先月、東京大田区の池上本門寺界隈で行った「お寺 de こけさんぽ」。
実は先日のレポートでは書ききれなかったのだが、
個人的にとてもおもしろい発見があったので、
今日はそのことについて書き留めておこうと思う。
かなりマニアックな話題なので、
お好きな方のみどうぞお付き合いください。
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はじまりは4月下旬のこと。
本妙院の早水住職と一緒にコケさんぽの下見を兼ねて、
池上本門寺の庭園でコケチェックをしていた際、
こんなユニークな形のコケを発見した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/44/ee23f3d632a24097bcbc4b67ca8ed153.jpg)
▲なんとかわいい星形!
注)星形のまわりに隙間なく生えているのは別の植物。コケではありません。
葉状体(地面に這っているコケの本体部分)を見るに、
ゼニゴケ(苔類)の仲間っぽい。
さらにこの立ち上がっている星形の傘は、
表面の黒い部分がややブツブツしていて、
裏面に何もないところを見ると、雄株のようだ。
もし雌株であれば、傘の裏面に大量の胞子を
抱えた胞子体があるのでもう少し厚みがあるだろうし、
たとえまだ成長が未熟だったとしてもそれらしき部分は見えるはず。
しかし、これらはあまりにもうすっぺらい。
おそらくこの平たい星形の中には造精器があり、
傘の表面に水が当たると精子が放出される。
きっと雄株にちがいない。
そう思いつつ周囲に生えているコケを見たところ、
その多くがフタバネゼニゴケである。
では、この子たちもフタバネゼニゴケなのか?
しかし、フタバネゼニゴケの雄株なら、こんな星形ではない。
むしろゼニゴケの雄株によく似たクローバー形であるはずだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/17/e4e1d025578060e9d922a3a82c2d310b.jpg)
▲こちらはゼニゴケ。ヤシの木形の雌株が目立つ写真ですが、その足元に背の低いクローバー形の傘をつけた雄株が写っています。
結局何ゴケかわからないまま、
とりあえず写真に収めて帰宅。
帰宅後、複数のコケ図鑑を片っ端から調べてみるが、
どうも該当するコケがない。
後日、私は
福岡コケフォーレに参加し、
そこでご一緒した無類の苔類好きであるコケ友Tさんに
この謎の雄株について、尋ねてみる。
しかし、Tさんも写真を見て首をひねる。
「あれ? これは何ゴケだろう? 次回行かれた時にもし採ってきてくれたら調べてみましょうか」
なんと。Tさんでもご存じないとなると
いよいよ謎が深まってきたゾ。
次回、本番のコケさんぽで訪れた際には、
必ずチェックしようと心に留める。
そして月日は約1か月過ぎ、6月2日のコケさんぽ当日。
参加者の皆さんに庭を案内しつつ、ちょっと時間があいた隙に謎の雄株の生育地へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/29/ffc7c607a7e021af6c0667fa35c5b837.jpg)
▲皆さんがコケを見ていた、この石畳のすきまにいました。
すると、4月とすっかり様子が違い、
こんな変わり果てた姿にになっているではないか!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/4c/167a84a2dcdfc17caca239b237ada308.jpg)
▲ガーーン・・・かわいらしい星形はあとかたもなく、先端がにゅーっと伸びて、もはや不気味なヒトデのよう。
さらに、よく見ると器用にも傘の先端に
無性芽器をつけているものもいる!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/82/15c00a50b105a20039153aff3e83c101.jpg)
▲先端についている、小さなタコの口のようにもカップのようにも見えるのが無性芽器。
当日このイベントに参加してくれたコケ友Nさんいわく、
「もしかしたらトサノゼニゴケではないか」とのこと。
たしかに手持ちの図鑑の「トサノゼニゴケ」の文面を読むと、
『雄器床は深く4-6裂し、しばしば先端が再成長しふつうの葉状体となる』
とある。
※カッコ部分『日本の野生植物 コケ』(平凡社刊)より抜粋。
※雄器床=ゆうきしょう。雄株の傘の部分のこと。
さらに6月下旬、関西で毎月開かれているコケサロンに参加する機会があり、
コケサロンを取り仕切っておられるMさん(この方も苔類にめちゃ詳しい)に
この謎のコケについてお尋ねしたところ、適切な資料&解説をいただくことができた。
それを以下、私なりの言葉で要約する。
※もし不適切なところがあれば、どうぞMさんはじめ苔類に詳しい方、なんなりとご指摘ください!
そもそもトサノゼニゴケを含むゼニゴケの仲間の雄株というのは、
葉状体の先端が反りあがって変化し、柄と傘(雄器床)のついた雄器托(ゆうきたく)を作る。
雄株は生物学上ではオスであるから、
基本、体内で培った精子を放出することが人生の一大仕事であり、
それがすめば一応、今生ではお役御免ということになる。
しかしゼニゴケの仲間はおもしろいもので、
オスとしてのお役目を終えた雄株が、今度は人生の第二ステージとして、
もともと持っている葉状体としての性質に立ち返り、
傘自体が葉状体として再成長するというのだ。
こうしてすみやかに第二の人生をスタートさせ、
さらに調子がいいと無性芽器までつけて、
自分のテリトリーを広げるべく無性芽(自分のコピー)を飛ばしちゃう。
なんと臨機応変かつ大胆な処世術だろう。
しかし!
なぜか不思議なことに、ゼニゴケを筆頭とするゼニゴケの仲間のほとんどが、
こういった優れた性質を有しているにもかかわらず、
実際に雄株が葉状体として再成長するのは、
今回のトサノゼニゴケとヒトデゼニゴケくらいなのだという(なぜかは不明)。
たしかに、幾度となくいままでゼニゴケを見てきたが、
お役目が終わった雄株はいつも、茶色く小さくなって朽ちていたと記憶している。
ひょっとするとゼニゴケ雄株は精子放出に頑張りすぎちゃうタイプで、
人間界でいう〝燃え尽き症候群〟なのか!?
Mさんから説明を受け、また勝手な妄想が頭をよぎる。
しかし、私がこの話を聞いて最も気になったのは、
この再成長した葉状体がいったいどうやって地面に着地するのかということだ。
このように柄の上で再成長しても、
地面から数センチ浮かび上がった状態のままでは、
なにかと不都合が生じてくるだろう。
むしろ後先考えずこんなに成長しちゃって、
トサノゼニゴケは将来をどう考えているのか?
まさかヒトデの手のようにウニウニとそれぞれの先端を伸ばして、
地面に着陸していくような器用なことができるとか!?
この素朴な疑問についても、
Mさんはあっさり答えてくださった。
「傘の柄の部分が自然に朽ちるので、そうすると傘部分がドンといっぺんに地面に着地するんですよ」
おぉ。そうか、なるほど。
これまたなんともダイナミックな手段だこと。
そんなこんなで、Mさんは最後に、
「いずれにせよ無性芽器までつけた、こんなトサノゼニゴケの姿は珍しい。この写真はなかなか貴重ですよ!」
とおっしゃってくださった。
何の気なしに見ていたコケが、
実はとてもユニークな個性を持っていたりするのだなぁ。
改めてコケの生態の不思議さ・面白さに感動しつつ、
気になったコケはとりあえず写真に
収めておくものだなぁと思い知ったのであった。
また今後も経過観察すべく、近いうちにあの庭園を再訪できたらと思っている。
◆今日のコケ絵日記 (性懲りもなくまた描いてみました。自分の中のまとめとして)