24 黄釈天 Blog 「My Days」by Oldman+1(吉住)

コロナ予防接種0回、インフルも0回、30年間健康診断0回の後期高齢+1、元原告団長の下り坂人生、日々の戯言。

デカイ

2016年12月03日 | 日記
送信from Y.Yoshizmi 明里橋から川底を覗くのが、私の趣味だ。走り去る車は、「あのジジイ、飛び込み自殺する気か?」と思われているに違いないほど、欄干の上からのぞき込む。

今日は、特に川底が良く見える。大きな魚がゆうゆうと泳いでいる。あちこちに、バラバラといるのだ。以前に見かけた小魚の群れなど、どこに行ったのだろう?

あまりに

2016年12月03日 | 日記
送信from Y.Yoshizmi 余りにいいお天気で、朝の早くから沢山の雑用で、事務所周りを走り回ることになった。お蔭様で(いうまでもなく、お天気のことだが)、気がかりだった雑用を、たくさん片付けることが出来た。

孤独な週末にしては、上々の「首尾」だ、などと自己満足。

夢の痕

2016年12月03日 | 日記
30坪未満の小さな借地に、鉄骨造りの2層、4室の1Kのボロアパートが敷地いっぱいに建っている。小さなトイレ一体型のユニットバスが入っていて、3畳の台所と6畳の洋室に押し入れが付いている。

自転車を停めておくのさえ苦労するほどの敷地だから、勿論車など置けない。廊下に、立ち上げた水道栓と、排水溝が2つづつあるので、洗濯機はそこに置くことが分かる。2階の廊下は、何度も水浸しになって、床がべこべこに波打ち、歩くたびに少々ふわふわする。家主に言って、業者にカラーコンパネ(工事用)をひかせたので、今は何とか気にならない。

建てた当時はバブル以前の昭和50年代。今になって見れば、実にお粗末な代物だが、これを建てて所有していた会社が、福井では名の通った、かなり大きな建築会社で、バブリーな頃は業界では一世を風靡していた。そして、勿論破産して、今はない。

だが、どうしてこんな借地に、わずか4室の1Kマンションを建てたのか、「社員寮」として、と言われても、長い間、不可解だった。
今から、15年ほど前だったか、管理を頼みたいと近くの町内に住所を持つ年配のおばちゃん(私より1年年上)が現れた。その会社から買い取って、自分のものだという。年間10万円というわずかな地代を滞納し、地主とは弁護士を通して、もめていた。しかも、お客は入っていない。

これを、すぐに地主とのトラブルを解決し、お客を詰めて、長い間管理して来ているのだ。今は、また別の人の名義になっている。

そのおばちゃんは、私の前に現れた時は「焼き鯖寿司」の会社の社長をしているということだったが、会社の経営に失敗し、別の人に手放した。だが、今は清掃員をしながら生活をしているそのおばちゃんは、元芸者だったという話が聞こえてきた。それで、すべてが納得だ。

破産した建設会社の元会長のいい人だったに違いない。

美しい朝

2016年12月03日 | ニュース
送信from Y.Yoshizmi:By Yahoo:[ 4c/16c/0% 53P68K ]快晴

雲一つない空が明るくなり始め、低い遠くの東の山の端がオレンジ色に変わってくる日の出前。足元がグッと冷え込んで、放射冷却。それでも、氷点下は程遠い。暦は12月だが、秋深しという表現がピッタリの朝景色。北陸新幹線はお天気まで「表日本」から運んでくるのだ、きっと。

寝起きに見た夢が、すごく良かったので、わたしゃご機嫌なのだ。数年前でも、こんないいお天気だと、悪友から「行くぞ」と電話が入って、ゴルフ場にすっとんでいったが、今じゃ行く気もないし、電話も入って来ない。ゴルフ道具など、とっくにお片付けだ。

やはり、ゴルフで一日遊ぶには、金と暇が有り余っていて、仲間がいて、家庭や仕事に大きな「気がかり」なことがないことが条件だ。しかも、健康でなきゃいけない。

もっとも、昔は大半の条件を無視してでも、「ま、いいか」と出かけてしまったのだが、そこには少なくとも「金回り」と「仲間内」と溢れる「健康」とか、やる気や負けず嫌いや見栄などが入り混じっていたものだ。

おお、太陽が昇って眩しい光をガンガン放ち始めた。さあて、午前中には同業者のアポが入っている。