アートの周辺 around the art

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引っかかるアートにまつわるもろもろを記してまいります。

恩地孝四郎展@和歌山県立近代美術館

2016-05-08 | 展覧会

昨年、「月映(つくはえ)」の展覧会を見て、その名を知った版画家・恩地孝四郎の回顧展が、こちら関西でも始まりました。場所は、版画作品をコレクションのひとつの柱としている和歌山県立近代美術館。宇佐美圭司展に続き、今年2回目の訪問です。

恩地さんの版画家としてのスタートは、やはり美術学校の仲間である田中恭吉、藤森静雄とともに「創作版画」の発表の場として創った雑誌「月映」から。日本では江戸時代から浮世絵という木版画がつくられてきましたが、分業体制の新しい浮世絵を目指した「新版画」に対し、下絵の作成・彫り・摺りのすべてを一人で行い、美術作品としての芸術性を前面に押し出した「創作版画」が、明治末期から大正にかけて新しいムーブメントを起こしました。

この最初のコーナーに展示されている木版画の作品たちは、ハガキほどの小さなサイズ。その小さな画面に新しい表現を求めて、しかも直接描くのではない不自由(なのかな?)な技法を駆使して、そうして生み出された濃密な世界が、ギュッと詰まっているかのようです。3人の展覧会では、恩地さんの抽象的な表現が際立っていたように思いましたが、彼の作品のみを概観すると、バラエティに富んだテーマと表現に挑戦していたことがわかりました。

創作当時の3人が若かったこともあり、「月映」には、ほとばしるような抒情性を感じましたが、恩地さんにとって、深く内面を見つめるような「抒情」は生涯を通じて創作のテーマだったのです。この時代の抽象表現は、とても新しかったと思うのですが、そこに見る人を拒絶するような冷たさは一切なく、詩的なタイトルとも相俟って、見る人の想像を伸びやかに喚起する暖かさがあります。カンディンスキーにも通ずる「音楽作品による抒情」シリーズは、まるで音が聞こえるようでおもしろかったですね。

戦後、駐留するアメリカ人に評価され、多くの作品が買い上げられたとのことでしたので、作品の所蔵先がグローバルで驚きました。ボストン美術館や、ホノルル美術館、大英博物館も!国内でも多くの美術館が所蔵しているんですね。こんなに版画界に功績がある著名な作家を存じあげなくて、ゴメンナサイって感じでした。

木版画といっても精緻に彫り込まれ、何色も色を重ねていくと、描いているのと変わらない表現が可能になります。途中、版木が展示されていたのですが、それを見ると、「そうか~、彫ってるんだ…」という実感がわいてきます。もちろん、版面で映すという作業により、独特の色味や形、紙の形跡が生まれるとは思うのですが、ちょっと「版画の意味ってナニ?」とか思ってしまったんですよね…。

それが、録画していた日曜美術館の恩地さんの特集で、実際に技法を再現しているのを見ていたら、「ああ、これか!」と思いました。版木(恩地さんの場合は、紙やひもやいろいろ)に絵の具で色をおいて、上から紙を重ねてバレンで擦る。その擦り方でもいろんな変化が出せる。そうしてソロリと紙をはがした時の、驚き!意外性!そういうのが、版画をつくることの楽しさなのではないかな…と。

美術館では、この展覧会に連動し、コレクション展でも「謄写印刷工房から―印刷と美術のはさまで」が開催されていました。懐かしの謄写版!(ガリ版と言っていましたね) 実用、商用として使われてきた謄写版にも、すぐれた美術表現が可能であることに驚きました。おもしろいなあ!ここでもらった作品リストは、明らかにガリ版刷り!インクの香りが懐かしかったです。

いろいろな美術表現が多様化している昨今ですが、本当に人の手の中で生み出された芸術である版画の世界をまるごと堪能できました。楽しかったです。

「恩地孝四郎展」は6月12日(日)まで。コレクション展「謄写印刷工房から―印刷と美術のはさまで」は5月29日(日)までです! 


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