「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

       大晦日(おおみそか) この一年

2007-12-31 06:43:52 | Weblog
今日は大晦日である。一年の最後の日に当たりわが家のこの一年を振り返って
みた。世の中は「偽」(いつわり)と「謝」(あやまり)の一年だったが、わが家では
それがなかったのが、まず幸せといえよう。それよりも老夫婦共に大病もせず、健
康に生活出来たのは最高の幸せだ。

わが家の一年を”十大ニュース”的に回顧してみると、やはり上位には夫婦のささ
やかな伊勢と松島への一泊旅行だ。そのほか老妻は故郷の小学校の同窓会へ出
席、僕も60年来の旧友と安曇野へ紅葉狩りを楽しめた。昨年までは20年近く毎年
海外旅行へ出かけていたが、今年は一度もそのチャンスがなかった。

僕の毎日のブログも上位にランクされよう。"継続は力なり”の諺ではないが、ブログ
の閲覧者数PVと訪問者数IPが昨年に比べ、それぞれ1・95倍、1・68倍と増加した。
物書きのはしくとれとして、こんなに嬉しいことはない。老人のたわごとだが、来年も
頑張ります。どうぞご愛顧のほどお願いいたします。

       ▽「老人タイムス」平成19年ベスト5
(閲覧者数PV)           (訪問者数IP) 
1、相談にのらない警察相談日(12/9)   1、アウンサン・スーチー一家と日本(26/9)
2、大型連休は単身赴任の生活(7/5)   2、もう一つわからない天下り規則(26/4) 
3、接待ゴルフとマナーの悪さ(22/10)    3、64年前牝馬がダービーを制した(27/5)
4、朝日新聞11万人無責任な数字(12/10)  4、近所迷惑です。元長官殿(19/6)
5、慰安婦、罪な中曽根回顧録(3/6)    5、愛国心と修身教育の評価法(5/8) 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

          ”もういくつ寝るとお正月”

2007-12-30 06:47:52 | Weblog
       ▽ お正月(作詞 東くめ 作曲 滝廉太郎 文部省唱歌)
               
         もういくつ寝るとお正月 お正月には凧あげて
         コマをまわして遊びましょう 早くこいこいお正月

明治34年発表の歌だが、このメロディを聞くと、僕らの世代はあの楽しかった子供の
頃のお正月を想い出す。今や歌に出てくる凧もコマもまりも追いはねも、子供の遊び
の世界から消えかかっている。あの日本の暮れの風景も変容してきた。”あと2日”に
迫った昨日、買物をかねて”暮”を見に街に出かけた。かって歳末大売出しで賑わった
駅前商店街の姿はない。僅かに正月の飾り物を売る店があり、松と輪飾りのセットを
1200円で購入した。

「普通の家族が一番怖い」(岩村暢子 新潮社)の本の広告によると、元旦の食卓に
全員がそろわない家族が四割、おせち料理を食べない家庭が三割、正月からトースト
に牛乳という家庭もあるという。

この風潮をどうみるか?嘆き悲しんでばかりもいられない。老夫婦だけになったわが家
でもここ数年、昔のような本格的なおせち料理は家で作らなくなった。作っても年賀の
孫達は箸をつけない。結局おせちは夫婦だけの簡単なものになった。立派なお屠蘇セッ
トがあっても祝うのは夫婦だけだ。都会では”核家族”化が進み、どこの家でも残念なが
ら古来から伝わる伝統破壊が進行してきている。町中には歌にある"松竹立てて”賑や
かに正月を祝う家は見当たらなかった。

             
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

    「日の丸油田」からの撤退と「アラビア太郎」

2007-12-29 06:30:29 | Weblog
”良薬は口に苦し”-昔はお医者さんから貰う粉薬は苦く、これをオブラート
という薄い膜状の紙に包んで飲んだものだ。このオブラートの発明者が「ア
ラビア太郎」といわれた、あの昭和の大企業家、故山下太郎氏だと知り驚い
たことがあった。

その山下太郎が創設したアラビア石油が、かって「日の丸油田」の象徴だっ
たカフジ油田から今年限りで撤退する。半世紀前、わが国初の自主開発油
田として”国威”を発揚、国民が誇りにした当時を知る者としては寂しい限りだ。

カフジ油田はサウジアラビアとクウエート両国が権益を持つ海上油田で、アラビ
ア石油が昭和32年(1957年)に権益を取得、36年から日本に向けて原油を積
み出し、ピーク時は一日当り30万バレルの生産があった。僕は37年12月、操
業開始時の現地を訪れたが、灼熱の砂漠の中で、日本人技術者がカマボコ型
の粗末な宿舎で頑張っていた姿が今も忘れられない。

あれから半世紀を経て、平成12年にサウジアラビアとの権益更新交渉が不調
に終わり、15年にはクウエートの権益も失効、そして今回の技術者派遣契約も
期限切れとなり、完全に撤退することになった。

50年前、中東の石油は欧米系の石油会社の独占であった。山下太郎氏は、そ
の中へ”殴り込み”をかけるように参入した。石油事情には素人だが、現在の原
油高の実情をみると、改めて山下氏の先見性の高さと気概に感心する。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

       なぜNHKは偏向学者を起用するのか

2007-12-28 06:39:01 | Weblog
沖縄戦集団自決をめぐる教科書問題で、文科省が事実上の軍強制の複活を認める
再検定を下した。歴史事実に反する検定である。「関与」と言葉は変えても、内容は
「強制」である。この問題に関連して公共放送のNHKが林博史・関東学院教授を再三
画面に登場させている。NHKはまだ偏向学者の起用に懲りないのか。

林博史教授は2000年12月、東京の九段会館で開かれた「国際女性法廷」の委員で
ある。この模擬法廷のハーグ判決では、軍の”性奴隷”制度の”被告”として昭和天皇
はじめ9人に有罪判決をしている。僕をはじめ普通の日本人から見れば、このような
裁判をサポートする人物は偏向人物である。NHKは「国際女性法廷」ではETV番組で
懲りているはずなのだがー。

林教授は自著「沖縄戦と民衆」(2001年出版)の中で”(県民は)自決を素直に受け入
れる素地はあった”と記述、島の防衛隊長の命令も否定している。昨年12月、文科省
が軍命令の削除を教科書会社に伝えた根拠の一つも林教授の本を参考にしたといわ
れている。ところが、昨年来、この問題が表面化すると”軍命令があったかどうかの問
題ではない”と支離滅裂である。軍命令がなければ軍強制もありえない。

林教授の歴史は、彼の作った話(his story=history)が見られる。岩波書店から出てい
る”BC級戦犯”の本には”BC級戦犯には二等兵はいない”とかホーランディアをパプア
ニューギニア領と誤述している。マレー華僑の虐殺も彼の解釈では、虐殺だが当時の
軍にとっては共産匪掃蕩作戦にすぎない。昭和30年生れの教授には戦争の”空気”が
読めない。

教授の大学では学生が大麻を栽培し、吸っていた事で問題になったが、間違った歴史
は大麻より恐い。


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

         台湾からの義理堅い年賀状

2007-12-27 06:22:42 | Weblog
台湾の陳さんから今年も早々と年賀状が届いた。「恭賀新年 佳節愉快 諸事順利」
といった市販の立派なカードに「より良い新春をお迎えまります様お祈りしております。
皆々様の御健康万事如意を心からお祈り致します」と日本語で添え書きされていた。

実を言うと、僕は失礼だが即座に陳さんの顔が浮かばない。10年ほど前スマトラ第二
五軍司令部の戦友会が東京で開かれた時、これに出席していた陳さんともう一人の
林さんと初めて会った。戦争中二人は日本軍の兵士として従軍していた。その後僕は
林さんとは観光旅行の際、台北で会っているが、陳さんとは会えなかった。

僕は開発途上国からの研修を手伝っていた関係で、アジア、アフリカの研修員の知り
あいが多い。しかし、毎年かかさず年賀状を頂戴しているのは、この台湾の二人だけ
だ。世話をした一、二年は頂くが長続きはしない。

陳さんも林さんも台湾では「多桑」(父さん)世代と呼ばれる、日本統治時代に生れ、
「日本人」として教育を受けた方々である。林さんの名前は大正。大正生れである。
頂く手紙は僕の孫より立派な日本語である。僕は二人から年賀状を頂くたびに、今
の日本人が忘れかけた義理固さに感心し、反省するばかりである。”多桑さん”世
代も10数年もすればいなくなる。せっかくの日台のこのよい関係も次世代も引続い
てもらいたいものだ。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

         長寿長野県と"手前味噌”汁

2007-12-26 07:57:58 | Weblog
NHKラジオの「深夜便」で葛西聖司アナが長野県人が長寿なのは、味噌汁に
あるとの地元の人の話を紹介していた。瞬間、僕は老妻が毎日つくる具の
多い信州風味噌汁を思い出し、感謝した。老妻は善光寺のお膝元,長野市
の生れ、結婚して52年になるが、今や僕は、この味噌汁に”飼い”ならされて
しまった。

信州風味噌汁とは一口にいえば、東京(僕の故郷)の味噌汁に比べて具の
種類が多くて沢山なのが特徴。今朝の味噌汁も大根、人参、牛蒡,ねぎ,凍
み豆腐(高野豆腐)がたっぷりと入り、煮干でダシをとったものだ。東京の味
噌汁はたいてい具は一品で、アサリならアサリだけ、ジャガイモならジャガイ
モだけのことが多い、結婚当初は、老妻のつくる野菜の”煮っころがし”みた
いな味噌汁に抵抗があったが、考えると栄養的には長寿につながるのかも
しれない。

”手前味噌”ならぬ”手前味噌汁”だが、毎朝飲んでいるためか、二人とも元
気である。願わくば、東京に住んでいても男性長寿日本一の79・84歳、女性
5位の86・4歳をクリアーしたいものだ。

信州人は理屈っぽいというが、高齢者の就業率も高く、在宅医療費も充実、日
常の保健活動も熱心である。長寿県には長寿県なりの努力もある。信州方言で
ズクという言葉がある。”元気”といった意味だ。元気のない怠け者をズクなしとも
いう。僕らもズクなしにならないよう頑張らなければー。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

         "お茶目な”福田総理の人気

2007-12-25 06:11:19 | Weblog
福田総理の支持率が急落している。12月24日付「産経新聞」掲載の世論調査
(12月20日実施)によると▽福田内閣を支持する35%、支持しない56%▽次の
選挙でどの政党に投票するか自民党20%、民主党31・8%である。支持率低下
の最大の原因は薬害肝炎について福田総理が即座に一律救済の決断をしなか
ったからだといわれている。

12月15日TBS系で放送された「福田総理がやってくる」という番組があった。特
別どうという内容ではなかったが、なぜこの時期に局イメージがふさわしくない一
局だけ選んで出演したのだろうかー。番組の初めで若いアナウンサーが総理を
紹介するにあたり"お茶目な”という言葉を使っていた。広辞苑によると"茶目”は
”子供っぽい,滑稽じみた、悪戯っぽい”という意味である。類語の”おちゃっぴい"
という言葉になると”多弁で滑稽な真似をするおませな小娘”となる。

福田総理のイメージは”手堅い”とか”繕いなおし”とか漢字一字で表現すれば、
「安」があてはまる。TBSのアナウンサーは、言葉の意味をよく知らずに"お茶目
な”を使ったのであろう。確かに総理には、その一面みたいなところもある。しか
し「年金問題」などの不用意な発言などみると”お茶目"では済まされない。

「産経新聞」の同じ調査によると▽来年は今年より景気が好くなるかーという質問
に対し、良くなる、やや良くなる、併せても15・2%、逆に悪くなる、やや悪くなるが
49・2%と半数近くある。TBSの番組で福田総理は来年から本格的に経済問題に
取組む、と明言していた。韓国もタイも経済優先の政治家が国民の支持をえて当
選した。インド洋の給油も大切だが、国民はどの程度、その大切さに関心がある
だろうか。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

      捕虜収容所のメリー・クリスマス

2007-12-24 06:52:48 | Weblog
「戦場のメリー・クリスマス」(1983年日英など合作大島渚監督)をDVD
で見た。戦争中ジャワ(インドネシア)の山中の連合軍捕虜収容所を舞
台にした日本軍兵士と捕虜との人間的確執とおかしな友情を描いた作
品で、その年のカンヌ映画祭の候補ににも上った。また、ビート・たけし
や坂本龍一が俳優として登場、話題にもなった映画である。

僕は映画評論家ではないが、この種の自虐的反日映画はいくら作品が
高く評価されても好きではない。なぜこんな映画を日本人が製作するの
か真意がわからない。日蘭400年記念の2000年、僕はアムステルダム
の国立博物館で開催中の戦争展を見たが、一方的な反日展示物に驚
き怒りを感じたが、考えてみると戦争はそんなものだ。

「戦場のメリー・クリスマス」の原作は連合軍捕虜の体験だから、反日的
になるのは当然だが、なぜこれを日本人が映画にし"残虐性”を必要以
上に強調するのかー。狂気の時代とはいえ映画にあるようなシーンはあ
りえない。

戦争中の昭和19年12月25日、釜石捕虜収容所所長だった稲木誠少尉は
捕虜たちのためにクリスマスを祝うことを許した。すでに東京などの大都市
では米軍の空襲が始まっていた。とても当時としては考えられないことだ。
翌20年7月、連合軍は釜石を艦砲射撃し、防空壕に避難していた捕虜32人
が犠牲になった。戦後稲木少尉は、この責任を問われ横浜BC級裁判で5年
の刑を言い渡され巣鴨刑務所に服役した。

戦争は不条理であり。一面的なものではない。一方的な”南京大虐殺”の
映画が話題になっている。”戦場のメリー・クリスマス”を見て、一部日本人
の脳天さにハラがたった。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

        乳母日傘(おんばひがさ)の政治家

2007-12-23 06:37:14 | Weblog
韓国の大統領に当選した李明博氏は苦学力行の苦労人だという。これに関連して
NHKラジオの「新聞を読んで」という番組で出演者が日本の政治家は乳母日傘だと
李明博氏と対比させていた。乳母日傘とは三省堂の慣用句辞典によると「乳母が
世話を焼いたり、日がさせば日傘を差しかけたり故意に過保護な育て方をすること」
とある。転じて”世間知らず”という意味もある。

日本の政治家が全部が全部”乳母日傘”だとは思わないが、例えば今の内閣をみる
と、18閣僚のうち福田総理を初めてとして8閣僚が世襲、他の2閣僚も父親が地方議
員である。政治家としては"乳母日傘”で育てられてきている。そのせいか永田町や霞
ケ関のことには詳しいが、国民の気持ちからの乖離がみられる。言ってみれば世間知
らずだ。

新テロ特措法案をめぐる国会審議は足踏みしたまま。年金問題など難問が山積してい
る。臨時国会が再延長され14年ぶりに越年する異常事態だ。それなのに与党も野党
もUFO(未確認飛行物体)の有無論議をしている。さすがに”いい加減にしてくれ”という
意見もでてきた。

昨夜、NHK テレビが「年金問題」の特番を放送していた。升添労厚相の言葉を借りれ
ば”想定以上”の混乱である。少子高齢化からくる構造的な不安ではなく、事務方の怠
慢によるものである。このままでは国民が老後の生活に不安を持つのは当然である。
"乳母日傘”の政治家は、老後の不安などないからからか、与党も野党も「年金」の根
本的解決を考えず、政争の具に使っているとしか思えない。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

            冬至 一陽来復

2007-12-22 07:19:44 | Weblog
今日は一年で最も昼間の時間が短い冬至である。東京では日の出の時間は6時半
すぎ。ラジオ体操で僕が家を出る時はまだ、夜が明けきれず真っ暗である。暖冬とい
っても早朝のこの時間は寒い。昔、子供だった時の寒中稽古や軍事教練を想い出し
た。あの頃はボロ靴の先に干し赤唐辛子を入れても足先が痛かった。

東京でも昔は冬至の日には,柚子湯に入り、カボチャを食べる習慣があった。冬至は
「湯治」に通じることから柚子を湯舟に入れて身体を暖めた。カボチャを食べると風邪
を引かないという言い伝えがあり、わが家でも昔は食べたものだった。が、この数年は
食べたことがない。カボチャが高くなったのか、予防注射で風邪を引かなくなったのか。

冬至には「ん」の字が二つつく食材を食べるといいとも言う。なんきん(カボチャ)、にんじ
ん、ぎんなん、れんこん、かんてんetc。「ん」は運」に通じるということからのようだ。不思
議と、この季節には「ん」が二つある食材が多い。

冬至は一陽来復の日だとも言う。気候的に寒さが、この日が陰の局で、この日をすぎると
陽(暖かさ)が戻ってくるという意味だ。加齢とともに年々、寒さが身に響いてきた。年寄り
の”冷や水”ともいえるラジオ体操に参加する一方で、春を待つ気持ちは大きい。童謡の
赤い鼻緒のジョジョはいた女の子の気持ちである。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加