24 黄釈天 Blog 「My Days」by Oldman+1(吉住)

コロナ予防接種0回、インフルも0回、30年間健康診断0回の後期高齢+1、元原告団長の下り坂人生、日々の戯言。

棗を求めて

2019年10月14日 | 日記
祭日の雨、一人だし、暇なので、思いついて近くの道の駅に棗を求めて車を走らせる。通い慣れた清水町のプラント3のまえを通り抜け、ヤマキシも過ぎて、右折。越前町に入って、道なりに進むと道の駅「パークイン丹生の丘」というのがあると、ネットで見た。

初めて行ったが、二度と行くだけの価値はない。道端の野菜売り場より、値打ちがない。で、帰り道、久しぶりに友人宅の玄関先でおしゃべりして、教えてくれたので、プラントの敷地内に続いた建物のJAの野菜直売所に足を踏み入れた。

おお!これぞまさしく、私が求めている「道の駅」。大きな店で、大量にいろんな商品が置いてある。あけびや石榴さえ出ているではないか! 残念ながら、ナツメは一粒もない。大野まで出かけると、置いてあるかもしれないという。

まあ、それでも、いつも通り過ぎるプラント3に、こんな併設された理想的な店があるとは、思っても見なかった。家からも実に近い。店の存在を知っている老人たちが、大勢来ているじゃないか!

よしよし、これから、時々くるとしよう。街中のスーパーなど、もういい加減飽きが来ているのだ。
見た目は悪いが、中の豆はしっかりしている。茹でて、塩を振って、やめられない!

なんだ、この野球のベースのような顔をした大きな柿は! でも、うまいぞ!

カブはちょっと、塩もみ。

ついでだから

2019年10月14日 | 日記
モノはついでだから、ダムの放水についても書くかな?

あれほど大雨が降って、ただでさえ川の水量がましているときに、もう我慢の限界だから、と上流でダムが放水する。大量の水を放水するのだから、増水している川の下流域では、あっという間に大増水して、堤防の決壊やオーバーフローが起きる。もちろん、わかっていてやるのだ。ダムが決壊したら、それどころの被害では済まないと言う、被害の大小の問題で、多少のことは「仕方なし」と言う「合法的な行為」。

つい数年前、どこだったか、中国地方か四国か、やったよね。4、5人の死者も出た。

これだけ、気象予報が発達した今、「ヤバイぞ」と判断して、24時間ほど早めにダムの放水をして、ダムを空っぽにしておくことは出来ないのだろうか? って、我々素人は考える。それなら、まだ下流の川水も増水していないし、ダムを空っぽにしておけば、さあ、どんどん降って頂戴、と大雨を待ち受けることもできる。それって、日常生活じゃ、常識じゃん!

でも、そんな仕組みにはなっていない。大半のダムの管理は電力会社。その現場責任者は、「前もって放水する」なんて判断する権限は与えられていない。それは本社の偉いさん。そんな偉いさんが、何百キロも離れた気象条件を時事刻々「危機管理」意識で「司令」を出すほど、使命感もなければ、給料ももらっていない。そんなモノは、地元行政責任者であり、国の行政の問題。そこから「要請」でもあれば、自己責任を回避した上で、受け入れることもあるだろう。

と言うわけで、「事前放水」などと言う国土防衛は、国家の仕組み上、ありえないことになる。で、下々の庶民は、家屋敷から命まで奪われても、想定外の自然現象、巨大台風のせいだと説得されるし、諦める。裁判に訴えても、誰も「違法な」行為は行っていない。

毒にも薬にもならない国民の祝日などの法律は作っても、大事な国民の生命と財産を守るための法律など、見向きもされない。そりゃ、立派な政治家を選ぶ「選挙民」がいるからだろうね。

国土安全基準

2019年10月14日 | 気象
2019年10月14日(月曜日)体育の日:By Yahoo [ 15c/20c/70% 68K51F ] 雨時々曇り

ドーンと灰色の雲が垂れ込めた暗い朝。雨音で目を冷ましたが、外が幾分明るくなってきた午前6時には止んでいる。東の空に、わずかに雲の切れ目があって、空が覗いている。広がってくれるといいのだが、望めそうもない。寒い朝だ。

昨夜のテレビで、とある専門家が「広範囲に大量の雨が降ったので、あちこちの河川が氾濫し、堤防が決壊した。」と解説していた。そんなことは、アホでも知っている。本来なら「国民の生命と財産を守るべき」使命を背負った高級官僚、特に国土交通省のお偉いさんは、眠れない夜を過ごしているはずだが、「天災じゃ、想定外じゃ」と呪文を唱えて、ぐっすり、枕を高くして寝ていることだろう。

堤防の高さと強度を決めるのは、国土交通省のお仕事。冷静に、ニュースを眺めてみればわかる。濁流が堤防を乗り越えたところとそうでないところがある。無論、堤防が決壊したところと、そうでないところがある。全部が全部、やられたわけではない。大雨による川の水の流れと堤防の関係は、戦国時代の信玄堤を見てもわかる通り、400年も500年も前から、国家的な課題だった。

で、これほど科学文明の発展した時代に、堤防の高さと強度を決めている国土交通省の基準値は、どんな水量を元に誰が、いつ決めたの?と問い合わせしてみればいい。スーパーコンピューターを使うまでもなく、流体力学や材料学は、とっくの昔に十分な計算が出来ている。問題は、その基準値を決めるための、前提条件。水量の想定を、いつに時代を基準にして、誰が、いつ決めた?

明治政府? 大正? 昭和初期か? でその偉かった学者先生は、どの時期の災害、雨量を基準にした? 当時の気象情報のデーターは、どれほど「確かか?」
考えるまでもない! 江戸時代の大雨被害の文献に、科学的な裏付けのある「大雨水量」が数値で残っているはずはない。推測するしかないのだ。その上、完全な「堤防」を作るには、金がかかりすぎるので、平均的な雨量による平均的な数値を使って、平均的な堤防の基準を作る。平均的な数値を上回るような雨が降れば、「想定外」と説明し、想定外の雨量による被害は、実は「想定内」なのだ。

その方が、安全な堤防を作るより、安上がりだから。こんなことは、国民なら、選挙権を持っていたら、当然、知ってるだろう?
知らない? じゃ、堤防って、土で出来ているんだってことは? 福井弁では「ベト」って言うけど。江戸の昔から、堤防は今でもベトで作っている。そのベトにも、基準があるんだぜ。粘土性の高い、厳選された土を使う「ことになっている」。

川の流れ具合で、どこが壊れやすいか、氾濫しやすいか、本物の専門家なら、航空写真を見ただけでわかる。経験を積んだ、本物の専門家が国土交通省の偉いさんになっている時代は、とっくに「決壊」している。この大災害の時代に、いい若者が経験を積んでくれて、いい専門家に育つことを祈るばかりだ。そうでなけりゃ、被災地の苦労は、報われない。