俺もお前も人生の敗北者

とりあえず否定から入るネガティブ思考で常にB級嗜好なATOPのブログ

1973

2007-07-10 03:21:27 | レビュー
 最近は色々なイベントが押し寄せて、全く持ってブログを書く時間も余裕も気持ちもなかったATOPです、こんばんは。気付いたらテスト前ですよ…まぁ関係ないですけどね。

 どうも私は『1973年のピンボール』がものすごく好きなようです。『風の歌を聴け』も『羊をめぐる冒険』『ダンスダンスダンス』も好きですけど、やはり『1973年のピンボール』が一番好きなようだ。

 この作品に限って、本当に何の脈絡もない。前作の『風の歌を聴け』、次作の『羊をめぐる冒険』の中間ではあるものの、正直そんな気持ちにさせない作品。突拍子もないことがそこにあり、盛り上がることもなく、ただ終わる。

 ただ終わる。本当にそうだ。ただ終わる。そこがたまらない。

 1973年9月、この小説はそこから始まる。それが入り口だ。出口があればいいと思う。もしなければ、文章を書く意味なんて何もない。

 ある日、何かが僕たちの心を捉える。なんでもいい、些細なことだ。バラの蕾、失くした帽子、子供の頃に気に入っていたセーター、古いジーン・ピットニーのレコード・・・・、もはやどこにも行き場所のないささやかなものたちの羅列だ。二日か三日ばかり、その何かは僕たちの心を彷徨い、そしてもとの場所に戻っていく。・・・・暗闇。僕たちの心には幾つもの井戸が掘られている。そしてその井戸の上を鳥がよぎる。

 「またどこかで会おう。」と僕は言った。
 「またどこかで。」と一人が言った。
 「またどこかでね。」ともう一人が言った。
 それはまるで゜こだま゜のように僕の心の中がしばらくのあいだ響いていた。
 バスのドアがパタンと閉まり、双子が窓から手を振った。何もかもが繰り返される・・・・。僕は一人同じ道を戻り、秋の光が溢れる部屋の中で双子の残していった「ラバー・ソウル」を聴き、コーヒーを立てた。そして一日、窓の外を通り過ぎている11月の日曜日を眺めた。何もかもがすきとおってしまいそうなほどの11月の静かな日曜日だった。

 この全てが去っていく感じ。これがたまらなく、寂しい。悲しい。しかしながら、納得してしまう。

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