二言瓦版

「復讐は神に所属する。」 「旧約聖書」


暇つぶしの記事、名言、珍言、コラムの批判。
株式の名言など。

考えると無理。行くなが正しい。

2015年05月26日 03時38分05秒 | ニ言瓦版
そうなのか、経過。
でも、無理だろう。
いくな、いくなと、外務省が言っていたのも、聞かないで、助けてくれは、無理。
日本の法も、助け出すことは、無理。

後は、金出すかである。
交渉するも、それが、他国の手前、無理。
個人で、金だす、そして、裏で、救援隊の部隊を作るかしないと無理こと。





「「イスラム国」による人質殺害事件で、政府対応を検証する「邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会」の報告書が5月21日に公表された。その内容は予想通り「(政府の対応には)誤りがあったとはいえない」と政府を全面擁護するお手盛り報告書で、一部では批判が噴出している。

 しかし、実はこの報告書に絡み、もうひとつの重大疑惑が発覚した。それは人質の後藤健二さんの妻に対する“対応”について、菅義偉官房長官が大ウソをついていたという事実だ。

 報告書では後藤さんの妻への支援について、こう記されている。

「人命を第一に考え、人質を解放するために何が最も効果的な方法かとの観点に立ち、過去の類似の人質事件の経験等も踏まえて、必要な説明・助言を行う等、後藤氏夫人の支援を行った」


 抽象的な表現でごまかしているが、実際はこの間、政府は後藤さんの妻に任せきりで、「イスラム国」側とは一切具体的な交渉をしていなかったことが明らかになっている。

 そのため、報告書公表に際して行われた官房長官の会見では、記者から「相手側(イスラム国)と直接交渉するという判断はなかったのか」との質問が飛んだのだが、これに、菅官房長官はこう断言したのだ。

「そこについてはですね、ご本人の判断もありますし、そういうなかで警察、外務省、そうしたものは連携して行っていたということです」

「イスラム国」と直接交渉しなかったのは後藤さんの妻の意向で政府はその意思を尊重しただけ。菅官房長官の物言いは、まるで後藤さんの妻にその責任を押し付けているかのようだが、しかし、この菅官房長官の発言は大ウソだった。

 報告書が公表された当日、『報道ステーション』(テレビ朝日系)では報告書の検証を行っているのだが、そのなかで「妻側とイスラム国との交渉過程をよく知る人物」の証言としてこんなコメントが紹介している。

「妻と危機管理コンサルタントは政府側に対し、再三、直接交渉を行うよう頼んでいたという。しかし政府は『テロリストと直接交渉しない』と断ったという」後藤さんの妻は、夫が人質となった直後から「イスラム国」からのメールを受け取っており、救出のためのやり取りをしていたのは既に明らかにされているが、その過程で政府へ直接交渉、いわばSOSを発していたにも関わらず、政府はこれを拒否したということだ。

 この『報ステ』のコメントは、「交渉過程をよく知る人物」としているものの、実際は妻本人からの“反論”と考えられる。というのも、『報ステ』は翌日にも「後藤さんへのメッセージ」という特集を組んだが、その際、後藤さんの赤坂の事務所での撮影を行っている。事務所の撮影ができたということは、『報ステ』が後藤さんの妻から許可をもらっているということで、だとしたら、反論コメントについても『報ステ』は後藤さんの妻にも事実関係を確認していると考えるべきだろう。

 実は今回、検証委員会は後藤さんの妻から直接話を聞こうともしなかったことも明らかになっている。にもかかわらず、菅官房長官はその事実さえ隠蔽し、会見でデマを垂れ流したのである。

 まさに、圧力とデマで情報を操作する安倍政権らしいやり方だが、さらに問題なのは、こうした菅官房長官、政府の卑劣な行為を、ほとんどのメディアが報じないことだろう。

 それは、後藤さんの妻への非協力姿勢や責任転換という事実だけではない。

 今回の報告書には、ほかにも、「イスラム国」へのメッセージが日本語だけであったことや、常岡浩介氏や中田考氏らが救出に動こうとしたにもかかわらず途中で妨害したことなど、書かれていない日本政府の失態がたくさんある。また、そもそも今回の報告書は有識者会議の報告書という体裁をとっているが、実際に検証しているのは政府という根本的な欠陥もある。

 だが、こうした事実を指摘したテレビ番組は、先の『報ステ』以外では『NEWS23』『報道特集』『サンデーモーニング』というTBSの3つの番組くらいだった。

 安倍政権はもはや、どんな失政を犯しても頬被りして逃げ切れる体制を築き上げた、といっていいかもしれない。」



安倍政権の失敗というのか、何で、助けに行ったのか。
問われるのは、安易な、甘さと、騙された結果。

遺体は、帰ってきたのか、金出さないと、得られないというのも、ある。


あれから、イスラム国は、縮小するより、分散拡大している。
問われるのは、軍隊を持つ国が、戦うしかない。
救援も、軍隊の戦いでないと、無理こと。

この事件は、海外で、拉致、監禁されると、金で、日本が出すというのが、
世界で知れわたったのが、変わってきたという事件。
軍を持ち、あの地域に、戦い挑む、空爆して、人質奪回。
アメリカは、しない。
どこの国がするか、考えると、海外で、、拉致は、死を意味する。

「『報ステ』以外では『NEWS23』『報道特集』『サンデーモーニング』」は、言うのは、簡単だが、現実は、
民兵でも、雇い、現場で、取材が本当の取材が、本当。
助け出すも、民兵。金で雇う兵隊が、今は、理想。

拉致の事件も、民兵を雇い、奪回するのが本当かもしれない。



他の国の報道、NHKの報道で、勝手に、判断する。
時代は、スマホ、ノートパソコン、カメラさあれば、現場に取材、そして、
日本政府の判断は、無力であること、説明することだ。
軍がない。
自衛隊で、警備は、無理なこと。
警察、消防は、無理。
外務省の軍の経験のないのが、交渉も無理。
トルコから交渉が、一番の正解だったことかもしれない。
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いろいろも試練。磨かないと、残れない。才能は。

2015年05月26日 03時06分01秒 | ニ言瓦版
人には、試練がある。
仕事も、いろいろなことで、変わって行く。
大病も。



「私の逆境時代 元AV女優・麻美ゆま(28)

 はじけるような歌声が印象的なナンバーだ。20日リリースのシングル「Re Start~明日へ~」は自ら作詞作曲。つらかったここ数年を吹き飛ばすギターサウンドに仕上がった。

 2005年にAVデビュー。最初はグラドルとして活動していたが「事務所がAVも扱っていたんです。大人の事情というか…」と明かす。「もちろん抵抗はありましたよ。でも人生一度しかないと思って、一生懸命やってみようと」

 AV女優としての活躍は言うまでもない。バラエティーやライブまで活躍の場を広げていた。順風満帆だったが、病魔が体をむしばんでいた。

 異変が起きたのは2012年の末。体が重く、下痢をするようになった。「忙しくて病院にも行けなかったんです。でもだんだんおなかがふくらんできて…」。

 病院で受けた診断は「卵巣境界悪性腫瘍」だった。「病名を聞いたときはすぐに受け入れることができなくて。そして、手術してからもちょっとの間はそうでした」と心境を明かす。

 13年2月、卵巣と子宮を全摘出する手術を受けた。「もちろん子供を産みたいという思いはありました。でも腸にまで浸潤していたので、命とてんびんにかけることはできませんでした」

 術後、半年間、抗がん剤治療を受けた。その苦しみは並大抵ではなかった。「月に一度ですが、投与を受けた週は熱が出て、次の週は髪の毛が抜けてと、苦しみがずっと続くんです。ようやくそれが終わったかと思うと、次の投与…」。現在は数カ月に1度、病院で経過観察を受けているが、「おかげさまで体調はばっちりです」。

 そんな闘いを乗り越えてきたからこそ、新しいことにチャレンジしたいという思いが強い。

 「病気をしたからこそ、もっと楽しまないとだめだって思えるようになれたんです。リセットでもリボーンでもない。これまでがあるから、今の自分がいる。だからリスタートなんです」

 現在は都内などでPRライブに励み、2年前から練習してきたギター演奏にも挑戦している。「これからは、新しい自分で人を元気づけていきたいですね」

 その笑顔は十分、元気を与えてくれている。 (福田哲士)

 ■麻美ゆま(あさみ・ゆま) 1987年3月24日生まれ、群馬県出身。3カ月のタレント活動後、2005年にAVデビュー。キュートなルックスとHカップの巨乳で、一躍人気女優の仲間入りを果たす。08年にはシングル「Resolution」でデビュー。さらにバラエティー番組から派生したユニット「恵比寿マスカッツ」でも活躍した。13年、卵巣境界悪性腫瘍のため、卵巣と子宮の全摘手術を受けた。」



癌の問題、いろいろな事情から、変わっていく。
人には、試練が、あるものだ。

いつ、試練がでるか。

最後は、芸がないと、芸を磨かないと、生きれないか。
別の世界で生きるか。

相撲の世界と、他のスポーツの世界と、変わらない。
旬な時期と、後から、新人が出てくる。
居場所は、才能を磨かないと、白鵬のように、こけて、優勝できない。
運動選手は、体操の選手のように、技、磨かないと、他が酷いも、自分の磨かないと、
競技からはずされる。
女子サッカーも、同じ、復帰するのは、ゴール入れないと。
芸、磨く才能が、日々問われる。
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面白い、没落する芸能人、

2015年05月26日 02時52分35秒 | ニ言瓦版
くだらない、テレビは、終わりかもしれない。
ネタも、昔の卑猥。

もう、昔の話で、誰か笑うのか。




「 お笑い芸人の明石家さんまが、23日放送のバラエティー番組『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)で、禁断の紳助ネタを炸裂させた。きっかけは、共演した雨上がり決死隊・宮迫博之が、このところ話題の、さまぁ~ず・三村マサカズのセクハラ騒動に言及したことだった。

 これを聞いたさんまは目を輝かせ「紳助なんかは、よく……」と回想。直後に「あっ、言うたらあかんねん」と焦った様子で口元を手で隠した。

 すかさず宮迫が「名前を出しても全然問題ないですから」とフォローを入れたが、スタジオは大爆笑。さんまは「あかんあかん! あぁ~、言うてしもうたわ」と、いつもの調子だった。さんまも口をつぐんだ“紳助伝説”とは――。ある放送作家の証言。

「三村さんはアイドルの乳を揉んだレベルで大バッシングされていましたが、紳助さんは、その比ではなかったですね(笑)。もう時効なので言いますが、紳助さんの番組に出演した某女優は『ノーパンで出ろ』と命令されたり、番組の休憩時間に堂々と『この後、どや?』と口説かれたそうです。当時の紳助さんには誰も逆らえなかったので、周囲も見てみぬフリ。あるクイズ番組では司会者席の下で女性MCを触りまくっていたなんて話もあります」と明かす。

 紳助の“共演者食い”は半ば都市伝説化しているが、それらをさんまはテレビ局員から常々聞いていたと思われる。

「さんまさんは芸能界きっての情報通。それでも紳助さんのセクハラ話に触れるとは思いませんでしたが……」とは芸能プロ関係者。さんまはかつてラジオ番組で紳助の存在が忘れ去られぬよう、定期的に「紳助」の名前を出すことを誓っている。

 今回は少々手荒かったが、これもさんま流の“友情表現”なのかもしれない。」


そろそろ、芸能事務所の淘汰か、芸のなのが、話題で売れる時代は、消えた。

芸のなのいは、他人の噂と、卑猥。
週刊誌のネタだろう。

テレビは、不祥事を起こしたものは、引退させることが、必要。
それができないのは、問題は、新しい新人を使うことだろう。

「三村さんはアイドルの乳を揉んだレベルで大バッシングされていました」は、テレビにでることが、許可したということが、問われる。
事務所も、問題にしないのも、可笑しいことだ。

結局、ばれたら、廃業が、この商売ではないか。
生き残る芸能人は、不祥事があっても、対処したこと。
いまに、いろいろ、トラブルか、許可されていくと、犯罪になっていく。
一つの例は、「紳助さん」氏の今の引退ではないか。
彼らは、反省する意味知らないのかもしれない。

不祥事か、何か、原因があるのは、仕事消えるか、NHKには、ニュースしか出られない。
事件しか。
勲章、名誉も失う。

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