ビター☆チョコ

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ゆれる

2006-09-17 | 邦画



猛(オダギリジョー)は東京でカメラマンとして活躍している。
田舎の父(伊武雅刀)とは折り合いが悪く、母が亡くなってからはほとんど実家に帰ることもない。
そんな冷め切った父と猛の間を取り結ぶのが、実家のガソリンスタンドを継いでいる兄の稔(香川照之)だ。
母の法事で久しぶりに実家に帰った猛は、幼馴染の智恵子(真木ようこ)と再会する。
智恵子に思いを寄せているらしい稔の気持ちを知りながらも、猛は智恵子と関係をもってしまう。
次の日、3人で出かけた渓谷。
吊橋の上にいた稔と智恵子。
いつの間にか吊橋の上に智恵子の姿はなく、吊橋の上には放心したようにしゃがみこむ稔がいるだけだった。

徳利からこぼれた酒がズボンを濡らしていく様。
まな板の上の切りかけのトマトの赤。
放り出されたホースが踊るように水を撒き散らす様子。
魚の大きな目玉。
子供が忘れた赤い風船。

そんなものが言葉よりも雄弁に、細かな心の動きを伝えてくれたような気がする。

猛にとって稔は母のような存在だったのかもしれない。
自分の好きな仕事が今はうまく行っているとはいえ、明日の保障は何もない浮き草のような仕事だ。
田舎で地道に誰も敵を作らないように暮らしている兄の存在が、唯一猛を支えていたものだったのだろう。
だから兄が心を寄せている智恵子を奪った。
母親を失うのを恐れるような気持ちで。
私にはそんなふうに思えた。

智恵子は昔からずっと猛と一緒に東京に出たいと思っていた。
普段はそんな気持ちをしまいこんで静かに暮らしていたのに、猛と関係したことでずっと抑えていた気持ちが抑えきれなくなってしまう。
そうなると、自分を田舎に縛り付けようとするもの全てがわずらわしくなる。
そして不幸な事件は起こってしまったのだ。

この事件は、兄弟の心の中に知らず知らずにたまっていた想いを残酷に暴き出す。
兄弟の揺れる心は、時には励まし労わりながらも、激しい言葉でお互いの心を突き刺す。
その緊張感は息苦しくなるほどだ。

事件の前夜、ひとり洗濯物をたたむ稔の背中が忘れられない。
35歳、独身。
まだ若く将来に夢を描いたり冒険も許される年齢なのに、稔の背中にはあきらめや生活の疲れがにじみ出ていた。
同じ親から生まれ、同じ環境で育ってもまるで違う兄と弟。
先に生まれたものは、育っていく過程で少しずつ弟や妹の分の荷物まで背負ってしまおうとするのかもしれない。

真実は果たしてどうだったのか。
猛の目に見えたものだけがすべてではなかったのかもしれない。
それでも、法廷という場で初めて自分の心のうちを吐露する弟を見つめる兄の目に怒りはなかった。
たとえどのような裁きでも受け入れるつもりだったのだろう。
そうすることが、稔が新しい人生を歩き出すためには必要だったのかもしれない。

重厚なテーマ。隙のない台詞。
思わず圧倒される素晴らしい演技。心の細かな動きまで映し出す映像。
重厚なテーマは兄弟の心の葛藤を描いているので、自分のことと重ねてみてしまう。
こんな大きな事件を起すことはそうはあることではないけれど、
兄弟だからこそある小さな心の行き違いは、誰にでも覚えがあるのではないだろうか。
この映画を観ながら、
兄や姉は自分の弟、妹を思い
弟や妹は自分の兄や姉を思い、いつの間にか心がゆれるのではないかと思う。

幼い頃のフィルムが思い出させた兄弟の絆。
稔の新しい人生がどこでどのような形で始まるのか分からないけれども
兄弟の手は幼い頃と同じように固く結ばれているのだと信じたい。