奥入瀬渓流の森を歩いていると・・・
▲シャクシゴケの群落
出会いそうでなかなか出会わないこのお方、
以前もお会いしたのはこの森だったと記憶する。
▲葉状体の縁は細かく切れ込んでいる。中肋に沿うように並んでいる黒い点々はラン藻。ルーペ越しに見るとキウイの種のようにみずみずしかった
シャクシゴケは苔類にしては珍しくラン藻と共生しているコケだ。
本種以外に体内にラン藻が共生しているコケは、このコケと同じ科に属するウスバゼニゴケ科のウスバゼニゴケ、そしてツノゴケ類だけである。
さらに手持ちの図鑑によると、葉状体の先端に半月状の無性芽器がつき、なかには金平糖形の無性芽がつまっているのだとか。
でも私が見た群落は、先端にポケットはついているものの、どうも無性芽が中に入っているようには見えず、
もしかしたら今見えているのは、同じく葉状体の先端につくという雌株の生殖器官なのかもしれない。
じつはこの写真、いまやコケ好きの間では必携アイテムとなっているオリンパスのコンパクトデジカメ「STYLUS TG-4 Tough」で撮影した。
数年前から流行しているが、このたび私もようやく手に入れた次第で、使ったのはこの旅が初めて。
少し前までコケ好きの間で使われるコンパクトデジカメといえばリコーの「CX」シリーズがトレンドだったが、数年前に「生産終了」となってしまったため、
「もし手持ちのリコーが壊れたら、次のカメラはどうすればいいんだ!」と路頭に迷っていたコケ好きたちを救ったのが、
「顕微鏡モード」がついて、コケのような小さなものの撮影にも対応したこのTG-4だった。
初めて使ったカメラの撮影記念に。
以上、おまけのシャクシゴケでした。
----- One more extra -----
奥入瀬へ向かう前日、たまたま糞土師の伊沢正名さんと電話で話す機会があり、
「青森へ行くなら、小牧野遺跡へぜひ行ってみてください。僕が協力した展示物もあるから見てみて!」
とおすすめされた。
縄文時代にも大いに興味がある私(しかし知識はないです・・・)は、
それはぜひとも見てみたい!と、Kさん親子にわがままを言ってねぶた祭りが始まる前に連れて行っていただいた。
小牧野遺跡、それは縄文人が作ったとされる日本最大級の環状列石(ストーンサークル)なのであった。
▲直径55メートル。他にも環状列石は、青森県の弘前市、秋田県や岩手県、北海道など各地に遺跡が残っているという
▲「縄文の学び舎 小牧野館」にて、伊沢さんのうんちのコーナー
なぜこの資料館にこの展示?と思ったら、縄文時代は野外でうんちをするのが当たり前で、
そういった排泄物がどのように自然に還っていくかが、伊沢さんが足で、いやお尻で稼いだ克明なデータを基に、
リアルなレプリカを使って解説されていた。なるほど、そういうわけだったのね。
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▲『コケはともだち』(著:藤井久子/監修:秋山弘之/発行:リトルモア)
さて、話はまったく変わって。
かなり遅ればせなのですが、少し前に嬉しいニュースがありました。
拙著『コケはともだち』が増刷され、このたびおかげさまで5刷目となりました。じつは7月末から書店に並んでいます。
6月に発行元のリトルモアさんからこの一報がありながら、日頃からブログに書かねばと思っていることが多過ぎて、
ついついこのニュースを書くのが今頃になってしまいました。
この本を手に取るといまでも、
「世間にはコケの美しさ、面白さに気づいていない人があまりにも多過ぎる。コケのことを知れば、その人の人生はもっと楽しくなるはず!」
と、この本の企画書を書いていた当時の、熱い(そしてちょっとおせっかいな?!)気持ちがありありと思い出されます。
そしてページをめくれば、私だけでなく、編集者のTさん、リトルモアの皆さん、監修やイラスト、デザインなど、
この本にに携わってくれた皆様が注いでくれた愛情がにじみ出てきそうです。
これからもどうかこの本が、コケのことが気になり始めた方の助けとなる一冊であり続けますように。
9月に入り、机にかじりつきながらコケのことばかりしている今日この頃です。
最近、夢にまでコケのことが出てくるシマツで、「あ、夢にまでコケが出てきた!」と寝ている自分が驚いて、深夜に飛び起きてしまうことも。
まさに寝ても覚めてもコケ状態。好きなことでここまで頭がいっぱいになるって正直、大変。
だけど生きている間に自分の好きなことが見つかり、それに没頭できる環境もあるというのはやっぱりありがたい。
恵まれた日々を噛みしめる毎日です。
さて、そんなわけで同じく「コケのこと」ながら、なかなかブログが更新できなかったのだが、
今日はやっとこ奥入瀬コケ紀行の最終話である。
今回、旅行の直前までその予定ではなかったのだが、まさかのチャンスに恵まれて、
奥入瀬渓流沿いにたたずむ高級リゾートホテル「奥入瀬渓流ホテル」のとある特別なお部屋に泊まることができた。
それはどんなお部屋かというと・・・
こちら!
▲じゃーん! グリーンで埋め尽くされたお部屋!
こちら、同ホテルが企画したこの夏限定の「苔ルーム」である。 →詳細は星野リゾート 奥入瀬渓流ホテルのHPへ
この部屋のことは、周りのコケ好きさんたちの間でニュースリリースが発表された当初から話題になっており、
その存在は知っていたのだが、まさか自分が泊まれることになるなんて・・・。
もちろん、親しいコケ友さんたちからはうらやましがられ、
「泊まったからには、その部屋の細部にいたるまで見てきたことをあますことなく報告せよ!」
との任も仰せつかりましたゆえ、ここにそのすべてをご報告させていただきます、ハイ。(笑)
まずは、玄関。
「グリーン系のスリッパ」というのは想定の範囲内だったので驚かなかったのだが、注目すべきはスリッパの先にあった。
▲なんじゃこりゃ!
▲そう、コケの胞子体です
スリッパはただのグリーンのスリッパと見せかけて、じつはコケの群落だったのだ。やられた!
▲履いてみるとこうなります
そして玄関横にある靴入れの上には本物のコケがお出迎え。
▲右にあるスプレーはシュースプレーなどではない。もちろん苔玉を潤すための水が入ったスプレーである
次にバスルームは・・・
▲写真が暗くてちょっとわかりにくいですが、タオルはもちろん石鹸もグリーン、歯磨き粉のパッケージもグリーン(これはたまたま?!)だった
そしてお手洗いは・・・
▲便座の蓋が大地に見立てられ、コケが一面を覆っています(注:もちろんフェイクです!)。
▲よく見るとトイレットペーパーもグリーン
ちなみに後日、この部屋の写真をSNSにアップしたところ、
オカモス関西の重鎮Mさんから「スリッパの胞子体はオオツボゴケでは?」との主旨のコメント。
オオツボゴケとは動物のフンの上に生える、コケの中でも珍しい種類で、いわゆる「糞ゴケ」と呼ばれる類。
たしかにこのスリッパの胞子体は、まだ胞子を飛ばす前の若いオオツボゴケの胞子体に見える。
※残念ながら手持ちの写真がないので、詳しく知りたい人は「オオツボゴケ」もしくは同種とよく似た「マルダイゴケ」で検索してみてください。
思わずSNSのコメントを見て、さすがMさん!と唸ったと同時に、
それならばこのスリッパは玄関よりもぜひトイレに!と思った次第である。
さて、玄関周りで長くなりましたが、いよいよ部屋の中に入ります。
大型家具からちょっとした小物に至るまで、どこもかしこもグリーン系。
よくぞここまで集めたなぁと、部屋を一望し思わず感嘆の声が漏れる。
なお、この部屋を企画した同ホテルのNさんによると、
「初めての試みなのでまだ手探りなところも多いんですが、まず初年はとにかくコケに包まれているような緑の空間を作りたかったのです」
とのこと。
この部屋を作るに際し、アイデアを地元のデザイン系の学生たちに募り、スリッパの胞子体やトイレカバー、ベッドの壁面にかけられたコケ画など、
これは絶対に既製品ではないなと思わせるオリジナリティーの高いグッズは彼らによる制作なのだそうだ。
さらに、ベッドの向かい側にあるテレビ台周りもステキでした。
▲はい、喜んでシュッシュさせていただきます!
ちなみに、ちょっと気になったのがこの空間。
このモコモコのコケ風マット、手触りもよくて、
見ているだけではどうにももったいないのだが・・・
はて、どんな使い道があるだろう?
▲ベッド横のソファからジャゴケ風クッション(クッションカバーの質感が似ている)を持ってきて、上の棚から読みたい本をチョイスして・・・
▲こんなふうに利用してはどうでしょう
さらに苔ルームを出ても、このホテルのコケ尽くしは終わらない。
▲フロントで受付係の方々が使っているパソコン
▲コケが全面を覆わず、まだ土部分が見えているところが逆にリアル
▲お土産物コーナー。「苔涼し」は数年前に訪れた時にもあったコケスイーツ。もはや定番なのだろう
▲ちなみにこちらが中身。奥入瀬渓流のコケむす岩をイメージしたクルミ入りの砂糖菓子だ
▲さらにその横には、新たなコケスイーツが増えていた!
▲和菓子もあれば、洋菓子もあり!
▲丁寧な断り書きが・・・
▲さらにさらに、お土産物コーナーの目立つところにはビクセンとコラボレーションして作られたコケ観察グッズまで
▲もちろん苔ルームにも置いてあり、自由に試用できるようになっていた
※なお、このコケ観察グッズは「おいけん」で通販もしている模様。詳細についてはこちらへ → ☆
読んでいる方もだいぶお腹いっぱいになってきたかと思われるが、まだまだ終わりません。
こういった有形のもの以外にも、先述のNさんをはじめコケに詳しい同ホテルのガイドさんの案内で趣向を凝らしたコケツアーも用意されており、
宿泊者のやる気次第で、さらにディープなコケ世界に足を踏み入れることも可能なのである。
ちょっとこの画像では見づらいが、早朝5時からの「渓流モーニングカフェ」も前日からすでに予約で満席。
奥入瀬の自然を体感したいという宿泊者たちのモチベーションの高さがうかがえる。
また、さらにホテルでは毎日「森の学校」と銘打った地元ガイドによる座学の講座も開催されている(無料)。
基本的に夜開催なので、昼間に別のガイドツアーの予定を入れている人でもこの講座を聞くことができる。
星空講座などは屋外で実際に夜空を観察をしながら行われたりもするのだそう。
普段、旅行するといってもこのような高級リゾートホテルに泊まり慣れていない私は、正直言って宿泊費が高い!と思っていたが、
宿泊者がこのホテルでどのように過ごしたいか、よりよい選択ができるように設けられた幅広いサービスのための価格設定なのだとちょっと納得した。
ホテルをチェックアウトしたあと時間があったので、フロントロビーから1階下に降りてみた。
そこは間仕切りもなく広々とした空間で、地元にちなんだアートを紹介するスペースが設けられていた。
さらにそこからホテルの敷地内の林へと出ることもできるし、屋内の椅子に座ってガラス越しに緑を楽しむこともできる。
▲最近新しく設けられた展示物。看板を読むと、当の展示物は屋外にあるとのこと
▲コケむす板?!いえいえ、これはかつて奥入瀬渓流に置かれていた「苔テーブル」でした
▲2012年秋に訪れた際に撮影した、在りし日の苔テーブル
青森滞在最後の夜は、地元ガイドのKさん親子にねぶた祭りに連れて行ってもらった。
人生初体験、聞きしに勝る「ねぶた」の大迫力。
老若男女がそろいのハッピを着て、跳人(はねと)たちが練り歩き、
沿道からは見物客たちの威勢のよい「ラッセラー」の掛け声があちこちで響く。
5日間続くこの祭りが終わることは青森県民の夏が終わるのと同意であるという。
祭りの終わりをさかいに、気候も不思議と秋めいてくるのだそうだ。
▲「奥入瀬自然誌博物館」のコケのページ
8月29~31日開催の日本蘚苔類学会 第45回屋久島大会から無事帰宅した。
8月しょっぱなは奥入瀬渓流のコケ旅から始まって、
最後のしめくくりが屋久島だなんて、なんという贅沢な夏だったんだろう。
こんな夏休み、人生でもう二度とないかもしれない。
旅から帰ってきたら私の住む街はすっかり涼しい風が吹き、秋になっていた。
窓辺から秋の虫が歌うのを聴きながら、しばらくはこの夏の思い出をゆっくりと噛み締めて秋の夜長を過ごすことになるだろう。
さて、前回の奥入瀬コケ紀行のつづきである。
今日は一冊の本を紹介したい。
それはこちら。
前回のブログにも書いたが、河井大輔さんの「奥入瀬自然誌博物館」である。
この春に出版されて出版当初も読んだが、今回の奥入瀬の旅に向けて再読。
あらためて、じつによい本だと思う。
河井さんは北海道でアウトドア雑誌の編集や野鳥図鑑の執筆、環境調査業などに携わられたあと、
2007年から奥入瀬渓流を拠点に仲間の皆さんとネイチャーガイド業をされるようになり、
2014年からは「NPO法人 奥入瀬自然観光資源研究会」(通称:おいけん)の理事長として
奥入瀬観光のますますの発展と充実に努めておられる方である。
この本は、奥入瀬渓流がどうして今のような姿になったのかという成り立ちや、奥入瀬渓流で出会えるさまざまな生き物のお話が、
長年、奥入瀬の自然を見つめ続けてきた河井さんならではの視点で語られている。
具体的には樹木、野草、シダ、コケ、地衣類、菌類、哺乳類、鳥類、両性類、爬虫類、昆虫、
さらには水や地層にいたるまで、そのジャンルは多岐にわたる。
▲誌面の一部。どの写真も「よくぞこんな瞬間を!」と言いたくなるほど、芸術的で美しいのも特筆すべき点のひとつ
私は屋久島や奥入瀬渓流などを訪れた時には、現地の自然についてより深く理解したいという思いから、
必ず河井さんのようなプロのガイドがついてレクチャーしてくれるネイチャーツアー(なかでも森歩きツアーは必須)を利用するのだが、
欲張りなツアー利用者である私にとって、この本はまさに救いの書であった。
というのもこの本には、ツアー中にガイドさんの話を聞きつつも、その解説された対象物についつい夢中になるあまり、
途中からきっと聞き逃している(こういう経験って私だけだろうか?!)であろう話がふんだんに散りばめられており、
さらには私のように感覚的に森を楽しんできた人間が、もう一歩森に理解を深めるのに役立つ「自然科学的な眼をもつこと」の重要性を説いてくれているからである。
しかもまったく小難しくなく、読んでいるとまさに本のタイトル通り、
奥入瀬の森の博物館で河井学芸員が老若男女に向けて
ミュージアムトークをしてくれているかのように、語り口が優しく大変読みやすい。
たとえばこの「流れのしくみを読む」という短い文章。
「沢の流れ」とひとことで言ってもじつは「流心」「副流」「逆流」など場所によってさまざまな流れ方がある。
それがどのように生き物の暮らしに作用しているのか、そういうことも考えてみませんかと読者に説いている。
正直、私は水流の美しさには毎度のように目を奪われるものの、それが何にどう影響しているかなんて考えもしなかった。
ちょっと立ち止まって沢の流れをじっくりと見ることで、そこに生きる虫や魚、そしてコケの姿までもが見えてくる面白さ。
そいう眼差しを持ち、想像力を膨らまして、見えていないものにも思いを馳せること。
この本で河井さんが伝えたいことの一つなのではないかと思う。
奥入瀬の森をすでに歩いたことがある人、またはこれから訪れる予定がある人はもちろん、
奥入瀬に行ったことがない人も、この本を読めばきっと、どこかの森へ行って自分の「森を見る眼」を試したくなるだろう。
そう言った意味では全国各地の森歩きで役立つ本だと思うし、これは素人のみならず、案内する側のガイドさんにも参考になること間違いなしなのではないかと思う。
まったくもって素人の余計なお世話だが、全国のネイチャーガイドの方も各自1冊必携!と強くオススメしたい。
そしてこれはひそかな期待なのだが、もしも河井大輔さんのような自分のフィールドを心を尽くして見つめ続ける、そして発信し続けるガイドさんが全国各地いたら。
森好き、ネイチャーツアー好きの私としては、これからの森を巡る旅にとても希望がもてる。
ちなみに、この本は限定600部のみの販売なのだが、現時点で残り200部を切ってきたとのこと。
「限定」とある通り、おそらく売り切れてしまうと再版があるかどうかわからないので、
どうぞご興味のある方はお早めに。 → お問い合わせ・お申し込みはこちら (※スクロールしてページの下の方を見てください)
ちなみにここまで勧めておいて最後に水を差すようだが、お値段は正直、高い。
でも以前『コケの自然誌』(ロビン・ウォール・キマラー著)を「いい値段するなぁ!」とちょっと財布を出し渋りつつも買って読み、
予想以上に満足感があったあの感じとこの本はどこか似ている。
コケ好きの方なら、この気持ち、たぶんわかってもらえると思います(笑)
▲奥入瀬の森の上流、十和田湖畔近くで見かけたツチアケビ。菌類から栄養をもらって生きる不思議な植物。
秋につける真っ赤な果実は「森のソーセージ」とか「山のトウガラシ」などと呼ばれるそう