俺もお前も人生の敗北者

とりあえず否定から入るネガティブ思考で常にB級嗜好なATOPのブログ

夢の国の住人

2008-03-31 15:47:25 | 社会問題
たまたま私の家の最寄り駅は武蔵野線と千代田線が接続している。週末、某夢の国にいった人たちでごった返す。私はたいてい23時とかに帰るのが多いので、そういった方々に遭遇する。

べつに騒いだり、はしゃいだりしてるのはまだ我慢できるんですが、どうしても我慢ならないことがあります。それは降りる人を無視して電車に乗ってくること。とくに中学生。学校で習ってないのか!と憤る。ぶつかっても悪いと思ってない。しかも某夢の国キャラクターのグッズを身につけてそういうことされると余計に頭にくる。現実の世界のルールをまもれないなら、もう夢の国に行ったっきり帰ってくんな。

救い×絶望

2008-03-29 08:59:15 | ATOP
ふと、この世に救いがあるのか?と考える。あるとするなら自分自身の存在たる意志や魂をもっていることかもしれない。そう私は思います。

きっと誰も救ってくれない。助けてくれない。それは程度はあるものの、結局自分自身を救うのは自分だ。強制にあらがうことも、逃げることも…なんだってしようとできる私自身の意志だ。どんなに肉体はとらわれても精神は自由だ。それこそ救いではないだろうか。

ただ心はいつも孤独だ。ある意味では絶望といえるかもしれない。

流儀

2008-03-28 10:51:47 | ATOP
就活にいそしむATOPです。こう就活に全力投球しないのがオレ流…なんてな。まーぼちぼちです。数として受けた会社が6社ですかね、よく少ないって言われます(汗。いいんです。行きたい会社しか受けないんです…いまのところは。それに今第1志望最終ですしね。

さてさて、桑田引退しちったよ。別に桑田のなにを知ってるわけじゃないですけど、桑田の記事を読んだりしてると熱いものを感じます。桑田は2006年12月、渡米の際こう言いました。「自分の人生じゃないですか。他人と比較することもないし、自分のペースで、自分らしく、自分のやりたいことをやるのが自分の人生」。

熱いじゃないですか。冷静に考えれば自分勝手ですけど、それを自分勝手で終わらせないところがプロフェッショナルたる由縁なんだろうなぁ。私も少しでも良いからそういう境地に達したいと思います。

しかも、引退を決めた桑田をみて高校からの友人・清原が言うわけですよ。「お前かっこよかったな」って。新聞だとあっさり書いてましたけど、テレビだともっとしみじみと言葉を選んで言っていました。記者からの質問を受けて答えるまでの無言の間。目を光らせて、舌をなんども打ってぐっとこらえる。ほんと桑田かっこいいわ。

最近思ってたんですが、こだわりをもって生きてる人ってあまりいないですよね。こだわりは皆あるのかもしれませんが、こだわる理由をわかってない人が多いのでは?と思います。

簡単に言えば価値観ですよ。それ自体に答えはないんだけども、その人なりの流儀や正義があるはずなのに、それを表現できなかったり、しなかったり。そういったこだわりをあまり感じないんですよね。たいていそこに自信がないせいか、こだわらないんですよね…というよりこだわりがないのかもしれません。

私はそういったこだわりを持つように生きたいですね。なぜなら自分の人生だから。

電車の座席

2008-03-24 23:23:07 | ATOP
電車の座席。長いところは7人掛けである。最近の車両は一人一人座席の区切りが存在している。が、しかし、古い車両は背もたれ部分にマークが入っているだけで、それぞれ座った人の感覚で座る形である。

さて、肝心なことは古い車両において長い座席は本当に7人座れるか?というところ。近頃はあまり7人きっちり座っているところは少ない気がする。というより男7人の場合、座っているのではなくて押し込まれているようにしか見えないし、感じない。

実際のところ6人で座ったとき、一番楽である…ちょうど良い。ただ7人座るのがマナーならマナーなんだろうなぁ。でもそんな窮屈なマナー必要ですか?

好きな理由、嫌いな理由

2008-03-24 23:20:06 | ATOP
好き、嫌いって意外と難しい感情というか心理なのかもしれない。なぜかと言えばそういう感情は気持ちに引っ張られるばかりで深く考えたりしないから。難しいですね。好きな理由なんてありません。感性です。嫌いな理由なんてありません。感性です。

裏サイトならぬアホサイト

2008-03-16 13:34:18 | 社会問題
この間、2ちゃんねるの母校のスレッドを見てました。ひどい。ザ・ゆとりの集まりだった。こういう生徒を相手しないといけない先生も大変だろうなと思う。

だいたい個人を特定できる書き込みするって…もちろん、阿呆な書き込みってのは理解できますよ。どうせ2ちゃん風に遊んでみたとかいうんだろ。でもそういう遊び方していいのはリアルと完全に離れた状況においてだけでないの?と私は思うのだけど。

諸悪の根元は部活にも入らない輩だと思うな。あと委員会。委員会なんてなくせばいいのに…意味ないんだから。とくにスレッドで良くでてくる放送。私の学年の放送委員(生徒会も)毒以外のなにものでもなかった気がする…本人たちがこの文章読んでると思われるのに言ってみる(汗。

まー卒業した私にはあまり関係のないことですが。

ちなみに18日に久しぶりに行く予定です。

受験ノイローゼ

2008-03-08 16:50:55 | レビュー
『冷たい校舎の時は止まる』(辻村深月)の上下巻を読みました。両巻で約1200ページある長編小説。話の内容はとある進学校で自殺が起きて、しばらくして自殺したクラスメートの数人が校舎に閉じこめられる。しかし、閉じこめられた全員が自殺したクラスメートを思い出せない…皆でいろいろと行動していくうちに真実に近づいていけ話。

作者にとってはデビュー作で、高2から大学生のうちに書いた作品。無駄に長い…という印象を受けるが、それ以上にその年代の若者を上手に表現している。というより、進学校の校内事情をわかりやすく描いていて、うちの高校と大して変わらないと私は思いました。

こう全体的に漂う受験のプレッシャー、緊張感。勉強以外の活動が軽視される風潮。なんていうか期待というより要求に近い受験。そういった雰囲気はうちの高校にもあったと思います。この作品で自殺した生徒の原因は受験ノイローゼ。うちの学校でそういった不安を感じていた人がいなかったわけがない。不安は蓄えられていて、決壊しなかっただけかもしれない。

なんだろうな。中堅の進学校独特の雰囲気かもしれない。もっと上位の学校ではあまり感じない…実際通ってないからわからないけれども、かなり優秀な高校の出身の人から受ける印象にそういったものは感じない。どこか勉強というものが本業でなく、学生生活のアクセントとして受けとめられていて考え方に余裕があるように思う。全部が全部そうだとは言わないけど、そういった人間が多いんでは。

でも中堅においてはそういう余裕がない。勉強という道以外選ぶ余裕がない。学校が悪いんじゃなくて生徒を取り巻く大人たちのプレッシャーがそうさせている気がする。そんなプレッシャーを感じながら学生生活を送っていれば受験が近づくにつれギスギスしてくるのも仕方がない。

幸いにして私は高1の三者面談で担任から「もうこれ以上伸びない」と言われたので、なんのプレッシャーはなかったですけど。親も受験に関してはなんとなくだったし、勉強よりもそれ以外のことに力を注いだ。それに誰も私に「頑張れ」なんて言わなかったしね。そういうことでプレッシャーとは無縁だった。不思議と私の周りにもプレッシャーを感じさせない人が多かったし。

良くも悪くも逃げるのがうまかったのかもしれない。勉強に飽きたら部活をやったし(高3なのに)、なんだかんだで遊んでいる時間は長かった。逃げ場所があったのは幸せなことだと思う。でもすべての人がそうというわけではない。逃げ場所のない人だっていたんだろうなと思う。

無理難題

2008-03-08 15:30:51 | ATOP
時々、周囲に無理難題を要求しているのかもしれないと不安になることがある。

いつもどんなときも誰もが自分自身の価値観というか基準で物事の判断をする。しかし、その判断はいつも正しいわけでもなければ、一般性を伴うものでもない。それは他人に対しての依頼や命令、意見に対しても当てはまる。例えば、「明日までに終わらせて」ということを誰かに依頼しても、私にはできると思っていてもその人には無理な場合があるわけだ。

以前から言ってることがあるけれども、私は特別扱いされるのが嫌だ。「君は大丈夫かもしれないけど…」と言って、一方的に私が特殊なように扱われ、それが言い訳の材料にされるのが嫌だ…。もちろん、二十歳過ぎた人間がそういうことをいうのはわがままだとは承知している。ただ嫌なんだよね…決してずば抜けてポテンシャルが高くもない私が理由にされて、比べられた人があまりにも惨めな気がするから。

でも確かに私にとっては大丈夫でも他人にとっては難しいという問題はあるのだろう。そう多くはないにしても確かにあるのだろう。それは人付き合いの中で学んだ。だから、「明日までに終わらせて」ではなくて「いつまでに終わらせられる?」と相手基準を優先するすべを得た。でもね…世の中それで丸く収まらないわけですね。

これは特に後輩に思うことだけど、その人自身が「○日までにはやります」と決めても、それ通りやってくれないことは多い。その日になって「どうなった?」と聞くと、忘れていたりそのときになって言い訳する。特に後者は多い。最初からやる気がなかったなら断る選択しもあったにもかかわらず、とりあえず返事して先延ばしをし、その場を凌ごうとしているだけと私は感じる。なぜなら最初に断れなくても、どこか問題があるなら相談して解決することや、私を説得するなり、あきらめさせることができるわけだから。

でも根本的な問題は自分が言ったことに責任を持たなければいけないわけだけどね。本人がいついつまでと決めたならいかなる理由があってもやらないといけないはずで、できない理由があっても言い訳するなんてみっともない。結局、自分自身が悪いわけだから。

いくら私がそう考えていたとしても、やはり私の勝手な期待や理想に基づいた無理難題を押しつけているのかもしれない…という思いもある。残念なことに。結局、指示したことが思い通りにならないのは私の責任なわけだし。