二言瓦版

「復讐は神に所属する。」 「旧約聖書」


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株式の名言など。

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2018年05月31日 13時46分28秒 | ニ言瓦版
「ベーブ・ルース」は、調べてみると、先生だ。

どこかの大学に、教えたいものだ。

「神父、ブラザー・マシアス・バウトラー(Brother Matthias Boutlier)」のような、人が、先生、教授、学長、理事長だと、いい人材が育つ。




「プロ入り前
メリーランド州ボルチモア南部のピッグタウン、エモリー通り216番地に生まれた。ドイツ系移民であった両親のケイト(Kate)とジョージ・ハーマン・シニア(George Herman Sr.)は、カムデン通り沿いで酒場を自営しており、家族はその2階で暮らしていた。ケイトはルースを含めて生涯に9人の子供を産んだが、成人期を迎えることができたのはルースと5歳年下の妹マミー(Mamie)の2人だけであった。

ルースは後年、自らの幼年期を振り返って「大変だった」と語っている。母は病弱であり(母はルースが15歳の時に結核で亡くなっている)、父は酒場の仕事で忙しく、息子の世話に関わっている余裕はほとんどなかった。そのため、両親から適切な教育を受ける機会のなかったルースは大人の手にも余る腕白坊主へと成長し、勉強も完全に疎かになってからは、学校をサボっては通りをうろつき、町の不良たちと喧嘩に明け暮れ、商店の品物を万引きしたり、酒を飲んだり煙草を吸ったりするなど、様々な非行に手を染めた悪童であった。

7歳になった頃には既に両親の手には負えなくなり、「セント・メアリー少年工業学校」という全寮制の矯正学校兼孤児院に送られた。ルースはその後の12年間をセント・メアリーで過ごすことになる。そこで少年たちの教官を務めていたローマ・カトリックの神父、ブラザー・マシアス・バウトラー(Brother Matthias Boutlier)と出逢い、野球を教わったことが、ルースの人生に決定的な影響をもたらすことになった。以後、ルースは生涯にわたってマシアスを恩師と仰いだ。

マシアスはルースに勉強や洋服の仕立て方を教え(セント・メアリーでは、少年たちの将来のために様々な職業訓練を行っており、ルースは仕立屋になるための訓練を受けていた)、休みの時間には野球のルールや打撃・守備のやり方などを教えた。ルースはその他に学校の吹奏楽部と演劇部にも所属していた。ルースの自伝によると、マシアスは大変な美男で外の世界に出ればすぐに俳優として活躍できるのではないかと思えるほど見た目が良かった上に、身長6フィート6インチ(約198cm)、体重250ポンド(約113kg)という堂々たる体格の大男であり、ルースは初めてマシアスと対面した瞬間から、それまでに体験したことのない威圧感と畏敬の念を覚えたという[2]。また、マシアスはバットを片手で振るだけで、ボロ布で作った粗末なボールを100m以上も飛ばせるほどの腕力の持ち主であった。

当時、セント・メアリーには800人ほどの少年が収容されており、20〜30人ほどのブラザー(神父)が少年たちの教官を務めていたが、その中でもマシアスほど少年たちから慕われていた教官は他にいなかったとルースは語っており、実際にもマシアスはルースの卒業後にセント・メアリーの校長に昇格している。また、ルースがマシアスを尊敬していたエピソードとして、ルースは歩く時に内股にして足を引きずる癖があったが、これはマシアスの癖を真似たものであり、その癖は生涯治らなかった。

なお、ルースが23歳の時、ルースの父は自身が経営していた酒場で客同士の喧嘩に巻き込まれて命を落としている。しかし、ルースは母が亡くなった時には非常に悲しんだものの、父とは疎遠であり、父が亡くなった時にはそれほど悲しんだ様子はなかったという[3]。もともと酒場で年中働き詰めだった父とは顔を合わせることも少なく、7歳の時からセント・メアリーで実の父よりも長い期間をマシアスと共に過ごしたルースにとっては、マシアスこそが「育ての父」であった。

プロ入り
1913年、野球部のエースとして君臨していたルースの活躍は、偶然試合を見に来ていたジョー・エンジェルの目に留まる。ワシントン・セネターズの投手であったエンジェルは、すぐにボルチモア・オリオールズ(現在のオリオールズ球団とは無関係であり、当時はマイナーリーグチーム)のオーナー兼監督のジャック・ダンにルースを紹介した。その場でルースの練習風景を30分ほど見たダンは、即座に年給600ドル(現在の金銭価値に換算すると約6万6000ドル)の契約を結ぶ。これは1914年2月14日、ルースが19歳の時のことであった。ルースはこの時のことについて、「もともと仕立て屋として就職する予定であり、手先が大事な仕事だから、(手を痛めることが大いにありえる)野球はもう辞めようと決意していただけに、感極まりないうれしさがあった」と語っている。

外部から隔離された全寮制の矯正学校での生活が長かったためか、世間知らずで子供じみた所のあったルースは、早速チームメイト達から「ジャック(・ダン)の新しいベーブ(赤ちゃん)」と揶揄されるようになる。この時の「ベーブ」というあだ名は、生涯残る事になり、以後「ベーブ・ルース」として周りから呼ばれるようになった。なお、オリオールズ時代以降のチームメイトは「ベーブ」を意図的に避け、「ジョージ」「ジッヂ」「バム」などと呼んでいたりした。

1914年7月7日、ダンはルースを他の2名の選手とセットにして、金銭トレードに出す計画を立てていた。相手チームはフィラデルフィア・アスレチックスであった。しかし、ダンが要求していた1万ドル(現在の金銭価値に換算すると22万ドル)という額により、交渉は決裂。オリオールズが業務提携を結んでいたシンシナティ・レッズとも決裂した。」




面白いな、親が、悪くても、子供の悪くても。
マシアス氏が、いたから、育ったのだ。


日大には、「神父、ブラザー・マシアス・バウトラー」氏のような先生がいないのか。
教授、学長がいないのか。

あんな、とこかの区に収入があるのに。


コメント

現代のか。1

2018年05月31日 13時23分27秒 | ニ言瓦版
勝ち負け、つかないか。
でも、いい見出しだ。
NHKの欲、調べている記事。「現代のベーブ・ルース登場」。





「大リーグ、エンジェルスの大谷翔平投手が30日のタイガース戦に先発登板し、5回を投げて3安打1失点で勝ち負けはつきませんでした。

ここまで7試合に先発登板して4勝1敗の成績の大谷投手は、相手の本拠地、デトロイトで30日に行われたタイガース戦に登板しました。

大谷投手は、立ち上がりコントロールが定まらず、2つのフォアボールでランナーを背負ったあと5番バッターに速球を打たれ、センター前のタイムリーヒットで1点を失いました。

2回は3人で退けましたが、3回には2番バッターを追いこんだあとにフォークボールを打たれてワンアウト二塁とピンチを背負いました。しかし、大谷投手は3番をフォークボールで空振りの三振、4番はインコースの速球でショートフライに打ち取って追加点を与えませんでした。

1対1の5回には、ツーアウトを取ったあと、フォアボールとツーベースヒットで二塁三塁となりましたが、3番バッターを162.7キロの速球でピッチャーゴロに打ち取り、再びピンチを切り抜けました。このあと6回のエンジェルスの攻撃中に強い雨が降って試合が41分間中断したため、大谷投手は6回のマウンドには上がらず交代しました。

大谷投手は5回を投げて3安打1失点、三振5つの内容で、勝ち負けはつきませんでした。試合はエンジェルスが6回に5点を奪われて1対6で敗れました。

敵地の地元紙が大谷を特集「現代のベーブ・ルース登場」
大谷選手が、タイガースの本拠地、デトロイトで先発登板することについて、地元の新聞は、「現代のベーブ・ルースがデトロイトに登場」という見出しの特集記事で報道しました。

デトロイトの新聞「デトロイト・ニューズ」は、30日のスポーツ面の一面に大谷選手のバットを振っている写真と、ベーブ・ルースと大谷選手を並べた写真を掲載し、投打の両方でプレーする選手としては、ルース以来99年ぶりにデトロイトでマウンドに上がると報じています。

投打の二刀流のプレーについては、高いレベルで両方を継続したのはルースと大谷選手以外に見当たらないと紹介しています。

また大谷選手の集客力についても注目して、デトロイトでの先発登板が29日に発表されたあと、チケット販売のサイトでは、大リーグの試合の中でタイガース戦のチケットが利用者に最も調べられていたことなどを紹介しました。

そして大谷選手が登板する試合は、観客動員が低迷するタイガースの本拠地で、開幕戦に次ぐ観客数になる可能性があると「大谷効果」に期待を寄せていました。」



面白いな。
なるで、日本で、している野球みたい。
考えると、日本のプロ野球は、もつと、人材、育てること。
探し出すことだろう。
老いた選手は、首がいい。
そうすれば、若い、選手で出てくる。

「現代のベーブ・ルース登場」も、二代目、三代目が、日本の高校野球、大学にいるだろう。
作らないで、偏った指導で、作らない原因。


エースで、四番が、本当の野球。


あとは、そうだ。清宮選手が、早く、一軍、出てこいと。言いたい。
そして、大谷選手の戦う日々を見たいものだ。

コメント

色々買う人いる。

2018年05月31日 04時03分38秒 | ニ言瓦版
財務省も、売るのいい。
でも、年号は、早く、教えて欲しいものだ。
両方売ればいいではないか。
昭和の人は、両方買う。
平成の人も、新しい年号の人も後に買う、プレミアがついて買う。



「財務省は30日、天皇陛下在位30年と、皇太子さまの新天皇即位を記念して来年発行する貨幣の種類や図柄について、有識者会合を開き意見を聞いた。いずれも額面1万円の金貨と同500円の銅貨を発行するのが適当との意見が多かった。

 在位30年貨幣の図柄は、東日本大震災の被災者に寄り添うお二人の姿などを採用することが提案された。即位の貨幣については、有識者から「新時代を表すようなみずみずしさ」を期待する声が出た。

 発行時期は在位30年式典が開催される19年2月24日、新天皇即位に関する儀式が行われる同10月22日を軸に検討する。財務省は今後、有識者の意見を踏まえ図柄や発行枚数を決定する。」 



人騒がせにことだ。財務省は。

早く、総理大臣と、官房長官交代して、新しい、年号のいう人がなるといい。
なにせ、平成は、永遠に、残る画像。

小泉進次郎氏でも、官房長官とか、総理は、石破氏でも、女性の総理でもいい。
新しい総理大臣がいい。

来年まで、でなく、年内に、年号知りたいものだ。

大変なのは、庶民。
年号で作る会社は、大変なことだ。

1月に変えるのが1番、分かりやすいことだったのに。
可哀想な子供は、今年、生まれた人は、平成の終わる。
来年の5月で、微妙の生まれ年。
人騒がせにことだ。平成の子供と、新年号の子供。

今年の6月に年号ぐらい、教えて、
生産する企業は、楽できるものだ。

どちらにしても、
新しい年号、天皇には、新しい、内閣が、できるといいのだ。
忖度、不正のない、潔白な総理大臣と、官房長官が、いい。

「もりかけ』のような事件に関係しないものが、大臣と、次官、官僚も。

そう、日大の出の人でないことも、祈りたい。

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明日飯を食いたいから、

2018年05月31日 03時54分20秒 | 名言、珍言。
名言、珍言。


「お金は必要だが、重要ではない。」


                
インディアンの諺


勝手な解釈
金にこだわると、金で死ぬ。
地位にこだわると、地位で殺される。
人は、最後は、こだわるのは、何か。
最後は、子孫、弟子でも、支援することだろう。
金と、先は、何が重要か。

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名言、珍言。

『夢を掴んだ人は、夢を諦めなかった人。」


                       
岡崎 郁

勝手な解釈
才能ではない。
日々、夢があるから、生きている。
夢がないと、それは、生きても虚しい。
金でも、ない、地位でもない。
最後は、バカでも、生きているは、
明日、何したいかと、思うから、寝る。
何のために、食事して食う、忍耐するのか、
問われるは、夢は。
明日飯、食いたいから、生きているのかもしない。
自分の投資も、明日、飯、食いたいから、する。
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どうなるか、アメフトより、世界経済だ。

2018年05月31日 03時30分13秒 | ニ言瓦版
なんで、下がるのか。
ユーロなのか。
分からない。
ユーロが高すぎたからというもあるが。
分からない、一つのショックかもしれない。




「30日の東京株式市場の日経平均株価(225種)は大幅に続落した。終値は前日比339円91銭安の2万2018円52銭で、約1カ月半ぶりの安値水準。イタリアの政局混迷への懸念が根強く、売り注文が先行してほぼ全面安の展開となった。

 ユーロ圏の金融不安が再燃するとの観測から、前日の欧米市場に続き上海などアジア株も軒並み下落し株安が連鎖。日経平均株価は一時、下げ幅が400円を超え、節目の2万2000円を割り込んだ。

 東証株価指数(TOPIX)は25・72ポイント安の1736・13。出来高は約15億9200万株。

 29日の米国市場でダウ工業株30種平均が大きく下げた流れを引き継ぎ、朝方から金融株など幅広い銘柄が売られた。外国為替市場の円相場が一時、ユーロやドルに対し上昇したことで輸出関連株の下落も目立った。

 午後に入ると、日銀が上場投資信託(ETF)を購入して株式相場を支えるという思惑が出たほか、割安な銘柄を買い戻す動きがあった。平均株価の下げ幅は取引終了にかけてやや縮小した。

 市場では「イタリア政局の問題は長引く可能性があり、事態を見極めようと積極的な売り買いを手控えるムードも広がっていた」(大手証券)との声が聞かれた。」


世界は、また、下がるのか。
どうこまで、下がるか。

今日は、上がっている。
アメリカ。


アメリカ合衆国海外指数03:31(現地時刻:14:31)
NYダウ
24,704.85 前日比+343.40(+1.41%)
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