「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

二八月のプレミアム.フライデーの折り込み広告

2018-08-31 06:08:09 | 2012・1・1
今日は政府と経済界が国民の個人消費を喚起しようと昨年発足したプレミアムム.フライデー,”花の金曜日”である。僕はすでに四分の一世紀年金で生活を続けている国民の〝おみそ”のせいもあるかもしれないが、一向にその恩恵には浴さない。ニ八月の”花の金曜日”、せめてスーパーの広告だけでも格安セールのチラシが沢山あると思ったら、わが家の新聞折込は、家族葬の葬儀社広告とドラグストア、外国車の販売キャンペーン、それに”そのお酒をお売りください”とあまり消費の拡大にならないものばかりだ。

スーパー業界にとって”花の金曜日”はあまり魅力がない。わが家のチラシの権威の老妻に聞くと、スーパーは週末、月末に格安セール広告を入れるそうで、”花の金曜日”には、とくにこだわらないし、魅力もないらしい。わが家も昨日広告を見て、北海道産の新鮮なサンマ一匹180円、二匹と獲りたての梨,一個98円を二個買ってきた。

安倍内閣は言葉遊びがお好きである、アベノミクスに始まって庶民には具体性に欠け、わかりにくい。プレミアム.フライデーはその最たるものだ。発足時、お役所や大手企業の社員たちの中には午後3時に仕事が終わり、帰宅前にいっぱいのめると喜んでいたようだが、考えて見ると月末の金曜日、一般の企業にとっては忙しい日だ。花金の実施率は2.4%、完全に失敗といえよう。

年金生活者に限らず、一般庶民は大根一本,人参一本、サンマ一匹,鮭の切り身一切れの10円、20円の値段にこだわっている。花金の日の折り込みが葬儀社では消費拡大にはならない。


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熱中症と高齢者の配慮がたりなかった岐阜の病院

2018-08-30 05:20:22 | 2012・1・1
岐阜市の病院で80歳台の男女5人が数日間に相次いで死亡した。このところの猛暑、熱帯夜続きなのに、病院がエアコンの故障した病室に患者を入れ、扇風機で治療に当たっていた。それが原因で熱中症にかかり死亡したのではないかと、警察は過失致死事件も視野にいれて捜査している。同じ80歳台の老人として他人事ではない。横浜の病院の点滴液異物混入事件んといい、老人専門の医療機関での、こうした事件が多すぎる。

ネットで調べると、この病院は岐阜市の繁華街、柳ケ瀬に近く、地方の都市でよくある歴代続く名門の病院で、ベッド数も100以上ある中核病院である。内科が専門だが、最近は公国立病院に押されて高齢者介護の受け入れ施設化していた。病院の紹介には,長くベッドにいれてなる”床ズレ”防止用のエアーベッドが用意してあると書いてある。

病院の院長はエアコンのない病室の治療と熱中症との関係は否定しているが、これだけテレビで毎日予防を呼び掛けている。昔は確かに病室に冷房がなくとも熱中症などには罹らなかった。第一、そんな名前の病気はなかった。熱中症が問題視されたのは、最近の異常気象による猛暑からだ。これだけ騒がれているのに、医療機関がエアコンの故障を放置したままなのは、やはり問題である。病院のHPには”(当病院は)患者の入院生活の幸せを常に求めている”とかいてあるのに裏腹だ。

それより問題なのは亡くなった患者が5人すべて80歳台の高齢者ということだ。、介護施設の不足から病院が年寄りの棲家となりつつある。これが高齢者医療の高騰につながっているのではないだろうか。
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百歳超高齢者へのご挨拶

2018-08-29 05:26:01 | 2012・1・1
8月もあと数日、夏も終わりに近づいたが、今年は猛暑続きで、一向に秋の気配を感じない。しかし、気候とは関係なく九月の声で、なんとはなく人恋しさを感じるのは、僕だけであろうか。先日、仕事の上でお世話になっている先輩に無沙汰の詫びを兼ねて電話した。数年前から自宅で寝たきりの生活は存じていたが、留守番電話でをいれると、後から元気なお声でお声が返ってきた。ところが、今年はなく、どうなさったかと思っていたら昨日、先輩の名前(㈹で葉書を頂戴した。やはり”目、耳、手足が不自由で寝たきりの毎日、言葉も忘れてしまった”と書かれおり、最後に百歳と六か月と書かれてあった。

僕は暑中見舞い㋨習慣はないが、”目にはさやかに見えない”秋風が吹くこの季節になると、ごく親しい旧制中学時代の友人に電話を入れて、同期会開催につぃて相談するが、今年は、そのうちの一人が深夜脳梗塞を再発して救急車で運ばれ入院中だとのこと、もう一人は介護のデーサービスを週に何回か受けていてとても会に出席できる状態ではなかった。

日本人の男性健康寿命72・14歳を既に15歳も超えており、当然かも知れないが、寂しいものだ。親友の病気見舞いに出かけてよいものか、どうか。多少、認知症気味だというデイ.サービスに通う友人は、会いたくないのではないかと忖度してしまう。超高齢者社会である。昔の日本ではなかった社会的な新しい規律やきまりが生まれてきている感じがする。それにしても、百歳の方を自宅で介護されるとは大変なことだ。お察し申し上げる。
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左膝を人工関節に置換して5年

2018-08-28 04:52:08 | 2012・1・1
左膝(ひざ)の人工関節置換手術を終えてから5年になる。毎年、年に4回、レントゲンを撮り、事後チェックを受けてきたが、昨日の診断で、次回は来年でよいといわれ、事実上の”完癒”宣言を承った。80歳を過ぎてからの置換手術は危険だという声もあったが、こうして自分の足で元気に通院できるのは結果的には手術は"正解”だったのであろう。

僕が左ひざに痛みを感じるようになったのは10年ほど前からだ。2008年の日記とブログを振り返ってみると、近所の整形クリニックで初めてレントゲンを受け、半月板が摩耗していると診断された。しかし、大した症状ではなかったのであろう。クリニックでマッサージと、ゴムまりを使ったエクササイスに励んだが、一向に良くならない、それでも痛みはそうひどくなく、海外旅行に二回も出かけている。しかし、80歳を越えた2011年になると、痛みはひどくなり、医者を変えて電気をかけたり、連続的な注射治療などもしたり、並行してグレコサミンなどのサプリのお世話にもなった。

2012年、シンガポール、インドネシアへ本の出版で出かけることになったが、さすがに家人の勧めもあって杖を持参した。帰国後、痛みが治まらないで、近所で名医と評判の病院へ行き、相談したところ人工関節を置換する以外に完癒はないという診断。この年、僕は膀胱がん摘出手術を受けており、医者もこれを配慮して、手術前に予備入院してMRIなどで身体全体をチェックしたあと手術した。

僕の周囲にも足腰の痛みに悩んでいる60歳、70歳台の後輩のお年寄りが多くなってきた。相談を求められることもあるが、それぞれ人によって症状は違うが、医師から人工関節を勧めれたら、若い体力があるうちに手術をしたほうがよい。
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アジア大会女子マラソン 半世紀前のジャカルタ郷愁

2018-08-27 04:43:32 | 2012・1・1
昨日、ジャカルタ.アジア大会の女子マラソン大会をテレビの生中継で見た。高温多湿、2年後の東京五輪の参考にもなると注目されたが、日本勢は野上恵子さんが、ケニヤ出身のバーレーン選手についで二位に入賞、銀メダルを獲得した。僕個人的には、半世紀以上前の1966年(昭和41年)、この町に1年半滞在したことがり、中心部を二周するコースに郷愁を感じた。

正直言って画面を見る限りでは、選手たちがどこを走っているのか特定できなかった。アナウンサーが競技説明の合間に、あれが独立記念塔(MONAS)だといわれ初めてわかり、ここが中心街のタムリン通りだと聞き、ああそうかと思う変わりようであった。半世紀前、ジャカルタの中心部にはベチャ(自動三輪車)が走っており、タムリン通りのランドマークは、日本の賠償引き当てで建てられたホテル.インドネシアの建物であった。が、今はもうない。

マラソン選手たちが走り抜けたコースの沿道には当時,超高層ビルは一つもなく、タムリン通りには夜になるとサテ(焼き鳥)の屋台が並んだ。今は何十軒ともある日本料理店は当時一軒もなかった。マラソン選手が走ったかどうか分からないが、和蘭時代の運河では住民たちがマンデイ(水浴」したり、洗濯したりしていた。

マラソンコースはお世辞にも観光的には魅力あるように僕には見えなかった。半世紀前にはなかった超高層ビルが林立し、高速道路網は整備されたが、テレビ画面は歩道橋や立派な高速ジャンクションを見るだけだ。ジャワ原人が展示されてある、国立博物館前を通ったかどうか説明はなかった。東京五輪の海外向けテレビ中継の参考までに。
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校舎がないのに「都立大学」駅

2018-08-26 05:11:59 | 2012・1・1
僕が今、70年来住んでいる家の最寄りの利用駅は東京の私鉄東横線の都立大学駅だが、今はそんな大学は存在しない。2005年、大学の八王子移転に伴い、校名は「首都大学東京」に変ったが、駅名はトカゲのしっぽみたいにそのまま残った。その都立大学が2020年4月、復活するという、ややこしい話だ。

校名の復活の話を聞き、僕は”中年の圧化粧”と批判された小池百合子知事の石原慎太郎元知事への”執念の仕返し”かと思ったらそうではない。理由は学生に大学改革のアンケート調査したところ、半分近くが校名の変更だったのが主な理由だという。確かに東京都民にとって「首都大学」は馴染みがないし、私立大学の「都市大学」とも混同しがちだ。

首都大学東京は1928年、東京が府制だった当時府下荏原郡衾(ひぶすま)村の地に7年制の旧制中高一貫校として「東京府立高校」として創立された。その後1943年、都政の移行で「都立高校」に変更になリ、さらに戦後の1949日年、学制改革で「都立大学」と名前が変遷している。そのたびに駅名は変わってきたが、なぜか「首都大学」に変ってからは変更しなかった。

都立大学の跡地は今、近くの地名、柿の木坂の地名を取って,パーシモンホールという文化施設や図書館、体育館、葬儀所として使用され、一部は桜修館という名前の中高一貫校の校舎がある。「都立大学」への校名の復活でも、校舎が元の地に戻るわけではない。都立大学駅の隣の学芸大学駅も近くに「学芸大学」という大学はない。電鉄会社は駅名を変更すれば費用がかかるから、多分、知らん顔だろうが、おかしな話だ。
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小浜の象 落下傘部隊 開閉橋 パレンバンのアジア大会

2018-08-25 05:43:16 | 2012・1・1
アジア大会のジャカルタ会場は女子水泳の池江選手の大活躍など、金メダルラッシュで沸いているが、もう一つの会場、南スマトラののパレンバンでも、なでしこジャパンが予選を勝ち進み、25日準々決勝で北朝鮮に2対1で勝利した。次の準決勝では韓国に当たる。老齢でなければ現地へ応援へ駆け付けたいぐらいだ。

パレンバンは戦争初期の昭和17年2月、日本の陸軍落下傘部隊が降下した地で、僕ら銃後の小国民世代には「空の神兵」の歌や映画でよく知られているが、戦後の世代はどうだろうか。あまり知られていないが、足利時代の初めの1408年、この地から象などを積んだ南蛮船が福井県小浜市の海岸に到着している。通商を求めてパレンバンの豪商が日本の国王に派遣したものだ。このほか、パレンバンを流れるムシ川の開閉橋も戦後、日本からの賠償で建てられたものである。

そんな日本とはゆかりのパレンバンだが、現地からの競技以外のルポが伝わってこないのは寂しい。僕は1966年以来のレピーターだが、この地名物のpempekは美味しい。魚のすり身や茹でたリ、揚げたりしたBCグルメで、きムシ川に面した屋台で食べるのがよい。時間があれば、小舟を雇ってムシ川の中の島の中国寺に詣でるのも一興だ。

今年は日本インドネシア国交樹立60周年で両国間でいろんな催しや交流が行われている。せっかくのチャンスだ。バスケット選手のような交流は困るが、たいがいの選手にとっては一生に一度の地だ。競技が終わったら観光に時間をさいてもよい気がするのだが。
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男性向けファンデーション 老人向け千円床屋

2018-08-24 04:50:27 | 2012・1・1
早寝の年寄りだが、、若い人ならまだ”宵の内”の時間に目を覚まし、ラジオの番組で男のおしゃれを話し合っていた。ファンデーションがどうだとか、僕には聞きなれない言葉の連発だ。男のおしゃれなど、ほど遠い世代であるが、昨日(8月23日付首都圏版経済面)を見たら”化粧品メーカー メンズ攻勢”という見出しで、最近、化粧品各社が、男性用向けに力を入れているという。”ベースメーク””ポイントメーク”と言われても僕には何のことだかわからない。が、そういう時代なのだろう。

戦前から戦後すぐの昭和20年代にかけて、日本の若者は旧制高校のバンカラにあこがれた。弊衣破帽、足駄履き、学帽に靴墨を塗り付けたりした。流行といえば、せいぜい、ポマードにチックのリーゼント刈りであった。若者がおしゃれに目覚めてのは、1960年代、団塊世代が20代のVANやみゆき族の頃からではないだろうか。そういうわけで、昭和1ケタ世代はまったくおしゃれには無関係だ。

先日、僕は老妻に付き添われ、近所の大手スーパー7階にある千円床屋で整髪してきた。昨年までは近所の理髪店で4100円支払っていたが、洗髪洗顔はなくとも千円の方が随分と安いのは僕にも理解できる。禿頭に近い頭、バリカン刈りで十分である。整髪剤もいらない。ただ加齢とともに、年よりは不潔感がでてくる、ファンデーションはなくとも石鹸があればよい。戦中戦後の物のなかった時代には石鹸さえなかった。
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マハティール首相の「一帯一路」政策への反旗と日本の外交

2018-08-23 04:48:55 | 2012・1・1
マレーシアのマハティール首相(93)が中国を公式に訪問、中国の「一帯一路」政策による東海岸高速鉄道計画を取りやめることで、習近平国家主席の合意を取り付けた。マハティール首相は、今年5月、15年ぶりに政権に返り咲くと、前政権の中国偏重の財政失敗政策の立て直しに大車輪の活躍だ。就任すぐの6月にはわが国を訪問、安倍晋三総理や黒田東彦日銀総裁と会い、挨拶方がた意見を求めている。

マハティール首相は、日本流の数え方によれば大正14年生まれ、先日来日した大正12年生まれの李登輝台湾元総統同様、青年時代に「大東亜共栄圏」を体験している。英国保護領だったアロースターのインド系イスラム教徒の教育者の生まれで、医学生であった。しかし、積極的に日本の軍政に協力したわけではない。マハティール首相が親日的になったのは、戦後政治家になった1980年代の、東方の国々を学べという「LOOK EAST」以来である。

マレーシアは多民族国家で、原住民のマレー系60%、中国系25%、インド系7%という構成だが、経済界は中国系が握っており、マレー系は不遇におかれていた。このためにマハティール首相は、マレー系原住民(ブミプトラ)を重視する政策を進めており、中国系住民との間に摩擦もあるようだ。

2016年から安倍政権は”自由に開かれたインド太平洋戦略”を展開している。中国の「一帯一路」政策を意識してのものだろうが、インドを初めスリランカ、ニャンマーなド「一帯一路」に反対の国も出始めてきた。この傾向にどう対処するのか、安倍政権の外交かじ取りの見せ所だ、

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「交通弱者」老人は五輪に行けない

2018-08-22 04:40:27 | 2012・1・1
2020年の東京五輪パラリンピックを前に来日する外国人や身障者など「交通弱者」を対象に駅や空港などの公共交通機関の構内にスマホを使い音声と文字の組み合せでで新しい案内施設の実用化が進んでいるそうだ。首都圏は健常者にとっても判りにくいだけに朗報だ。しかし、年寄りのひがみかも知れないが、「交通弱者」老人向けの対策が遅れている感じがする。

めっきり外出の機会が減った僕だが、初めての場所へ出かけるときは、あらかじめPCで駅構内図をチェックしてゆく。エレベーターあるか。下りのエスカレーターもあるか。乗り換えに便利かどうか、洋式トイレがあるかどかなどである。そんなに慎重にしていても先日乗ったバスが、同じ方向だからと乗リ途中で乗り換えたらと思ったら、同じ名前のバス停なのに、はるか遠くで降ろされ、結局タクシーを利用した。

東京では義足や人工関節、妊娠初期の女性に対して”ヘルプ.バッジ”が交付される。僕も左関節が人工なので対象者なのだが、貰っていない。赤地に白十字と白いハートが入ったバッジだが、僕は過去に一回だけ、通院先の国立病院で見ただけだ。このバッジを着用していれば、周囲の人が配慮してくれるということだが、宣伝不足、どこで交付されることさえ周知されていない。

今の都知事さんは新聞の大きな活字になりそうなことはお好きだが、都営地下鉄がいかに老人にとって不便であるか、自分の足で確かめたらどうでしょうか。今のままなら老人は五輪に行けないし、行かない。
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