田県との県境にほど近い十和田湖を水源とする「奥入瀬渓流」。
約2年ぶり、人生4度目の奥入瀬である。
今回はコケも楽しみたかったが、それ以上に夏の奥入瀬渓流という、
そこかしこに生命力が満ち溢れる青々とした森をしっかりと体感したかった。
というのもいままでの奥入瀬訪問では「木を見て森を見ず」ならぬ
「コケ見て森を見ず」状態であったから(なんとも森に失礼でお恥ずかしい…)。
今回は4度目ということもあるし、あえて意識は青い森の上へ上へ。
ふー。森の空気を胸いっぱい吸い込むだけで、なんだか心が生き返る。
奥入瀬渓流とは、奥入瀬川の水源・十和田湖にほど近い子ノ口(ねのくち)から焼山(やけやま)までの全長14kmのエリアのことで、
約200mの高低差のある渓流沿いには、トチノキ、カツラを中心とした落葉広葉樹林の森が広がっている。
▲トチノキ
▲若い葉は5枚。手を広げたような形で、各葉の根元は1か所に集まっている
▲よく似ているがこちらはホオノキ。朴葉焼きの料理でもおなじみの葉っぱ。
葉は車輪状につき各葉の根元が離れているところがトチノキと見分けるポイントだ
▲こちらはカツラの大木
▲丸い葉は秋になると濃い黄色に紅葉し、さらに落葉間近になるとカラメルのような甘い香りがする。
この香りさえあればシロップなしでホットケーキが食べられるほど、私はこの香りが大好き(笑)
▲川向こうの木々の足元に茂るのはヤグルマソウ
▲園芸品種はひょろっと伸びた茎に青やピンクの花をつけるが、野生種は葉がとても大きい
▲シダの一種、ミツデウラボシ。「ミツデ」の名の通り本来は三つ葉だが、北国では単葉になるとか。
葉の裏のソーラスが星に見立てられて「ウラボシ」なのだが、パン好きの私には「カイザーゼンメル」に見える…
(カイザーゼンメルのフリー画像が見つけられなかったため載せられませんが気になる方は検索してみてくださいマセ)
しかしやっぱり足元も気にせずにいられないのが、コケ好きの悲しき性。
いつの間にかうつむき、うつむき歩いていたところ、
案内してくださっていた現地のネイチャーガイド・Kさんが、
「ここがおもしろいですよ」と腐木が積まれた一帯を指さす。
Kさん 「コケ以外にもいろんなやつがいるんです。今日はいるかな~」
さっそくルーペを取り出し、のぞきこむKさん。
私 (お、なになに? なにがいるの!?)
うずくまる私たち。
▲お、いた!やっぱり腐木といったらコケ!チョウチンゴケの仲間かな
▲(ブレブレですが)こちらはアオモリサナダゴケ。東北で多く見られ、青森県で最初に見つかり記録されたことが名前の由来
▲クモの繭(卵のう?!)
▲キセルガイ
▲腐木の上にはツルアジサイ、オヒョウ、アイコ(東北ではイラクサのことをこう呼ぶ。猛毒)など。
▲お、粘菌?!
▲あ、こっちにも粘菌だ!(ブレブレですみません)
▲白い粘菌
▲オレンジの粘菌。コケの上についている!
▲この粘菌、腐木と土のはざまに生えていたヒラハイゴケ(他のコケも混じっています)に付き、優雅に胞子を飛ばしている模様
▲あれ?! コケでも粘菌でもないものが何か見えますよ
▲おそらくコヤガの幼虫とのこと。からだに粘菌を身にまといながら、なんと粘菌をむしゃむしゃ食べていた!
(正確にいうと粘菌を身にまとっているかは不明だが、からだの色が同化していた)
朽ちかけた木片の隙間に、湿ったやわらかい土にうずまるように、
ひそやかに生きるミクロサイズの生きものたち。
その生き様のどれもが私の想像を超え、なんと不思議で愉快なこと!
一つ一つがキラキラとまばゆい宝石のように輝いて見える。
腐木とは、木が「死」を迎えたあと、土に還っていく過程の姿だ。
しかし、その「死」のまわり、上も下も、朽ちかけているからだの中さえもが、
小さな生きものたちにとっては人生ドラマの舞台であり、
無数の小さなものたちがその場所で命を燃やし、輝いては、消えを繰り返す。
大きなものの一つの死の足元で、一日のあいだに何度も、数時間の間に何度も、
人間の目ではとうてい捉えきれない数とサイクルで、小さなものたちの生と死が交錯する。
そして彼らに居場所を与えている大きな腐木もまた彼らの手を借りながら、
大地に還り、いつしか完璧な土へと完成していく。
なんという美しいシステムだろう。
腐木が、そしてそこに潜む小さな生きものたちの営みが、
生命の不変の真理を教えてくれる。
私は彼らの姿をひと時も見逃すまいと
時間も忘れてルーペの先を見つめ続けた。
◆今回もコケ絵日記を描いてみた。この感動を忘れぬうちに・・・