「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

    渡部恒三先生の ”オール ジャパン キャビネット”

2011-04-30 06:46:06 | Weblog
異例なことである。国会の予算委員会が連休初日の「昭和の日」にも開かれた。土曜日の今日も開かれる。国会のゴールデン・ウイーク期間中の開催は昭和37年(1962年)以来49年ぶりだと言う。東日本大震災を受けての緊急予算審議である。被災地の救済復旧を考えれば"月月火水木金金”の審議は当然といえば当然だ。

与党民主党の先鋒として"黄門様”こと渡部恒三氏が"今はオール・ジャパン・キャビネット”(全日本内閣)の時だ”と菅総理の政治手法をたしなめていた。"黄門様”の話法は同世代の僕がみても大時代的だが、歳の功で説得力はある。例のおとぼけで"敗戦時、僕は中学1年だったが、総理は何歳だったか”と質問していた。どんな狙いで総理に質問したのか"黄門様”の意図はわからない。

"黄門様”より二歳上の中学3年だった僕の推察によれば、多分、広島、長崎への原爆投下や東京、大阪、名古屋、横浜を始めとする都市空襲で国土が焼土と化したにもかかわらず、、われわれ日本人は不死鳥のように蘇えった。これは戦後の日本人が、敗戦にもへこたらず、一致団結して国の再建に努めたからだ、といいたかったのであろう。

僕は"黄門様”の言葉から、敗戦時を思い出した。東京の僅かに焼け残った母校の校舎には空襲で家を失った近所の人たちが避難場所がなく同居していた。前にも小ブログで紹介したが、敗戦2か月後の10月は、1か月間勤労動員されて第一京浜国道沿いの焼土の瓦礫の片付け作業に従事した。当時はボランティアなどなく、強制的に学校から命令された。ろくに食糧もなかった時代だが、日本中が政府も国民も復興に向かって一つになっていた。
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          "復興方程式”の解決は"菅おろし”

2011-04-29 06:56:29 | Weblog
今日から連休である。と、いっても毎日が"日曜日”の僕にとっては、これといった変化はないし、特別な喜びもない。ブログを書く材料が少なくて困るぐらいなものだ。「昭和の日」だが、毎年同じようにすぎ去った昭和の想い出を書くのも芸がないことだ。

昨年の連休にはブログで何を書いたか調べて見たら、鳩山総理(当時)の普天間問題をめぐる迷走ぶりへの批判だった。5月決着を目指していたが、解決策がなく無意味な沖縄詣でしていた。そして、当時の閣僚といえば、16閣僚のうち11閣僚が連休中に海外へ出かけていた。菅副総理は日本にいたが、普天間問題の解決はまるで"連立三次方程式”を解くように難しい、などと他人事のような態度をとっていた。

1年経過した菅内閣はどうだろうか。東日本大震災に遭遇し、今年はさすがに海外へ出かける閣僚もいないみたいだ。今、思うと昨年の連休中、外相も防衛大臣も不在の中で大震災が発生したらどうだっただろうか。改めて民主党政権の危機管理の無さを痛感させられた。

1年前、鳩山総理は米国の新聞から”loopy"(現実逃避のおバカさん)呼ばわりされていた。今はこういう時期なので、外国のメディアは菅総理批判を謹んでいるようだが、国内では与野党あげて"菅おろし”の大合唱である。連休後、政局はどう展開するのかー。国民は決して国のリーダーの度重なる交替は望んではいないが、菅総理の下では日本の復興は無理なことははっきりしている。わが国の”復興方程式”は、連立三次ほど難しくはない。"菅おろし”の定数をあてはめればよいことだ。
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       なんとかならないのか農産物の出荷停止

2011-04-28 06:51:29 | Weblog
千葉県香取市の10農家が国の出荷停止命令を知りながら7885束のホウレンソーを同じ県内の八日市場の卸売市場に出荷し、これが首都圏の市場に出回っていた。法律違反の許せない行為である。農家の行為は、他人の健康なんかどうでもよい、カネ目的の、いわゆる石原都知事のいう"我欲”によるものだ。

しかし、農家にとっては、手塩にかけて育ててきた農産物がふって湧いてきたような放射能による暫定基準値が一時的に高いという理由で出荷停止にされてはたまったものではない。香取市産のホウレンソーも4月4日に出荷停止の対象になったが、その後22日には解除されている。

原発事故による放射能漏れが表面化して以来、国の原子力災害特別措置法に基づく農産物の出荷停止が福島県だけでなく関東地方の各県で実施されているが、そのほとんどが数週間後には、暫定基準値が連続3週間下回ったという理由で解除されている。昨日も栃木県産のホウレンソーやキャベツなどが、塩原市と塩谷町以外解除になったと、枝野官房長官から発表があった。

国民の健康に関する問題だけに、国が慎重にこの問題に取り込んでいるのは理解できる。しかし、あまりにも画一的、お役所的ではないだろうか。小ブログ(3月22日)は農畜産物の出荷停止は人災とまで決め付けた。それは初期の段階では、国の出荷停止命令が実際の測定値によるものではなく、単に行政単位によって行われていた嫌いがあったからだ。

出荷停止命令が一回だけの基準値オーバーで決定するのが正しいのかどうか。農家にとっては、補償問題もはっきりしない段階で、一方的に出荷をスットプされてはやりきれない。
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          嬉しかった子供の路上の落書

2011-04-27 08:05:15 | Weblog
我が家の裏の通りに近所の子供が書いたのだろう。紅白の白墨で描いた線路の落書を見つけた。久しぶりの発見である。昔、僕らが子供だった昭和10年代の東京では何処にでもあった落書だが、最近は、まったく見かけなかっただけに嬉しかった。東電の福島原発事故で放射能値が高い郡山では、子供たちが思う存分戸外で遊べないという。こんなに可哀相なことはない。一日も早く原発事故が終息することを願っている。
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         郡山の放射能汚染の学校の校庭

2011-04-27 06:21:50 | Weblog
NHKテレビの報道によると、福島県郡山市内の小中学校、保育所28か所の校庭で測定した放射能値が基準より高いので、表土1cmから2cmを除去し、校庭の使用も制限するとのことだ。わが家で購読している新聞はこのニュースを報道していないが、考えてみるとショッキングなニュースである。郡山市は東電福島原発から50㌔以上も離れており「危険区域」ではない。

僕は1969年から71年まで郡山市に転勤で住んだことがある。福島県では一番人口が多い中通りの中核都市だが、当時は駅前を除けば緑に囲まれた自然の多い町だった、今でも校庭が舗装されていないところをみるとまだ、東京に比べれば、昔のままに違いない。その頃、東京は自動車や工場の排気ガスで大氣汚染が始まり光化学スモッグが問題になっていた。僕の小学生の長男も小児喘息に悩まされていたが、郡山にくると症状が治った記憶がある。

郡山の学校校庭の表土除去作戦は、チェルノブイりの体験によるもののようだ。これもNHKラジオの報道でメモをしなかったので、誤りがあるかもしれないが、地上に落下した放射能チリは時間の経過と共に地中に浸透するので、出来るだけ早い時期にこれを除去するのが好ましいのだという。

郡山市では市内の一部の公園でも子供の出入りを制限しているようだが、放射能値のモニターリングの結果が郡山だけ高いわけはない。多分、市の行政関係者にこの方面の専門家がいて事前に適切な予防策をとっているのかもしれない。この問題について厚労省や文科省からなにもコメントがないのも不可思議な話である。



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     菅総理 「月月火水木金金」でお願いします

2011-04-26 06:21:33 | Weblog
福島原発第一発電所から半径20㌔県内「危険区域」住民の一時帰宅は連休明けからだと菅総理が発表した。県内の2万6千人の住人は、事故後着の身着のままで避難してきており、中には生き物の家畜を放置したままの畜産業の人もいる。一日でも早く早く帰宅を望んでいるのに"連休明けまで待て”とは随分無神経な発言である。

素人の僕にはよく判らないが「危険区域」というからには、住民の長期居住には適さないのかもしれないが、一時帰宅を許すからには、それなりの安全は確保されているのだろう。それなら"連休あけ”などと、のんびりしたことは言わず、今日からでも実施すべきである。戦争中、海軍の艦隊勤務は、土日の休日などなく「月月火水木金金」であった。

「危険区域」内には牛4,000頭、豚3万匹、鶏60万羽、さらには馬も100頭が残されたままで、一部は野生化してきている。福島県では、国の指示で、これらの家畜の殺処分に乗り出した。故郷から離れた不便な避難所生活を送っている畜産業の人たちは、どんな思いで菅総理の”連休明けまで待て"発言を聞いただろうか。

菅総理はまさか連休中長い休暇をとるつもりではないと思うが、避難所生活の人たちには多分連休意識などないはずだ。被災者ではない僕らでも、決して自粛ではなくて気分的に連休を楽しむ気にはならない。とくに高齢者の僕らはそうである。逆に体力が許すならば放射能汚染なんか恐くない。「月月火水木金金」の精神でお手伝いしたい気持ちである。

多分、一時帰宅には、僕らには理解できない、それなりの準備があって、時間的に連休明けの頃になるのだと思うが、菅総理は数重なる不用意発言をしている。最高指揮官は口を慎むべきである。
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          蓮舫大臣ハズバンド氏の落選            

2011-04-25 06:48:14 | Weblog
不謹慎だが、東京のわが選挙区の区議会議員の選挙結果をワクワクしながら朝刊でみた。誰がトップ当選かなと事前に老妻と予想比べをし、僕は知ったかぶりして”それは当然、選挙公報のプロフィルにある"妻 蓮舫"氏さ”と予想していた。民主党の"仕分けの女王”蓮舫さんの御主人なら当然、ぶっちぎりのトップ当選間違いないと予想していた。

ところがでる。蓮舫さんの御主人、村田信之氏は千票もとれず落選である。民主党の退潮を象徴するかのような敗北である。わが選挙区では、村田氏だけでなく、民主党候補は現役の四人がやっと当選しただけ。選挙前から民主党の不利は伝えられていたが、これまでひどいとは完全に僕の想定外だった。

わが選挙区だけではない。東京の23区では、どこも民主党候補の当選は僅か数名。都心の千代田区では二人がやっと当選、中央区ではみんなの党が四人も当選しているのにここでは一人だけの当選だ。この選挙区からは海江田通産相、与謝野経済財政担当相と二人も閣僚が出ているのにだ。いくら地方選挙といっても民主党は与党であり、二人の大臣の選挙区だ。

昨日、僕の親友がメールを寄越し、犬の散歩をしながら、投票へ行く途中、鳩山由起夫前総理夫妻に挨拶された、と感激して知らせてきた。多分、選挙を意識した"微笑"作戦だったのかもしれない。これで、親友が民主党候補に一票を投じたたかどうかは知らないが、ここまで民主党が苦戦するとは!やはり菅内閣の大震災後の対応、とくに福島原発事故への対応のまずさを国民はよくみている。民主党はこの大敗北に対してどう処するのであろうか。
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  ”住民の集団自決は軍命令" 最高裁の誤った判断

2011-04-24 07:03:35 | Weblog

沖縄戦での住民の集団自決は軍命令によるものだとする最高裁第一法廷(白木勇裁判長)の判決は、同時代を生きてきた僕には誤った判決としか思えない。これは明らかに歴史の真実を否定するもので、その責任は重大である。このような裁判官は国民審査で"ノー”をつきつけ罷免させるべきだ。

僕は沖縄戦で戦った健児部隊やひめゆり部隊と同世代で、沖縄戦当時は東京の中学3年生だったが、敵の本土上陸の備え、千葉県の江戸川運河で、拡幅浚渫工事に動員されていた。広島の船舶工兵「暁2942」部隊に配属されて、軍隊生活そのままに毎日、モッコ担ぎの重労働だった。恐らく、戦争が長引き敵が上陸してきたら、今の自分はなかっただろう。

あの時代を想起してみると、僕ら子供でも死を覚悟していた。具体的には手榴弾を与えられれば、一発は敵にぶつけ、残りの一発で自決すると思っていた。これは軍の命令によるものではない。当時の日本人は、いさぎよく桜花のように最後を飾りたいという気持ちを持っていた。

軍の命令説を主張する作家の大江健三郎氏は、敗戦時まだ小学生で四国の山奥にいて、戦争の直接体験はない。多分、戦後自分の頭の中だけで戦争を考え、日本の軍隊を必要以上に悪者扱いしている。確かにかっての日本軍は、不条理だったが、民間人に"死ね”と命令するほど非人間的なものではなかった。

僕は旧日本軍をことさら擁護する気持ちはないが、戦争は体験したもの以外には、なかなかあの時代は理解しにくい。最高裁の判事が戦争の実体験のない大江氏の記述を判断の基準にしているとすれば歴史へのぼうどくであり、許しがたい。失礼だが判事氏は昭和20年2月生まれである。
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       街の選挙といっても!統一選挙後半選

2011-04-23 06:37:25 | Weblog
最近、あまり使用頻度のなくなったわが家の固定電話がこところ鳴る回数が多い。電話の主は統一地方選挙に出馬している候補者の推薦人からだ。それもわが家では、たいてい老妻の関係者だ。老妻は老人会や町会の会合に出ることが多く知合いが多い。これに反して僕はほとんど地元社会との接点がない。従って電話もかかってこない。

東京でも地域に密着している区議会議員選挙となると、顔見知りも出ていて、普段あまり政治に無関心な娘夫婦も興味を持っている。とくに、今回わが選挙区からは、街のサカナ屋の御曹司、テレビの芸能レポーター、それに現役大臣のハズバンドなど多士済々、話題には事かかない。娘夫婦は、昔の幼稚園、小学校のPTA、孫のサッカークラブの関係者、知合いが多いから、誰を選ぶかで大変のようだ。

候補者の大半は、もう僕からみれば子供の年代。それに老妻と違って僕には変なしがらみがない。明日、誰に投票するか正直いってまだ決めていないが、一昨年の総選挙で後期高齢者医療制度の即時廃止を公約にして、年寄りを欺いた政党の候補者には絶対投票しないことにしている。

地方選挙はあまり国政とは関係ないといわれるが、公約をかくも簡単に破っておいて謝罪もない政党は信用出来ない。選挙結果はどう出るかー。僕は民主党の大敗とみているが、どうだろうか。たかが街の選挙といっても気になるものだ。
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          空襲と強制疎開の補償金

2011-04-22 07:42:04 | Weblog
昭和20年3月10日の東京大空襲の5日後、近くに軍需工場のあったわが家は「防空法」に基づき1週間以内に退去せよ、と強制疎開を命じられた。命令は有無を言わせぬものだった。当時中学2年だった僕は、学校の勤労動員を休み(動員も工場周囲の疎開家屋の壊し作業だったが)両親と共にバタバタと家財を整理し荷馬車で郊外へ引っ越した。

事情は違うが、今回の福島原発事故による「警戒区域」設定も同じだ。自分の家や土地があっても立入禁止で、立ち入れば法によって罰せられる。当時、子どもだったので、あまり大変とは思わなかったが、定年をまじかにして、やっと自分の家を建てた両親はさぞかし戦争といえ無念だったに違いない。

福島原発事故の避難者への補償金が、いまだに一時仮払い金さえ支払われていないが、戦時中の空襲や強制疎開の場合はどうだったかー。昨日、自宅兼店が空襲で焼けた旧友と昔の話をしたら、空襲被災者は政府から一切補償や見舞金は出ていない。被災直後、被災証明書が発行され、これがあれば日本全国へ無料で避難できたにすぎなかったという。

強制疎開の場合は、亡父の日記によれば、敗戦直後の8月28日、9,010円が支払れていた。東京の半分近くが焼野原になり、敗戦を挟んでいたのに行政が機能していたのには驚きだった。しかし、その額は、同じ年の11月、僕の動員先の工場から5か月分の退職金4,000円が支払れている比較からみて、たいした額ではなかったことが判る。

今回の大震災は戦争ではない。巨大な地震や大津浪は自然災害である。しかし、福島原発事故は、明らかに人災である。政府は誠実に事故被害に対して対応して、一日も早く被災者に対して補償すべきである。
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