ビター☆チョコ

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記憶の棘

2006-09-29 | 洋画【か】行



10年前に夫のショーンを亡くしたアナ(ニコール・キッドマン)は、何年もプロポーズし続けてくれたジョセフ(ダニー・ヒューストン)と再婚することを決める。
そんなアナの前に亡くなった夫の生まれ変わりだと名乗る10歳の少年(キャメロン・ブライト)が現れる。名前も夫と同じ。
二人だけしか知りえない秘密も知っている。
たちの悪いいたずらだと思っていたアナだったが、心は激しく動揺する。

リインカネーション、輪廻転生。
キリスト教にそんな考え方があるのかどうか分からないけど、
愛する人を突然に失ったとき、誰もが願うことなのかもしれない。
その願いがふいに現実になったときの心の揺れを、ニコール・キッドマンが静かだが表情豊かに演じる。

30代後半の大人の女性と10歳の少年の間に生まれる微妙な愛。
ありえないような設定なのにキャメロン・ブライトの独特の雰囲気になぜか納得させられてしまう。
この少年、不思議なのだ。
オカルト映画に出そうなタイプなのだ。
ニコリともせずに、一途にアナを見つめる視線の強さだとか
とても子供とは思えないような落ち着いた態度が、ただの子供であるはずがないと思わせる。

アナとのキスシーンがあったり、入浴シーンがあったことでカトリック教会からクレームがついたらしいのだけど、それはまあ。。。かろうじて許容範囲。
でも、この会話はどうだろ。

「夫は妻の面倒をちゃんと見て養うのよ。あなたにできるの?」

「働くよ。」

「私の求めにも応じられるの?」

「。。。どういうことなのか意味は分かるよ。」

「。。。女の子と経験あるの?」

10歳の子供とこんな会話できるモンなのか。
していいものなのか。
この子は子供のはずがない。絶対生まれ変わりだ。と確信した時
あっけないほど現実的な結末を迎えてしまう。

少年は「生まれ変わりだったのか」
映画の結末に素直に納得する人と、どうも納得できない人に分かれると思う。
私はあの少年は「生まれ変わり」だったと思う。
自分が生まれ変わりだと主張し続ければ、愛するアナを過去に裏切ったことが明るみに出てしまう。
アナが持ち続けている美しい思い出を傷つけることを恐れて身を引いたような気がして仕方がないのだ。

絵本の「100万回生きた猫」を思い出してしまった。
どんなに愛されても自分以外の人を愛することのなかった猫は、何度も生まれ変わる。
何度生まれ変わっても誰も愛せない。
100万回目に生まれ変わった猫はやっと心から愛する人とめぐり合い、それからは生き返ることがなかったというお話。
心に悔いを残して死んでしまった場合に輪廻転生があるとしたら、
このショーン少年もまた生まれ変わらなければいけないのだろうか。

一応結末で答えを出してはいるけれど、なんとなく観る人を納得させない。
裏があるのでは?と考えてしまう。
アナが少年を信じまいとしてもいつの間にか信じてしまったように、私の中にある神秘的なことを信じたい気持ちが「結末の裏」を考えさせるのかもしれない。