「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

トータル閲覧数300万を超えたこの一年を振り返る

2017-12-31 06:15:31 | 2012・1・1
2017年(平成29年)も今日で終わり。昔流で言えば大晦日だが、老体にはこれといってすることなく、思い出すまま樋口一葉の「大つごもり」をネットで原文のまま悪戦苦闘して読んでみた。昔、中学の国語の時間で江戸時代の作品を擬古文と習ったが、一葉の「大つごもり」は、明治の作品なのに僕にとっては擬古文で難解。来年は明治維新150年である。改めて歴史の流れとその重みを感じた。

そんな感慨の中で、この1年を振り返ってみた。年頭のブログの中で、僕は一年の平穏を願ったが、80歳半ばを過ぎた僕ら老夫婦はお蔭でこうして元気に「大つごもり」を送る事が出来る。ただ年齢には勝てず、老妻が屋内で転倒して足腰を痛めたり、お互いに耳が遠くなって会話が不自由になってきた。それに物忘れ悪くなり”あれ””その”の変な指示代名詞の頻度が多くなってきたのはいな
めない。

しかし、この一年で僕が自分で勲章と思っているのは、10月にトータル閲覧数が300万を突破したことだ。12年前75歳の誕生日を期に娘の勧めでボケ防止に始めたのだが、こんなに長くはまり込むとは思っていなかった。まさに”継続は力なり”で、今では僕の生き甲斐の一つになり、毎日のランキングの高低に一喜一憂している。

ちなみに、今年のランキングは3000位から6000位台に推移しが、2000位台も四つあったので紹介してみる。
①老妻へ孫から贈られた85歳誕生日ケーキ 2025位
②牧水も父も愛した沼津 2647位
③小ブログトータル閲覧数300万突破 2804位
④停電続きの70年前の長雨のころ 2840位

嬉しいことは今年最後の週(12月24日―30日)の週ランキングが3869位と今年最高だったことだ。”終り好ければ、全てよし”である。



コメント

歳末の風物詩 おせち料理は自家製にかぎる

2017-12-30 05:50:22 | 2012・1・1
今年も”あと2日”寝るとお正月である。80歳半ばをすぎると、残念ながらあの童謡に歌われたような新しい年へのワクワク感は消え、逆に来し方の想い出ばかりが頭に去来する。その一つが、昔はどこの家でも当たり前だった家庭でのおせち料理作りの風景である。

わが家でもそうだった。大晦日近くなると、母親が台所に入りきりで練炭コンロと電熱器を駆使して色々と煮物をしていた。まだ東京の23区内でも都市ガスが普及していなかった時代である。母親のこまごまと忙しい前掛け姿がまだ目の奥に残っている。

家庭であまりおせち料理を作らなくなったのはここ数年である。核家族が多くなり、少人数の家庭でおせちを作るより、外部の出来あいのものを買った方が手間が省け、色々と美味しいものが食べられるという発想だろう。ネットで調べれば、全国のおいしいおせちが紹介されており簡単に注文できる。

わが家でも昨年は銀座まででかけデパートで、セットになったおせちを買って済ませたが、やはり何か味気なかった。そこで今年は昔通り、家でおせちを作ることにした。幸い、隣にす住む娘が手伝ってくれ、美味しくて安い原材料を買い求め、母親の味に忠実なおせちを用意してくれそうだ。

ここまで書いたら、ブログで知り合った北海道の「頑固親父」さんから”今、打った蕎麦です”と新十津川産の二八蕎麦が宅急便で贈られてきた。蕎麦より原材料が高いというご自慢の”つゆ”に茹で方の極意まで添えられてある。確かに絶品である。年に一回のことだ。おせちも昔のように家庭で作った方が季節感があり楽しめる。

(注)練炭は石炭の粉を直径10cm、高さ20cmほどの円筒形に固め、蓮根状の穴がある燃料。ネット情報によれば戦前の主産地は今の北朝鮮のピョンヤンだった。
コメント

貴乃花親方の処分と相撲協会のくすぶり

2017-12-29 06:15:45 | 2012・1・1
貴乃花親方が昨日の相撲協会の臨時理事会で横綱日馬富士への傷害事件について自分が巡業部長でありながら協会へすぐ連絡を取らなかったなどの理由で理事から役員待遇へ二階級降格の処分を受けた。ただ、正式な決定は来週、年が明けた1月4日、協会審議会の審議を経てのことだという。協会の内規によるものだが、またまた”先送り”かという感は免れない。

民放テレビの番組を見ていると、恐らく審議会でも二階級降格は承認されるようだが、おかしいのは八角理事長が記者の質問に答える形で、貴乃花親方は役員待遇に降格になっても、2月に予定されている理事選挙に立候補の資格があると述べていることだ。貴乃花親方は正式に立候補するといっていないのに言わずもがなの発言である。テレビ番組の解説者によると、貴乃花親方が理事選に出れば当選は確実だそうだから、今回の処分は、何のことはない。実効わずか数か月の処分にすぎない。

貴乃花親方がマスコミに対して”ダンマリ”戦術を通しているので、はっきりした意向は判らないが、現在の協会執行部に反対であるのは、今回の一連の協会への”反抗”言動からうかがえる。多分、マスコミの読むシナリオ通り、2月の理事選挙で理事に帰り咲き、さらには3月の理事長選挙にも影響してこよう。おそらく、誰でもが心配しているのは、今回の騒ぎで見せた貴乃花親方の”かたくなな”言動である。これでは、誰が理事長になっても協会の内紛はおさまらない。
                                                            
                                                           
コメント

厚労省の不正経理と外部団体との癒着

2017-12-28 05:50:54 | 2012・1・1
海外での遺骨収集事業に絡んで厚労省の職員が不正経理をしていたと会計検査院から指摘があり職員65人が処分された。遺骨収集など戦争中の慰霊碑保存事業は、厚労省の社会援護局の事業推進室が担当しているが、65人という数は、ほとんど部局全体が関係していたほどの数だ。私的な流用はないそうだが、僕の僅かな経験でモノを言っては悪いが、組織に何か欠陥があるのではないのだろうか。

話が少し古くて恐縮だが、平成20年、僕が関係している東カリマンタンの慰霊碑保存団体の代表M氏(100)の所に厚労省の依頼を受けたという日本遺族会から電話があり、M氏らが、毎年送金して管理を頼んでいる慰霊碑を”管理者不明”で破壊するがどうかという問い合わせだった。遺族会の話だと、現地調査をしたが、管理者はすでに死亡していおり連絡がつかないということだ。不審に思ったM氏が現地と連絡したら、管理者は元気で、そんな問い合わせはないという。

早速、僕らは遺族会代表で現地調査した男を呼んで話を聞いたが、調査は僕らが数年前作成し、厚労省にも寄贈した「南方各地慰霊碑一覧」に基づき行われていた。普通一般の社会常識から言えば、現地調査する前に、僕らの所に事前に連絡があるものだが、まったくなかった。会って話を聞くと、男は「遺族会」というだけで、現地の事情には暗く言葉も出来ない男であった。厚労省は何故、こんな遺族会に事業を依頼するのだろうか。昔からの慣例による癒着としか思えない。

激戦地であった、ニューギニアでボランティアで遺骨取集をしている知人(複数)からかって話を聞いたことがあるが、厚労省は遺骨収集は外部の民間団体任せで、現地との在外公館との連絡はないらしい。遺骨収集や慰霊碑保存は、いってみれば、国家事業で相手国政府との折衝も必要だ。直接、事業に当たらなければ、同じような”不正経理”は起る。氷山の一角である。
コメント (2)

お化け柚子

2017-12-27 11:21:17 | 2012・1・1

娘婿が勤め先の柏の農家から写真のような大きな柚子(770G)を1個100円で買ってきた。80歳半ばを過ぎた僕ら夫婦も初めて見る大きなものだ。早速”お化け柚子”でネットで索引したら”獅子柚子”とも"鬼柚子”いもいうそうだが、原産地がどこなのか。何時ごろから栽培されたのか判らない。ネットのレシピで見たらジャムにすると美味しいと書いてある。老妻は電子レンジでチンして正月料理の一品にすると張り切っている。二人とも歳をとってもゲテものにトライできるのは、幸せなことだ。
コメント (2)

スマトラ.メダンにある日本の歴史遺産 紘原神社

2017-12-27 05:29:11 | 2012・1・1

先日、小ブログで「皇紀二千六百一年の年賀状」を紹介したところ”イノサンサン”というコメンテ―ターから、前に僕が同じこの小ブログ「で書いた紘原神社(ひろはら.じんじゃ)」を想い出され、神社の写真があったら紹介してくれと所望があった。(写真上)

そこで改めて紘原神社について簡単に紹介すると、この神社は昭和17年、スマトラ(インドネシア)のメダンに駐屯していた旧日本軍、近衛第二師団が、州庁舎の近くに建立したもので、75年過ぎた今でもその一部の建物が現存している。紘原の紘は大東亜戦争の理念であった「八紘一宇」の紘、原はインドネシア語”Medan"(野原)から取ったものだ。

20年前、僕はメダンに長期滞在し、日本語を教えていた時、北スマトラ大学の歴史の講師で、メダン史の著書があるルクマン氏と知り合いになり、今はメダンクラブという名前の会員制社交クラブになっている紘原神社跡のレストランに招待され、メダンを中心にした北スマトラと日本との関係史について話を聞いた。ルクマン氏は、和蘭植民地時代、メダン郊外にあったセルダン首長国のサルタンの後裔であった。この時、僕は初めてルクマン氏から父親のスレイマン氏が明治時代の初め、日本を訪れ明治天皇に謁見された話を聞いた。(残念ながら、謁見は日本では確認されていない)

ルクマン氏の話のように、日本とメダンとの歴史は古く、明治から大正時代の初期にかけては、いわゆる〝カラ行きさん”で賑わい、昭和の初めメダンを訪れた詩人の金子光晴は著書「マレー蘭印紀行」の中で”新市街だけで40数軒も日本人経営の旅館があった”と書いている。それを裏付けるように、写真下は当時の繁栄ぶりがうかがえる。写真は平成16年7月号の「友愛だより」(戦前の蘭印時代、インドネシアにいた人の集まりの機関誌)からの転載だが、その当時の日本人学校の建物が今なお、残っており使用されているとは驚きだ。

メダンでも古い由緒ある建物が最近壊されているようだ、数年前、インドネシアの建築家の友人が古くからある格式あるメダン駅が味気のない新駅に変ってしまったと嘆いていた。紘原神社や旧日本人学校建物など、出来れば歴史遺産として残して貰いたいものだ。台湾では最近、日本統治時代の建物が観光遺産として脚光を浴びてきた。旧日本軍が大東亜共栄圏各地に建てた神社建物が現存するのはメダンだけである。(写真下の下は昭和7年のメダン日本人小学校の卒業式写真)
コメント (3)

安倍復活政権から5年 長期安定に期待

2017-12-26 05:19:54 | 2012・1・1
"鳩山最低””菅最悪””野田最弱”の3年3か月の民主党政権の後を受けて安倍晋三氏が総理に返り咲き、第二次政権が発足してから今日で5年になる。2012年12月27日更新の小ブログは「大叔父(佐藤栄作)祖父(岸信介)にならって長期政権を」と期待のエールを送っているが、その期待通り、祖父の在職日数1241日はすでにクリアー、大叔父の2720日に迫る2193日になる。

安倍内閣の第二次、第三次、第四次にわたるこの5年間の評価はどうだろうか。支持率(朝日新聞)で見ると、第二次発足時の支持率は59%、不支持率24%、これに対して現在第四次発足時は49%、35%とそれぞれ数字は悪くなっている。しかし、5年間通じての推移をみると、不支持率が支持率を上回ったのは今年7月の不支持47%、支持33%ほか数回しかない。安定政権といってよいのではないだろうか。

安倍総理は来年9月で自民党総裁の任期が満了する。そのあと総裁選に出馬するのは確実視されている。当選すれば、憲政史上在職一位の桂太郎(2886日)を抜いて最長の政権となり、2020年の東京五輪パラリンピックも安倍総理の下で開催される。第三次内閣解散理理由として、安倍総理は、北朝鮮のミサイル外交と少子高齢化を国難としてあげていた。国難は安定政権でなくは対処できない。奢ることなく、国のかじ取りをお願いしたい。”最高””最善””最強”を目指して頑張って欲しい。
コメント (2)

一門の団結と非難に値する貴乃花親方の処分

2017-12-25 05:06:39 | 2012・1・1
貴乃花親方の処分をめぐってくすぶり続けている相撲協会だが、その中で錣山(しころやま)親方=元関脇寺尾=ら三人の親方が時津風一門から離脱した。協会には現在、出羽の海、時津風 二所の関、高砂、伊勢ノ海、貴乃花の計六門の部屋があるが、錣山ら三親方のこの時期の離脱は何を意味するのか。貴乃花親方の”謀反”にからむ、来年2月の協会理事選に関係があるというのがもっぱらである。

大相撲の土俵の上の屋根が四本柱で支えられ、検査役が土俵に座っていた時代から相撲をみているオールドファンだが、今回の横綱、日馬富士の暴行事件に端を発した相撲協会内部の内紛は暴行事件もさることながら、協会の理事で、巡業部長、被害者、貴ノ岩の親方である貴乃花親方の言動は横綱審議会ならずとも非難に値する。

錣山親方ら三人が時津風一門から離脱して貴乃花一門へ鞍替えするのかどうか不明だが、そもそも一門とは何なのか。古い話で恐縮だが戦中戦後の一時期、大相撲が東西制を取り、部屋が東西に系統一門別にはっきり分かれていた時は、同門同士では相撲を取らなかったら意味があった。しかし、今は同部屋以外総当たり制である。しかも貴乃花部屋は横綱一代限りの部屋である。それに、一門の立浪部屋は、かって大横綱、双葉山が属していた部屋であり、時津部屋は、その双葉山が引退後継承した部屋とややこしい。

28日に開かれる協会の理事会で、非難に値する貴乃花親方にどんな処分がでるのか。それによって協会内部のくすぶりは収まるのか。一門制度の慣習も今にあうように改める時かもしれない。
コメント (2)

ジングルベルが聞こえてこない 年寄りのクリスマス

2017-12-24 05:58:04 | 2012・1・1
クリスマス.イブの早朝3時半すぎ、目覚めてNHKラジオの深夜便を耳にしたら”クリスマスミュージック”の男性の部が流れてきた。「白い恋人たち」(桑田圭佑)「クリスマス,イブ」(山下達郎)「おにぎりクリスマス」(さたまさし)「戦場のメリークリスマス」(映画主題曲)-恥ずかしながらどれも聴いたことがない。この時期ぐらい、クリスマスの歌を聴きたいと思っているのだが、今年はまだ一度も、あの定番の「ジングルベル」も「聖夜」も「ホワイトクリスマス」も耳にしたことがない。

戦後すぐの時代、「少年の町」という映画が話題になった。その映画の中で歌うビング.クロスビ―の”I am dreaminng "で始まる「ホワイトクリスマス」の歌は”silent night holy night "と共に僕ら世代には忘れられない歌だ。この時代には街の街頭宣伝から、これでもかと、この時期「ジングルベル」の賑やかなメロデイを流れてきたものだ。

僕が住む東京の郊外の町は、小さなキリスト教会にそった沿道にクリスマスシーズンになると夜間、競うようにイルミネーションが輝くが、今年はその中心の家の装飾がない。聞くところによると、飾りつけをしていたお年寄りが、介護施設に入居されたのだという。電飾も消え、文字通り寂しくなってしまった。

深夜便で流れてきたクリスマスミュージックはみな、昭和50年代の歌だ。僕にはあまり感慨はないが、あれから30年の歳月が経過、当時の若者にとっては、僕ら世代が「少年の町」のフラナガン神父の歌う「ホワイトクリスマス」に郷愁を感じるように「おにぎりクリスマス」にクリスマスの想い出があるのだろうかー。
コメント (5)

北海道産米の増産と「ななつ星」 時代の変遷

2017-12-23 05:58:12 | 2012・1・1
日本人のコメ離れ、政府の減反政策が進む中で、北海道では逆に増産に転じたという。40数年前、転勤で10年ほど札幌に住んでいた僕には感慨深いものがある。当時子供の成長期で安サラリーマンだったわが家では、東京に住んでいた時と同じように、価格の安い道産の「標準米」をお米屋さんからとったが、不味くて食べられなかった想い出がある。今では道産米は美味しいおコメの代表だが、当時はその逆であった。

親戚とお世話になった限られた方へのお歳暮の発送を終えた夫婦間の会話である。函館に住む娘婿の実家に今年も老妻の信州の実家からリンゴとお米を贈ったが、昔と違い、北海道産米は逆に向こうからの贈り物なのである。笑われもの、失礼になるので、来年からは考えなくてはということで二人の意見は一致した。

道産の銘柄米の一つに「ななつ星」があるが、僕にはこの名前に抵抗がある。僕が札幌に住んでいた時よく飲みに行った狸小路のはずれの酒場では、いわしの事を”ななつ星”といっていた。うろこの星が内地産と違って七つあるからと聞いていたが真偽のほどは知らない。大味で僕にはあまり美味しいとは思えなかったが。

九州を走る一泊二日、15万円の超高級の旅を「七つ星in九州」と呼んでいるが、この名前は北海道のおコメ「ななつ星」の人気にあやかろうとしたのかどうかは知らない。狸小路の飲み屋のいわしの名前が、40年経つと高級米のブランド米に変わり、さらには遠く離れた九州の豪華旅の名称にもなる。時の流れを感じる。
コメント (2)