何か間違ったとき「悪かった」「悪いことをしました」と謝る言葉があります。
そのとき、謝る当人も、それを聞くほうも、したことされたことを、通常は悪事だと思ってはいません。
人間は間違いを起こす動物です。
というよりも、通常のこと以外を間違いと意識して分別したがる動物です。
通常以外のことが別に悪事ではなくても、間違いを悪いことの仲間に入れたがるのかもしれません。
印刷された資料などに、正誤表をつけて配られることがあります。
活版印刷のときには、間違いを直すには版の組み換えに手間がかかったので正誤表は役に立ちました。
正誤表が付いていると、それが誠実さの現れであるかのような錯覚さえ覚えたものです。
いまでは、電子入力で修正が簡単にできますから、正誤表はかえって間抜けに見えます。
悪くもないのに悪かったと言うのは、正誤と正邪をあえて峻別せずに、どちらも普通のこととそうでないことの区別ぐらいのつもりで、まあまあいいではないかという気持が働く、その裏返しなのかもしれません。
人間が「間違い」をどう思うのかについて、なるほどと思うような話を聞けるサイトがあります。
⇒ http://jump.cx/takeda
間違いが悪事でもないのに「テキ」にされやすいのは、なぜなのでしょうか。