桔梗おぢのブラブラJournal

突然やる気を起こしたり、なくしたり。桔梗の花をこよなく愛する「おぢ」の見たまま、聞いたまま、感じたままの徒然草です。

久しぶりの散策

2010年05月06日 23時38分00秒 | のんびり散策

 こどもの日。久しぶりに外に出ました。
 何日ぶりの外出になるのだろう。
 体調が思わしくないといっても、出かけられないほどひどくはなかったのですが、なんか嫌だな、面倒だな、と感じているうちに一週間が過ぎ、十日が過ぎると、何もかもが本当に嫌になってきたのです。
 家にはろくな食べ物もないのですが、買い物にも行きません。
 通院の約束があった一日、気が進まないながらも、行かねばならぬと嫌々ながら出かけただけで、約束がないのを幸いに、あとはずっと家に引きこもっていました。

 辛うじて外と繋がっているといえば、私が気鬱になっていることを心配してくれたメル友の一人が、私を励ますメールを送ってくれていたことだけでした。
 新聞と電気は自動引き落としにしてありますが、水道、ガス、電話、携帯電話はコンビニに払いに行かなければなりません。携帯電話はすでに支払期限がきていて、通じなくなりました。電話をくれる人もいないので、そのまま放ってあります。

 気鬱ですからじっと坐ったまま、思いを巡らせるしかありません。すると、先には何一つ愉しみもないように思え、もうそろそろイイカナ、とも思いかけました。
 イイカナと思えば、やり残してしまった痛恨事が甦ってきます。

 その一つは浅草から市川に移り住むとき、家庭菜園を借りてジャガイモを栽培をしようと思っていたところ、毎晩帰宅が遅い上に、いつ日曜出勤のお呼びがかかるかわからないという勤め先だったので、何もできなかったということです。
 以前の仕事で知り合った人(農業)がたまたま近くにいて、百坪ぐらい貸すといってくれていたのですが、三~四年家庭菜園で肩慣らしをしてから、と考えたので借りるのは先送りにしていました。
 百坪耕し、一応セミプロといえるぐらいになってから、種芋を持ってアイルランドに渡るという夢も断たれた、と思うと涙が滲んできます。
 何歳になろうと夢を諦めるな、というものの、この夢に関してはそろそろ年貢の納め時がきていると思います。

 こんな鬱屈した状態に陥ったのにはもちろん理由があるのですが、理由を書けば、人の悪口になるだけなので、一文の得にもならない。ただただ自分のひ弱さを知った、ということです。

 五月に入って急に暑くなっていました。場違いに感じるような強い陽射しです。おっかなびっくり外に出ました。
 散策に出るといっても、とくに行きたいところがあるわけではなし。ぬうぼうと出て、人から見れば夢遊病者が迷い出たような足取りで歩きました。
 動かないので腹が減らず、ほとんど食事をしていません。一日にポタージュスープ(それもインスタントの)二杯だけという日もありました。十九年間つけていた日記もつけなくなっていたので、どんな食生活を送ってきたのか、記憶もあやふやです。

 足は自然に廣徳寺という曹洞宗のお寺に向いていました。
 途中に大谷口城趾があります。
 早いものでもう半年近く経ってしまいましたが、大谷口城趾は胃潰瘍で入院していたとき、見舞いにきてくれた友を案内したところです。
 当時、私はヨタヨタとしか歩けませんでした。パジャマ代わりのジャージの上下にコートを羽織って出ていたので、まるで介護老人を連れて歩いているようだ、と友が冗談をいっていたのを思い出します。

 わずか半年前のことに過ぎぬのに、私にはずっと昔のことのように思えます。
 その日は私にとっては風の冷たく感じられる日で、貧血のせいもあり、手が氷のようでした。友がその手を包み込んで、自分のコートのポケットに導いてくれた、その温かさが懐かしい。
 当時に比すれば私の元気は恢復していて、さすがにヨタヨタとはしていませんが、その代わり、一緒に歩いてくれる人もない。

 何があったのか、その友とは連絡が少しずつ間遠になり、完全に途絶えて一か月になろうとしています。
 私のかたくなな性格がいよいよ疎んじられたのか、あるいは電話もできないような重大な病気に罹っているのか。気鬱なので、いろいろよからぬことも考えてしまいます。
 眼もいちだんと悪くなったように思えます。樹々はいつの間にか青々と葉を茂らせて、躑躅(ツツジ)も満開だというのに、何を見ても感動が薄い。

 蹌踉と歩くうち、廣徳寺の門前に到っていました。
 いつ訪れても無人だった境内に、この日は人の気配がありました。そればかりか、ときおり太鼓と鉦の音が聞こえてくるようです。
 幻聴か。
 ついにそっちもきたか。
 一瞬そう思ってしまいました。

 


 参道にある香椿(チャンチン)の樹。別名唐変木。
 中国の中北部原産の落葉高木で,若葉が赤いという妙な樹です。この若葉は中国では食用。香椿炒鶏蛋といって、いまごろまでの若葉を摘み取り、卵と絡めて炒めるのだ、と私の勤め先にいた中国人が教えてくれました。



 参道を進んで行くと、太鼓や鉦の音の正体がわかりました。

 

 
 いつもは閉じられている本堂の扉が開かれ、大勢の人がいると思ったら、偶然開山忌だったのです。唱えられていた般若心経を聴きながら賽銭箱へ。
 みな前を向いていて、私には気づきません。私だけが場違いなところへきている、と思ったり……。



 境内に咲いていた石楠花(シャクナゲ)。石楠花は私にとって悲しい思い出を思い出すだけの花です。

 歩けるものなら廣徳寺よりもっと先を目指そうと思っていました。杏(アンズ)の花を見に行った少し先に幸田(こうで)湧水という湧き水があるのです。
 しかし、久しぶりの外出は廣徳寺までのわずか二十分で疲れ果ててしまいました。

 昨日、重曹を使って台所のシンクをピカピカに磨き上げました。床もトイレも洗濯機や冷蔵庫の後ろも、掃除するところはいっぱいあるのですが、とりあえずはシンクだけ。

 あ、そうそう。私、先月で前の勤め先を辞めました。明日、次の仕事の面接に行きます。


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