都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

公団阿佐ヶ谷住宅 1

2006-03-08 | 杉並区  

 JR阿佐ヶ谷駅南口からアーケード商店街を抜け、青梅街道を渡り、善福寺川へ向かって緩やかな坂を下っていくと、低層の長屋状の住宅群が見えてくる。

阿佐ヶ谷住宅
所在地:杉並区成田東4-3
Photo 2006.2.17

 公団阿佐ヶ谷住宅は1958年に建設された、総数350戸の団地。2F建てテラスハウス(低層長屋)232戸と、3~4F鉄筋コンクリート造の中層棟118戸からなるという。全体の設計は日本住宅公団。テラスハウスのうち、傾斜屋根型の174戸の設計は前川國男建築設計事務所だそうだ。

テラスハウス棟(南側から)

 阿佐ヶ谷住宅を特徴づけているのは、やはり傾斜屋根のテラスハウス群だ。このテラスハウスは、大小合わせて36棟あり、各棟は4~6軒が一続きの長屋状になっている。ブロック造トタン屋根で、南側から見ると2階建てに見えるのだが、北側から見ると平屋。南側には各戸に小さな庭がついている。

テラスハウス棟(北側・玄関側から)

 各棟の北側にアプローチ通路があり、各戸は北側に玄関を持つ。

傾斜屋根のテラスハウス棟

 切妻の片側を長くしたような屋根はシンプルだが、バランスが取れていてなかなか魅力的だ。

 杉並あたりで、このようにゆったりとした団地が今まで残されてきたこと自体、かなり幸運だったように思う。各戸の庭は比較的よく手入れされており、建設から50年弱が経過してはいるが、団地は全体的にはきれいに使われ続けている。

 しかし、この阿佐ヶ谷住宅をNetで検索してみると、老朽化による建て替えが既に決定されており、今年度中にも解体が始められるとあった。そんなわけで住民の立ち退きが済み無人化した棟もちらほら見られる。

阿佐ヶ谷住宅日記
(阿佐ヶ谷住宅にお住まいの方によるHP、団地全体のMAP、住戸平面図、再開発計画の進行状況など、いろいろ詳しい情報が載っています。)
建設業界ニュース(阿佐ヶ谷住宅建て替えについて)
T.F.Blog(日本住宅公団:阿佐ヶ谷住宅)
Design Passage
CHIBOLOG・裏和田通信
Tokyo Lost Architecture

#失われた建物 杉並区  #公営・公団・公社・公立住宅  #集合住宅  #前川國男 
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南長崎の看板建築

2006-03-05 | 豊島区  
魚沼屋豆腐店
所在地:豊島区南長崎3-2
Photo 2006.2.19
魚沼屋豆腐店 2F戸袋部分
Photo 2006.2.19

 昨日も掲載したが、ここには昭和初期建設とおぼしき看板建築が比較的多く残っている。

 このお店は1階部分は新しくなっているが、2階はほぼ昔のままで、色あせた青いトタンの雨戸が付いている。洗い出し仕上げの壁面や戸袋などは結構きれいな状態で、江戸風の模様などはおしゃれな感じ。

 ちなみに「洗い出し仕上げ」は、細かい石とセメント、石灰を混ぜて練ったものを壁面に塗り、半乾きの状態で、文字通り水洗いすることで、練り材が洗い落とされ、残った砕石によってざらざらした仕上げになるという凝った技法。混ぜる石の色や形、粒の大きさによっていろんな風合いになるという。上記の壁面が二色なのもそのためらしい。

社団法人 日本左官業組合連合会 左官工法の技術紹介

 しかしこの技法紹介のページは勉強になるなぁ。実にさまざまな左官工法があるのには驚かされる。洗い出し仕上げなどは手間がかかるので、最近はあまり使われないらしい。しかし、良い状態で残されているのを見ると、改めて昔の建物のつくりの良さに感心させられると共に、昔からの技法を使った建物がもっとあっても良いのにと思う。今、こういう技法を使って建てる人は誰かいないのかなぁ、あ、そういえば石山修武先生が、左官工法を多用して、現代建築である伊豆の長八美術館を作ってたっけ。

味楽百貨店
所在地:豊島区南長崎3-4
Photo 2006.2.19

 既に閉店していると思われる店舗。この位のお店が百貨店を名乗っていたのは、昭和30年代ぐらいまでだろうか。確かに「百貨」を扱っていたのだろう。この地域の中では中心的なお店だったのかしら?

 →内部にいくつかお店(食材など)があり、まだ一部は営業しているらしい。(2006.03.10追記)
  (漂泊のブロガー2:いのうえ様から情報を頂きました。)

篠原テーラー
所在地:豊島区南長崎3-15
Photo 2006.2.19

 いつごろ取り付けられたか不明な看板。こんなに古めかしいUCカードの看板は初めて見た。しかし味楽百貨店といい、この看板といい、なんだか時間が停止して凍結保存されたみたいな感じ。

 取り残され系商店街は、商業的には不運としか言いようがないのだが、レトロな建物を見て郷愁を覚えるには、実はもってこいの場所。この系統の建物が好きな私などから言わせれば、建物がそのまま残るなんて本当に幸運な巡り合わせだということになる。でも、あまり嬉しそうに見て回ると、地域の方は不快に思うかもしれないので、一人静かにそっと訪ね歩くことにしている。

#失われた建物 豊島区  #古い建物 豊島区  #看板建築  #モルタル看板建築 
#街並み 豊島区  #商業系  #デパート・百貨店  #マーケット 
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取り残され系商店街

2006-03-04 | 豊島区  

 目白文化村から北へ行き、目白通りを越え、南長崎の商店街に入る。

南長崎ニコニコ商店街
所在地:豊島区南長崎3-16
Photo 2006.2.19

 目白通りからそれ、江古田駅方面へ至る、昔からの道沿いにこの商店街はある。鉄道や地下鉄の駅から少し離れているため、戦後の発展からはどちらかというと取り残された感があり、正直なところかなり寂れてしまっている。

 日曜の午後、開いているお店はほとんどなかった。自転車はたまに通りかかるが、歩いている人は非常に少ない。一方通行の道は抜け道になっていて、時折、車がスピードを出して走り抜けていく。

電話専門 鈴や本店
所在地:豊島区南長崎3-11
Photo 2006.2.19

 閉まっていたので、どういう店なのか不明。よくあるような携帯電話屋さんではなさそう。二階の軒先が小さなタイル張りなのが目を引く。

木造アパート
所在地:豊島区南長崎2-3
Photo 2006.2.19

 横丁を曲がると廃墟化しつつある木造アパートが建っている。1階の豆腐屋さんはやっているのだろうか。しかし開いている店がほとんどないのはどういうことなんだろう?

山政マーケット
豊島区南長崎3-14
Photo 2006.2.19

 日曜のためかマーケットもお休みだった。ただのお休みだっただけらしいのだが、周辺があまりにも静かなので、廃業したのかと思ってしまう。

 この商店街、もともとは地域の中心になって賑わっていたのだろうが、鉄道駅の方へ人の流れが変わってしまい、人があまり来なくなったのかもしれない。また大型のスーパーマーケットが周辺にできたりして、お客さんが奪われたのかもしれない。駅前の商店街は通勤通学の人々を相手に商売ができるが、駅から離れたところの商店街にはお客を呼んでくるだけの力はない。自動車でもお客さんは来てくれず、閉店する店が増える。商店街は、結局は建て替えによって、次第に普通の住宅地になっていくのかもしれない。

 地域社会の構造が数十年の間に大きく変化する中、元気であり続ける商店街が下町などにある一方で、ただ取り残されたように残存し次第に衰退していく、取り残され系商店街も少なからず存在する。

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コメント (5)
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