俺もお前も人生の敗北者

とりあえず否定から入るネガティブ思考で常にB級嗜好なATOPのブログ

偶然の一致と懐かしさ

2008-11-29 23:24:31 | 今日この頃
そういえば先日バイトにいったんですが、バイトでペアになったのが他大の政経学部の4年生でした。まぁ早稲田ですけど。


朝9時から19時くらいまで一緒にいるから色んな話をしました。就活の話、大学の話、スポーツの話、女子大の話、流行についての話、お互いの話、音楽の話、Pafumeの話、色んな話。個人的には初対面でよくこんなに話をしたなと思う。さすがに偏差値が偏差値なだけに相当ものごとを知っていて、話していて飽きませんでした。向こうはどうだかわからないけど(汗。


いろいろ話したんですけど、一番運命的というか驚いたことがありました。本の話をしたんですよ。高校から私を知っている人は、私が村上春樹好きなのはご存知ですね。その村上春樹について話をしました。

私「…村上春樹の作品の主人公って必ず友達のだれかが死んだりしますよね。彼女が自殺するケースが多くて…なのに主人公の僕は全然気にしない。俳優やってる友達が港に車ごと落っこって自殺しちゃっても、淡々としてる」

早「五反田くんですよね。あー今日はちょうど五反田ですね」


そう、バイトをしていたのは五反田。死んだ友達の名前は五反田くん。偶然の一致。


大したことじゃないですけど、こういうことって起きてみると意外に嬉しいものです。すっかり忘れてたよ、五反田くん。よく新タタなんかと村上春樹について話したのが懐かしいです。


というより五反田くんの名前を覚えてるなんてすごい記憶力だなぁ…さすが早稲田。

レポートというか文字の羅列

2008-11-29 01:06:10 | 勉強
22年間生きてきた中で最低なレポートが完成した。純度100パーセントのコピペ改造文章。できの悪さに自分でもびっくりする。課題内容が規定文字数とあってないと思うのは私だけだろうか…。自分の才能のなさに絶望した。


明日から大阪にいきます。1日の朝7時に帰ってくるんですが奇跡が起きて、11時から内定者懇談会です…。めんどっちぃなぁ。

どうする?どうなる?

2008-11-28 21:42:41 | ATOP
もう一度生まれ変われるなら何に生まれ変わりたい?という問いに友人は言うわけである。「もう一度自分自身に生まれ変わりたい」と。


別にYOUを茶化している訳じゃないよ。最近はその言葉を考えていたんだよ。もう一度生まれ変われたら何に生まれ変わりたいか。君が調子乗って言ったのを差し引いても、君が考えている…どちらかといえば感じたその気持ちは、私がどんなに手に入れたいと願っても届かない境地だと思ってさ。正直、うらやましいよ。君の人生や状況がうらやましいんじゃなくて、君の自分自身を受け入れられる心の強さに。それが強さじゃないっていうなら、深さや自然体といってもいい。私にはさっぱりそういうところが足りていない。


たぶん私は私自身のことが好きじゃない。こういう時点でちがうんだろうな。君は自分自身を客観視なんかしないだろ?私のつまらないところは自分を客観視してしまうところだ。世の中では自分自身を客観視できることが首相も言う通り、賞賛されているのだろうけど、それは社会とつながっているときにおいてだけだ。人間一個人に戻ったとき客観視する必要はないはずだし、ましてや過小評価をしたり、卑下する必要はない。


私は客観視してプラス・マイナスをはかり、マイナスに追い込むことで被害者ぶって逃げているんだと思う。できない、足りないを言い訳にしているだけで、やろうとしない。失敗することに対していつも逃げ道を用意している。そんな卑怯な自分を自分で誘導しているにも関わらず、自分が恥ずかしいとも思う。客観視を客観視する。これほどつまらないことはない。


だから、もう一度生まれ変われたら何に生まれ変わりたいかっていう質問に答えたときに「もっと根性ある人間に生まれ変わりたい」って答えてしまうんだ。


本音なんてここ数年こぼしたことなんてないね。いつも言ってることは嘘じゃないけれど、本音から限りなく遠い位置にある気持ちだろう。嘘とは言えないけど本当でもない。結局、本当の気持ちをどこか遠く押しやってしまって、自分自身には知らんぷりして、他人には知ったかぶりしている。だから内心焦っていても平気な顔をしている。本当は夢や願いがあるのだけど知らんぷり、外では平気で「ない」と答えてしまう。興味あるのに興味ないふりしている。


どうなっちゃうんだろうな、私。

親子丼

2008-11-27 18:29:20 | 今日この頃
はい。新品の携帯がやってきました…見た目、なんも変わってないんですけど、どこがどう変わったのかわからない…。SONYさん、頼みますよ。


それから今日は久しぶりに買い物と夕飯を作りました。鶏肉が安かったのと卵を使わねばならなかったので親子丼。初めて作ったわりに上出来ではないか!うんまー。腹一杯です。

なんだってー

2008-11-27 13:37:37 | 今日この頃
ドコモショップにて


「SO906iはマイクの部分に少しでも水がかかりますと、不具合が発生してしまう報告がされています。現在ではカバーがついた仕様になっていますが、お客様のご使用の型番は対応されていませんので交換となります」


な、なんだってー!(MMR



しかも、当店では在庫がないため、松戸店にいってくださいだと!


そしてなくなく松戸に赴くのであった。

クラッシュ

2008-11-27 10:06:30 | 今日この頃
携帯買って1ヶ月。早くも壊れました。マイクが音拾いません。これでは室井さんに「レインボーブリッジ封鎖できません!」と伝えることさえできません。今、私の声を携帯を通して伝えるためには私が全力で大声で話すしかありません。街中だと偉い目立ってしまいますので、電話してこないでください(汗。


そういえばどうでも良い話ですが、今日同期にメールしていたときのこと。そのやり取りを少し。

同期「29日30日に旅行いきます。行ける人はメールください」

私「旅は道連れ、世は情け。いざ参らん!」

同期「最近キャラ変わった?」

私「いや、いたっていつも通りですが、なんかちがいますか〓」

同期「いや、よく考えたらそんなもんだったなーって思った」


いや、いや。一つ、どこらへんがキャラ変わったのよ。根拠は何だ!それとそんなもんってどんなもんだっつーの!古今私は私です。

お願いではなくお許し

2008-11-26 21:54:08 | ATOP
今日は久しぶりに床屋にいきました。いつも行っていた床屋がビルの改装にともない休業してしまったので、隣の駅にある姉妹店へ。


そのついでに駅前のお寺にお参り。昔からよくいっていたお寺なんですが、久しぶりにいくと意外に大きいことに驚きました。それと門の作りが細かい。龍と獅子、人が彫ってあって、非常に面白い。


最近、年をとったからか、こういう季節だからか、寺社仏閣に対しての意識が変わりました。そういったところにいって、手を会わせじっと目をつぶれば心洗われるみたいで、すごく落ち着きます。そもそもお寺って現世の願いを仏様に頼むのではなくて、悔い改めるというか現世における罪を浄化して、許しを受け来世に生まれ変わるお願いしにいく場所だからなぁ。なんかお願いするなんておこがましいですよね。仏様はこんな私を許してくれますかね?

ありがとう。本当にありがとう。

2008-11-26 03:35:57 | 今日この頃
泣き崩れた彼らにかける言葉が見つからない。でも私は思いました。『お前らはなんてかっこいい奴らなんだ』。


あと一本。あと一本だった。でも追いつくことはできなかった。甲子園への夢は途絶えてしまった。夢見たあの場所に立つことはできない。大雨のなか、誰かは立ち尽くし、誰かは膝をつき、声をあげ涙を流した。


私は彼らに大きな拍手を送った。私に気付いた一人の選手が顔の前に片手を立てて小さく口を動かした。「ごめん」。とある選手の一人は晴れ晴れとした笑顔で「ありがとね」と言った。またとある選手に握手を求めたら力なく握り返して「今そんなことされたら泣いてしまうからやめて」と言って、涙をにじませ目をそらした。またとある選手は私の手を握って「すみません…自分のせいで」と体を震わせながら泣いた。下級生は涙を流しながらロッカーまで歩いた。四年生は気丈に振る舞い、堂々とロッカーまで歩いた。


お前らほどかっこいいアスリートはいない。俺なんかに謝る必要なんてない。自分達を恥じる必要なんてない。堂々と胸を張っていい。純粋に夢を追いかけ最後まで戦った選手たち、気高きグリフィンの戦士たち。四年間取材させてもらい、わずかではあるけど、あなたたちと共にできたことを誇りに思う。これほど嬉しいことはない。


夢は次代へと受け継がれた。きっと君たちの後輩は成し遂げてくれる。私はそう信じている。きっと、きっと、きっとあの舞台へ上がる。


だから、そう信じてすこし休もう。噛みしめよう。「お疲れさま。そして、ありがとう」。



2008年度関東大学アメフト1部リーグ戦 Bブロック
11・24 対法大(川崎球場)
 
明大6{0―6,6―0,0―0,0―7}13法大○

この結果、明治大学グリフィンズはBブロック2位

平成の突破力

2008-11-26 02:41:59 | 社会問題
『爆笑問題のニッポンの教養 早稲田大学スペシャル:平成の突破力~ニッポンを変えますか?』を見ました。


議題は「平成の突破力」です。これをなぜ早大生に聞くのかよく分かりませんが、まぁ慶大生に聞くよりはましか(何。現在、世間は閉塞感が漂う社会になっていて、そんな社会をどうやって突破していくかっていう話です。


宮沢教授が「地下鉄サリン事件、阪神大震災以降なにかノイズのような、少し普通とは異なる人間を排除する空気が強くなった」とおっしゃっていました。たしかに、言われてみればそんな気がしました。ちょうどそのころインターネットが普及し始めた頃ですね…懐かしいwindows95時代です。


そこでとある学生は言うわけです。「大人達(昭和の時代の人達)は私達若者に個性をもてとか言うくせに、年を重ねていくと出る杭は打つように『個』を奪う。これはおかしい」と。確かにそうだと思う。間違ってはいないと思う。


そして経済が不況になり、会社経営者は守りに入ってしまった。社員は個性を求められず、集団の力で何とか乗り切ろうとする、個性が生かせない社会になっている。そんな中を生きる、我々若者は一体どう生きろというのだ!っていう話。


ただ私はそうは思わなかった。「俺を認めてくれ!」と叫んでいるのに、出る杭を打たれてへこたれていてはいけないと思う。たしかにそれを打ち付けてしまう年配者は悪いかもしれない。ただ、すぐに認められないからといってキレたり諦めたりするのは若者の欠点である。厳しいことを言うと非情に短絡的でみっともない。


私を含めて今の学生は非情に短絡的。楽して成功しようと考えすぎてる。じっくりやる忍耐力が足りない。すぐに効き目が表れないと「意味無い」といって切り捨ててしまう。人って能力だけで認められる訳じゃないと思うでしょ?『こいつ頭良いな』と思っても、受け入れられないことなんてよくあることで、時間をかけていくことで初めて人として認められるはずじゃない。にもかかわらず、「俺認めて!」というのは相当の自信家か、世間知らず…若者で言うならKYかって思います。


話がそれてしまいますけど、それってモンスターペアレントと変わらないと思わない?子どもを塾に通わせたけど成績が上がらなくて、塾に「なんでうちの子の才能を伸ばしてあげられないの?」っていってるのと一緒で非情に短絡的。


ともかく、今回これをみてこの突破力というのは「今、一生懸命生きようとすること」なんじゃないかと思います。今は出る杭は打たれるかもしれません。でも続けていけばきっと認められる。最初の段階でぶーぶーいってるのは、大人も若者も損だと思う。

私は思うんですね。何か大事にして生き続ければ、そうしてきた時間に比例してきっとそんな自分が好きになれるはずだし、自分を取り巻く環境だって好きになれるはずだし、社会だって、日本だって、世界だって好きになれる。きっとその逆もあって、そうやって生きた時間に比例してきっと周りが認めてくれるはずだって。


関係なくはないのですが、途中でビートたけしの話が出てきました。彼はそれまでの社会的芸術的価値観を壊して大成した存在で、「数学がこの世で最も美しい」と今ではいっているうんぬん。それっていうのは結局、それまでの価値観を覆すことをし続けたんだと思います。決して一発屋ではないんだと思います。ただ私達が彼に追いつけないのは、彼は大学なんて建て前捨てられるだけの姿勢だったことです。だから私も、あの会場で座っていた早大生もビートたけしを超えることができない。加えて皮肉を言うなら、早慶生はビートたけしにはなれない。プライドが高すぎます。明治という建て前は捨てるにはちょうど良いぐらいの建て前です。


はい、結論です。爆笑問題の太田氏が言ってました。みんな社会では暴れられないから大学であばれようとしているけど、それっていうのは逆で、大学を卒業して社会に入ってから暴れればいいじゃんって話です。学生服を脱ぎ捨てて暴れてみようじゃないかと。


ただどなたか教授が言ってましたけど、社会が変わったしまったのは事実で、以前なんかよりもメンタルが強くなければ生きていけない時代になってしまったって。こればかりは踏ん張って生きるしかないのかもしれません。


ちなみに宮澤教授は感想で「…あと、『突破』っていうのがなかなか出てこなくて、何とか僕も引き戻そうと・・・。「何でそんな責任を、僕が持たなきゃいけないのかな?」とも思ったんですけど、まあとにかく。…」と言っています。確かに、突破することなんてそもそも必要なんかないのかもしれませんね。


あと政治的には今日本に必要なのは田中角栄という存在です。学歴や血筋、主義ではなくて、集金力と実行力です。そんなことを思った放送でした。

伝統

2008-11-25 19:15:35 | 今日この頃
今日は吉祥寺でメキシコ料理のバイキング食べました。タコスうまいっす。初めてメキシコという文化に触れられた気がします。


それから小川町のオリンパスギャラリーに行って写真展見てきました。『台東区の「伝統工芸職人」写真展』です。とくに興味があっていったわけではありませんが、非常に良かったです。


伝統とはなにか?何人かのカメラマンが多くの職人を訪ね、取材と撮影をしています。どのカメラマンも感じたことは、伝統とはものや形が伝わることではなくて、気持ちや精神が伝わっていくことだったのではないかと思います。だから、後継者との写真を撮っていたり、つくることのこだわり・難しさにフォーカスしたのでは、と私は思います。


伝統とは気持ちの継承であって形や様式、技術を伝えることではない。伝統の一戦とはイデオロギーとイデオロギーの戦いであり、信じた正義を競う戦いのことである…。そう私は思います。


そんなことを感じながら、「神田達磨」のたい焼きをほお張り、神田の道を歩きました。きっとこの町もイデオロギーがしのぎを削り合い、伝統渦巻く町なのかもしれません。

中也

2008-11-25 12:16:38 | ATOP
先日、NHKテキストを久しぶりに買った。中三の「英会話」以来かもしれないですね。なんのテキストかっていうと、毎回人物伝をやっていくシリーズのやつで、「私のこだわり人物伝」。今月号は中原中也と阿久悠の二人の人物伝である。


個人的には阿久悠氏の人物伝を知りたかったんですが、中原中也に痛く感動しました。『この人スゲーよ!』って思う。


修羅街輓歌

関口隆克に

(前略)

私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
私の青春も過ぎた。


ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあむまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!


それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。

(後略)



うーん、この詩わかるなぁ。中也の人生を知れば知るほど詩を理解できて、どこか共感できる気がします。『汚れちまった悲しみ』は有名ですけど、あそこへいたる経緯、自分自身へのサディスティックさは恐れ入る。たぶん中也は永遠の孤独のなかを生きていて、自分と他人の意識の違いに戸惑い・苛立ってたんだと思います。そういう点で私は中也の詩は好きです。


中原中也の詩は今の年頃、20過ぎにぴったりだと思うので、ぜひ読んでみてください。

だから写真はありません

2008-11-25 12:04:21 | 国内旅行
高尾山へ行きました。

ごめんなさい、少しなめてました。1日経ってみて筋肉痛です\(^O^)/


前に書いた通りO澤を二時間待って、13:30くらいから登り始めました。通った経路は6号路で、基本リアル山登りです。ハイキングとかいう話ではなくて、山登り。スニーカーでなくて、登山用の靴が良いかと…。ありゃけが人出ますよ…。そういうレベルでした。だいたい90分くらいのルートだったんですけど、休憩いれても60分くらいで山頂に着きました。


いやぁ、紅葉は皆無でした(何。たぶんロープウェイに乗らないとダメなんだと思います。歩けど歩けど森のなか。生い茂る緑に圧倒される。気付けば山頂。人だらけ。しかも写真撮ろうとしたら電池なくて撮れないし…。


まぁ山登りとしては面白いと思います。ただ秋冬に登る必要ないです。

SFな世界

2008-11-23 09:50:45 | ATOP
辻村深月さんの『凍りのくじら』を読んでいます。解説含めて570ページと、相変わらずの長編です。ただ彼女の書く文章は長いからこそ魅力があって、おそらく短くまとめることはできるのだろうけど、そうしてしまったら登場する若者たちらしさがなくなってしまうんだと思います。長くて無駄な部分がたくさんある…それが不器用な登場人物を表しているような気がしますね。


辻村さんの作品を読むのは『冷たい校舎の時は止まる』『子どもたちは夜と遊ぶ』に続き3作目の作品です。いずれも共通しているのは主人公が進学校に通っている、もしくは通っていた経歴の持ち主であること。おそらく作者自身がそういった経歴であるため、そういう設定にしているのだと思う。これはあくまでも私の見解だけれども、私立の中高一貫校で育った学生と普通の公立学校で育った学生には大きな違いがあると思う。雰囲気や考え方に大きな開きがあって、進学校出身者特有の冷めた感じを作者は抱いているんじゃないかな。だから、私は彼女の書く作品に大変共感する。お茶の水の丸善がオススメ作家として大売出しにするのも納得できるし、店員さんありがとう!って言いたい。


さて、今作『凍りのくじら』の主人公も冷めた人間です。しかも作者と同じくドラえもん好きな設定で、藤子・F・不二雄先生の話をもとに展開されていく。主人公のクセとして藤子氏の「SFはサイエンス・フィクションではなくて少し不思議」という言葉にあやかって、周囲の人間をSFに当てはめます。主人公自身はだれとも付き合えてしまう、自主性がない性格から少し・不在(Sukoshi・Fuzai)らしい。その他に主人公は自身の友人の性格をSFに当てはめます。少し・ファインディング、少し・フリー、少し・憤慨、少し・不安、少し・不健康…あんまりプラスな評価はありません。そこが主人公の冷めた目線なんでしょうね。


じゃあ、私だったらどう評価をされるのか。うーん、少し・不快かな(汗。少し・ふざけてるではないし、少し・太ってるのでなくて大分・太ってる(DF)わけだし。少し・不適当、少し・不適合、少し・不出来、少し・不自由…そんな感じかな。


SFねぇ…。まぁまた読み終えたときこの話の続きをします。