「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

永六輔さんの死と昭和30年文化の終焉

2016-07-12 06:55:59 | 2012・1・1
放送作家で作詞家でタレントでもあった永六輔さん(83)が亡くなった。永六輔さんは、昭和30年代、「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「今日よ赤ちゃん」を作詞した方だが,作曲家の中村八大さんはすでに亡く、かって永六輔さんと共に”中年御三家”と呼ばれ日本武道館を満員にさせた小沢昭一さんも野坂昭如さんもこの世にはいない。ほぼ同世代の僕にとっては感無量、一つの時代が終わった感がある。

放送界に10年ほど勤務した僕だが、仕事上での永さんとの接点はない。が、永さんの実家の浅草の古刹、最尊寺はわが家の菩提寺の近くにあり、永さんは、このお寺を開いた江戸時代初期の中国からの学僧の18代目だそうである。僕より3学年下で、戦時中は長野県佐久に学童縁故疎開していたが、戦後浅草に戻り焼跡の浅草でくらしている。昭和29年から30年にかけて僕は新聞社の浅草、上野方面の警察担当記者をしていたので、どかでお目かけしたかもしれない。

永六輔さんがNHKのバラエティ番組「夢であいましょう」で数々のヒット曲を世に出していた時代は、高度成長期に向かって元気で今思うと豊かではなかったが、夢のある時代であった。わが家では皇太子殿下(天皇陛下)のご成婚ブームにあやかって昭和34年にテレビを購入したが,「夢であいましょう」は36年から放送開始,「今日は赤ちゃんは」は38年にリリ―ズされている。子供たちが”抱っこちゃん”や”フラフープ”に夢中になっていた時代でもあった。半世紀以上も昔である。