海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

「風流無談」第6回

2008-02-10 00:49:18 | 「風流無談」
 「風流無談」第6回 琉球新報2007年11月3日付朝刊掲載
 漫画家の小林よしのり氏が雑誌「SAPIO」(小学館発行)11月14日号の「ゴーマニズム宣言」で「集団自決の真相を教えよう」という漫画を書いている。現在の沖縄を「全体主義の島」呼ばわりし、9・29県民大会の意義を否定するのに必死になっている。事実をねじ曲げる手法と内容のひどさには呆れるが、小林氏がどういう人物かを知るうえでは格好の素材かもしれない。
 小林氏は「集団自決」は「軍命」ではなく、〈家族への愛情が強すぎるから、いっそみんなで死にたいと願ってしまった〉が故に起こったのだと主張し、次のように書く。
〈そもそも「軍命」があったからこそ親が子を殺したとか、家族が殺し合ったなどいう話は、死者に対する冒涜である。そんな「軍命」は非道だと思うなら、親は子を抱いて逃げればいいではないか!自ら子供を殺すよりは、「軍命」に背いて軍に殺される方がましではないか!〉
〈明日にも敵が上陸するという状況下では、島の住民に集団ヒステリーを起こさせるに十分な緊張が漲っていた。しかも本土よりも沖縄の方が、村の共同体の紐帯ははるかに強い。そのように強い共同体の中には「同調圧力」が極限まで高まる。だれかが「全員ここで自決すべきだ!」と叫べば、反対しにくい空気が生まれる。躊躇する住民がいれば、煽動するものは「これは軍命令だ!」と嘘をついてでも後押しする〉
〈ひょっとして沖縄出身の兵隊が「敵に惨殺されるよりは、いっそこれで」と、手榴弾を渡したかもしれない。だがこれは、あくまで「善意から出た関与」である〉
 小林氏の主張は、「集団自決」は沖縄の住民が「家族への愛情」から自発的に行ったものであり、仮に手榴弾を渡すという軍の「関与」があったとしても、「沖縄出身の兵隊」や「防衛隊員」の「善意から出た関与」で、沖縄出身以外の兵隊は「関与」していないというものだ。そして、「軍命令」は共同体(村)の中の煽動者が住民を「集団自決」に追い込むためについた「嘘」なのだという。
 「集団自決」(強制集団死)によって肉親を喪った人たちは、戦後六十二年の間どのような思いで生きてきたか。その苦しみは第三者には理解不可能かもしれない。だが、それでも理解しようという努力はし続けなければならない。「集団自決」の問題について考えるとき、それはけっして忘れてならない基本的なことではないか。その姿勢があれば、〈そんな「軍命」は非道だと思うなら、親は子を抱いて逃げればいいではないか!〉という言葉は出てこないだろう。
 米軍に残酷なかたちで殺されるよりは自分の手で殺した方がいい。そう思った親がいたとしても、問題はどうしてそのような心理状態に追いつめられていったかである。戦時下の沖縄住民は日本軍の全面的な統制下で暮らし、行動していた。そういう軍と住民の関係を切り離したうえで、あたかも「軍命」に逆らって逃げようと思えば逃げられたかのような書きぶりで、小林氏は問題はすべて住民の側にあったかのように描き出す。
 そもそも「集団自決」の原因を「軍命」か「家族への愛情」かと二者択一の問題として設定すること自体がおかしい。慶良間諸島や伊江島、読谷村など「集団自決」で多くの犠牲者が出た地域は、日本軍の特攻基地や飛行場などの重要施設があり、住民がその建設に動員され、日本軍と住民の密接な関係が築かれていた所だ。日本軍のいなかった島では「集団自決」が起こっていないことを見ても、「家族への愛情」だけでそれが起こりえないのは明らかだ。小林氏はそういう事実には触れずに、「軍命」否定のために「家族への愛情」を利用しているのである。それこそ「死者への冒涜」であり、生き残った人たちをさらに精神的に追いつめるものではないのか。
 小林氏は、日本軍が住民に米軍への恐怖心を吹き込んだことや、「戦陣訓」の影響があったことを曖昧にしたうえで、あろうことか住民の中に煽動者がいて「これは軍命だ!」と嘘をつき「集団自決」に追い込んだと主張する。これほどひどい暴論はない。いったいどこの事例にそういう事実があるというのか。小林氏は具体的に示すべきだ。
 「沖縄出身の兵隊」が住民に手榴弾を配ったと強調するのも、沖縄人同士が勝手に殺しあった、と印象づけるための恣意的な描き方である。手榴弾などの武器は軍の組織的管理下にあり、軍の方針や隊長の命令に背いて兵隊が勝手に持ち出し、住民に渡して「自決」を促せるものではない。そのことを押し隠し、「沖縄出身の兵隊」や「防衛隊員」に責任をなすりつけるのは卑劣としか言いようがない。
 他にも問題は多々あるが紙幅が尽きた。それにしても、久し振りに沖縄について小林氏が書くくらい9・29県民大会は衝撃的だったのだろう。
 小林氏とは逆に、大会に励まされた人が多数いることを押さえたい。。

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