四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

お陰様に気づく

2019-11-15 06:18:24 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

『私の誕生日を、たくさんのみなさんにお祝いしていただいてしみじみと思うのは、「お陰さま」のありがたさです。

「お陰」とは、目には見えない陰の力、はたらきのことです。振り返ってみますと、この世に生を授けてくださった両親をはじめ、育ててくださった恩師や先輩の方々、修行を共にしてくださった会員のみなさん、力を貸してくださる世界の宗教界の先生方……。

そうした数えきれないお陰さまを頂戴し、仏さまのお見守りをいただいて、今日この日を迎えられた幸せを、かみしめずにはいられません。

自分の力、多くの人びとの力、そして神仏のご加護の三つが一つにならないと、どんな小さなことも成るものではない、と山田恵諦猊下(比叡山延暦寺)はいつも教えてくださっておられます。

「幸せとは、ありがとうと言えること」と言われた方がいました。私は毎日の日記の最後に、「今日も楽しく一日を終わらせていただくことができた。ありがたいお手配だった」と書かせてもらうのです。』

庭野日敬著『開祖随感』より

 

コメント

子どもの名前読めますか

2019-11-12 13:37:33 | 生かされて今日

下記は小学校の生徒さんの名前です。あなたは幾人の名が読めるでしょうか。

桜衣(あい)、心映(ここは)、才彩(さあや)、心実(ここみ)、

巧真(たくま)、唄汰(うた)、茉優(まひろ)、望愛(のあ)、

琉衣(るい)、真依(まい)

私はこの10人お子さんのが読めませんでした。担任の先生方は大丈夫でしょうか。今を去る約700年前に兼好法師が嘆いて「徒然草」に書いています。

『寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、ただ、ありのままに、やすく付けけるなり。

この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。

何事も、珍らしき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。』

コメント

受け止め方次第です

2019-11-06 07:06:20 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『菜根譚(さいこんたん)』という書があります。中国の古い時代の書で、すぐれた処世哲学が説かれているのですが、その中に、「耳には耳の痛いことばかり。胸には無念なことばかり。それがわが玉を磨く砥石となる」という言葉があります。その言葉を、会社に入社した青年時代から五十年間、つらいことがあるたびにかみしめ直してきた、という経営者の方がおられました。

 

「毎日、もう嫌なことばかりだ」と腹を立てて過ごすか、耳に痛い言葉も自分を励ます言葉としてかみしめていくかで、その人の人生が、まるで違ったものになってしまうのではないでしょうか。

 

うれしくなるような言葉は、めったに聞けるものではありません。躍り上がるような喜びは、そうあるものではありません。入社したばかりの新人時代は、つらいことやくやしいことばかりのように思えても、それを素直な心で受け止めると、その一つ一つが貴重な教えになっていくのです。

 

自分を磨いてくれるお師匠さんが、まわりにたくさんいるのですが、それを善き師、善き教えにしていけるかどうかの決め手は、やはり素直な心になれるかどうかにあると思うのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

 

コメント

オヤジさん奮起せよ

2019-11-05 07:34:28 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

『子どものころの私にとって、父は最高のお手本でした。いつも体の弱い母親を気遣い、難しい仕事は自分が全部引き受けて、それぞれの子どもの分に応じた仕事を、手をとって教え、覚えさせていくのです。父にそうして厳しく仕込まれたお陰で、私は、のちに上京して奉公するようになっても、奉公先の仕事がまことに楽なものでした。

理想の父親像についていろいろに言われていますが、最近、父親の影響力が弱くなっている原因は、父親が自信を失ってしまっていることにあるのではないでしょうか。

この社会は、秩序というもの、ルールというものがなくては成り立ちません。そのことを教える父性は、いつの時代にも欠かせない大切なものです。それによって公私の区別、善悪の区別を子どもたちが身につけていくわけです。

権威を振り回す父親ではなく、子どもが心から尊敬できる父親であることが、なによりも大切だと思うのです。

一家に心棒があることで、子どもは社会で生きていくルールと責任感を身につけていきます。

父親の影が薄れてしまうと、この社会全体が心棒のないものになってしまいます。

庭野日敬著『開祖随感』より


コメント

出来事にムダは無し

2019-10-31 07:32:08 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

私は毎日のことを日記につけておく習慣で、朝、何時に起きて、だれに会い、どういうことがあったか、一日の出来事を記録してきました。

それを若いときからずっと続けていると、世の中のこと、自分自身のことが、だんだん客観的に見られるようになっているのに気づけるのです。

また、あらためて振り返ってみると、果たしてここを乗り越えることができるだろうかと思うような難題にぶつかって必死の思いで生きていたときこそ、自分が成長する大きなチャンスになっていたことが、分かってきます。

簡単な記録であっても、読み返すと、その時々の記憶が鮮明によみがえってきて、かけがえのない自分史になっているのです。

なによりも大事なことだと思うのは、その記録を通して、「これまでの自分の人生に起こったすべてのことが、一つとしてむだなものはなかったのだ」と、しみじみと思えてくることです。ですから、その日の日記の最後に、「本当にありがたいことだ」と書き加えずにいられなくなるのです。

                              

庭野日敬著『開祖随感』より

コメント

他人を認めることが先です

2019-10-29 08:21:22 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

いくら努力しても、人は自分のことを正しく評価してくれないと不満をもらす人がいます。その不満で、やる気をなくしたりヤケを起こしたりしたら、自滅の道をたどることになってしまいます。そこのところで、ちょっと見方を変えて「では私は、人のことをどれだけ認めてあげていただろうか」と考えてみてほしいのです。あらためて自分を振り返ると、自分も人のことをあまり認めてあげていないのですね。

人に認めてもらいたかったら、人を認められる自分になるほうが先です。その心のゆとりが持てると、人の目を気にして一喜一憂することがなくなります。人に認められようが認められまいが、気にならない。自分のなすべきことに黙々と励み、喜んで人さまの下積みに徹していられるようになってきます。

いつも申し上げるように、信仰者の安らぎは仏さまがすべてご照覧だという安心感にあります。樹木の根は見えませんが、下に深く根を下ろせば下ろすほど幹や枝葉は上に伸びていきます。無理やり人の目を自分に引きつけようとするよりも、自分が大きく育っていけばいいのです。高くそびえる木は人の目を引かずにいないのですから。

                                                   庭野日敬著『開祖随感』より

コメント

目に見えない愛情

2019-10-25 06:52:18 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

『子どもが大きくなって親に逆らったり偉そうな口をきくようになっても、お母さんには、幼いときの母親だけが頼りで親の言うことはなんでも素直に聞いてくれた、けがれのない子どもの記憶が残っています。わが子に対するこの母親のぜったいの信頼が、なによりも大事なのです。

かりに、わが子が周囲から非難されるようなことをしても、母親は「この子は本当は優しい心を持った子なのだ。たまたまなにかの拍子で間違いを起こしただけだ」と、わが子を信じています。たった一人だけでも、この世に自分を信じてくれる人がいてくれることが、子どものなによりもの支えになるのですね。いつも自分を見守ってくれている人がいると思うと、踏ん張って、立ち直れるのです。

仏さまのお慈悲の見守りも、この母親の愛情と同じです

「いま、どんなに汚れをまとっていようとも、その汚れをぬぐえば、あなたの仏性が輝き出るのですよ」と、仏さまは私たちを信じきって、呼びかけてくださっています。仏さまは、どんな人であっても、いま、どんなことをしていようと、最後までお見捨てになるようなことはないのです。

                                 庭野日敬著『開祖随感』より


「私は神仏が常に見守ってくださていることを信じているので、いつもありがたくて仕方がないのです」

 庭野日敬

コメント

苦を乗りこえる力

2019-10-20 07:22:43 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

テレビドラマなどを見ていると、次々に事件が起こり、主人公がそれに取り組んで問題を解決していきます。そこがドラマのおもしろさですが、それは人生の縮図ともいえます。

私たちの人生は、解決を迫られる問題の連続です。家庭でも、夫婦で意見が衝突したり、家族が病気になったり、子どもが反抗したりと、心配ごとの絶え間がありません。けれども、それがじつは家庭のゆがみに気づかせ、その立て直しを願う家族の訴えの軋みなのですね。

そこで、ただ困った困ったと頭を抱えて、その場をとりつくろおうとするよりも、その“症状”の底にあるものに気づくことが大事です。

 信仰というと、無病息災、家内安全、商売繁盛を願うことのように思われがちですが、そうではありません。次から次へと問題が起こってくる人生だからこそ、それに立ち向かい、それを乗り越える力をつけてしまう。その力を与えてくれるのが信仰なのです。

 こっちがその力を具えてしまえば、どんな問題が起ころうと、平然と対処していけます。それが本当の平穏無事です。自分が自分の人生の主人公になるのです。                                 

                       庭野日敬著『開祖随感』より

コメント

かごしまん方言

2019-10-05 10:30:18 | 生かされて今日

図書館で子ども用の書棚に『方言大辞典』を見つけて私のふるさと鹿児島の方言を思い出しました。アクセントも標準語とは違いまして、いまだに橋と箸などおかしーと笑われております。

「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」石川啄木 上野駅でしょうね。

 

/おい、わい(私、君) /おいげぇ(私の家) /おまんさー(あなた様) /わっぜー、がっつい(大変)

/おじゃったもんせー(いらっしゃいませ) /おやっとさー(ご苦労さま) 

/おじゃんどかい おっかー(家にいますか)

/いたっきやんせ(行ってきて) /いたっきもんで(行ってきます) /いまじゃったー(ただいまー)

/よかぶっ(見栄をはる) /やっせんぼ(弱虫) /だれたぁ(疲れたよ)

 

コメント

ラガーマンの異体同心

2019-09-29 14:45:27 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

  昨日アイルランドに勝利したラグビー試合を見ましたか。意思統一したチームの力を見せてくれて、大興奮しました。善戦は期待しましたが勝てるとは思いませんでした。同体異心ではなく異体同心ですね。


「異体同心なれば万事を成ず」と日蓮聖人は教えられていますが、サンガの力は、まさに異体同心の力と言えましょう。

お城の石垣は、丸い石、三角の石、四角の石、大きい石、小さい石と、さまざまな石を組み合わせることによって、地震にもびくともしないものになっているそうです。ちょっと考えると、規格どおりのそろった石を積み上げたほうが、整然として、立派な石垣ができ上がるように思えます。いろんな組織や会社などでも、初めから粒のそろった人ばかり集めれば、より能率が上がるように思うのですが、それでは大きな力にはならないのです。性格も能力も違っている人が集まって、それぞれが所を得てうまく組み合わさり、心が一つになると、どんな事態に直面してもびくともしない組織になっていくのですね。

立正佼成会の力の源も、考え方も、個性も、立場も千差万別の人が、一つの目標をめざして力を合わせることができたところにあります。伸びる会社は上意下達だけでなく下意上達もうまく行なわれて、上司も部下も一つになって生き生きと動いています。リーダーの仕事は、さまざまな個性を集めてその心をどれだけ通い合わせられるかにあるといえましょう。

                                                    庭野日敬著『開祖随感』より

コメント

上皇后美智子さまの歌

2019-08-23 10:39:25 | 歌の花束

気高き陛下は現代日本有数の歌人です。初めて民間から皇室に嫁がれ、因習の巣窟での摩擦でひとりご心痛いかばかりかと想像されます。一時お声が出ぬ苦しみの日々もありました。

上皇さまが皇太子時代、軽井沢でのテニスコートを通じて美智子さまを射止められた頃の御製。

 語らいを重ねゆきつつ気がつきぬ

        われのこころに開きたる窓

美智子さまを「こころに開きたる窓」と詠われる恋歌。よくぞ最高のやまとなでしこをご説得されました。

お母さん、正田富美子さまを詠まれた歌。

彼岸花咲ける間(あわひ)の道をゆく

          行き極まれば母に会ふらし

母堂をなくされてからの歌。自由に甘えることさえ出来ず懺悔が滲むとても切ない歌です。

次は夫君つまり上皇さまを詠まれた歌。

 遠白き神代の時に入るごとく

                               伊勢参道を君とゆきし日

 ご結婚を大神宮へご報告の日と思われます。

天皇としての重責を負われる陛下を案じておられます。

 ことなべて御身ひとつに負ひ給ひ

        うらら陽のなか何思(おぼ)すらむ

昭和天皇をしのばれた歌。

セキレイの冬のみ園に遊ぶさま

                               告げたしと思ひ覚めてさみしむ

今生天皇のご成婚を喜ぶ歌

 たづさへて登りゆきませ山はいま

        木々青葉してさやけくもあらむ

現皇后が愛子さまをご懐妊を詠う。

 いとしくも母となる身の籠れるを

        初凩のゆうべは思ふ

戦場慰霊の歌。

 いまはとて島果の崖踏みけりし

        をみなの足裏思へば悲し(サイパン島)

 慰霊地は今安らかに水をたたふ

              如何ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ(硫黄島) 

アフガニスタン大仏の爆破を悲しむ。

 知らずしてわれも撃ちしや春闌くる

         バーミヤンの野にみ仏在(ま)さず

コメント

JAL123便の悲劇

2019-08-13 14:08:30 | 生かされて今日
 今から34年前、お盆前の8月12日の夕刻、羽田発大阪伊丹空港行きの日本航空123便が墜落、520名の命が絶たれました。その日私は東京本社での営業会議が早めに終わり予定を早めて伊丹空港へ帰着しました。1、2便前の搭乗でした。
到着した伊丹空港が騒然とした人込みで何が起こつたのか分かりませんでした。その時は123便が交信不能でどこに消えたのか捜索中でした。羽田発の18時頃の便は出張帰りや単身赴任の働き盛りが多数でしたし、夏休み中でもあり帰省のご家族も多かったでしょう。お子様一人旅の少年もいました。私の妻と2人の息子は横浜の実家へ行っておりました。事故後、兄から帰りは新幹線にしろと電話がきたそうです。
 犠牲者の多くは一流企業の働き盛りの男性が多かったと思います。ダッチロールの長い地獄の中で、手帳や紙切れに決別の言葉を走り書きされたのには涙を禁じえません。会社での前途豊かな壮年がいかに怨みを抱えて亡くなったことでしょう。遺体の確認も困難で、体内に食い込んだ社章で分かったと松下電器の方に聞きました。私と同じ年代の方々で実に無念だった思います。有名な歌手、坂本九ちゃんも犠牲になりました。南無妙法蓮華経
コメント

プラスチックが海を殺す

2019-07-31 18:07:27 | 生かされて今日
  横浜市金沢区杉田にある国立海洋研究開発機構(JAMSTEC)によると世界中の海に自然に分解できないプラスチック塵が漂い、このままだと魚の総量を超える重量になる試算もあるそうだ。
その上砕かれ微粒子となったプラは海洋生物の体内に入り込み食物連鎖ですでに人間に及んでいるという。過日の大阪サミットでようやく世界をあげて取り組む宣言がなされました。東南アジアから日本近海は特に塵が集まる海洋でゾッとします。
 プラスチックは安価で利便であることから1950年代から爆発的な生産拡大が続き既に膨大な塵が海に堆積しているのです。深い深い海溝にまでプラ塵が確認されて科学者も眉をひそめています。
 近所の店に行くとプラだらけ、もはやプラ無しでは暮らして行けぬ私達です。リサイクルと言うけれども実態は開発途上国への丸投げであり海洋汚染に違いはないそうだ。利便な暮らしが海を締め上げる犯人とはショックな事です。まさに「墓穴を掘る文明」に生きているのです。無知は罪なりです
コメント

県立が横浜高校やぶる

2019-07-26 12:43:54 | 生かされて今日
 25日の横浜スタジアムで県立相模原高校(略称 県相)が、高校野球界の「ジャイアン横浜高校」を逆転撃破しました。全国の中学から優秀選手を集め、エリ-トで立派な体格、恵まれた施設を誇る横浜高校は私の町の誇りで、いつも応援して来ました。が、今回の試合は文武両道、「ホントの部活動」の野球部である県立相模原高校を応援しました。いわゆる判官びいきです。
 中盤までは横浜の楽勝だろうと思いました。それがなんとエースを打ち込んでの逆転勝ちとはすばらしい。倒された横浜ナインはまさかの悔し涙、勝った県相ナインは無論応援団まで感涙を流していました。
県相は横浜市民の私さえ場所も知らない高校で、調べてみますと100%が大学進学、6時半には帰宅、野球部専用練習場もないそうです。校歌はなんと土岐善麿作詞、岡本敦夫作曲、校訓は「礼節・信義・根性」。この試合根性が生きました。
 名門横浜高校はいつも前評判、人気抜群はいいのですが、いつも「負け方が悪い」のです。接戦で負けるよりぼろ負けが多いのです。エリ-ト選手が多いので相手を見下した態度表情が出ます。自分に勝てないエリート集団では勝てませんね。心の持ち方でまけました、自滅です
コメント

あーぁ投票率がこれでは

2019-07-24 23:31:43 | 生かされて今日
 7月21日に行われました参議院選挙の投票率は前回を下回る約49パーセント。選挙権のある半分以上が棄権する事態はわが国の民主主義政治の危機だと心配です。膨大な国費を投じて民意を問う仕組みが今後機能しなくなるのではないでしょうか。
期日前投票の周知や投票所を増やしても5割さえ投票にいかぬとは残念でたまりません。目先の利害、喜怒哀楽だけに執し、暮しの基盤を左右する政治的無関心はどう理屈立てしても救えません。
 投票に行きたくても行けない病気闘病中の方々やご老人は理解できても若き健常な方々の棄権はホントに危険な事です。これでは中国共産党の一党支配のように、日本の戦前の軍隊・憲兵・財閥中心で心の中まで自由なき時代へ舞い戻る危険が大きいと思います。
ボーッと生きて行くと、気づいたら身動きできない権力独裁の時代を招きます。アベ総理は国会での議論をはぐらかすばかりで、将来の日本人への誠意が見えません。
安定ばかりの無気力では日本はだめになるでしょう。また選挙は面倒だから暴力や革命、クーデターでと考える若者が出ないようにしたいものです。
コメント