阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年05月28日(月)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] 再掲載

2024年06月28日 | 東日本大震災ブログ
2012年05月28日(月)
 
原発の浸水対策で安全保安院が基準作りへ
原発 施設の浸水対策で基準作りへ
5月26日 7時47分  NHKニュース

原子力発電所の津波に対する安全対策を検討する国の専門家会議が開かれ、原子力安全・保安院は、想定を上回る高さの津波に襲われても安全上重要な機器がある施設が浸水しない対策をとるための具体的な基準作りを進める考えを示しました。

東京電力福島第一原発の事故では、想定を上回る高さの津波が防波堤を乗り越えて施設の扉を押し破るなどして非常用発電機が水没し、すべての電源が使えなくなりメルトダウンに至りました。

このため、原子力安全・保安院は、津波の高さだけでなく、津波が押し寄せたときの圧力や浸水範囲などを基に津波の規模を示す「設計基準津波」という新たな基準を作り、津波対策を抜本的に改めようとしています。

25日の専門家会議では、アメリカでは想定を上回る津波に襲われても原子炉などの重要な機器がある施設が浸水しない対策が求められていることが紹介され、日本でも同様の対策が必要だと指摘されました。

具体的には水が入らないよう施設を壁で囲んだり、水密性の高い扉を設けたりする対策が考えられるとして、保安院は、こうした設備を設計するための具体的な基準作りを進める考えを示しました。さらに、津波で押し流された漂流物の影響などをどう考慮するかなど、今後、より詳細に検討していく方針が確認されました。

☆これが出来ると、論理的には既存の原発もそれに合致しないと再稼動出来なくなる。ムラの意向に反する人たちが地道に仕事をしているのだろう。
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福島原発4号機 代表取材2
福島第一建屋内ルポ 4号機依然危うさ 吹き飛んだがれき山積プールに
核燃料1535体
2012年5月27日 東京新聞朝刊

福島第一原発4号機の5階フロア。黄色い部分は原子炉格納容器のふた=26日午後1時53分、福島県大熊町で(代表撮影)

政府と東京電力は二十六日、福島第一原発を報道陣に公開した。三回目の今回は、細野豪志原発事故担当相に同行する形で、4号機原子炉建屋に初めて記者が入り、本紙は代表取材者を務めた。

内部は厚さ一メートルもある外壁が吹き飛び、折れ曲がった鉄筋や配管があちこちに残されていた。水素爆発のすさまじさを思い知らされた。 (森本智之)

何度も写真や動画で見たはずだった。しかし、現実の迫力に足がすくんだ。

午後一時四十分、建屋に入ると、すぐ右手が吹き抜けになっていて、最上階まで工事現場で使うような仮設階段が延びていた。人が肩をすぼめて歩けるくらいの幅しかない。中腰のまま頭を何度もぶつけながら上ると、全面マスクの息苦しさも手伝ってすぐに汗が噴き出した。

二階に着くと、多くの人が崩落を心配する使用済み核燃料プールを支えるため、事故後に設置された支持構造物があった。鋼鉄製の支柱をコンクリートの壁が取り囲む構造だという。見上げると、プールの底の部分のコンクリートが見えた。意外なほどきれいな状態だった。

四階まで上ると急に明るくなり、一気に視界が開けた。水素爆発が起きたとされるフロアだ。海側のコンクリート壁は吹き飛ばされ、床には一面にがれき、がれき、がれき。戦争で爆撃を受けた跡のようだ。配管が激しく曲がり、鉄骨もあめのように曲がったままさび付いていた。

五階フロアに立つと、使用済み核燃料プールがあった。がれきがプール内に落ちないよう、水面を浮き板で覆っている。監視カメラがある一画からは水面が見えた。七メートル下には千五百三十五体もの核燃料が眠る。水は写真で見るよりずっと暗くよどみ、中の様子はうかがえなかった。

プールの隣には、格納容器の黄色いふたがあった。近くの台に上ると、急に放射線量が上がり、一気に毎時〇・三ミリシーベルトを超えた。「3号機から高線量が流れてくるんです」と東電社員。がれきのすき間から、3号機のぐにゃりと曲がった建屋が見えた。

この日の建屋内の取材は約三十分。建屋が傾くなどの異変は感じられなかった。ただ、ここまでぼろぼろになったかという印象だ。東電は東日本大震災のような震度6強の揺れに耐えられると強調するが、実際に大地震が来たら、本当に耐えられるのか、現場を見るほどに疑念がわいた。
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枝野氏、東電社長が全員撤退を申し出たことを事実上認める
枝野氏“情報発信十分でなかった”
5月27日 18時15分 NHKニュース

東京電力福島第一原子力発電所の事故の際に、政府のスポークスマンの役割を担った枝野経済産業大臣は、国会の調査委員会に参考人として出席し、「情報を政府として集約すること、そしてその後の予想や想定ができなかったことこそ、反省だと思っている」と述べ、政府の情報発信が十分でなかったことを認め、陳謝しました。

国会の原発事故調査委員会は、27日、事故当時、官房長官として、政府のスポークスマンの役割を担った枝野経済産業大臣を参考人として招致して公開で質疑を行いました。

この中で、枝野氏は、政府の情報発信について、「情報発信そのものよりも情報を政府として集約すること、そしてその後の予想や想定ができなかったことこそ反省だと思っている。放射能の影響などについて、私の思っていたことと、特に被害を受けられた周辺地域のみなさんの受け止めとの間にずれがあったことは、改めて大変申し訳なく思っている」と述べました。

そのうえで枝野氏は、避難区域の設定について、「すぐに戻れるつもりで避難したものの、長期にわたり一時的にすら戻れない人がいる。避難が長期にわたるという問題意識を私だけでなく、皆さん、持っていなかったことが、結果的により大きな苦労をかけた。大変忸怩(じくじ)たる思いだ」と述べました。

また、枝野氏は、東京電力や原子力安全・保安院などとの連携について、「必ず発表することは、同時に総理大臣官邸にも報告してくれと言ったが、発表前に承認を求めるということではない。

とにかく分かったことは全部出せと、政府内部や東電にも指示していたが、指示が徹底していなかったということで、忸怩たる思いだ」と述べました。

さらに、枝野氏は、菅前総理大臣が、事故直後に現地を視察したことについて、「『邪魔になったのではないか』という抽象的、感情的な政治的批判は免れないので、『とてもおすすめできない』という趣旨を進言した。

しかし、菅総理大臣は『できるだけベストに近い対応をする動きが大事だ』という趣旨のことをおっしゃったので、政治的なリスクを分かったうえで対応されるならば、そこは総理の判断だ」と述べました。

このほか、枝野氏は、現場からの作業員の撤退を巡って、東京電力が総理大臣官邸に全員の撤退は打診していないとしていることについて、「清水社長との正確なことばのやり取りまでは覚えていないが、『そんなことしたら、コントロールできなくなり、どんどん事態が悪化する』と私が指摘したのに対し、清水社長は、口ごもった答えだったので、部分的に残すという趣旨でなかったのは明確だ」と述べました。

また、放射性物質の拡散を予測する「SPEEDI(スピーディー)」のデータの公表が遅れたと指摘されていることについて、枝野氏は「私がスピーディーというシステムがあるということを知ったのは、震災後の15日か16日くらいだったと思う。

シミュレーションしていたのに、報告が上がらず、公表されなかったことが、まさに信頼を損なっている大きな原因になっていると思う」と述べました。

さらに枝野氏は、アメリカから、総理大臣官邸に常駐したいと申し入れがあったことについて、「アメリカは情報がないといらだっていた。官邸は、我が国の国家主権の意思決定をする場所であり、国家主権としての意思決定に、外国の政府関係者が直接関わるということはありえない。『官邸の中に、常駐というのは、勘弁してほしい』と申し上げた」と述べました。

国会の原発事故調査委員会は、28日は、菅前総理大臣を参考人として招致して、質疑を行うことにしています。

☆枝野さんのいう事が真実なら、東電会長は国会で平然とウソをついたことになる。ウソは平然とついてこそ正しいウソになる・・
 
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エネルギー政策の転換を急げ  民間事故調査委員会委員長
2012年05月27日(日)山梨日日新聞

民間事故調の北沢氏 山梨大で講演
原発政策の問題点指摘

山梨大工学部同窓会の「山梨工業会」(天野一理事長)は26日、同大で総会を開き、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の委員長を務めた、北沢宏一東京大名誉教授が講演した。

「3・11 Fukushimaを経た日本の科学技術 国家百年の計」と題し、同大OBや教員、学生ら約150人が参加。福島第1原発事故の調査報告書を政府に提出した北沢さんは「日本の原子力は『絶対安全』と言われ、(経済産業省原子力安全・保安院などが)『安全性を向上させる』と言えない怠慢の状況に陥っていた」と原子力政策の問題点を指摘した。

北沢さんは、国内で原発をすべて廃止し、再生可能エネルギーによる発電割合を50%まで引き上げるには、毎年5兆円の投資が必要と説明。ドイツなどが既に同じ規模の投資をしていることなどに触れ、「『日本も早く(再生可能エネルギーへの投資に)取り組むべきだ』という声が出てこなければいけない」と訴えた。
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千葉・柏 草木ごみの収集回数減へ
千葉・柏 草木ごみの収集回数減へ
5月27日 14時58分NHKニュース

ごみの焼却灰から高い濃度の放射性物質が検出され、原因とみられる草木などのごみを燃やさずに保管している千葉県柏市は、保管場所の限界が近づいていることから草木のごみの収集回数を減らすことを決めました。

柏市の清掃工場では、焼却灰から国がそのまま埋め立てられるとした目安を超える放射性物質が検出され、灰を施設内で保管しているほか、原因とみられる草木や落ち葉のごみも燃やさずに保管しています。

しかし保管場所の容量が限界に近づいていることから、柏市は、毎週2回、1か月に8回から9回行っている草木や落ち葉のごみの収集をことし7月から市内のほぼ全域で月2回に減らすことを決めました。

さらに、現在は「可燃ごみ」の日に分別して収集している草木や落ち葉のごみを、7月からは「不燃ごみ」の日にのみ収集し、誤って可燃ごみとして燃やされるのを防ぐことにしています。

柏市は「住民に迷惑をかけて申し訳ないが、ごみ処理を続けるための苦渋の選択であり、理解をお願いしたい。ホームページやチラシなどで周知をはかっていきたい」としています。

☆草木ゴミは今もこれからも同じペースで発生する。
回収を減らされた住民はどう対処しようとしているのか、何か代案はあるのか(ないと思うが)、そこまで深めるのが報道機関の責務だと
思うが、この記事は物足りない。
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過労社会 <中> 外食大手は全て残業超過を織り込んでいる
過労社会 防げなかった死<中> 外食大手「うちだけじゃない」
2012年5月27日 東京新聞 朝刊


「『過労死ライン』を超える時間外労働を認めているのは、うちだけではない」

二〇一〇年八月の大阪高裁。大手居酒屋チェーン「大庄」(東京)が提出した資料には、他の外食大手十三社十八店で会社側が労働者と合意したとされる残業時間が列挙されていた。月百三十五時間、百二十時間、百時間…。厚生労働省が過労死と関連が強いとする八十時間を上回る数字が並ぶ。

吹上元康さん=当時(24)=は〇七年四月に同社に入った四カ月後、心機能不全のため死亡した。労働基準監督署の労災認定は下りたが、両親は会社と取締役個人を相手取り裁判に持ち込んだ。過剰な長時間労働を認めていた経営者の姿勢を正したかった。

吹上さんは大津市の「日本海庄や石山駅店」に配属され、午前九時に出勤し午後十一時すぎまで働くのが常だった。高裁は吹上さんの残業時間を、月七十八~百二十九時間と認定した。

自分より経験のあるアルバイトにも気を使い仕込み作業を率先してこなしていたと、同僚は法廷で証言した。「八歳の時の作文で、『食堂屋になりたい』と書いた。自分の店を持つ夢を抱いて入社したが、調理師免許を取る前に倒れてしまった」と、父了(さとる)さん(63)は悔やむ。

吹上さんの店では当時、時間外労働の上限は百時間とされていた。長時間労働を認めてきた責任を問われた大庄側の反論は率直だった。

「外食産業界では、上限百時間の時間外労働を労使間で合意するのは一般的だ。他の業界でも、日本を代表する企業でも同様だ」

過当競争の業界で、自社だけが「健康第一」でやっていては生き残れない。経営側の論理が透けて見えた。

昨年五月の判決で、坂本倫城(みちき)裁判長は「長時間労働を認識できたのに放置し、改善策を何ら取らなかった」と、社長以下取締役四人に計約一億円の賠償を命じた一審判決を支持。経営者個人の責任をあらためて認めた。

大庄の主張は日本の働き方を象徴している。総務省の昨年の「労働力調査」によると、二十~五十九歳の男女の一割強に当たる約五百三万人が「過労死ライン」を超えて働いている。坂本裁判長は判決で「労働者の健康は何よりも守らなければならない」と繰り返し、警鐘を鳴らした。

厳しい就職戦線をくぐり抜け、やっと内定をつかんだ若者が毎年、過労で倒れていく。「判決は画期的だが、経営者が労働者の命と健康を守る自覚を持たなければ、事態は良くならない」。三十七年にわたり過労死遺族からの相談を受けている水野幹男弁護士は、こう話す。

吹上さんの裁判で大庄側は、判決を不服として上告した。

「過労社会」へのご意見や過労死問題の情報をお寄せください。〒231 0007 横浜市中区弁天通4の52 東京新聞横浜支局。ファクス045(201)1046、メールyokohama@tokyo-np.co.jpまで。
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布川事件  無罪元死刑囚が取調べで検察・警察を提訴
布川事件 国などに賠償請求へ
5月26日 18時47分 NHKニュース

昭和42年に茨城県で起きた強盗殺人事件、いわゆる「布川事件」の再審=やり直しの裁判で、無罪が確定した桜井昌司さんが、支援者を集めた集会で事件当時の警察や検察の捜査に問題があったとして、ことし10月にも国などに賠償を求める裁判を起こす考えを明らかにしました。

茨城県利根町出身の桜井昌司さん(65)と杉山卓男さん(65)の2人は、昭和42年に独り暮らしの男性が殺害された、いわゆる「布川事件」のやり直しの裁判で、去年6月に無罪が確定しました。

26日は無罪が確定してからまもなく1年になることから、支援者を集めた集会が東京・文京区で開かれました。

この中で、桜井さんは「布川事件では警察や検察の捜査で自白の誘導などの問題が浮き彫りになり、その責任を追及しなくてはならない」と述べ、ことし10月にも国などに賠償を求める裁判を起こす考えを明らかにしました。

そのうえで、桜井さんは「今後もえん罪を防ぐため取り調べの可視化や裁判での証拠開示を求める活動を続けていきたい」と話していました。
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日本弁護士連合会 原発再稼動反対を総会で宣言
日弁連「原発再稼働許さない」 定期総会で宣言
2012/05/25 18:27 【共同通信】

日弁連は25日、大分市で定期総会を開き、停止中の原子力発電所の安全性が確保されるまで再稼働を許さないとする宣言や、政府が検討している秘密保全法制に反対する決議を採択した。

宣言は「政府は、東京電力福島第1原発事故の教訓を忘れ、電力不足の危機感をあおり、再稼働を目指している」と批判。事故の原因解明と、安全性を審査する新たな基準を設定し、安全が確保されるまで再稼働は認められないと訴えた。

政府が検討している秘密保全の法制化は「政府の違法行為や、国民への虚偽説明が判明するような情報が恣意的に隠される危険性が高い」と指摘した。
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