四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

求めない心で

2020-04-04 11:04:42 | 生かされて今日

 加島 祥造(かじま しょうぞう)さんは有名な詩人、翻訳家、随筆家など多面な才を発揮されておられます。ウイルスで家籠りを強いられて気が晴れない春ですね。

イライラ不足不満でコロナとの長期戦を暮らすよりも、免疫力を高めてくれそうな加島さんの詩で元気を頂きませんか。

(2007年小学館発行 『もとめない』より一部抜粋)

 

『求めない すると簡素な暮らしになる』

『求めない するといまじゅうぶんに持つていると気づく』

『求めない するといま持っているものがいきいきとしてくる』

『求めない するとそれでも案外生きてゆけると知る』

『求めない するとちょっとはずかしくなるよ あんなクダラヌものを求めていたのか、と』

『求めない すると恐怖心が消えてゆく』

 

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道元禅師の励まし

2020-04-02 15:24:49 | 生かされて今日

 人身得ること難し 仏法あふこと稀なり。

今われら宿善の助くるによりてすでに受け難き人身を受けたるのみに非ず

あひ難き仏法にあひ奉れり。

生死(しょうじ)の中の善生(ぜんしょう) 最勝の生なるばべし。

最勝の善身をいたずらにして露命を無常の風に任すること勿れ

 

  人間に生まれることは当たり前ではない。ヘビや虫けらやミミズ、豚牛に生まれず、

しかも戦争を禁止している日本に生まれたことは奇跡だ。

その上に釈尊の教えに会えて最高の幸せの中に生きているのだ。その尊き本性の

自分を自己中心の煩悩に振り回されて汚してどうする。

露のようにはかないいのちを「無常」に晒してはならぬぞ。わかったか。

 

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人の喜こぶことをしよう

2020-03-29 06:43:01 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『一人の力には限りがあります。お金も身分もなかった秀吉は、「十人の力を借りれば十人力、百人の力を借りれば百人力。人の力を借りるには、人を喜ばせなくてはならん」と、ひたすら人を喜ばせることに心をくだいたそうです。それで、あれだけの大仕事を成し遂げたわけです。
では、どうしたら本当に人を喜ばせることができるかです。佼成会を始めた当初、私は牛乳屋のおやじさん、妙佼先生はイモ屋のおばさんでした。けれども、人さまをお救いしたい一心で、ただひたすら相手のことを考えて尽くしました。苦しんでいる人を見ると、車に乗せてあげる。後押ししてあげて、仏さまの教えに導く。しかも、なんの見返りも一切求めないのです。すると、人が必ず集まってきてくれるのですね。
相手の喜ぶことだけを考えていると、相手に何かしてもらいたいといった要求もなければ、不満も生まれません。こちらに感謝や尊敬を求める気持ちがあると、こんなに面倒をみてあげているのにといった不満が頭をもたげてくるわけです。これでは、どんなにしてあげても、人が慕い寄ってくるわけがありません。』                        庭野日敬著『開祖随感』より

 

PS  コロナウイルスと世界の人類との戦争です。分断から団結へ、差別から融和への英知が  一人一人に求められております。年をまたぐ永い戦争に皆さま覚悟を決めましょう。

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明るい心になろう

2020-03-23 08:16:41 | 生かされて今日

 日々コロナ漬けでウンザリですね。目に見えない恐怖・不安で心が閉ざされ、孤立して不機嫌な世の中になっているようです。氾濫するエセ情報に右往左往、自己中心のあさましい行動が見受けられます。

 私は幸い釈尊を信心し、俳句人でもありますので落ち込まず、努めて命の躍動する今年の春の景色を楽しんでおります。目覚めれば生きて動けると仏さま、親に感謝の合掌をささげ、ラジオ体操をして今日をスタートします。無職なので朝食は頂かずに2食で疑似ベジタリアンです。

朝の日課は10冊ほどの読書、今日の歴史や仏教書、俳句に百人一首などをひろげます。この頃は近所の朝桜巡りです。「朝桜向こうを長き貨物船」駿

コーヒーを味わいながら朝刊をパリパリめくるのも楽しい時間です。

 過日は夫婦で彼岸供養の読経をさせていただきました。手づくりの料理を前に過去帳にある百人ほどの御戒名を読み上げて、ご先祖たちに感謝を捧げました。普段は立正佼成会横浜教会での大規模な「お彼岸供養」に参加していますが、今年はコロナ禍で閉館されており、各家庭でとの連絡でした。名も知らぬ先輩たちの財施で頂いた横浜普門館のありがたみをひしと感じております。理論もいいが「信」の実行こそ人生には大事だと思います。

『私は、神さま仏さまが常に見守ってくださっていることを信じでいるので、いつもありがたくて仕方がないのです。』立正佼成会開祖 庭野日敬師のことば。

 

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兼好法師いわく

2020-03-14 14:11:20 | 生かされて今日

 徒然草(つれづれぐさ)は今から約680年前に卜部兼好が書き、江戸時代からのベストセラーで日本三大随筆(枕草子・方丈記)の一つです。兼好法師は当時の大歌人で京からテクテク歩いて現在の横浜市金沢区の称名寺・金沢文庫近くにしばらく住んでいた事が第三十四段に書かれています。

 人生観・死生観や趣味芸術論や面白い逸話などを二百四十三話に収めました。第百五十段をおおよそ和訳すると以下のとおりです。


芸事を身につけようとする人は、「下手なうちは、人に知られないようにしよう。恥をかかぬよう内々でよく練習して上手くなってから人前に出たら、奥ゆかしいだろう」と常に言うようだが、このように言う人は一芸も身に付くことは無い。

まだ未熟なうちから上手の中にまじりて、そしり笑はるるにも臆せず、意に介せずはげむ人は天分がなけれども、上手の努力しない者より終に上手の位にいたり、徳たけ、人に許されて双なき名を得る事なり。


 つまり芸事は初めからベテランの多い中で揉まれたほうが早く上達するよということでしょうか。
踏んだり蹴られたり冷やかされても精進し続けることが肝要だと教えています。少し上達してから入門しようというのでは遅く、明日は無常ですから善は急げですね。

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兄への懴悔

2020-03-08 17:56:30 | 生かされて今日

 

 六つ上の兄は進学せず銀行に勤めました。残業帰りに交通事故で重傷を負い、父と同じように五十で早世しました。
『ジャンクリストフ』を読み、油絵を描き、軟式テニス部員、親友に薩摩藩学者の末裔で豪傑もいて豊かな青春の兄でした。
同居していた祖父は東京で腕を磨き故郷、鹿児島で証券会社を経営していました。父は地元企業の経営者で、祖父の会社に名義だけを貸していたようです。
その証券会社が社員の使い込みで倒産、父はその借財で家を売り払いました。
 恐らく兄は父母らの窮状を忖度し進学を断念、地元銀行に就職したようでした。
兄の二人の友は大学へ進学、大学と高校の教師となりました。
窮屈で堅い仕事の銀行は兄にはきっと居心地がいいところではなかったでしょう。
計数に明るい父は別の会社の役員となりバリバリ働いていましたが、癌で急逝、私は高校二年でした。会社差し回しの車で学校から病院へ。何ら事情が分からないまま、長い病院の廊下で祖母が私を見て泣き崩れたので事情を察することができました。
 私はさも当然のごとくに上京、進学しました。父の縁で県ゆかりの岩崎学生寮(世田谷区烏山)に入寮、まさに親の遺産で進学できたのでした。
 受験期を迎えると親の恩は勿論だが、身を投げ出してくれた兄の恩義、しかも生前一言も感謝を伝えなかったことが悔やまれてなりません。
 『小罪なれども懴悔せざれば悪道を免れず。大逆なれども懴悔すれば罪きえぬ。』と日蓮聖人のお言葉があります。
老境になりようやく兄への忘恩に気づく有様を恥ずかしいと思っております。

 受験期や兄への詫びの経を読む  

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仏さまはあなたの慈父です

2020-03-02 11:47:53 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『よく人さまから「開祖はどんな人に会ってもよいところを見られ、どんなことに遭っても、いいほうに

解釈されますが、何か秘訣があるのですか」と尋ねられることがあります。
秘訣といえるかどうか知れませんが、私はいつも、仏さまなら、こういう人にどう対されるか、こういうことに対してどう考えられるかと思い起こして、その真似をさせてもらおうとつとめてきました。
子どもは親の真似をして大人になりますね。弟子はお師匠さんをそっくり見習って一人前になっていくわけです。みなさんも、「あの人のようになりたい」と思うお手本があったら、そっくりその人の真似をしていれば、いつのまにかそうなってしまうのです。
毎日出会う人、出合う出来事の一つ一つを、経典に照らしてそこに示されたとおりに実行していくのが、本当に法華経を読誦すること、つまり身読です。約二千五百年前に入滅された仏さまは、私たちの肉眼では見ることはできませんが、経典に示されたとおりに実行すると、目の前にその仏さまがああ

りと見えてくるのです。』


                     庭野日敬著『開祖随感』より

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野村克也さんの言葉に学ぶ

2020-02-23 18:44:29 | 生かされて今日

〚心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば 運命が変わる。運命が変わると人生が変わる〛

 過日惜しまれて亡くなったプロ野球界の巨人・野村克也さんの言葉で
す。三冠王、本塁打賞など多くのタイトルを取り、監督としては若手選
手を飛躍させ、戦力外となったベテラン選手を再生させた名伯楽でも
ありました。現プロ野球界の監督コーチの指導者に彼の薫陶を受けた
人材が連峰のように遺されました。
人を育て人物を遺した人は最高の人生といえましょう。
 私たち凡人はいやな環境や自分にさからう他人を変えようとしますが
無駄なのです。「自分が変われば相手が変わる」という法則は釈尊の説
かれた縁起観からきているそうです。
鎧のような堅い先入観、既成概念を打ち壊して、新しい人生、句境を
拓くには自分を壊し、「自分が知らない新しい自分」を切り開く努力が
必要だと思い知らされました。

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エゴの蔓延する地球を変えよう

2020-02-01 08:34:45 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

〚中世がローマン・カトリックによる絶対支配の時代だとすれば、近代は科学的な合理主義が絶対とされた時代といえましょう。近代の社会は、科学こそ人間に幸福と豊かさをもたらしてくれるものと疑うことのなかった社会ともいえます。
 ところが最近になって、「果たして科学万能主義で人間が幸福になれるだろうか」という疑問が、顕著に表に現われてくるようになりました。そうした疑問を抱かせる原因はさまざまありますが、地球上の資源が有限なのに人口は増加する一方という難問を抱えて、地球を管理する必要性が痛感され、世界共同体の建設といった意識が芽生えはじめたのも一因でしょう。
 現実にそうした社会体制が出来上がるのには百年から二百年はかかりましょうが、そこに至るためには、人間のエゴイズム、国家のエゴイズムをどのようにして超克(ちょうこく)するか、その関門を突破しなければなりません。
 その意味で、まず宗教界が宗派エゴを捨てて互いに協力し合い、その姿をもって、人びとにそれを示さなくてはならないと思うのです。そうした大きな観点に立つことができなくては、人類全体の幸せ考える宗教者とは、とても言えません。
                 庭野日敬著『開祖随感』より

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下積みのできる器に

2020-01-22 12:18:49 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 ある教団では「利口(りこう)になれ」と教えるそうですが、私は、いつもみなさんに「ばかになれ」と申し上げています。どちらも行きつくところは同じなのです。

世間一般でいう利口、いわゆる物知りとか、うまく立ち回るといったことをもって利口というので問題ですが……。
 いわゆる、たくさん本を読んだり、いろいろな情報を仕入れた物知りならば、世間にはいくらでもいます。しかし、そういう人が増えると、どうしても理屈ばかりが多くなって、なにごとに対しても自分の主張ばかりして譲らず、かえって問題の解決が困難になってしまうのです。
 私は、菩薩行とは自分を捨てないとできないものだと思っています。どっちが得か損かと計算する心や、小才があっては菩薩行はできません。このせちがらい世に自分のことは忘れて他を思うといった行為は、利口な人にはできないのです。ですから、利口になろうとする人よりも、黙々と人さまのために働く人のほうが、はるかに尊い存在だと思うのです。
 自分の愚かさを知り、大愚(たいぐ)に徹することのできる人、それが真の智者です。


庭野日敬著『開祖随感』より

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小利口な生き方では・・・

2020-01-19 21:03:39 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 本を読んだりテレビの教養番組を見ているだけでも、たくさんの知識が得られます。
最近は昔のようにのんびりした時代と違って、社会がめまぐるしく変化し続けていますから、それに対応できる程度の知識は備えておかなくてはなりません。しかし、氾濫する情報や知識の中には、自分の人生にとって欠かすことのできない知識よりも、そのときかぎりで消えてしまうといったたぐいのものが多すぎるように思うのです。
 流行の言葉を使って伝統的な考え方を否定したり、言葉巧みに自己正当化の論理を展開したりすることが、かっこいい、新しい生き方であり、そうでないものは時代遅れの愚直な生き方と片づけてしまうような風潮は、いかがなものでしょう。
 そんな一見かっこいい生き方は、いわば社会の表面に浮いた水泡のようなもので、そうした小利口人間でこの社会は支えられるものではないのです。
利口になるよりも、本物のばかになることのほうが、はるかに難しいのです。社会は、じつはそういう人によって支えられているのです。


庭野日敬著『開祖随感』より

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冬のうた(令和元年)

2020-01-05 15:10:46 | 俳句

横浜の正月は伝統の大学箱根駅伝の応援からです。時間をみはからい横浜駅ちかくで待ち構え一瞬の走者へ「ガンバレ」の絶叫。ハイスピードなので一瞬間の声援です。

青山学院大のワンチームとなった凄さが後続チームとの差、時間と距離で推し量られて圧倒的な強さがわかります。監督の手腕、部員の血を吐く努力に脱帽するばかりでした。選手の父母・親戚はハラハラドキドキ見ておられないでしょうね。


 さて、去年のわたくしの「冬の句」をご披露します。精一杯の作品です。


〇バス停に先客のあり寒すずめ

〇巨人・たまご焼の兄の法要冬ぬくし

〇くれなゐにとろける冬の苺かな


〇はみだしてゐる初刷を引き抜きぬ

〇水餅のかめの暗がり母の忌日

〇片雪駄かまはず担ぐ春祭

〇空覚えの良寛のうた草青む

以 上

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自分を正すお正月

2020-01-02 07:43:18 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

〚みなさま、明けましておめでとうございます。

人は生きているかぎり、「もっとこうなりたい」「こうあってほしい」というように、いろいろと願いを持ちます。新しい年を迎えて、みなさんも、いろいろな願い、祈りをされたことと思います。

とりわけ信仰者にとって祈りは大切です。しかし、新年早々厳しいことを申し上げるようですが、その祈りが、自分のことだけをお願いするものになっていないかどうか、自分の心に問うてみてほしいのです。

大事なのは、まず祈りに値する自分であるかどうか顧みることです。そして、「かなえてもらいたい願いにふさわしい自分になれるように、精いっぱいの努力をいたしますから、どうかお見守りください」とお祈りするのが、本当の祈りなのではないでしょうか。

正月とは正す月と書きます。己の心の姿勢を正して、新しい一年を踏みだす大事な月、それが正月です。どうか、その決意をもってお屠蘇を祝っていただきたいものです。〛

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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豊かな暮らしとは

2019-12-26 08:25:20 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

『物は、ただ豊富であればよいというものではありません。

どんなに山海の珍味が並んでいても、それをただガツガツと食べるだけでは、貧しい食事になってしまいます。たとえ一汁一菜(いちじゅういっさい)の料理でも、作った人の苦労を思い、自然の恵みに感謝して食べることができれば、それはこの上ない豊かな食事になります。

 飛行機が大空を飛んでいるのを見て、私たちはジェットエンジンの推進力とパイロットの操縦で飛んでいるぐらいにしか考えませんが、よく見ると、それはたくさんの働きによって支えられていることが分かります。地上からの無線誘導をはじめ、さかのぼれば、飛行機を造った人、燃料を掘り出した人、それを精製した人、エンジンの素材に欠かせないチタン鉱を掘り出した人、そして、それらの原料を人間に提供してくれる大地の恵み……。そのどれを欠いても飛行機一機、飛ぶことができないのです。

 世界中の、いや地球上のあらゆる働きを集めて飛行機は大空を飛んでいるわけです。目に見えないたくさんの恩恵への感謝を忘れることのない生き方であってこそ、文明の名に値する真に豊かな生活といえましょう。〛

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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命をイタダキます

2019-12-15 07:56:02 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

『衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、現在の日本の状態は、ぜいたくに慣れきって、足りれば足りるほど逆に礼節を忘れ、道義心がすたれる一方のように思うのです。

かつては、どこの家庭でも「米粒一つでも粗末にするとバチが当たる」と教えたものです。それは、ただ倹約のためだけではなく、仏教でいう不殺生(ふせっしょう)の考え方、あらゆるものの命を大切にすることを教えていたのです。

食事をするときに「いただきます」と合掌するのは、お米を作ってくれた農家の方や、魚を獲(と)ってくれた漁業の方たちへの感謝にとどまらず、「米よ、野菜よ、魚よ、私の命をつなぐために

あなた方の命を頂戴(ちょうだい)させていただきます。ありがとうございます。

どうか成仏してください」という感謝と供養の心を込めた礼拝なのです。

私たちがいただくお米の一粒は、もみ種として田にまかれれば何百粒もの実をみのらせます。その命を私たちはいただいているのです。

この「もったいない」という気持ちこそ、日本の心だったと思うのです。現代には現代の生き方があるでしょうが、「もったいない」という感謝の心は忘れてはなりません。〛

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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