都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

取り残され系商店街

2006-03-04 | 豊島区  

 目白文化村から北へ行き、目白通りを越え、南長崎の商店街に入る。

南長崎ニコニコ商店街
所在地:豊島区南長崎3-16
Photo 2006.2.19

 目白通りからそれ、江古田駅方面へ至る、昔からの道沿いにこの商店街はある。鉄道や地下鉄の駅から少し離れているため、戦後の発展からはどちらかというと取り残された感があり、正直なところかなり寂れてしまっている。

 日曜の午後、開いているお店はほとんどなかった。自転車はたまに通りかかるが、歩いている人は非常に少ない。一方通行の道は抜け道になっていて、時折、車がスピードを出して走り抜けていく。

電話専門 鈴や本店
所在地:豊島区南長崎3-11
Photo 2006.2.19

 閉まっていたので、どういう店なのか不明。よくあるような携帯電話屋さんではなさそう。二階の軒先が小さなタイル張りなのが目を引く。

木造アパート
所在地:豊島区南長崎2-3
Photo 2006.2.19

 横丁を曲がると廃墟化しつつある木造アパートが建っている。1階の豆腐屋さんはやっているのだろうか。しかし開いている店がほとんどないのはどういうことなんだろう?

山政マーケット
豊島区南長崎3-14
Photo 2006.2.19

 日曜のためかマーケットもお休みだった。ただのお休みだっただけらしいのだが、周辺があまりにも静かなので、廃業したのかと思ってしまう。

 この商店街、もともとは地域の中心になって賑わっていたのだろうが、鉄道駅の方へ人の流れが変わってしまい、人があまり来なくなったのかもしれない。また大型のスーパーマーケットが周辺にできたりして、お客さんが奪われたのかもしれない。駅前の商店街は通勤通学の人々を相手に商売ができるが、駅から離れたところの商店街にはお客を呼んでくるだけの力はない。自動車でもお客さんは来てくれず、閉店する店が増える。商店街は、結局は建て替えによって、次第に普通の住宅地になっていくのかもしれない。

 地域社会の構造が数十年の間に大きく変化する中、元気であり続ける商店街が下町などにある一方で、ただ取り残されたように残存し次第に衰退していく、取り残され系商店街も少なからず存在する。

#失われた建物 豊島区  #古い建物 豊島区  #街並み 豊島区 
#看板建築  #商業系  #マーケット 

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5 コメント

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はじめまして (てる)
2010-06-13 16:57:20
こんにちは。

私が幼少時代に過ごした街です。
20年くらい前でしょうか、

休日の夕方にもなれば商店街は買い物客であふれて、活気があったものです。

母に手をひかれて買い物に行くのが楽しみでした。
今では信じられない話ですよ。


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初めまして (asabata)
2010-06-16 03:53:40
てるさま
初めまして。
ここの商店街は日曜にお休みのお店がどうも多いようです。
平日の夕方は買い物に来てる方もそれなりにいるようで、
たまたま私が日曜に訪れたため閑散としていたらしく、
ひどくさびれた商店街というわけではまだないようです。
20年前に比べるとかなり静かになってしまったのは確かなようですが・・・。
返信する
地元商店街のイベント担当者 (しいなまちお・K)
2010-12-08 00:07:39
初めまして地元商店街のイベント担当者です。
実は本日の読売朝刊・都民版に当商店街を題材にした絵本がコンテストで大賞を受賞された記事が載りました。
ちまたの反応が知りたくて、ニコニコ商店街で検索して、こちらのブログに突き当たりました。
駅から離れた「取り残され系商店街」まさにご推察どおりです。
一番上の写真の元「多田屋文具店」の路地を入った所にあの「トキワ荘」の正面入り口はありました。
下の写真の「鈴電」もその下の「豆腐屋があったアパート」も今は解体されてそれぞれマンション、駐車場になっています。
豆腐屋のすぐ奥には「旧落合電話局」が見えますが、まさにその正面がトキワ荘の入り口でした。
電話局は当時の建物のまま今はNTTの研究室になっていて現存しており、その斜前にはトキワ荘と同時に赤塚不二夫が借りていた「紫雲荘」というアパートも残っているので私はこの路地を「トキワ荘横丁」と読んでいます。
商店街のメイン通りではないこんな路地のアパートの1階にも店舗がずらっとあったのですから、もちろん当時は凄い賑わいの商店街でした。
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来年また行きます。 (asabata)
2010-12-26 00:02:08
しいなまちお・K様
取り残され系商店街なんていうタイトルを付けてしまってすみません。

しばらくこの界隈に行かないうちに、
やはり昔の面影は次第に失われてしまっているようですね。
賑やかになるのなら良いですが、
古い建物がなくなってしまうのはやはりちょっと残念です。

電話局の建物の件、指摘されるまで気づいていませんでした。
そのようなオフィスがあったことからも、
往時は賑やかだっただろうことが想像されますね。

下調べをせずにぶらぶら歩いていたので、トキワ荘跡なども見落としてしまいました。
今度行くときは平日の夕方、賑やかな時間帯に行こうかなと思っています。
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お待ちしております。 (しいなまちお・K)
2010-12-26 18:38:17
建物が改築されると1階がお店だった所はほとんど例外なくただの民家になってしまいます。
少し前までは条例でもあったのか、マンションの1階は店舗用の設計になっているところが多かったのですが、それらも空き店舗ばかりです。
夕方も賑わいはありません。
でも、昨年4月にトキワ荘の記念碑が商店街に面する公園に完成。
全国、いや海外からもファンが往時に思いをはせに来ます。
跡地には何もない(出版社のビルが建っている)ですが、ラーメン「松葉」や紫雲荘などゆかりの地がかろうじて残っています。
トキワ荘のイベントも年2回やります。
パンフレットや冊子も作っています。
私は、記念碑公園のとなりの時計屋です。
是非、お立ち寄りください。お待ちしております。
よろしければ、ブログ「トキワ荘通り」
http://blog.goo.ne.jp/tokiwasou-street
もご覧ください。宣伝ですみません。
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