二月、三月、そして四月と、薬師如来の縁日・八日は三か月連続で雨です。
テレビでは東京で雪が降ったと叫んでいましたが、我が地方では雨です。今日、向かうのは柏にある醫王寺です。最寄り駅は北柏駅ですが、時刻どおりにくるかどうかわからないバスを傘を差して待っているより、そのバスの始発で、屋根もある柏駅で降りることにしました。
薬師詣でに出かける前、地元の慶林寺に参拝して行きます。
駅に着くと、接続する地下鉄線の混雑で上りも下りも遅れているという電光掲示が流されていました。
電車が混雑したので時間が守れないというのなら、毎朝のラッシュ時は、いってぇどうするんでぇ、と訊きたくなります。
このところ、電車に乗る機会は少ないので、この手の言い訳がいつから始まったのかわかりませんが、旧国鉄はどさくさに紛れて、また新しい言い訳を考えたようです。
されど、雨でもあり、電車より時刻を守りにくいバスは、ダイヤが大幅に乱れているかもしれない。ひょっとしたら一本前のバスに乗れるかもしれないとバス停に行ってみると、バスは律儀に時刻を守って、すでに走り去ったあとのようでした。
二十分に一本しかないバスに乗れなくなりました。
柏駅からバスに揺られること約四十分。船戸木戸という停留所で下車しました。
近くに薬師如来を祀る医王寺があります。四年前の二月に訪問していますが、薬師如来の縁日に参拝するのは初めてです。
四年前に通った道の記憶は定かではありませんが、最寄りのバス停は同じはずですから、同じ道を辿ったのに違いない。しかし、この石像は初めて目にしました。左肩に袋を担ぎ、米俵の上に乗っかっていますから、大黒天でしょうか。
金毘羅神社の前を通って行きます。
街路灯には「田中商店会」という掲示がありました。ここまでくる途中、バスはつくばエクスプレスの柏たなかという駅前を通ってきましたが、ずいぶん離れているように思えますし、商店会という表示に値するような店がありません。
バスを降りてからおよそ十分で醫王寺に着きました。平和大観音像。
解脱門。
解脱門から本堂に到る両側はボタン(牡丹)の花畑です。
残り尠なくなった桜の花も雨に打たれて寒そうです。
この醫王寺に関して「柏市史」には以下のような説明がありました。「船戸村字宮本に所在。火災により字扇町から移る。雨宝山東光院と号し、江戸時代は名都借村清滝院の直末寺であった。本尊は薬師如来。寛保元年の「郷差出帳」によれば、境内は除地で、不動堂・薬師堂・道心者の住む寮を支配し、また天神・八幡・三峰の各神社を支配していた」
自己満足に過ぎぬかもしれぬ、とわかっているのですが、こういうものを目にすると、異例の寒さを忘れる瞬間です。
帰り途、墓所に立つ建物を見つけました。地図には薬師坊とありましたが、現地には説明してくれるようなものは何もなかったので、どういう由来があるのかは不明です。