「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

インドネシアのGESTAPU(9月30日)事件 国慶節

2019-09-30 06:46:09 | 2012・1・1
「9月30日」というと、僕は半世紀以上前の1965年9月30日深夜、インドネシアで発生したクーデター(未遂)事件を思い起こす。当時、大統領(初代スカル〉の親衛隊隊長だったウントン中佐らが蜂起、国軍の幹部7人を殺害、遺体をLubang Buwaya(鰐の穴)に埋めたが難を招かれた、戦略軍司令官スハルト少将によって鎮圧された事件である。インドネシアでは、一般にインドネシア語の9月30日の頭文字を取りGESTAPUと呼んでいる、ナチスドイツの恐怖政治、ゲシュタポになぞらえたものとされている。

GESTAPUについては謎が多い。当時インドネシアでは、国軍についで勢力があったインドネシア共産党(PKI)が、国軍内のの反スカルノ不満分子を動かして起こした、つまり、国軍内の内部争いだとするのが一般説だが、中国政府による陰謀、米国のCIA(中央情報局)陰謀など推測があり、いまだに真相はわからない。

GESTAPUから半月後の66年3月11日の政変(SUPERSEMAR)によってスカルノは政権をスハルト少将に移譲して事実上責任を取って引退している。スカルノがGESTAPUに直接関与しているとは思えない。SUPERSEMARの政変直後の天皇誕生日、斎藤鎮男駐ジャカルタ大使公邸で催された祝賀会にスカルノはデヴィ夫人とスハルトも夫人同伴で参加している。僕も新聞社の特派員としてこれを写真に収めている。

当時ジャカルタ市内は中国大使館がデモ隊によって破壊され、軒並み商店街は破壊され、華僑受難の時代であった。中国語の新聞は発刊が禁止され、インドネシア語に改名させられ、華僑の中には本国に帰国した者もいた。しかし、街中の商店には中国製品ばかりであった。今、思うと中国の文化革命は1965年から始まっている。GESTAPUはその国慶節の前夜に起きている。しかし、果たして、当時の中国に他国の政治に関与するほどの余力があったであろうか。


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貴ノ富士 髷を切り頭を剃って再出発しては如何が

2019-09-29 05:21:19 | 2012・1・1
大相撲の十両力士、貴ノ富士が,またぞろ付け人に暴行し相撲協会から自主引退を勧告された。協会の処分としては除名、解雇につぐ三番目に厳しいものだ。貴ノ富士は昨年、旧四股名,貴公俊時代にも付け人に乱暴を働き、四番目に重い降格処分を受けてい.。自主引退は仕方がない。

その貴ノ富士が先日、相撲協会の処分を不服として文科省で記者会見し”協会の処分は重過ぎる。自分人生にはには相撲しかない”と訴えた。この模様を民放テレビが生中継をし、暇人の僕もこれを見たが、見た目には立派な関取だが、言っていることはまるで”ガキっ子”のいじめみたいなものだ。

一昨年の元横綱、日馬富士の同郷力士、貴ノ岩への暴行事件以来、相撲協会では力士の暴力問題に真剣に取り込んできており、全力士に対する講習会も開いてきた。にもかかわらずの貴ノ富士の事件である。、貴ノ富士は、現役を続けたいと訴えているが、考えが甘すぎる。もし、そうならば、記者会見など開かず、自分から髷を落とし、頭を剃り、心から反省して新しく入門検査を受けるべきだ。

貴ノ富士の記者会見をテレビでみて、かっての親方、貴之花の顔がオーバーラップしてきた。まだ22歳の青年である。土俵以外のことで、マスメデイアの露出度を高めるべきではない。



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「せる」に衣替え 季節感に敏感だった戦前の日本人

2019-09-28 05:02:33 | 2012・1・1
亡父の戦前の日記をみると、その年によって違うが、9月末のこの頃の「備考欄」には”けふから蚊帳廃止””せるに衣替え”といった記述がみえる。僅か80年ほど前のことだが、現代には注釈が必要になってきた。戦前、日本人が木造の日本家屋に住んでいた時代、夏が来ると僕らは緑色した麻の蚊帳の下に入って就寝した。さもないと、一晩中蚊にせめられて眠れるものではなかった。

”せる”に至っては僕も言葉は聞いたことはあるが実感がない。ネットの知識によると、繊維生地のサージが転化した言葉で、これで織った着物を言うそうだが、和服を着なくなって久しい僕にもよくわからない。同じような言葉で“ねる”もある。

10月1日は「衣替えの日」である。今でもそうなのだろうが、昔のように歴然としていない。戦前昭和に時代、僕ら東京の小学生は一斉に霜降りの夏服から冬服に変わり、学帽の日よけもとった。お巡りさんや駅員さんも同じで秋深まるの風物詩であった。昔の日本人は今より季節感に敏感だったのだろうか。

"省エネ”対策として「クールビズ」が日本の社会に導入されたのは、小池百合子都知事が小泉内閣の環境大臣の時代だから久しい。定着してきたが、男性の場合、ノーネクタイがほとんどだ。戦前、昭和の時代、東京のサラリ‐マンは白の麻地の服にカンカン帽をかぶっていた。クールビズよりは見た目は良い。 回顧は加齢の証拠だが。







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消費増税ポイント返還 味噌かっす老人はに解からない

2019-09-27 05:10:14 | 2012・1・1
10月1日から消費税が8%から10%に増税になることは卒寿(90歳)に近い”味噌っかす”の僕でも知っているが関心がない。たまたま昨日の朝のNHKの情報番組で「アサイチ」で”消費増税ポイント返還を詳しく”という番組を見た。しかし、残念ながら僕にはさっぱり理解できない。

"味噌っかす”の老人にとって消費増税の唯一つの関心事といえば、スーパーの食品売り場などで弁当を買い、脇のベンチで食べれば10%だが、持ち帰れば8%だということだ。足腰の弱くなった僕らはもうめったにスーパーへ行かないが、定年間もなく時間を持てあまし、スーパーを”散歩”している”若い”年寄りには響いてくる。

僕は買い物といえばほとんど現金決済、せいぜいクレジット.カードだが、今回の増税に伴ってキャッシュレスで買い物すればポイントが5パーセント返還され”お得”だとのことだ。NHKだけでなく、民放番組も色々解説しているが、スマホを持たない僕ら夫婦は”アプリがどうのQRコードがどうのといってもさっぱりだ。それも特定の中小店舗しか使用できないという。

NHK首都圏の夕方のミニ番組”ストップ詐欺被害、騙されないぞ”では毎日特種の詐欺の手口を紹介している。わが家にも時々それらしき電話もかかってくる。僕ら年寄りの“味噌かっす”は、多少”お得”でも、あまり新しいことに手を出すなということか。




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10年前の自民党総裁 10年後はWHO?

2019-09-26 04:37:24 | 2012・1・1
10年1昔というが、その1昔前の2009年9月28日の日記を振り返ってみたら、野に下っていた自民党の総裁選挙が行われ、谷垣禎一氏が対立候補の河野太郎、西村康稔候補を破り第24代総裁に選出されたとあった。当時小ブログは何を書いていたのか調べてみたら”捨て石候補にガキっ子候補”という表題で、谷垣氏への期待よりはむしろ河野氏に対する批判を書いていた。

河野氏批判の私説をかいつまんで紹介すると、河野氏が外国人記者クラブでの討論会で英語で対応したとか、米軍基地周辺の小中校は英語を必修にすべきだといったかどうかなどだが、本心は父親洋平氏の”七光り”に対する批判であったような気がする。

10年経過、河野氏は安倍内閣で外務大臣を経験、今防衛相、西村氏は経済相として先日の内閣改造で初入閣した。谷垣氏は総裁期間中、与党に帰りざかず,総理になれなかった。そして”自転車事故”事故を起こし政治から引退した。一方、与党民主党はどうか。総理の鳩山由紀夫氏も政界から引退、幹事長だった小沢一郎氏は”泡沫”政党の代表に過ぎない。

10年先の政治は如何?  自公体制は持続され、自民党総裁には誰が選ばれるのか。巷で評判の小泉進次郎環境大臣なのだろうか。10年先は読めない。1昔前、与党民主党の幹事長だった小沢一郎氏が”一族郎党”を引き連れて北京詣でしたのが、昨日のようでもあり、大昔のようでもある。



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無施錠社会の危険 茨城の夫婦殺害事件

2019-09-25 03:35:41 | 2012・1・1
茨城県猿島郡境町の民家で夫婦2人と子供2人が重軽傷を負わされる痛ましい事件が起きた。テレビの画面で見ると、広い屋敷林に囲まれた旧家である。犯行の目的は何なのか警察で目下、捜査中だが犯人は、何か所かあった無施錠の入口から侵入したらしい。

今、僕が住む東京でも昭和30年代、木造家屋に住んでいた当時は玄関だけ簡単なカギをかけ、何故かそのカギを郵便ポストに入れて外出していたの想い出す。わが家だけでなく、ほとんどの家が無施錠に近かった。治安が良かったのだ。その後何回かの海外生活で、他国では厳重なカギ社会であるのを知った。困ったのは外国人研修員を連れてホテルのない地方の旅館に泊まった時だ。無施錠でも安全なことをわからせるのに時間がかかった。

茨城県ではこの8月、同じ県西部の結城郡八千代町で老夫婦がベトナム人の農業実習生に殺害されている。昔は同じ集落同士しか顔みしりがなかったが、最近はこの地方にも外国人が多く住むようになった、町役場にも異文化交流のセクションが設けられるほどだ。国をあげて外国人を招致している時代だ。それにはそれに備える錠前が必要だ。
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地上波放送がなかった巨人軍優勝戦と視聴率

2019-09-24 05:07:15 | 2012・1・1
巨人軍が9月22日の日曜日の横浜球場でのDena戦とのナイターで延長戦の末、3対2で逆転勝し、今年のセ.リーグ優勝を決めた。僕はこの熱戦をTBSのBS放送でみたが、どこも地上波では放送していなかった。その昔、巨人 大鵬 玉子焼き”(昭和36年流行語)や9連覇(40年ー48年)を知っている世代には考えられないことだ。

かっては東京ドームを拠点といた日テレの巨人戦中継は常時20%を超す高視聴率で、他局の編成担当者を羨まがらせたものだが、ここ数年、視聴者のプロ野球離れと相まって、巨人軍が5年間も優勝から遠ざかっていることもあり日テレでも地上波ではめったに放送しなくなった。今年7月31日の昨年優勝の広島戦の視聴率は5.1%という低視聴率。これでは商業放送の民放放送としては考えてしまう。

巨人が優勝した前日には、全国的に話題のワールドカップ.ラグビ―の初戦ロシアとの試合は地上波でも放送されていた。視聴率がどの程度あったか知らないが、多分,高視聴率だろう。毎週1回、新聞に各局の高視聴番組ベスト20が載っているが、プロ野球が入ったことがない。かりに今年、巨人軍が日本シリーズに出た場合どうだろうか。


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関脇 御嶽海の2回目の優勝 

2019-09-23 05:25:20 | 2012・1・1
大相撲9月場所の千秋楽は東西関脇同士の優勝決定戦で盛り上がり、御嶽海が貴景勝を寄り切って勝った。勝負は簡単だったが、玄人受けする”横綱相撲”であった。御嶽海の幕内優勝は、昨年7月場所についで2回目だが、この時も3横綱は休場、大関も不成績であった。そこで、たまたまのフロック優勝だとの陰口もあったが、昨日の相撲はなんとなんと堂々としたものだ。

わが家は老妻が信州の出身、僕も長野市に勤務したことがあり、一家をあげて御嶽海のファンで応援している。信州は江戸時代の大大関、雷電為衛門の出身地(現在東御市)であり、昭和の初期には関脇,高登という人気力士(戦後テレビ解説者)もいたが、この半世紀ほど話題になる力士は出ていない。

僕は土俵外での御嶽海の”天心爛漫”な微笑みが好きた。昨日も優勝決定戦後引きあげる花道で付け人と大きくハグを交わしていた。記者会見での応答で時々浮かべる微笑もよい。まだ26歳の青年であるが、チャンスはものにしなければならない。精進して来場所一気に大関、ついで横綱へと駆け上ってほしい。




                        


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心配な老人蔑視と偏見 ”全世代型社会保障会議”

2019-09-22 05:25:04 | 2012・1・1
「人生100年時代」控えて、有識者と関係閣僚16人で構成される”全世代型社会保障会議”の初会合が先日あった。来年6月までに結論をだすという。”全世代”というから、メンバーの中には75歳を越える後期高齢者も入っていると思うが、老人に対して蔑視や偏見の多い麻生太郎副総理兼財務相が一員なのは心配だ。

麻生大臣は総理だった10年前の7月、”年寄りは働くしか能力はない”と失言している。当時は麻生総理も指摘しているように65歳以上で介護を必要としない老人が8割もいた。総理は老人にも職を与え”納税者”にすれば一石二鳥だという持論だ。総理の考えは正しいが、老人といっても心身に相違がある。それを”働くしか能力がない”80歳過ぎて何をするのだ”と口を滑らしている。

麻生大臣は独特の年寄り論を持っているようだ。2016年6月19日の小ブログは”年寄りはいつまで生きるのか”という表題で、麻生大臣が小樽での集会で”90歳を過ぎた老人がまだ老後を心配している”とか”末期終末治療に政府の高額な費用を使うべきではない”と暴論したと批判している。

”全世代型であるから、麻生大臣をはじめ各世代から参加者があるが麻生大臣が後期高齢者の意見の代表ととらられては困る。麻生大臣のような老人蔑視偏見な意見が本筋ととられれでば、「人生100年」時代はますます生きにくくなる。




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”上総堀り“”井戸発祥の地君津市の給水

2019-09-21 04:57:45 | 2012・1・1
台風15号による災害は発生から10日余り経過したのに復興への足取りは遅い。千葉県内では、依然として4500戸近くが停電、断水も続き生活のホットラインが奪われたままだ。こんなに長く災害が後を引くのは僕の記憶にはない。

先日(9月13日〉小ブログは”生活インフラの見直し”と題して一文を書いたところ、コメンテーターターのLordyupaさんから貴重なご意見を頂いた。Lordyupaさんは、ご意見の中で、送電線の風力に耐える設計基準の見直しとか上下水道菅の口径の再検討などを例として提案、同時に非常時に備え昔ながらの井戸水にも目を向けるべきだ提案した。

このご提案から僕は君津市が”上総堀り”井戸の発祥地であるのを思い起した。”上総堀り”は江戸時代から上総(君津の旧名)に伝わる掘り抜き井戸で、僅かな人力と簡単な器具で掘削できるので明治時代に全国的に広まった。水道の普及で一時忘れられていたが、最近途上国の井戸掘り技法に適しているとして見直されてきた。

君津市は水が自噴するほど恵まれている地だが、台風15号により配水や浄水施設が破壊されており、停電が終わっても住民への生活用水は完全には行き届かないとのこと。テレビの生活情報テロップでは、相変わらず君津市だけが給水場所や乳児用液体ミルクの配布場所を流している。被災地も災害の規模、内容によって救済の度を変えてもよいのではないか。



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