四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

ふるさと鹿児島への旅(その2)

2012-05-29 15:02:52 | 生かされて今日
 鹿児島市から約80KM南下、薩摩半島の指宿方面から知覧への観光バスに乗りました。始発の天文館からの乗車は私一人でしたが、鹿児島中央駅と指宿駅から客が増え満席となりました。やはりご年配のご夫婦や女性グループが元気です。長崎鼻からの開聞岳は優美で、千メートルはありませんがさつま富士の名を汚しません。日本名山の一つです。幼馴染の寧くんは退職後85回登頂したそうです。 長崎鼻灯台の向こうは南シナ海で、鹿児島湾の入り口です。薩英戦争ではイギリス軍艦7隻が侵入してきた岬です。弓をなす浜辺に寄せる潮騒をもっとゆっくり聞きたかったなぁ。大きく深呼吸してこの景色を身に納めました。
小学校か中学校の遠足で遊んだことがあり、そこでの集合写真があったと思います。近くの山の樹木は亜熱帯のようで、今年初めて聞く蝉の声が初夏を歌っていました。歌謡曲「南国情話」が流され、南国乙女の物悲しいメロディに私も口ずさみました。
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ふるさと鹿児島への旅(その1)

2012-05-27 19:13:52 | 生かされて今日
 クラス会出席を機会に4日間久し振りの故郷を楽しんできました。チケットレスの航空券なのでなんだか不安でしたが自動改札で簡単に出来ました。羽田空港から鹿児島まで1時間50分、鹿児島空港付近のお茶畑の朝日は目がくらむような南国の日差しです。空港連絡バスが市内に近づくと、桜島の灰が車で巻き上げられもやうほどです。ホテルに荷物を預けて、先ずは城山裏にある実家の墓参。灰まみれの墓碑を水で洗い流し、本家や縁戚の墓参を果たしました。そこからタクシーで武岡墓地にある八幡小学校の師で、亡くなるまで気に留めて頂いた児玉ミチ先生のお墓に初めて詣でました。ご親戚から頂いた地図でタクシー運転手が一緒に探してくれました。あいにくバケツがなく困っていると、後ろのトランクから洗車用のバケツを貸してくれました。
 義姉の家から、99才の叔母の家に行きましたら近くの病院にいるというので訪ねました。頭は相変わらずシャンとしていて喜んでくれました。次に児玉先生の義姉宅へ。茶道師範の方は先生の結婚話や負けず嫌いな性格など話してくれました。
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お陰さまで日食拝見

2012-05-21 13:15:01 | 生かされて今日
 横浜は朝から小雨が降り金環食は諦めておりました。早朝所要で横浜に出てその帰り道、薄曇りとなりお屋敷の玄関に出ておられるご婦人に「見えますか」とお尋ねしたらニッコリして日食グラスを貸してくれました。お陰さまでアンパンがガブリかじられているような太陽を拝見できました。
薄曇りのお陰で眼鏡なしでも見えました。日本中で短いお祭りとなっている様子です。道みち家族で外に出てきて天体ショーを見上げています。大きなマンションでは各棟ごとの玄関に老若男女が佇んでいました。自分がこの宇宙の一員であることが感じられました。

 ♪三代ならぶ日食めがね町若葉  駿
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学童疎開船「対馬丸」の悲劇

2012-05-16 21:20:14 | 生かされて今日
  横須賀市追浜にある海洋研究開発機構のゲート近くに石碑がありました。昭和19年決戦まじかの沖縄から長崎へ子供達が疎開する対馬丸(6754トン)が夜10時頃アメリカの潜水艦の餌食となり、親元を離れた学童775人を含む1418人が犠牲となりました。
 突然の深夜の撃沈で船内及び漂流のどんなにか残酷な状況だったか想像するだけでも涙が滲みます。鹿児島を遠く深海871メートルに沈んだ対馬丸を、当研究機構の深海調査船が確認したそうです。その悲しみを天皇陛下が詠まれた短歌が碑に刻まれていました。
沖縄市に対馬丸記念館が建てられ戦争という地獄を後世のために残されております。
 この頃自民党や産経新聞などが現憲法では祖国を防衛できぬと9条を含めた改ざんを画策しているのは極めて危険だ。金輪際、野蛮無慈悲な武力で祖国を滅ぶ瀬戸際に追い込ませてはならぬと思います。
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深海の調査最前線

2012-05-14 14:51:37 | 生かされて今日
 横須賀追浜に国の研究機関、海洋研究開発機構の本部があり、その研究棟や深海調査船、地震予知などいろんな研究成果が一般に開放されました。最寄りの京急追浜から無料バスも出ますが私は自転車で出かけました。ここ夏島は明治時代は孤島で機密を要する明治憲法の草案が伊藤博文らに検討された歴史を持ちます。現在は日産自動車グループの工場研究所になっています。
 すでに開場を待つ200メートルの人並みで、どんどん長くなります。好奇心のお子さん連れの若い夫婦が多いです。
ここの電算機の能力は世界的だし、保有する深海探査船「ちきゅう」は海底からマントルに達する掘削能力を持つ科学最先端の調査船です。過日管を下ろして地底7000メートルまでの土石を採取したと報道されました。また有人、無人の深海調査船も間近に見ることが出来ました。取り出された土泥のサンプルは乾燥させないため寿司屋のケースに冷やして展示されていました。地震による断層面があり、今後地震予知に貢献することが期待出来ます。3.11の生々しい災害の後だけに子供も大人も熱心に研究者の説明を聞いていました。日本の今後の海洋研究に期待するとともに、多数の市民、多くの子供達が大海の不思議に大きな関心を持つていることが頼もしく思えました。将来の研究者への夢を植えつけたことでしょう。岸壁から調査船に乗るのは抽選で、長い列が出来ていました。広い原っぱでは屋台も出て幼子が飛び跳ねています。
 ♪うまごやしおさな駆けよる竹とんぼ  駿
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春はいのちの躍動する季節

2012-05-12 19:26:02 | 生かされて今日
    春と初夏とが日中に混ざりあう時期で一番快適な五月、晩春です。数えきれない程の草や木々が動き出し、道の辺の彼らをじっくり観察する好機です。まさに名も知らぬ植物がわき出して、万物の命の躍動が感じられます。その命のほとばしるエネルギーを自分に取り込んでみませんか。わざわざ遠方にある名所に行かなくても、住まいのすぐそこに自然の躍動が見られます。神の創作された昆虫や草花は精緻で、摩訶不思議です。私たち人間もその創造物の一つです。
 お子さんの植物図鑑を開いてみましょう。歳時記も是非ご覧ください。日本人は仕事ばかりして周囲の季節を見逃して暮していませんか。意識して四季の移りかわりとともに生活しましょう。桜はもう葉桜となり桜の実が生っていますよ。「おくのほそ道」の江戸深川の出発は陽暦の5月16日です。
 もっこうばらの香りにカメムシが溺れていました。
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子供の数が少ない

2012-05-05 05:57:30 | 生かされて今日
 今日は「屋根より高い鯉のぼり」の子供の日です。将来の日本を支える子供達が年々減少して寂しいですね。国の統計によると各府県人口の子供の割合は13.1%だそうです。その割合が最も高いのは沖縄県でダントツの17.7%、子供の割合の平均を超えている優秀県は滋賀、佐賀、愛知。開放的気候の沖縄県は貧しくても子沢山、滋賀県は環境のよさから大阪経済圏の勤め人のベッドタウンとなっているからかもしれません。
 逆に平均を大幅に下回るのは、東京、秋田、北海道です。首都のコスト高の生活では子供が欲しくても産めない、暮らしていけないのは異常で悲しいです。教育費の高騰や労働条件が厳しい、年金への不安などが災いしているのでしょう。沖縄県人の「なんとかなるさ」の逞しさ楽観を見習いませんか。わが神奈川県は大阪府とともに平均の13.1%でした。
 女性の社会進出、晩婚化もその原因なのでしょうか。フランスでは国の政策が成功して少産が改善されつつあるそうです。
未来ある子供の姿が大いに増えることを祈りたいです。
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巨船入港とみなと祭のパレード

2012-05-04 19:03:04 | 生かされて今日
 雨模様から薄曇りとなり大型客船が横浜おお桟橋に朝8時入港と聞き出かけましたが、30分以上早い着岸で既に白い巨体がゆうゆうと休んでおりました。午後12時過ぎにもう一隻の巨船が入港、二隻が並ぶことになりました。
桟橋から赤レンガ倉庫に長い列が見え、歩いて近づくとレストランらしく並んでまでの辛抱強さに驚きました。よくやるなぁ。東北訛りの家族連れの声がしました。
 垂れ幕から今日は横浜開港祭と気付きました。仮装行列があるのです。神奈川県庁が公開していると聞き、キングの塔の屋上からパレードと2番目の巨船入港を楽しみました。新緑が美しく吹き出し、横浜は薫風のお祭日和となりました。
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あかざ俳句会の20周年

2012-05-01 13:59:37 | 俳句
 私の所属するあかざ俳句会が20周年を迎えました。飯村寿美子主宰の情熱と粘り強い指導で会員数が伸びて、北海道、宮城、栃木、茨木、東京、静岡、岐阜を含め100名の規模となりました。日本伝統の17文字の短詩、俳句の素晴らしさに気づかれる方が多くなることは、ひからびた効率オンリーの損得勘定の憂世にうるおいを与えることが出来ます。私は常々俳句をお勧めすることは人助け、四季と歩むことで心が救われる契機となると周囲に申し上げています。
 午前中の第一会場では、あかざ賞や新人賞、功労賞などの表彰、通信句会の結果発表に続いて、信州大学渋谷名誉教授の「姉とわたし」の講演が行われました。先生は長野県に住む主宰の弟さんで、今日は和服の奥さまと来て下さいました。奥さまとの出会いはアメリカへ留学するために横浜港を出港した「プレジデント・ウイルソン号」の船中だそうで、奥さまはまだ16才だったそうです。科学者の弟から姉の寿美子主宰をたのしく話され、会員が食い入るように聞いていました。
 午後の第二会場はホテルで記念撮影をした後レストランで懇親会です。寿美子主宰の夫君はトキの保護運動もされている農学博士で、温顔を出して頂き植物図鑑を調べると「あかざ」はほうれん草と親戚の植物だと話されました。
 主宰一族のアットホームなお陰で愉快な時を過ごせました。
 なお、通信句会の高点句は次の通り。

○啓蟄や小芥子に手足でる気配  久夫
○つるし雛宇宙へ行ける話など  照子
○口笛の芽吹きの山を下りてくる  幸子
○初午や鼻赤くして七味売り    京子
○春キャベツ剥ぐ告白をするやうに 好子
○可も不可も家族は似たり豆の花  英子

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