『ソウルボート航海記』 by 遊田玉彦(ゆうでん・たまひこ)

私たちは、どこから来てどこへゆくのか?    ゆうでん流ブログ・マガジン(エッセイ・旅行記・小説etc)

新聞にも掲載

2011年05月17日 21時35分33秒 | 核の無い世界へ
下記は、東京新聞の記事です。大手新聞社では書かないが、書く社は書くという例です。マスコミも反旗をひるがえし始めました。東電はもう、スポンサーたり得ない・・・株価も400円を切りましたから。
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東電また“情報操作” 「電力不足キャンペーン」にモノ申す
2011年5月12日
 中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止決定を機に、またぞろ「電力不足キャンペーン」が始まった。中電による電力融通の打ち切りが理由のようだが、「こちら特報部」の調べでは、被災した東京電力広野火力発電所(福島県広野町)が七月中旬にも全面復旧する。そうなれば真夏のピーク時も電力は不足しない。国民を欺くような“情報操作”の裏には、なおも原発に固執する政府や電力会社の姿勢が垣間見える。 (佐藤圭)

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以前から、京大原子力実験所の小出先生などが「全ての原発を止めても電力は賄える」と訴えてきましたが、電力不足が正論と世間を席捲してきました。新聞テレビもそうだと書き立てていましたから。東京新聞は、自社もそうだったとして、この記事を掲載しました。全文はネットから拾えませんでしたが、カレイドスコープさんのブログで読めます
http://kaleido11.blog111.fc2.com/

その記事の見だしは、
「よぎる計画停電・・・狙いは原発存続?」
「電力会社と経産省はグル」
ついに、マスコミも一部、反旗をひるがえし始めました。


悪魔の吐息

2011年05月16日 22時12分42秒 | 核の無い世界へ
昨日、地下鉄で職員に質問した。
「電力不足じゃないのに、なぜエスカレーターを止めているんですか?」
「確かにそうですけど、夏の計画停電でいきなり全部ストップさせるより、じょじょにのほうがいいだろうという上の判断です。その判断は各駅に任されているので、動いている駅もありますし」

という返答。ま、慣れておいてくださいといった予行演習ということか。そういう意図で止めているのなら、そうだと張り紙したらいいのに。しかし身体の不自由な方は移動もひと苦労だろう。

それにしてもだ。電力がいかに現代社会に直結したシステムかを思い知らされる。家庭では、ガスがあれば調理や暖房は何とかなる。照明はロウソクでもけっこう明るいものだ。だが、パソコンはバッテリーが切れれば使えない。会社ではパソコンがなければ仕事にならない。交通も麻痺すれば、都会は陸の孤島と化す。営利事業も公共事業も麻痺だ。

だから、電力会社は、「どうだ、そうなってもいいのか」とばかりの強い態度でいるのだろう。「我々が社会を動かしているのだ」と。そのとおり。電気が現代文明のエネルギーそのものだ。

だが、生命に致命的な危機を与える原発が肯定できるのか。NHKの国民調査で71%が浜岡原発の停止を妥当だと答えた。菅内閣はエネルギー基本計画の見直しを提言した。現在、全国54基のうちの36基が停止され、点検されている。

「脱・原発」へ向かうか。簡単ではないだろう。点検補強して地震対策がこうじられれば原発は必要な発電システムだと考える人はまだ多いようだ。それは原発というものを知らないからである。現代文明が創り出した魔物だということは、トーンダウンしてしか伝えないテレビを観ているだけでは理解できないのだ。放射能は悪魔の吐息だ。本屋、図書館行って2,3冊でも読めばわかるだろう。知ること、知ろうとすることが「脱・原発」の第一歩となる。




ドリーマー20XX年 6章

2011年05月14日 12時43分11秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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第二部
ドリーマー冒険編

~~6~~


 肌寒い一月の末、わたしは石井洋介とコンビニで出会い、彼のボディを借りてから三ヶ月が過ぎようとしていた。その間、M師のいるゼロの間へも、わたしの時代へも戻ることはなかった。あちらのわたしが一体どうなっているのか気がかりではあった。もう、三ヶ月も自分の身体を空けているのだ。M師が言うには、魂が別れて分霊という状態にあり、心ここにあらずで少しばかりボーッとしてはいるが、あちらはあちらで勝手にやっているということだった。約束したとおりの長旅となっていたが、覚悟を決めていたのだ。やれるところまでやってやろうという決心は変わらない。

 この三ヶ月の間、わたしは石井洋介と違和感もなくうまく混ざり合い、彼の意志を尊重しつつも、ほぼわたしの考えで行動するようになっていた。
 まず、規則正しい生活に改めた。朝は六時に起き、アパートのある神楽坂から二キロほど離れた戸山公園までのランニングを日課とした。体力養成のためだ。公園では腕立てと腹筋運動を五〇回ずつやる。初め頃は一五回がやっとだったが、今では楽にこなせるようになり、徐々に回数を増やしている。少々たるんでいた腹回りも引き締まり、腹筋が浮いて見えるようになった。それと石井洋介が高校生の頃、習っていた空手の独り稽古もやっている。得意だった回し蹴りも風を切るまでに復活した。生活面ではまずゴミ溜めのような部屋をきれいに整理整頓した。生活費を稼ぐためのコンビニのアルバイトは続けながら夜遊びは一切止め、心理療法士の勉強も始めた。本も読むようになった。国際政治や金融関係、歴史書、小説はスパイ物だ。

 そんな石井洋介は、バイト仲間からすれば、まったく人が変わったように見えた。
「なあ、この頃の石井は変だな」
「別人っていうけどほんと別人だよ。どうしちゃったの?」
 仲間からそう言われると、石井洋介もなぜ自分がこうも変わったのか説明に困る。まさか自分の中の声に従ってだとは言えない。
「ま、目覚めたってところさ」と、シンプルに答えていた。
 折につけ、わたしがヒソヒソっと頭の中で声を出し、
「これが本位だぜ・・・本当の自分だよ・・・本望だ・・・」と語りかけ続けていた。
 それを手なずけたといえば聞こえが悪い。教育したと言いたいところだ。親の気持ちと同じようなものだろう。彼自身の意志が全くちがう方を向いていれば強制だが、また彼も実際そう望んでいたのである。

 工藤香織とはあれから二度、都庁展望カフェで会った後、高田馬場の居酒屋で初めて酒を交わした。彼女は地下鉄で高田馬場から一駅先の早稲田に住んでいた。仕事帰りに高田馬場で軽くどうかと誘ったのだ。石井洋介のアパートもさらに一駅先の神楽坂で互いの住居が意外に近いことを知ったばかりだ。ただ、ふたりはまだ、お互いの住居に行き合うほどの仲にはなっていない。

「ここ、たまに寄るんだけどね、モツ焼きが旨くてさ。香織さんは好きじゃない?」洋介がモツ焼きに七味をふりかけながら言い、その串をつまんだ。
「前は食べたことなかったけど」
「そうだよね、昔はオヤジの食べ物だったけどね。こんな不景気な世の中じゃ安くて旨いものが流行るんだ。ね、食べてみれば美味しいでしょ?」
「ええ、美味しいわ」
「なら、よかった。高級飲食店はバタバタ潰れてるし、庶民はもうこういう所じゃないと入れないな」
「そうね、消費税も一五パーセントだから」香織が堅い表情になって言った。
「仕方ないよ。これだけ倒産が増えて税収も激減すれば国だって」
「洋介さんのアルバイト先、大丈夫?」
「今のところはなんとか。大手のコンビニだから」そう言った洋介が溜息をついた。「今夜は初めての酒なんだから話題を変えようね」
「そうね、飲みましょう」
「じゃあ、焼酎もう一杯頼もうかな」
 アルコールがまわり、わたしは有頂天だったが、石井洋介は酒が弱かった。彼女が早稲田駅で降りた後、次の神楽坂駅のホームで吐いた。彼にはすまないことをした。ビールまではよかったが、つい焼酎が過ぎた。この次は自重しなければと思った。

 それから三日後の土曜日、初めてデートらしいデートをした。桜の花もすっかり散って初夏の陽気となり、彼女が海を見たいと言ったので東京湾が眺められる葛西臨海水族館へ行くことになった。石井洋介にとって二年ぶりに訪れた水族館だった。入館料が以前に比べ倍近く値上がりしていた。水族館に限らず、都の公共施設はどこも料金を上げるか、入場者の少ない施設は閉鎖されていた。

 ふたりで並び、巨大な水槽のマグロ回遊を眺める姿は誰が見ても恋人どうしだった。工藤ちゃんと会っている時点では石井洋介よりもわたしの意識が膨らんでいた。
「マグロって大きいのね。それに銀色の身体がきれい」
「一〇〇キロ以上もスピードが出せるんだって。海のアスリートだな」
「洋介さんも毎朝、走ってるんでしょ。続いてる?」
「ああ、走ってるよ」
「もしかして東京マラソンに出るの?」
「体力も必要だからね。今から鍛えておくんだ」
「私も走ろうかな」
 マグロに飽き、テラスに出て海を眺めた。葛西の海岸から見た東京湾は遮るものもなく、そのまま太平洋のように見えた。
「あのずっと向こうはハワイか」わたしはハワイに行ったことがなかったが何となくそう言った。「香織さんはハワイへは?」
「高校時代に家族と。それから大学の卒業旅行と社会人になってからも行ったけど」
「僕はハワイ行ったことないな。どんなところ?」
「ワイキキは賑やかすぎるけど、ちょっと離れれば静かでいいところがいっぱいあるわ」
 東京湾の潮風が彼女の黒髪をたなびかせている。彼女とハワイ旅行ができたらいいと石井洋介は思った。わたしが、誘えと念じた。
「なら、いっしょに行こうか」口をついて言葉が出て顔が赤くなった。
「そうね」彼女が受け流すように答え、石井洋介は軽はずみにそんなこと言ったことを後悔した。

 地下鉄で銀座へ出て、裏通りの小さなイタリアンの店で遅い昼食を取った。手頃で美味しいからと香織が誘った店だった。この頃では、こうした低料金でそこそこの味の店に人が集まっていた。彼女が選んだパスタランチはシーフード・アラビアータで、辛味の効いたトマト味だ。わたしはミートソース味が食べたかったが、洋介がペペロンチーノを選んだ。食事に関しては彼に任せるしかない。胃袋は彼のものだ。

「ハワイで食べたスパゲッティおいしくなかったの。全然アルデンテじゃなくて。ホノルルのあの店まだあるのかしら」
 工藤香織は料理に対して一定のこだわりがあるようだが当世の女性ならそんなものだろうとわたしは思い、あの人民当局ビルの地下にある食堂を思い出した。彼女がBジャガイモのクリームソースがけを淡々と食べていた姿だ。ペレストロイカ前のソビエト時代ならいざ知らず、今はロシアでも、あんなしろものは誰も食べないだろう。
 だが、十年後には、そんな時代が訪れるのだ。
「ここのパスタ、いつ食べても美味しいわ。ラザニアも最高なの」
「香織さん、料理もよくするの?」
「週末は作るけど」
「どんな料理?」
「手の込んだものじゃないけど肉じゃがとか煮物とか」
「和風料理かあ。食べてみたいな」
「ほんと大したことないんだから」

 今夜にでも食べたいと、わたしも洋介も同時に思った。「じゃあ、食べに来る?」と香織が言わないかと期待感が膨らむ。このようなやり取りが最も男と女が淡い夢をみている頃である。
 その淡い心の戯れは洋介に預け、ゼロゼロKYとしてのわたしは別のことを考えていた。今の工藤香織は食事に一定の好みを示す。しかし、近い将来では、あの不味そうなBジャガイモのクリームソースがけを嫌な顔もせずに食べていた。ということは彼女が全くの別人格になってしまうということだ。それほどに、激烈な時代変化が起こるのだ。ある時点で彼女は洗脳されてしまうのだろう・・・

「ねえ、洋介さん」
「え、なに?」
「肉じゃが作ったら食べてくれる」
「もちろんだよ。作ってくれるの?」
「じゃあ、今度作るね」
 洋介が顔いっぱいの笑みを見せ、思わず香織の手を握ったが、それはわたしが握ったのだった。しかし、今夜にでもとはさすがにわたしでも言えない。今度とはいつのことだろうと楽しみを胸に仕舞い、その先のことまでを想像する自分というものが有頂天の寅さんのようだと、笑い転げそうになるのだった。幸せとは、そういうものである。

 ついゼロゼロKYとしてのわたしを忘れてしまう自分というものを叱責せねばならないのだ。それは無理もない。四十過ぎても、まともに女性にモテたことがない。それが今、モテている。少しくらいそのアバンチュールな気分を味わってもM師も許してくれるだろう。
 だが、これくらいにしておこう。20××年、世界統一政府とやらに日本も組み込まれてしまい、日本国民はABCに別けられ、あんな餌のようなものを食べさせられ、冗談抜きの兎小屋ほどの住居に住まわせられる時代が来る! 
 恋人ごっこを楽しんでいる暇はない。悔しいが、この後の展開は洋介に任せ、ゼロの間へ戻って次の時代へ飛ぶ必要がある。わたしは、ゼロゼロKYなのだ!
 後ろ髪を引かれるのに耐え、石井洋介からするりと離れた。それから中空に浮き上がってゼロの間へ思念を送り、M師に呼びかけた。
 いったん戻してくれないか・・・
 オーケーじゃと、返事が聞こえた。
 とたんにビデオの逆回転映像のようになって、どんどん時空へ吸い込まれていく。
 洋介、香織さんのことは任せたぞ! うまくやれよ~ 頼んだぞ~ ちきしょう~ さようなら~ 
 わたしは、スイートな時代を去った。

              ○○○

 次にわたしが飛んだ時代は、さらに一年後だった。ベッドの中の石井洋介が目覚めようとしているところにすっと入り、いっしょに目覚めた。時計を見る五時五〇分だった。季節は初夏である。窓カーテンを開けるとすでに外は明るい。薄手のスポーツウエアに着替え、アパートの外階段を駆け下りる。戸山公園まで快調な足取りで駆け、胸に吸い込む新鮮な空気が気持ちいい。石井洋介はわたしが離れていても運動を欠かしていなかったのだ。

 一〇分も走っただろうか、次の角からスポーツウエア姿の工藤香織が現れた。洋介が軽く手を上げると、彼女が微笑み、隣に並んで走った。
「もう、いっしょに走ってどのくらい?」
「半年かな。香織も早くなったよ」
「おかげさまで」
「東京マラソンでいい成績出せるかも」
「完走が目標よ。お先に」
「おいおい、そんなに飛ばすなよ」
 洋介が後を追い、追い越し際に彼女の髪を撫でた。

 戸山公園では決めたとおり腕立てと腹筋をした。彼女は横に立ってストレッチで身体をほぐしている。以前なら、この公園には早朝に犬を連れて散歩する人々の姿が多く見られたが、今は人影も少なかった。その代わりに防災用のテント小屋が周囲の木陰の大半を占拠していた。洋介と香織が汗を拭いていると、そのひとつから、わたしより少し年かさのいった髭ずらの男が現れて洋介に声を掛けてきた。

「よう、兄ちゃん。あんたら今日も運動か。元気なことでうらやましいね」
「シゲさん、お早う」
「なあ、何か情報はないか」
「やっと政府が動くみたい」
「動くって、どう?」
「第何次かの緊急支援対策ってさ」
「またかよ。緊急、緊急って連中は言うだけだな。おれらのような住むとこも食う物もないのがどんどん増えてひでえ世の中になっちまってよ」
「僕が勤めてたコンビニも潰れて。彼女の口利きで区役所の臨時雇いになれたけど」
 香織が横で眉をひそめて聞いている。
「なあ、ネエちゃん。なんか俺にも仕事ないもんかね」
「ええ、区でも対策準備に入ってます。でも職員も半分に減らされているからこの先どうなるか」
「ほんとかい? 役人も仕事にあぶれるようじゃ」
「田舎のある人はもうほとんど帰郷したわ」
「あんたら走ってなんになる。腹が空くだけだろうが」
「東京マラソンに出るつもりよ」
「そりゃ無理だ。もうマラソンどころじゃないだろ」

「シゲさん」と洋介が口を挟んだ。「東京マラソンは夢だよ。香織を誘って走り始めた頃はまだ開催が予定されていたんだ。とにかく僕らは走って体力を養っておくんだよ」
「ま、元気が何よりだ」シゲと呼ばれるホームレスが大きく笑い、朝飯だと言って新聞紙にくるんだ何かを食べ始めた。「こんなものでもまだ食えるから生きてられる」。そう言い、もぐもぐと口を動かした。
「この次には何か持ってくるよ」と洋介が言った。
「ああ頼む。となりの順ちゃんはよ、おれよりも若いのに一昨日亡くなったんだぜ。肺炎だったが、そもそも栄養失調が原因さ」

(さてここで、この時点での日本がどうなっていたのかをゼロゼロKYとして報告しておきたい。なお、情報源は石井洋介の脳内データからの読み取りを中心としている)

 五〇歳そこそこのシゲと呼ばれるホームレスも、二年前までは歌舞伎町で稼ぎのある男だった。カタギだが何店舗か風俗店を経営し、羽振りもよかった。だが世情が急変し、客も激減して店が潰れた。田舎のある風俗嬢たちは地方へ帰っていった。アイドルS嬢がいたのもこの男の店だった。

 多くの企業が倒産し、雇用情勢が悪化して失業率が一八パーセントに達していた。消費税は一五パーセントとなった。余りにも急激にやってきた大恐慌に耐えられる企業も行政もなく、ドミノ倒しのように次々と経営破綻していったのだ。翌年にはさらに経済状況が悪化し、失業率が三〇パーセントを超えた。残った企業は、食料や生活必需品の製造メーカーなどを除き、操業が半減していた。デフレーションが加速して物価が下がり続け、菓子パン1個が三〇円となり、経済は混乱を極めた。その途端、一気にハイパーインフレーションとなり、菓子パンは三〇〇円にもなり、全ての物価が高騰した。米価がみるみる吊り上がってキロ二千円を超え、卵一個が一〇〇円にもなり、また、金を出しても品物がない。闇市が横行するようにもなった。

 一気に昭和期の戦後状態となったが、その時代を知る者は七十代より上の人間だ。多くの者にとってはまさに青天の霹靂と感じる事態に陥ったのである。デパートは生活用品と食料品コーナーを除いて閉店し、街中のコンビニも商店もまともに商売ができないため、多くが店を閉めざるを得なかった。政府は闇市を禁じ、臨時に特定したコンビニ・スーパーでの食料品と日用品の販売を行った。このハイパーインフレーションに政府はどう対処すればいいのか呆然と立ち尽くす状態だった。増税の一途を辿った後、預金封鎖か、赤字国債を帳消しにするデフォルトで国家破綻とするか、いずれの選択にしても国家非常事態を宣言するのも時間の問題に迫っていた。

 しかし、経済対策よりも何よりも、基本的人権にあるように、国民の生存権を守らねばならない。公営住宅・公共施設の開放と食料支援だ。だが、緊急対策法案を出したが後手後手となり、迅速な対処ができないでいた。昭和期の戦中・戦後という激変の何倍ものスピードで襲った社会崩壊であり、日本国政府が経験したことのない人災である。各地で暴動も起こっていた。治安部隊が出動して何とか抑えていたが、打ち壊しは日常化し、人々は命を繋ぐのに必死な暴徒と化していた。

 東京の公園という公園は失業者の住処として利用された。当初は毎日、食料配給がなされたが、増え続けるホームレスの数に対応できなくなり、今では一日おきにタイ米雑炊か芋、脱脂粉乳ほどのものが配られている。この戸山公園にも数千人のホームレスが住んでいるが、大半が栄養失調状態におかれていた。東京都がこうした状態になって、住民票登録の無い者に対しての二三区からの退去勧告令が出され、郷里のある者や親戚縁者がある者は東京を離れたが、また、地方でも食料難の状況は同じだった。

 昭和から続いていた政権は倒れ、新民主自由党が樹立されていたが、看板が変わっただけのことでしかなかった。国会や都議会、県議会でも、昭和以前のように農林業を第一にすべきだと本気で議論された。江戸時代の幕藩体制に戻すといった極論まで飛び出したが、所詮が机上の空論である。逆戻りすることは不可能だった。もっとも逆戻りできたとしても生活の成り立ちが全く違うのだ。九割が農民に戻り、一部は家内工業をおこない、薪や炭で暮らすことなど無理である。それを望んでも社会基盤がない。

 二〇世紀半ばからの半世紀で膨れ上がった現代社会は、ズバリ言えば石油と電気の文明だ。一家に一台のクルマ社会と溢れる家電製品。その石油供給がストップしてしまった日本は、自給出来ない実態がもろに露呈してしまった。しかし、そうなる以前はほとんど誰も気づいていなかったのだが、石油が途絶えて最も困る事態が起こった。食糧自給が出来なくなったのだ。二〇〇九年頃まで、食糧自給率は三九パーセントと発表されていた。その数値は生産食糧のカロリーを換算したものだった。主食の米の自給率は七〇パーセント以上と言われ、魚介に関しては約六〇パーセントあるとされた。だが、その数字はまやかしだった。生産に対して必要とされるエネルギー量が加算されていないのだ。機械化されている現代農業は、なにで動いているのか。ガソリンである。また、漁船もガソリンがなければ動かない。石油輸入がストップして、食糧生産は一気に何十分の一に転落してしまったのである。

 石油がなければ電力があるというのも浅はかな考えだ。地球温暖化対策の一貫としてオール電化が推奨され、日本は原子力を発電の主力として全国各地に54基の原発を稼働させていたが、度々のように放射能漏れの事故を起こし、そのことを国民に隠し続けていた。「原子力の安全神話」は本当に神話でしかなく、神話というものは誰もが本当はそうではないと思いつつ取りあえず信じて置くしかないとして普段は忘れてしまっている物語である。だが、その原子力発電というものの実態を知れば、怖ろしくて夜も眠れないだろう。また、バカバカしくて笑ってしまうだろう。原子力エネルギーの半分以上は熱として廃られ、環境に放射能を出し続けているという危険でおそまつな大めし喰らいで無能のデクノ坊だからである。もう一つ言えば、原発は石油が無くなれば稼働させられないのだ。補助電源が無ければ冷却システムが働かず、核燃料棒は加熱し続け何千度もの高温となり、炉の底を溶かして地の底へ溶け落ちるという、いわいるチャイナ・シンドローム現象を起こす。これだけは避けなければ地球規模の汚染が起こってしまうと、石油が無くなってからは日本の原発は稼働を停止せざるを得なくなってしまったのだ。この頃では電力はもっぱら水力と風力、太陽光発電に頼り、以前の出力量の半分になっていた。

 国を動かすエネルギーを失った事態は、人を動かすエネルギーも失うこととなった。食料である。とにかく、米を、米だけでもとなった。政府の緊急対策は備蓄米の放出だったが、総量七〇万トンしかなく、それは国民の一ヶ月分の量でしかなかった。焼け石に水である。しかも全てが放出されたのではなく、二〇万トンは闇に消えていた。政府関係者や一部の富裕層にまわされたのだ。代わりに親交国のタイからタイ米が、国民消費量のほぼ一年分に当たる八〇〇万トン輸入された。それは古米か古々米であり、国産米に慣れ親しんだ舌にはマズイのひと言だったが、すぐにその味にも慣れていった。とにかく腹が満たされれば誰も文句などなかった。

 当たり前に旨い米が食える時代は終わり、米が日本人にとってどれほど掛け替えのない糧だったかを思い知った。2000年余りの歳月、日本人の胃袋は米を入れることで精力を養っていたなど、頭でわかることではなかった。まともに米が食えなくなって初めてわかることだった。

               ○○○

 新宿区役所の四階フロアへ階段を使って上った洋介が香織の姿を探したが見当たらなかった。この頃ではエレベーターは使用されておらず、照明も必要最低限しか点けられていない。カウンター越しの若い男性職員に訊ねると、会議に入っていると返事が返ってきた。区役所も各部署が統合され、香織がいた医療保険年金課も生活支援対策本部に組み込まれていた。洋介の仕事は主に対策本部の支援作業に従事していた。トラックに乗り込み、区内の公園などを周って食料を配るのだ。

 洋介が務めていたコンビニが閉鎖となって職を失ったあと、香織の口利きで臨時職員の試験を受けた。支援作業に気力、体力ともにある者が必要とされていて洋介が適任と認められたのだ。公園住民の中には元は歌舞伎町のチンピラやタチの悪い連中も混ざっていて、食料の横領が問題となっていた。その取締りは警察官の仕事だが、配給時にも、いざこざが起こることがしばしばあった。洋介も配給係として厳然とした態度で職務を果たさなければならない。制服はガードマンばりの恰好で、ヘルメットを着用していた。

 三週間ほど前のことだ。いつものように配給トラックに乗り込み、戸山公園に午後遅く到着した洋介ら職員が食料を配ろうとしていると、列を乱した男が何か叫び、段ボール箱ごと奪い取ろうとした。洋介がとっさに遮ろうとし、男は刃物を振りかざして斬りつけてきた。手刀で払いのけ、思わず横腹に正拳を突き出すと男がその場につっぷして、「死ぬ! 殺せ!」とわめきちらし、暴れた。そのとたん、周囲の男たちが食料を奪い合う騒ぎとなった。そこへ目つきの鋭い男が現れ、一喝したのだ。

「てめえら! 静かにしろ!」
 それでも騒ぎが収まることなく、段ボールに群がるホームレスに男がバケツの水をぶちまけた。その水はどこか油っぽい匂いがした。
「火点けるぞ。死にてえか!」
 バケツは以前ガソリンスタンドで使い古したものだっただけだが、効き目はあった。
「なにすんだよー、腹が減ってるだけじゃないか」いちばん水を浴びた男が情けない声で言った。
「おう、そうだ。みんな腹減ってる。おまえがそれを奪えばほかのやつらに袋叩きになるだけだぜ」
「わかったよシゲさんよぅ」
「いいか、ここでは暴動はさせんぞ。そうなったらもうここにも居られなくなっちまうんだからな。いいかわかったか。それともおまえ治安部隊に勝てるか。ええ、どうだ」
 騒いでいた連中も、もう何も言わなかった。
 シゲと呼ばれる髭ずらの男が洋介に向きなおって、
「なあ、職員さん。すまなかった。もう騒ぎは起こさせないから今日のことは伏せといてくんないか。頼むよ」
 そう言い、頭を下げた。

 それがホームレスのリーダー格のシゲとの出会いだった。騒いだ連中の中心は歌舞伎町で客引きをやっていたのや、キャパクラのマネージャーたちだった。そのひとりにわたしは見覚えがあった。アイドルS嬢がいた店のボーイだ。
「まあ、わかりました。とにかく騒ぎだけは困ります。都庁のすぐ前の新宿中央公園でも暴動が酷くなって死者まで出たんです。あそこは支援モデル公園だったのに一時閉鎖になりました。そうなると区でもどうにも」
 洋介は、助けられたシゲにそう言い、くれぐれもよろしく頼むと頭を下げた。
「ところで、あんたなかなか腕が立つじゃないか。空手だな」
「手を出すつもりはなかったんですけど、つい」
「やばかったぜ。人間ってのは自暴自棄になって手がつけられなくなる。石油でもぶっかけて燃やすしかねえからな、はっはっは」
「気をつけます」
「ま、今後もよろしくな。何かあったら声掛けてくれよ。一応このシマを預かってるってことで。ここはいいとこだ。木も多いし小山もあるしな。おれは気に入ってるよ」

               ○○○

 区役所の一階ロビーで香織を待った。図書館で借りていたスパイ物の小説を読んでいると階段に香織の姿が見えた。
「ごめんなさい。待った?」
「いや、今日の会議どうだった? 公園村の対応については何か」
 彼女が洋介の隣に座って話し初めた。「ええ、食料配給ももう限界があるから公園内に畑を造って自給体制を整えることに決まったの。ほかの区ではもう収穫できるまでになっているのに新宿区がいちばん遅れていたから」
「そうだよ。だから早くって僕が言ってただろう」

 昭和戦後期の食糧難についての資料を洋介は図書館で見つけて読んでいた。米よこせデモが起こり、皇居に都民が詰めかける騒動となった。そのときデモの代表者数名が宮内庁に入り職員と談判した。皇居には潤沢に食料があるはずだと迫った。しかし、見せられた台所には米も野菜も欠乏していた。宮内庁でも食料難に頭を抱える状態だったのだ。そこで皇居や御用地を畑に転用して食料自給をおこない天皇や皇族、宮内庁職員の食料を賄ったという歴史事実があるのを知ったのだった。

「今も皇居でも畑を作ってるんだから新宿区も当然だって」
「新宿区はホームレスをどう規制するか、そっちに頭を使ってたのよ」
「わかってるよ。新宿区は畑地のある練馬や豊島と違って都会のど真ん中だからね。畑って言ってもそういう土地柄じゃない。でも公園なら耕せるし芋くらいなら育つ」
「私もそう提案していたし区長だけでなく今日は都知事も出席していたから話が決まったの。これでシゲさんたちもひと安心ね」
「よかった。香織のお陰だよ。ね、帰りに久しぶりに寄ってかないか」
「高田馬場?」
「ああ、あの店まだやってるみたい。もうホッピーはないけど芋焼酎は飲めるらしいから。もっとも密造酒みたいだけど」
「シーッ、駄目よ。そんなこと声に出しちゃ」
「冗談だよ。ちゃんとしたルートの品だって」
「変なものに手を出したらクビどころか」
「捕まる。わかってるよ」

 嗜好品の類、酒・煙草などは統制品だった。銀座あたりでは、まだワインや吟醸酒が飲める店もあるが、そこへ入店できるのは政治家か高級官僚、富裕層に限られる。洋介や香織のような身分の者たちは、以前は山谷にあったような酒場に行くしかない。それも焼酎一杯が九〇〇円していた。めったに飲めるものではないが、戸山公園の畑化が正式に決まった祝いの気分だった。

 歌舞伎町の入り口にある区役所の玄関から二人は表に出た。かつては賑やかなネオン街だった。今はどのビルにも灯りがなく、ひっそりとしてまるでゴーストタウンのようだ。行き交うクルマもほとんどない。走るのは荷を運ぶトラックか公用車くらいだ。その代わりに自転車に乗る人間が多く、東南アジアの雑踏と変わらぬ風景だ。デパートや飲食店ビルが建ち並ぶ表通りもほとんど灯りが点いておらず、代わりに通り沿いに露天商がカーバイトを焚いて、客たちで賑わっている。だが、どの人間の眼も血走っていた。

「高けえな、安くしろよ」とがなり声が響き、「買わないならうせろ」と声が飛ぶ。客の群れのなかには、中学生ほどの少年も混ざっている。
「おい、そこのクソ餓鬼あっちへ行け!」
「なんで中古のゲームソフトが一万もすんだよ」
「贅沢いうな、おいコラ、おめえの腎臓と交換してやってもいいぜ」
「うるせえ、泥棒やろう」
「ぶっ殺されてえか!」
「殺せるもんなら殺してみろ」
「おい、なに盗みやがった。待て!」
 売っているものといえば、缶詰、乾物、乾パンなどの非常食、芋や玉ねぎといった保存の効く野菜、粗末な菓子、古着、金物、日用雑貨類である。中古のゲーム、娯楽映画やエロDVDもあったが値段に万の札がついているのだ。

 ふと、わたしは八〇年代のタイの露天を思い出した。あのときに会った少年は、きっと今感じているような気分で露天の品物を見ていたのだろうと思った。それでも少年は貧しそうな素振りもしなかったが、洋介は明らかに貧しさを感じていた。
「ぼくには必要ないものさ。ほしいのは感謝だよ」タイの少年のセリフが耳に蘇った。あの少年に懐かしさを感じ、今いる世界の貧しさを思った。

 人混みをかき分けて新宿駅まで歩き、ホームで山手線を二〇分待った。この頃では電車の本数も減り、最低でも十五分待たないと来ない。大半の人々はよほどのことがなければ電車に乗らず、一時間程度なら歩くのが当たり前になっていた。洋介や香織のような区の職員は交通パスを所持していたから金を気にせずに乗ることができた。数年前まで運賃一三〇円だった最低区間料金が、今は三九〇円に変わっていた。

 高田馬場のガード下をくぐり例の店へ入った。裸電球ひとつで薄暗い店内はほぼ満席で、奥に詰めてもらいカウンターに座った。壁にはメニューを料金が大きく書かれてある。

 つまみ/ らっきょう漬け五〇〇円 ピーナツ五〇〇円 玉ねぎスライス六五〇円 スルメ八〇〇円 モツ焼き八〇〇円 焼きむすび九〇〇円 酒/いも焼酎一杯九〇〇円 半杯四五〇円

 モツ焼き二本と焼酎二杯をもらい、洋介がその場で五〇〇〇円を払い、一六〇〇円の釣りを受け取った。
「まずは乾杯! 久しぶりに飲むこの味」と洋介が顔をほころばせた。

 わたしと付き合うようになって彼もだいぶ酒がたしなめるようになったが、この時代ではもう量を飲むことができなくなってしまった。ハイパーインフレと呼ばれる物価上昇が今後はさらに加速するはずで、もう酒代など払える庶民はいなくなる。物価が高騰し、給料は少々上がっても税金が倍増していた。

「ねえ、洋介」
「うん、なに」
「私たちのことなんだけど」
「それ、ぼくも考えていたんだよ。いっしょに暮らさないと生活が保たないって」
「それもそうなんだけど、ううん、あとで話すわ」
「なんだよ今は言えないの?」
「だって」と香織がまわりを見渡して、「場所がちょっと」と言った。
 洋介はキョトンとした顔をしているが、わたしにはピンときた。
「わかった。じゃあ後で」と洋介に言わせ、残りの焼酎を味わい、モツ焼きをほおばった。
「引っ越しどっちにしようか」と香織が言った。
「君のアパートのほうが駅に近いし、でも家賃が高いだろ。こっちはおんぼろでも安い。どう思う?」
「でも、狭くない?」
「家賃の差が三万はきついけど二人だから何とかなるか」
「じゃあ引っ越しはいつにする? 早いほうがいいわ」
「なら今度の日曜日にしようよ。ぼくの荷物ってあまりないから。区の運搬車で簡単に運べるよ」
「でも個人使用は駄目でしょ。ガソリン限られてるもの」
「クルマじゃないさ。防災用のリヤカーを借りて運ぶよ。訳ないって」

 ああ、これで工藤ちゃんと一緒に暮らせるのかと、わたしは久しぶりにウキウキした気分を味わい、残りの焼酎を煽った。財布にまだ金があるのを確かめ、もう一杯焼酎を頼もうとカウンターのオヤジに手をかざすと、彼女が「もう駄目」とピシャリと言った。洋介はそれですむが、わたしがすまなかった。
「頼むよ、もう半杯だけでも」
 手を合わせてそう言う洋介を珍しいものでも見るようにして、香織が「いつもの洋介と違う人みたい」と言った。
「いや、そうじゃなくてうれしいんだよ」そう言って、香織のお腹に手を添えた。
「やだー、もう!」
 香織が顔を赤くして洋介の膝を叩いた。彼はそのとき初めてそのことに気がついた。彼女の腹にふたりの子が宿ったのである。

(7章へ つづく)


凄い時代

2011年05月13日 21時00分40秒 | 航海日誌
震災から2ヶ月経ちました。もう半年が過ぎたような心理時間を感じます。それほどに、奇異で異色で稀な体験時間と思います。以前から当ブログで時々に書いているように、時代に大きな断層に佇み、向こう遙か次代を眺めているのが今だと、つくづく思うばかり。

50歳代の私の、その父母たちが経験した、先の戦争時代と戦後の断層(軍国主義から民主主義へ)の時よりも、もっと規模が大きな断層のような気がします。父母の時代は、日本の主だった都市が空爆され、あげく、広島と長崎に原子爆弾が投下され、一気に終戦となりました。そのドラスティックなさまは想像を絶するものですが、しかし、今の静かな「ウォー・エコノミー(戦争経済)のほうが、不気味です。

何百万人もの戦死者を出してはいないものの、放射性物質に晒されている人々は首都圏を含めれば千万の数となります。爆弾のように吹き飛ばされることはなくても、じわじわ迫ってくる見えない放射能の脅威があります。

福島第一原発1号機の燃料棒には完全に水から露出していて、お釜の底を溶かして、まさしく「チャイナ・シンドローム」(同タイトルの映画では高熱の核物質が原子炉を溶かし、岩盤を溶かして地球の反対側まで穴を空けてしまう)。地球のマントルを突き抜けることなどありえないでしょうけど、超高熱の塊が地表から地下へと溶解しながら潜る・・・まるでSFですね。

これは現実ですか? それとも夢ですか? リアリティがありますか? もっと大きな何かがあるまで目覚めないのかも。はたまた胡蝶の夢か。

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明日は、「ドリーマー20XX年」の第6章を掲載します。
いよいよ、ゼロゼロKYの活躍です。

母子を守れ

2011年05月12日 08時35分09秒 | 核の無い世界へ
放射能は同心円状に拡散するわけではなく、風向きによって変化する。放射能モニタリングの数値を地図上に落とせば、放射能地図ができる。下記の武田教授のブログによると、この関東圏(千葉県柏市・松戸市・流山市・三郷市)で、年間当たり10ミリシーベルトに達する放射性物質が検知されているという。

本来、国の安全基準は年間1ミリシーベルトだ。今、福島では20ミリシーベルトに引き上げているが、緊急事態でやむなしの値でしかない。

これをどう考えるかは、個々人に判断にゆだねるしかないだろう。パニックに陥る人もいれば、大丈夫だろうと高をくくる人もいる。だが、昨夜、書いた記事のように、子どもへの影響はチェルノブイリの例をみれば確かなのだから、母子は回避行動を起こしてもいいと思う。

が、そう言う(書く)のは簡単だ。実際に、避難するのは簡単ではない。でも、でも、でも、どうする? 赤ちゃんを抱えるお母さんは悩んでいるはずだ。パパを置いて、田舎の実家へ帰るわけには・・・または、沖縄へ移住するわけには・・・

ライフスタイルの変更。今までとは違う生活、生き方をするか、できるか。もともと都会暮らしよりも、田舎で暮らしたいと思っていたファミリーには、今回の事態は大きなきっかけになるだろう。もう、引っ越した人々もいるだろう。

しかし、母子を守るのは男の責任だ。戦国武将、浅井長政も江姫ら三姫と母を山城から逃がしたように。そして彼女らが次代を築いていったように。

中部大学の武田邦彦教授のブログ「科学者の日記」
   「放射能と体」
     ↓↓↓
http://takedanet.com/2011/05/post_5c55.html


茶の葉の放射能

2011年05月11日 23時28分07秒 | 核の無い世界へ
神奈川県の茶畑の新茶から放射能が検出された。関東圏にも当然のように飛散しているのだ。そうだろうということは予測していたが、そうだと云われれば、あーあである。

私は3.11の震災の後すぐ、福島第一原発事故の避難範囲は50キロだと直感的に(チェルノブイリを想定してだが)考えた。5キロとか10キロではないだろうとすぐに思った。風向き、天候によって放射能の飛散は変化し、200キロ離れた関東圏でも、風向きによって1日ほどで到達すると。

確かに、すぐに健康被害はないだろう。だからみんな、この東京でもふつうに表を歩いている。だが、5年後、10年後は何らかの被害が出るだろう。ことに成長期にある子どもには、それの影響はどれほどか。チェルノブイリから200キロ離れた町では、20代の人間が殆どいないという。当時、0~3歳児だった乳幼児が放射能の影響で死亡したからだ。生き残っている若者は1000人単位で甲状腺摘出手術(チェルノブイリ・チェーン)をしているという。

日本でどうなるのか。まだ、誰も知らない。その責任を私は取ることが出来ない。取りようがない。申し訳は何も出来ない。だから、今更ながら心苦しいが、小さなお子さんをお持ちのお母さんは居着いていないで、西へ逃げてください。大人は大した影響はないのかもしれないが、幼児は違うようだ。母子でだけでも、逃げてください。父ちゃんは東北・関東で働いて責任を果たせばいい。


なんで?

2011年05月10日 22時56分33秒 | 航海日誌
今夜も電気のお世話になって、でも、なんで電力あるのに、今から節電? 夏の電力不足の練習か。いえ、電気がないとエスカレーターも動かなくなるよと脅しか。どっちでしょう。脅しですね。たぶん。

もう夜(世)もふけてきました。皆さま戸締まりに気をつけて、おやすみなさい。ピーッーーーー

なんの空気を読んでいるのか

2011年05月09日 22時00分39秒 | 核の無い世界へ
山本七平が「空気の研究」という本で、日本人は場の空気を読んでそれに支配されると云っているが、どんな論理性よりの優先するのはやはり、そうなのであろう。

場の空気とはいかなるものであるか。35人のクラスでのホームルームでイジメ問題があって、皆が知っているのに口をつむいでいて、ただ一人が反論したら、その人はクラス内の空気というものが読めなかった「KY」となる。そしてKYは、勇気あるヒーローになるどころか、別のイジメの対象になる。

大人の世界でも同様だろう。いちいち例題を挙げるのも面倒臭い。場の空気というのは共同する者らが利益を享受するための方策だろうが、そこには社会正義や良心があるわけではなく、直近の保身しかない。

どうも、それと同じことが今起こっている「原発」問題なのだろう。テレビ新聞は言うに及ばず、家庭内でも職場でも、もう、話題にもせず、したとしてもあまり周りに聞こえないようにヒソヒソと話して、どうなるんでしょうねと他人事のように語って、でも、本当は怖ろしいと思っていて、でも、起こらないだろう、起こったら起こった時だと大地震と原発事故を無視している心理である。

それが今、世間を支配している空気である。
だから、政府のていたらくも、東電の重大犯罪も、無視している。
私は家でも職場でも知人友人にも、今日も話してみるが、みな冷静な態度で困ったものだと口を紡ぐが、それ以上は語ろうとしない。

こんな事を、ふと10年くらい前にもどこかで書いていたデジャブが今、起こったが、某フリージャーナリストではないが、無力感に襲われる。だからといって私が何をしているのかといえば、せいぜいこんなことを書き、出会った人に話をし、静かに怒っているだけだ。

空気を破ることなど並大抵どころか。やはり、ドリーマーと手を組むか。


ドリーマー20XX年 5章

2011年05月08日 08時25分15秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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第二部
ドリーマー冒険編

~~5~~


 わたしは暫く眠ってしまったようだ。夢を見ていた。どんな夢だったろうと眠りから覚める狭間で思い起こそうとしていると、言葉が浮かんできた。
----世界統一政府・・・工藤ちゃん・・・そんな世界にいちゃ駄目だ・・・
 目の前が光り輝き、何も見えなくなった。ゼロの間にいた。M師がいつのも満面の笑みをたたえて立っていた。

「どうじゃったかな。この度の世界は、ホッホッホ」
 わたしはまだ、いつもの調子が戻ってこず溜息しか出なかった。胸の奥が痛かった。
「胸が苦しい・・・」
「そうじゃろうな」
「工藤ちゃん、いや、あの彼女は何であんなところで平気なんだろう」
「あそこはおまえさんの時間と隔たった場所じゃ」
「どこ? あの妙な世界は」
「まだ気づいておらんか」
「まさか。本当に?」
「そのまさかじゃよ。区役所の工藤ちゃん」
「なら、東京の未来・・・」
「今からたったの十数年後じゃ」

 この東京が、あんな世界になっているとは信じられなかった。首都がそうであれば、地方都市も同様なのか。日本はどうなってしまったのだ? 世界統一政府と言っていたが、日本はその一部になっているというのか。アジアやアメリカ、ヨーロッパは? いったい日本で、世界で、何が起こったのだ。

 M師がいつになく真顔で、
「世界の終わりと、その後の始まりを話すとするかな」と言った。
「終わり、始まり?」
「そうじゃよ」
 わたしは唾をごくりと飲んで、その先を待った。
 M師が、静かに語り始めた。

「二〇〇八年から始まった世界同時金融危機から国際経済が崩壊し始め、アメリカ、次いでヨーロッパ、中国、日本へと波及し、各国の経済が破綻していった。赤字国債の山また山のエベレストより高いのがな。世界中合わせた実体経済の何倍もの七京円ともいわれる数字上の化け物が地球を駆けめぐった。どこもそんな天文学的な単位の金を処理できる国家はない。マネーゲームで実体のないもんに、デリバティブなんぞと数字だけを吊り上げてバラまいた金融派生商品のツケで世界は数年間、大混乱に巻き込まれた。その後、主要先進国が貿易封鎖をして自衛体制を取った」
「戦争になったの?」
「いや、そんな体力はアメリカもロシアも中国もない。とにかく直面する混乱が収まるまで鎖国状態のようなもんじゃな」
「で、日本は?」
「日本はたまったもんじゃない。輸入がストップして食料自給率三十九パーセントしかないのが半年もしないうちに一〇パーセント以下になって備蓄した石油も底を尽きた。農業も石油で生産しておるからな。輸送がストップすれば一気に食料難じゃ。政府は備蓄米を放出したが都市からどんどん餓死者が出てそれが全国規模の禍害になった。アメリカへ援助を求めたが各州で暴動が起き、非常事態宣言が発令されて自国で手一杯。同盟国日本はあっさり見捨てられた。国連もお飾りじゃ。いよいよ世界戦争勃発かとも噂されたがまさか核を打ち合うわけにもいかない。それでは世界が終わってしまう」
「じゃ、どうなったの?」
「国連が解体された後、国際金融機構が世界統一政府を誕生させたんじゃよ。逆らわずに加盟すれば食料は拠出すると条件を付けてな。一般の人間は徹底的に管理され、逆らう者は排除じゃ」
「排除ってゴミじゃあるまいし」
 そこまでを聞き、わたしはひどく動揺していた。
「顔色が悪くなったのう」
「ああ、あの世界を見てきたから」
「おまえさんが行った時代は20××年じゃよ」
「たった十年そこらで、あんな世界に変わるなんて」わたしは膝に置いた拳を硬く握った。
「失われた十年どころの騒ぎではない」

 M師が淡々と話し続けた。
「日本は一九九一年に経済バブルが弾け、当初は数十兆円と発表され、最終的に不良債権の実数は千兆円を超えていた。その負債を終息させるために十年の月日がかかり、それが失われた十年と呼ばれた。しかし、日本はじわりじわりと復興を果たした。それを支えたのは、日本が技術大国で、自動車、家電製品などを輸出できたからだ。だが、二〇〇八年から始まったアメリカの低所得者に向けた住宅ローン、サブプライムローン破綻は証券大手のリーマンブラザースを潰し、関連銀行も連鎖倒産となり、翌年には世界金融市場の根幹を揺るがす崩壊を生んだ。ドルが世界の基軸通貨だったからじゃ。金融国家アメリカには世界に売るものが何もなかった。ドルをどんどん刷って穴埋めし、それがドルの信用を失わせる結果を招いた。一ドル、五〇円にまで一気に下落してアメリカはドル放棄したんじゃよ。国家破綻。借金帳消し。これでアメリカが終わった」

 M師が経済学者の解説のような話を終えて、「ま、これは表向きの話じゃがな」と言い、いつもの調子でホッホッホと笑った。
「じゃあ、裏側の話って?」
「すべては世界統一政府へのシナリオじゃ」
「シナリオ?」
「そう。世界政府を樹立して地球を一極統治する新政府を打ち立てる。そうなるように仕組んだ連中がおるということじゃよ」
「誰?」
「工藤ちゃんの上司」
「え、あのおっさんが」
 モニターに映っていた、人民服のようなかっこうをした男の顔がわたしの脳裏に浮かんだ。
「あれはトキオ特区人民管理局の局長、中村忠直は下っ端の下じゃが連中の仲間にはちがいない。中村は元、都知事じゃよ」
「じゃあ、工藤ちゃんは人民管理局の職員ってこと」
「そのとおり。正確にはアジアオセアニア・エリア・トキオ特区人民管理局中級民B職員じゃ」
「トキオ特区って何?」
「東京都はもう無い。日本も無い。国家は解体され、日本は八つの区になっておる。ホッカイ区、トーホク区、カントウ区にはトキオ特区が含まれ、チューブ区、カンサイ区にはキョウト特区があり、残りはニシ区、シコク区、キューシュウ区に別けられ管理されている」
「日本が無い?」
「もう、世界に国家という単位は存在しないのじゃ。地球が大きくブロックに別けられアメリカ・エリア、ヨーロッパ・エリア、アフリカ・エリア、アジアオセアニア・エリアとなっておる。全人口はおよそ三十億人」
「え、ということは地球の人口は半分に? じゃあ、やっぱり核戦争」
「いや、飢餓と環境汚染、疫病で。しかも人工的に作りだしたもので消されていった」
「誰がそんなことを」
「世界統一政府の統治者らじゃ」
「ゆるせねえな、そんなことしゃがって!」わたしは思い切り自分の膝を叩いた。「そ、その統治者って、どんな連中なんだよ」
「もう、何百年と金融を裏で操ってきた連中じゃ」
「金持ちか。金のためなら何でもするんだ」
「おまえさんが思うような金持ちというのとワケが違うがな。完全に人間を区別して自分たち以外は動物同様に考える、もっと根深い思想を持った人間たちじゃよ」
「で、この日本はどうなったの?」
「かつて日本だったこの地の全人口は約四〇〇〇万人。そのうちトキオ区は九八万人で、上級民Aと中級民Bが住む行政区で、ここが全区を管理している。上級民Aの上には人民統制の影響を受けない特別民というのがおり、そやつらが実質の管理者じゃが表に顔を出すこともない。それからカンサイ区にはキョウト特別区があり、ここには旧皇室系の人間と旧貴族らが住んでおる。ほかの区には三九〇〇万人の下級民Cが特別輸出品や生活基本品の製造か農山村で食料生産や林業、漁業に従事しておる」
「じゃあ、その下級民Cってのは奴隷のようなもんだな」

 わたしは、自分がその下級民Cになったような気分がした。しかし、思えば今だってそれと大して変わらない気もした。
「下級民Cならまだ人として認められておるぞ。さらに住民台帳に載らない番外民Zというのもいて、それらは世界統一政府に抵抗して山奥や離島などに追いやられた連中じゃ。当初は捕まえられて投獄されたが管理費用が無駄ということで放っておる。区に進入すれば即刻射殺じゃ。まあ、イノシシやクマと一緒じゃよ」
「酷い世界だ」
「世界統一政府から見れば番外民はゴミじゃが彼らのほうが気楽かもしれんよ。野山で自給自足して野いちごだって食べられるからな」
 野原を裸足で駆け、野ウサギを追いかける自分を想像してみた。確かにそのほうが暢気な暮らしだが、その姿がまるで縄文人に思えた。
 そこまでの話で、おぼろげながらあの世界がわたしにもわかってきた。徹底的に統制管理された殺伐とした空気を思い出した。そこに生きている工藤ちゃんは、わたしが先月、新宿区役所納税課であった女性の十年後の姿だったのだ。

 では、あの世界にわたしがいてもおかしくないが、わたしはどこにいるのだろう? しがない安サラリーマンの自分は、AでもBでもないだろう。下級民Cでほかの区にいるのだろうか。それとも番外民Zなのか。
「教えてほしいことがあるんだけど」
「なんじゃ」
「おれは? やっぱ下級民Cかな」
「それは教えるわけにはいかんな」
「どうして」わたしは不服そうにくぐもった声を漏らした。
「これからの活躍でマイナスになるからじゃ」
「よくわかんないなあ、活躍するって誰が?」
「おまえさんは、あんな世界を望むか?」
「トンデモナイ。絶対に嫌だ!」
「なら、どうする」
「どうするって、このおれがどうできるの?」
「あれじゃ、あれ」
「またナゾナゾか。例のアルナイアルナイって」
「ナイアルナイアルじゃ。思えば赴くどこへでも。行ったら何とかなる」
「何とかなるって言っても」
「行くのか行かないのか」
「わかったよ」

 わたしは、20××年の世界統一政府が誕生する前の東京へ行くことにした。そこへ行けば何がどうなってこうなったのか突き止められるし、そうなるのを阻止できるかもしれない。まだ二十代の工藤ちゃんにも会えるではないか! そして、このわたしがどうなったのかも・・・それを知るのは恐い気もするが、とにかく行かねばならないのだ。

                 ○○○

「よし。行くぞ!」
 力んで大声を発したわたしは、自分の声でびっくりして目覚めた。
 何だ、夢の夢か・・・
 そう思うと、助かったという気になったが、すぐに夢のあちらの、あの世界を思い出し、溜息をついた。
 とにかく、会社へ行かなくては・・・

 アイロンの効いていないシャツにネクタイを締め、安物のスーツを羽織ってアパートの外に出た。雲ひとつない風の冷たい冬の朝だった。歩道を歩く人々は自分のような出勤サラリーマンか学校へ向かう子どもたちで、毎日が変わらないことを信じて生きている人間たちだ。夢の中で夢を信じ、わたしは酷く動揺したが、現実は何も変わっていないし変わることなどないだろう。夢を信じる自分が馬鹿馬鹿しくも思える。しかし、わたしは今や夢で行ったもう一つの世界にも生きていた。

 アパートは新宿区の西外れだ。北西へ一時間歩けば練馬区の豊島園だった。わたしは地下鉄の駅に向かわず、そのまま西へ真っ直ぐ歩いた。中野坂上から東高円寺へ抜け、クルマが激しく往来する環七をひたすら北上した。十年後にバスで走った道筋を思い浮かべながら歩き続け、やがて豊島園前の交差点に辿り着いた。

 確かこの辺りだったはずだと思い、信号を待って正面のコンビニに向かい、すぐ横の筋道に入ってみた。裏通りには三階建ての小住宅がびっしり建ち並び、その一軒の二階の窓から中年女が表を覗いているのが見えた。わたしがその姿を下から見上げているのに女が気づき、サッとカーテンを引いて姿を隠した。

 場所はここだという確信があった。すぐ裏手が、としまえん遊園地だった。十年後このエリアに遊園地も三階建てハウスも無く、黄色い外壁の五階建て集合住宅が何十棟も建っているのだ。としまえん中級民Bエリアの、その一棟の四階の四番目の部屋に工藤ちゃんが住んでいて、サルのぬいぐるみと暮らしている。あの偏屈な人民歌を口ずさみ、九時には就寝する生活を繰り返している。

 だが、そんなことを誰が想像できるというのだ。わたしは、今しがた姿を隠した二階の女にバカ野郎!と怒鳴りたかった。おまえは知らないのだ。安穏とした生活が何によって成り立っているのか。また、世界が一刻一刻どう傾いて、どんな世界へ変貌を遂げようとしているのかなど、まったく何も知らないで日本という大船に乗った気分でいるのだ。

 女が住む三階建てハウスのドアの前に立ち、ベルを押していた。三度押すと、モニターのスピーカーから声がした。
「どちら様ですか?」
「すみません、少しお話を聞いていただけませんか」
「セールスは結構です」
「そういうのでは、ありません」
「宗教にも興味ありませんからお引き取りください」
「宗教関係でもないのですが・・・」
「何でも結構です。帰ってください。ひつこいと警察に通報しますよ」

 わたしは諦め、玄関前を立ち去った。今の自分の行為がやけに現実離れしたものに感じられ、可笑しくなった。もと来た路地をコンビニの方角へ歩きながら振り返って三階建てハウスを見ると、二階の窓から女がこちらを伺っていた。まるでわたしは犯罪者か何かのようだった。少なくとも不審者にはちがいなかった。

----わたしは十年後から来たスパイだ。あなたにも関係がある大変な情報を伝えたい。その素敵な住宅も消える運命にある!
 もし、そんなことを話したら警察を呼ばれ、精神病院行きだろう。しかし話さずにはおれないのだ。話しておかねばならないのだ。

 コンビニに入り、レジ前の健康ドリンクを取って代金を払い、その場で飲んだ。カフェインを摂取して興奮倍増だ。男の店員が奇妙な顔つきでわたしを見ていた。「おいおまえ、金を出せ」と言ってみてもいいかと思ったが止めておいた。本当に警察を呼ばれてしまうからだ。代わりに、「これ風邪に効くかな」と言って店を出た。

 そのまま歩いて新宿を目指した。黄バスBが走ったのと逆に歩くのだ。道筋というものは変わらない。コンビニもブロックごとにあるし、パン屋も八百屋も、ふつうの交番もあった。人々も色とりどりの服装で歩いていて、子どもが自転車で走っているのもよかった。ごくふつうの街中を歩くのがこれほど楽しいとは思いもしなかった。

 やがて新宿だった。大通りを右に折れ、歌舞伎町の中通りに入った。夜の賑やかさと打って変わり、ビルの壁から突き出たネオン看板はどれも灯が落ち、白けた突起物に見えた。アイドルS嬢似の女の子がいるキャパクラの前を通り過ぎた。もう、キャパクラ嬢への興味も失せていた。新宿区役所の前に立って外壁が薄紫色のビルをしげしげ眺めた。

 ここに工藤ちゃんがいる。四階でエレベーターを降り、受付カウンターでそこにいた男性職員に健康保険について聞きたいことがあるのだが、先月に工藤さんが担当してくれたのでお願いしたいと告げた。ほどなくして彼女が現れ、どんな用件でしょうかとカウンター越しに懐かしい顔を見せてくれた。わたしはどんな誰に会うよりうれしくなって工藤ちゃんを抱きしめたい衝動にかられたが、平静を保ち、咳払いをして、以前、自分が離職して未払いになっていた保険料の件でと言って、その先の声が出なくなり、ぽろぽろと大粒の涙が溢れだした。

 その様子を見た彼女が、「ご心配されなくても、手続きをすれば大丈夫ですから」と言って同情と責務への忠誠が入り交じった口調になって、このわたしを慰めた。
 それを聞いてわたしはいよいよ悲しくなり、取り乱してすみません、もう平気ですからとハンカチで目を拭いてうつむいた。落ち着いてから出直しますと言ってその場を立ち去った。それ以上、彼女の顔を見ていられなかったのだ。不審げにした男性職員がそばに来て、重ねるように大丈夫ですかと言ったのも去らねばならない理由だった。病弱な老人ならまだしも、健康保険のことで不安がる中年男などいるわけがない。受付で泣く男は精神異常者に思われても仕方ないだろう。

 とにかく、わたしは区役所で工藤ちゃんの所在を確認でき、十年後の彼女に間違いないことがこのまなこで立証できただけで満足だった。そして、またあの夢の中へ帰ってスパイとなり、世界統一政府樹立を命を賭して阻止するという使命を果たす決心を固めたのである。

            ○○○

 いつもの手順でわたしは布団の中で眠りに落ち、ゼロの間でM師に会った。この頃では、おかえりとM師が言う。ただいまと返して、用件に入る。
「今日、新宿区役所に行ったら彼女がいたよ」
「ふむ」
「決めた。世界統一政府を阻止してやる」
「それがおまえさんの使命じゃな」
「そんな大それたことじゃないよ。工藤ちゃんを助けたいだけだ」
「理由づけは何でもよろしい。そうじゃ、おまえさんにコードネームを与えてやろう」
「何それ?」
「ゼロゼロKYとするか。山田一雄のイニシャルのKY」
「KYじゃ空気読めないって、なんだかな。まあ、なんでもいいよ」
「ゼロゼロKY、心の準備はできたか」
「頼む。早く世界統一政府樹立の直前へ飛ばしてちょうだい」
「まあ焦るな。直前に行ってもどうにもならん。ひとまずは今から一年後くらいからじゃな。ちょうどいい時間、場所、そこへ行かにゃならんぞ」
「そこへ頼むよ」
「では行ってらっしゃい!」

 逆巻く風とともに、わたしは光の矢となって時空を飛び続けた。そう言えればカッコイイが、あわあわと巻かれまくって水道の蛇口から水がほとばしるがごとく、自分の意志など関係がないかのように、どこかへ流れ出たといったほうが正しい。何度やっても慣れることがないが、とにかく一年くらい先の未来へ飛ばされたようだ。
 
 すると、わたしは先日、歩いて行った豊玉交差点前のコンビニの前にうずくまっていた。ターミネーターのようにシュワーッと煙でも立ちこめれば恰好もつくが、そんな演出などもなくただ、ころりんと歩道の上に転がり出ただけである。ゼロゼロKYとは、そんな程度のものだ。

 よろよろ立ち上がったわたしは胸のホコリを払い、何事もなかったかのようなニヒルな表情を作り、とりあえずコンビニの中に入った。用事はなかったが前回の続きということを意識して健康ドリンクを買い、レジの前で一気に飲み干すところからスタートしようと思ったのだ。

 この前コンビニに来たのはいつだったか。一日前だが、時空を飛んだのだから、あれから一年後だ。店員は同じ青年だった。レジ前の棚に並べられた健康ドリンクの一本を取ろうとしたが手をすり抜けてしまった。そこで思い出した。わたしは透明人間のように姿が見えないのだ。しかも、この時間の中では直接、手出しできないのだった。ただ観察できるだけである。

 ということは、阻止すると言っても、このままでは物理的に何もできないということに気づいた。どうすればいい? ハッと名案が浮かんだ。店員の前で仁王立ちになり、以前、一九八〇年代のタイへ行ったときの手を使うことにしたのだ。

 コンビニ青年は、見たところ二十代後半くらいだった。顔はまあまあといったところか。タレ目で鼻も高くないが、少なくとも男ぶりはわたしよりマシだ。知能程度は、まあIQ一〇五くらいか。きょう日の男は愛嬌だからな。背は一七〇センチほどか、そこそこ体力もありそうだ。

 わたしは雑念を払い、心を落ち着かせ、するりと青年に自分を重ね合わせた。とたんに青年の感情や考えていることが自分のものになった。
(今日は客も少ないな。この不景気で最近、売り上げ落ちてるし、このコンビニも閉店になるかもな・・・今日は早朝出だから午後二時上がりか。新宿にでも出て映画でも観るか・・・)
 頭の中で考えていることが言葉となってわたしの頭にも伝わってきた。
 そこでわたしが、
(いや、映画は観ないで新宿区役所に行ってみよう。保険料の相談をしてみよう)と念じた。青年も保険料を滞納しているのだ。
(やっぱ、やばいよな半年も溜めてるの。健康保険証取り上げられるかも)
(そうそう、やばいぞ)
(仕方ない行って来るか)

 わたしは、ほぼコンビニ青年、石井洋介となっていた。アルバイト料が振り込まれたばかりだから口座に十六万円はある。保険料半年分が三万円ほどだから払えないこともない。家賃六万円を引いて残り七万円か。やりくりすれば何とかなるか。といった考えは半分がわたしの思念からもたらされたものだった。
「おれ、どうしちゃったんだ?」そう声に出して、辺りを見回した。
 フリーターの石井洋介は、ふだんそんな考えは持たないから、何か自分がすっかり変わったような妙な気分になった。
(このままダラダラ生きててもよくないし、ちょっと気持ちを切り替えて・・・)と、わたしが思念する。
(おれももういい歳だし、スイッチいれなくちゃなあ・・・)
(そうだぜ、もう二十八歳だ。大学も出ていつまでもブラブラしてるわけにはいかん。社会のために働け。いいか、今日からおまえはスパイのゼロゼロKYだからな)
(うん? スパイ?)
(そうだ。日本を救うんだ)
(あれ? おれの中から声が聞こえる・・・)
(そう、もうひとりのおれだ)
(なんだよコレ?)
(そろそろ交代してもらうぞ。ちょいとの間、眠ってくれればいい)

 石井洋介は、なんとなくいわれるがままの状態で山田一雄に入れ替わり、意識の中で眠りに入った。
 よし、これでいいと独りごち、わたしは新宿区役所を目指した。

              ○○○

 午後の新宿歌舞伎町は人で溢れかえっていた。雑踏をかき分けながら、石井洋介であるわたしは新宿区役所に向かっていた。彼には所在地がよくわからないはずだったが、歩いているうちに薄紫色のビルの前に立っていた。新宿区役所の玄関からエレベーターに進み、四階を押した。保険課のカウンターに行き、通路の長椅子に座って職員の動きを観察した。カウンターの奥に並んだデスクに工藤ちゃんの顔はなかった。彼女と接触して、石井洋介として知り合わねばならない。

 後方のエレベーターフロアから書類を抱えた工藤ちゃんがこちらへ歩いてくるのが目に入った。石井洋介であるわたしはさっと席を立ち、保険料の滞納分を納めに来たと言い、手続きをあなたにお願いしたいと言葉を畳み掛けた。
「ええ、私の担当ですからカウンターへどうぞ」
「半年分が溜まっちゃって、いえ溜めちゃってですね。すみません」
 おどけた調子でそう言うと、彼女がクスッと笑って通知書シートに目を通し、半年分をまとめて支払うかと聞いた。もちろんと答え、財布から札を取り出して彼女に渡した。その札の間にポストイットのメモを挟んであった。
「お待ちください、おつりを持ってきますので」と、彼女が奥へ消えた。メモを読んでくれることを祈り、わたしは待った。
 一二〇〇円のおつりを受け取り、彼女の瞳を見つめた。困惑した表情を隠そうとしているのがわかった。わたしは黙ったまま同意をうながすと、彼女が小さく頷いた。わたしは「携帯に」とだけ小声で言い、その場を去った。

 三日後の午後、六時過ぎて彼女から携帯に電話が掛かってきた。石井洋介であるわたしは、神に感謝をした。一念岩をも通す。やはり念ずれば事はうまく運ぶものだ。
 メモには、ただ、こう書いていた。
----あなたをひと目見たとき運命的な出会いを感じました。ソウルメイトかも?一度でもいい、お茶してもらえませんか。サルのぬいぐるみより

 その最後の言葉「サルのぬいぐるみより」が効いようだ。わたしは、十年後の工藤ちゃんが古びたサルのぬいぐるみを大切にしていることを知っていた。しかも、ただ大事にしている以上に特別な思いがあるはずだった。
「電話くれてありがとう」
 彼女は明らかに不審そうな声で、「どうしてサルのぬいぐるみって? まさか私が持っていることを知ってて?」と問い質してきた。
 わたしは冷静に答えた。
「いえ、子どもの頃、母親に買ってもらったサルのぬいぐるみを大事にしていて。まさかあなたが持っていることは知りませんでした」
「子どもの頃に?」
「偶然にしてもすごいな。あなたもサルをお母さんから?」
「おさるのジョージは父からの誕生日プレゼントです」
「やっぱり縁があるんですね。そうそう、おさるのジョージはなんていうのか親友以上っていうか、仕事で落ち込んだときなんか慰めてくれるし。僕にとってタダのぬいぐるみなんかじゃないんで捨てられないんです。あなたはどう?」
「ええ、まあ」
 電話が途切れないように会話を重ね、それからお茶に付き合ってもらえないかと頼んだ。おさるのジョージが功を奏し、「お茶くらいなら」と返事がもらえ、日曜日の午後二時に都庁の展望カフェで会うことになった。

 この電話の後、わたしは石井洋介を解放したが、彼は今まで夢でも見ていたかのような顔をして大きく伸びをし、それから腕時計を見て慌てて服を着替えてアパートを飛び出していった。PM七時からコンビニに入ることになっていたのだ。

             ○○○

 都庁の最上階にあるカフェは人々に余り知られていないのか、席が半分も埋まっていなかった。大窓からの東京の眺めが素晴らしい。工藤ちゃんと会うにはおあつらえ向きのスポットだ。カフェオレを半分飲んでいると、彼女が現れた。
「すみません遅れてしまって」
「いえ、僕もさっき来たばかりですから。でも本当に来てくれてうれしいな」
「本当は私、男の人に誘われても断るんです。でも」
「でもって?」
「迷ったけど、おさるのジョージの話が気になって」
「そうそう、ジョージ友だちだよね」

 どうやら、彼女は石井洋介のことがまんざらでもなさそうだった。わたしの胸にジワッと嫉妬心が湧いたが、仕方ない。ふたりはほぼ同年代。気が合えばもっと深い仲になってもおかしくはない。運命を変えるには、むしろそのほうがいいのだ。

 石井洋介であるわたしは、彼女の気を引くために真面目な男だということを印象づけることにした。大学では心理学を学んだが就活でうまくいかず、今はコンビニでアルバイトしながら心理療法士の資格を取る勉強をしているのだと、半分の嘘をついた。本当はその勉強を中途で放り出し、フリーターのままだった。公務員の工藤ちゃんは上級試験を目指して勉強中で、今は区役所勤務だが都庁に入ることを目標としていた。ここのカフェを指定したのも彼女だ。

「ぼくはまだバイトの身だけど公務員なら心配ないですね」
「失業率一八パーセントでしょ。公務員だってわかりません。不安定な世の中だからスキルアップしなきゃって」
「そう、コンビニも潰れる時代だしな。僕も早く資格を取らなきゃ」
「心理療法士の資格を取るの難しいんでしょ?」
「国家資格じゃないけどかなり勉強しなきゃ受かんない」
「がんばってください」
「うん」

 彼女のほうが一つ年下だったが姉のような感じがした。その感じ方は、わたしというより石井洋介のものだった。彼はほとんど眠っている状態だが、わたしの意識に混ざり合っているのだ。わたしと洋介はお互いの意識のミックスであり、今はわたしが大半を支配しているが、徐々にその配分を彼に戻してやるつもりだ。わたしはゼロゼロKYとしての今回の特命で、法則に逆らった方法を許されている。期限は工藤ちゃんの運命を変えるまで。M師との約束だ。

----ああ、それにしても、工藤ちゃんは、かわいい・・・
 わたしは、抱きしめたくなる衝動をこらえ、本題に近づくべくキーワードを口にした。
「ソウルメイトって知ってる?」
「え、まあ」
「精神科の療法でも最近は退行催眠っていう方法があってね。催眠術をかけてその人の幼少期から赤ん坊へどんどん記憶を遡らせて、さらに生まれる前にまで退行させる。過去生でトラウマになっている原因を突き止めることで患者が抱えている理由のわからない痛みが解消されるんだよ」
 工藤ちゃんは瞳を輝かせ、小さく頷いている。思っていたとおり彼女は興味があるようだ。わたしは話を続けた。
「この療法はアメリカの精神科医が発見したものなんだけど今じゃ学会もあるくらいなんだよ。あちらでは心理療法に取り入れられてて、でもまだ未だに日本じゃ遅れてるみたいだけど」
「私も本で読んだとこあるわ。前世療法ともいうのでしょ?」
「そう。前世でふたりは出会っていたとしたら? それがソウルメイトだよ。僕はすでに君を知っているって」
 工藤ちゃんが笑って、「私と石井さんがソウルメイトって?」と言った。
「もしかしてそんな気がしないでもないってくらいの話だよ」と言ってわたしも笑った。
「ソウルメイトか」と、彼女が首を傾け、微笑んだ。
 未来のあの日の工藤ちゃんと重なって、とたんに胸が張り裂けそうになった。
----そうだ、そうなのだ、わたしは未来の君を知っているのだから・・・

 話が弾み、二時間余りが経っていた。都庁最上階の大窓に夕陽が傾き掛けるのが見えた。今夜のコンビニのシフトは、バイト仲間に交代してもらっていた。まだたっぷり時間はあるが、初日からひつこいと彼女に嫌われるかもしれない。もっと一緒にいたいが、ここは我慢しておくのが得策だろう。わたしには重大な使命があるのだ。
「あっ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと」
「あら、ほんと」
「あっという間に時間が過ぎちゃったな。楽しかったよ」
「ええ私も」
「ねえ、また会えるかな」
「時間があるときなら」
「時間は作るものだよ」

 カフェを出てエレベーターが下界へ下りる間、ふたりは無言でいた。先ほどまでは恋人のような気分に浸りもした。それが一歩表に出ると、また見知らぬどうしに戻った感じがした。都庁の地下通路から新宿駅に向かいながらわたしは複雑な気持ちになった。並んで歩いているが、ほんの少し間隔が開き、仕事関係のような歩調だった。新宿にいるということは彼女にとって仕事エリアだということだ。そうなって当たり前に思えた。
「あの、また僕と会ってもらえますか?」
「えっ、私でよければ」彼女が少し硬い表情でそう答えた。
「ジョージによろしく。僕もうちのジョージに今日のこと話しておくから」軽い口調で言い、また、電話すると告げて新宿西口駅の改札口で彼女と別れた。

 わたしはそのまま地下街を歩き、喫茶店に入ってビールを頼み、煙草を吹かした。煙を吸い込むと咽せ、頭がクラクラッとなった。石井洋介は煙草を吸わない。彼には悪いと思いながらの一本だったが、火をもみ消してポケットからキヨスクで買ったメモ帳を取り出した。表紙に、ゼロゼロKY特命記録と書いた。それから彼女のデータをメモった。

----工藤香織。出身地山梨県甲府市。S女子大を出て区役所に入ったのが五年前。趣味は読書(小説、精神世界にも関心をもつ)、散歩。たまに旅行もするが、休みの日はアパートにいることが多い。年齢は二七歳。血液型はA。星座は乙女座。
 会話で知った内容を書き記した。それから、身長一五八センチ、体重四五キロ、バスト八三、ウエスト五六 ヒップ八五センチと付け足したのは想像の単位である。

 喫茶店を出て、ふと思い、伊勢丹デパートのおもちゃ売り場へ足を向けた。ぬいぐるみの棚を探すと、くまのプーさんの隣にいた。「プレゼントですか?」と女店員に聞かれ、そう、と答えてラッピングしてもらったが、便宜上のことだった。おさるのジョージを抱え、石井洋介であるわたしは、これで嘘はつかないですむと思った。

(6章へ つづく)


2011.5.8東京渋谷~原宿・原発いらねえデモ

2011年05月07日 21時34分26秒 | 核の無い世界へ

小雨降る渋谷区役所前に大勢が集まって、さあ原宿へデモだ!
でも、想像よりも静かです。太鼓や笛も鳴りますし、原発いらない連呼も
ありますが、静かです。みんな恐いんです。どうなっちゃうのか。
国も政治家も官僚も、もちろん東電も、同じ国土に住んでいるのですから、
敵も味方もなく、みんなどうしたらいいのか、わからないんです。
だから、こうして集まって、ほんとうは相談したいだけなんです。

おれたち、わたしたち、どうすればいいの?

ほんとうのことが知りたい。
でも、あれやこれやの説が飛び交って、ちっともわからない。
どの説を信じればいいの・・・
わからないわからない、だったらひとまず危ない原発止めようよ。
止めてから時間を作って考えようよ。

え? 止めたら金が儲からなくなるって。
それって命がつづいての話でしょ?

バカ菅と呼ばれてぶち切れたのか、浜岡原発停止要請を出した首相だが、
中部電力は答えを引き延ばしておるし。
それっぽっちの強制力なんかい?

で、これが今日の午後のデモでした。

テレビでやったの観た???



ドリーマー20XX年 4章

2011年05月07日 00時01分35秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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第二部
ドリーマー冒険編

~~4~~


 当分、酒はやめることにした。M師に間もなくと言われ、次の夜を期待して、ぐっすり眠るために焼酎をボトル半分も飲んで寝たら、とんでもないところに行ってしまったからだ。どう、とんでもないのかと言えば説明するのに気が滅入るくらいだが、話した行きがかり上、短く報告しておこう。

 そこは地獄なんてもんじゃない。だが、ふつうの地獄を想像してもらっても、それはちがう。針の山も血の池もないし、閻魔もいない。どう言えばいいのか、高さがない世界だ。二次元空間とでも言えばいいのかもしれない。

 わたしは紙の上にでもへばりついたかのような格好で、そこにいた。地獄とは言ったが街もあるし、車も走っている。およそこの世にあるものは何でもあった。

 だが、すべてが平面だ。酒場にいて、どんな銘柄か分からないウイスキーを飲まされていたのだが、味もしないし、いくら飲んでも酔っぱらわない。隣にはアイドルS嬢がいて平面的に坐っているが、何の情欲も湧いてこない。
「さあ、もっと飲んで」
「ああ」
「もっとこっちに寄って、フフフッ」
「ああ」
「ウフッ、好きにしていいのよ」
 
 手を握ろうと思えば握れるし、キスだってできるのだが、とにかく、そういう場面だけがページをめくるがごとくパラパラと展開されるだけだ。面白くも何ともない。これならあのM師といるほうがどんなに楽しいか。

 そこで知ったことは、味覚とか欲情とか、つまり人間が感じるもろもろは三次元の立体空間があっての現象だということだ。縦・横・高さがいかにありがたいことか。縦横だけでは感情というものが、まったくもって薄っぺらなのだ。

 パラパラと動いていく世界に、もうそれ以上耐えられなくなって、
「うわー!」と声を張り上げた。
 自分の声に驚いて起きたら、週刊誌のグラビアページに顔をつっぷして眠っていた。
「何だ夢か・・・」
 わたしは深い安堵に胸を撫で下ろし、夢でよかったと思った。そしてもう二度とあそこには行きたくないと願った。

 この話を翌日ゼロの間でM師にすると、例の甲高い声でほっほっほうと笑って、
「そういうのはおまえさんが脳内で編み出した夢の世界じゃよ」と言った。
「じゃあ夢にもいろいろ?」
 わたしはこの頃では起きているときと寝ているときの記憶がつながっていて、ゼロの間にいることも自覚していた。
「夢には次元があるのじゃ。おまえさんが行ったところは欲望レベルの次元とでも言っておこうか」
「確かに酒を飲みながら雑誌を見てたけど」
「おまえさんのは序の口じゃが、肉欲に溺れて蠢く次元の地獄もあるんじゃよ」
「気持ちがかよわない世界はちっとも気持ちよくなれなかった」
「前に言ったことを覚えているかな。思えば赴くというのを」
「ああ、覚えてるよ」
「自由とはそういうことじゃよ」
「どこへでも行くというか行ってしまうんだな」
「誰も強制してはおらん」
「そうか」
「さて今夜はどうする.どこへ行く?」
 S嬢の顔がよぎるのを振り払い、わたしはもっとわたしが行きたいと思えるところに行きたいと思った。
 するとM師がいっそうの笑みを浮かべた。
「行けるかな?」
「分からないけど行ってみたい」
「これまでの夢旅は予行演習みたいなものと言っておこう。今度はちょいと長い旅になりそうじゃ。いよいよおまえさんが行くべきところへ行くのじゃからな」
「べきでも何でもいいから行く」
「帰って来られんかもしれんぞ」
「覚悟はできてる」
「そうか。では行くとするか。ナイアル、ナイアル、ナイアルナイ」
「よし。ナイアル、ナイアル、ナイアルナイ」
 同じようにわたしも呪文を唱えた。
「おーい、これを忘れんように。迷ったときは常に良心に従えだ。良心がおまえのガイドじゃぞー」
 遠くから、M師の声が聞こえ、消えた。

              ○○○

 とても甲高い金属音とともに身体が光に包まれて、わたしは超高速飛行体にでもなったかのように亜空間を移動していた。語るとそういうことになるが実際のところはよくわからない。なんとなくそんな感じだった。今回は非常に遠くどこかへ向かっているのだろうということが想像できた。惑星間移動単位でいえば一〇〇光年はゆうに行ったのではないか。これもなんの実証もない話だが、そう思った。

 わたしの目の前に巨大な青黒い球が浮いていた。どのくらい大きいのか想像がつかなかった。とてつもなく大きいその球にどんどん吸い込まれるようにしてわたしは下降し始めていた。青黒い球の色が明るくなり、目も冴えるほどのスカイブルーとなり、とたんに白い気体に包まれたかと思うと眼下に大地が見え、ぐんぐん視線が近づいて、スポン!という音がしたかと思うとわたしはどこかの高い建物の上に降りていた。
「どこ?」
 と思った。
 M師の声はなかった。

 ここがどこだかわからないが、まずは観察からだと建物の屋上のふちから顔を出して、そっと下界をのぞき込んでみた。
 ゴーゴーと鳴る風が鉛っぽい。
 これとどこか似た臭いを吸ったことがある・・・学生時代にアルバイトで潜った化学薬品プラントのタンクの中の臭いだ。日給が二万円のべぼうに稼げるバイトだったが、一日で辞めた。長く働いた者は病気になって数年後は死を迎えるという噂を聞いたからだった。わたしが知る限り二日以上働いているバイトはいなかったが、死んだという者を目撃したことも聞いたことがなかった。たぶん、死んだ奴は誰も知らないうちに葬り去られたのだろう。死は儚い。死そのもののことなど、誰も知らないのだから。

 長く空気を吸っていることに息苦しさを感じながら見下ろした街の様子は、アスファルト道路を走るクルマの流れと歩道を歩く人々がアリの群れのように見えた。わたしが知っている新宿の街と同じようでもあるが街を包むトーンに色が感じられなかった。乗用車らしきものがおらず、道路を行き交う車両はトラック、バスの類しか走っていない。バイクも自転車もいなかった。灰色のくすんで地味な、人間の活気というものが感じられない街の風景だった。

-----ここは、どこなのだろう・・・
 とにかく来てしまったのだ。街に下りてみることにした。屋上の隅にあった扉を開け、非常階段を下った。階下の鉄の扉を開け、首を出して覗くとエレベーターホールだった。その先に廊下が続いており、両側にドアが並んでいた。

 エレベーターのドアが開き、人影が見えた。とっさに首を引っ込め、息をひそめた。コツンコツンと床を鳴らす足音が近づき、扉の前を過ぎていった。ひと呼吸置いて顔を半分出し、廊下のうしろ姿を目で追った。ドアの色とほぼ同じ濃紺のワンピースを着た女だった。セミショートの黒い髪で東洋人のようだ。歳のころは三十半ばくらいか。足首が細いから何かの運動をしている違いない。三秒間で観察し、扉の裏に首を引っ込めた。機密機関に忍び込んだスパイの気分だった。またひと呼吸置いて顔を出すと、女が四つ先のドアの中に消えようとして、横顔が一瞬見えた。

----あれ? どこかで見たことのあるような・・・
 記憶の隅にあるはずの顔だったが、思い出せなかった。その女が誰なのかを確かめたい。気分が苛立った。益々スパイの気分が高まり、心臓が波打った。スパイならもっと冷静なはずだと思って深呼吸をくり返し、やっと動悸が収まった。扉から身を出そうとした瞬間、男が廊下をこちらに歩いて来るのがもろに見え、またすぐに身を引っ込めた。

----ヤバイ、見られたか・・・
 扉の裏で身をすくめ、心臓が高鳴った。足音が近づいて、数十秒の間をおいてエレベーターが開く音がした。
 ---ああ、危なかった・・・
 今度は慎重に廊下の人影を確かめ、足早にすり足で四つ先のドアまで移動し、ノブを回して中に躍り込んだ。ロープですぐさま女を縛り上げ、その正体を明かしてやろう。
 ドアの中は殺風景な小部屋で、正面にスチール机がひとつあり、女がこちらを向いて座っていた。
 目が合った。
 「おい、静かにしろよ」長い銃口のピストルを向け、女に言った。
 女は黙って頷いたと思ったら机に目を落とし、ノートパソコンのキーを打ち続けた。
----なんちゅう女だ。無視しゃがった
 マグナム銃を突きつけ、「おい!」と怒鳴った。それでも女は知らんぷりをしたままでキーを打っている。
----何かおかしい・・・
 女に近寄って顔の前に黒光りする長い銃口のピストルをかざしたが、それでも女は何食わぬ顔をしたままだった。俺としても、知っている限りこれほどの威圧は無いのだが・・・ヘナヘナとなり、銃口は手のうちで小さくなった。まさかと思い、左手で女に顔に触れてみた。何の感触もなかった
----この女は生きているのか?

 プルルルルと電話が鳴り、女が電話機のスイッチを押すと、壁にはめ込まれた大型モニターに五十代の男の顔が大写しになった。男は中国共産党の人民服のような詰め襟服を着ていた。モニターの中で男が咳払いをして話し始めた。

「新しい規約文書はどうかね。期日には?」男がやわらかい口調で、しかし堅い表情だけは変えずに話した。
「はい承知しております。書類は明日、整えてお持ちします」
「持って来なくてもよろしい。ランクB専用メールで送ってくれればいい」
「はい。そのようにいたします」
「情報は金なり。伝達にはくれぐれも気をつけるように」
「はい。規則に従って」
「よろしい」
「はい。了解いたしました」
 淡々とした事務口調だ。それにしても、感情を少しも出さない話し方で女なのに愛想も何も感じられない。いくら仕事だって多少の色目くらい使ったっていいというものだ。

「やい、女。おまえは愛想ってもんがないな!」
 こちらが何を言おうがどうせ聞こえないのだ。
「おれ山田一雄ってんだが、ねえちゃん名前なんてんだ。あんた顔もいいがその足も素敵だぜぇ。おっぱいもぷっくりしてていい、イヒヒ。なあ今晩、酒でもどうだ付き合ってくんない?」
 相手に聞こえたら赤面してとても言えないような話し方になって、わたしはベラベラしゃべり続けた。忍び込む直前まで007のジェームス・ボンドばりの気構えがあったはずだが、これじゃ素性がバレバレだった。どうせ無視されているのだから、もうどうでもよかった。

 女にはわたしの姿が見えない。だったら好きにしてやれと思い、床に座り込んで一部始終を観察することにした。膝下までのスカートから伸びた白い足を眺めた。ふくらはぎの肉づきがいいぶん、足首の細さが際立っていた。アキレス腱のピンと張った感じがソソル。
 
 この観察行動でわたしは自分が足フェチだと自己認識した。ふたつのマナコで舐めるように白い足を眺め回して、完璧なセクハラだ。こんなことを自分の会社の女子社員のデスク下でやったら即刻クビになるだろう。そう思うとますます興奮度が高まった。が、相手に何の反応もない。そのうちに足にすっかり飽きてしまった。足は足でしかないと考えが変わった。

 顔をしげしげと眺めた。すっぴんに近い薄化粧。肌に張りがある。あごのラインがゆるやかな卵形の顔立ち。すこし目の間隔が離れ、その潤んだ瞳がいい。鼻先のつんと尖ったところもいい。左側だけに小さな笑窪が浮くのもいい。ときおりパソコンから目を離し、利発そうな表情を見せる。顔は足よりも複雑な感情を宿していて、見ていて飽きない。

 やはりこの顔には見覚えがあった。観察しているうちにやっと思い出した。
----そうだ、ひと月前に行った新宿区役所の女・・・
 健康保険の件で区役所を訪ねたときの担当者だ。工藤という名前だったと記憶していた。親切に応対してくれ、好みのタイプだったから胸の名札を覚えておいた。もしかして何かの機会に彼女と親しくなれるかもしれないと、淡い希望すら抱いていたからだ。しかし、あの子はまだ二十代半ばくらいの歳だったはずだ。今、目の前にいる女はどう見ても三十半ばは過ぎている。他人のそら似か。それにしてもよく似ていた。

 女は胸に名札をつけていないから名前はわからない。わたしはスパイだったはずだが、姿の見えないスパイならどんな極秘でも覗けるではないか。机の上にはメモ用紙や手帳もペンも文房具のたぐいもなく、ノート型パソコン以外に何も置かれていない。どこかに名前が書かれたものがないかと探してみた。この部屋には、名前どころか文字が書かれたものは新聞、雑誌の類も含めて一切なかった。

 壁のモニターに例の男が現れ、ランチタイムだと告げた。女が壁の時計を見て、すっと席を立った。十二時だった。ドアへ向かったので、うしろを付いて行くことにした。廊下に出ると、ほかのドアもいっせいに開き、女たちが廊下に揃った。誰も無駄口をきく者はいなかった。エレベーター前に並んだ五人の女たちと一緒に乗り込むと三十階からB2まで一気に下った。

 扉が開くと白い廊下があり、ずっと奥まで進むと食堂だった。女たちが並んだカウンターからプレートを受け取り、二つのメニューからどちらかを選ぶようだ。

 A魚フライ Bジャガイモのクリームソースがけ、と表示されていた。
 彼女はA魚フライではなく、Bジャガイモのクリームソースがけを選び、食パンを一切れと、それからカップに入った飲み物を取って女ばかりが何十人と並んで座る長いテーブルに着いた。隣の列は男ばかりが何十人と並んで座っていた。

 食事を始めた彼女を眺め、ふと区役所の女の名前で工藤ちゃんと呼ぶことにしようと思った。その工藤ちゃんがプラスチック製のフォークでジャガイモをほぐして口に運び、パン、飲み物の順で食べながらときどき隣の女と静かに話した。

「局長からの伝達があり午後には書類を提出することになりました」と、工藤ちゃんが言った。
「こちらは午前中に提出終了。午後は世界統一政府会議の事前会議」彼女と同年代の眼鏡を掛けた狐のような顔立ちの女が声を落として記号的にしゃべった。
「事前会議ですか。それは当局の重要な仕事ですね」
「そう。来週、本会議に入るので」狐女の眼鏡が光り、口を一文字に結んだ。できれば話をしたくない嫌みなタイプの女だ。
「ご苦労さまです」と工藤ちゃんがいうと、狐女が軽く会釈して、また黙ってプラスチック製のフォークで魚フライを無表情で食べ続けた。

 どうやらわたしがいるここは、この街の役所か政府機関のようだとわかった。しかも機密を扱う場所のようである。わたしはスパイなのだ。直感的に調べるべき何かがあると思った。というより何でこんな場所に工藤ちゃんが勤めているのかに興味があった。それにはここが何なのかを知る必要がある。

○ ○○

 午後も工藤ちゃんは小部屋で静かに仕事を続けた。彼女の顔の横からパソコン画面を覗き込んだが、文字がさっぱり読めなかった。打ち込み文字は日本語だが即座にアルファベットに変換されていた。なぜそうなるのか分からなかったが、おそらく機密文書という性格上のものなのか、または国際文書かもしれない。とくにすることもないので床に座り込み、わたしは飽きもせず彼女の顔を眺めていた。キスをしたい衝動にかられたが我慢した。一度したのだが何の感触もなかった。

 三時になると壁掛けの大型モニターにまた例の男が現れ、五分間の休息タイムだと告げた。工藤ちゃんはキーボードの手を止めて席を立ち上がり、ヒールを脱いで裸足になった。わたしはこれから何が始まるのだろうと目を見張った。すると腰に手を当てて後に反り、前にかがみ、腰を右左5回ずつ回し、腕をブラブラ振ったり、太ももを上げ下ろしてといった体操を続け、それから何かの錠剤を水で飲んだ。その間、モニターの男が監視しているようだったから規則でやっていることなのだろう。こんな息の詰まりそうな小部屋に座って仕事ばかりしていたら健康を害するはずだ。その対策の一環にちがいない。

 壁の掛け時計の針が五時五分前になると、大型モニターに例の男の顔が写った。
「当局職員の皆さん本日もご苦労さまでした。机の整理整頓の後、各部屋の施錠を確認して退場してください。明日も元気で職務に励みましょう」
 決まり切ったようなセリフにうんざりし、モニターに向かって唾を吐きかけてやった。
 工藤ちゃんはパソコンをたたみ、首を左右に曲げ、大きく深呼吸した。席を立ち上がってロッカーからコートを出して羽織り、一度だけ鏡を見てドアの外へ消えた。口紅でもひけばもっと綺麗になるのにと思った。

 静まりかえった部屋に取り残されたわたしはこれからどうしようかと思案し、スパイの職務、つまりこの当局とやらを徹底的に調べてやろうかと考えたが、調べてどうするのだとも思い、ドアをすり抜けて彼女を追いかけた。わたしはそう念じれば壁も通り抜けられるのだ。

 エレベーター前に彼女を見つけ、その後ろを離れないことにした。それはどこか恋する女に張り付いた男の心情すら漂う気持ちで、つまりストーカーというやつか。実際わたしはすっかり律儀な工藤ちゃんのことが気に入っていた。
 
 当局ビルのフロアから表に出る直前、工藤ちゃんがハンドバックから黄色いマスクを取り出し、顔に装着した。花粉症のマスクよりも重厚な感じで、化学工場の労働者がするものに似ていた。この世界に降り立ち、屋上で嗅いだプラントのような嫌な臭いを防ぐためのものなのだろう。街は相当に酷く空気汚染されているのかもしれない。

 当局ビルの前のバス停でしばらくバスを待った。昼食のときにいた狐女も青いマスクをして並んでいて、すぐに車体に大きくAとペイントされた青バスが来て狐女がうしろも振り向かず乗った。工藤ちゃんはそれを見送り、次に来た車体にBとペイントされた黄バスの乗車口に進んだ。

 工藤ちゃんが乗車口に手のひらをかざす仕草をすると、ピピピーと電子音がして扉が開いた。車内はほぼ半分の乗客で埋まっていたが、進行方向右側に男、左側に女が座っていた。工藤ちゃんは最後部まで進んで左側の席に腰を下ろしたので、わたしはすぐ後ろに座った。肩越しに黒髪にそっと触れてみたが何の感触もなかった。彼女が肩を払ったので気づかれたかと思ったがそのまま黙って前を向いていた。今度はそっと髪の毛の匂いを嗅いでみたがやはり何の香りもしなかった。

 黄バスBに揺られながら見た街の景色は、わたしが勤める会社がある新宿にどこか似ていた。違うのは大小連なるビルに広告とかネオン看板がいっさい無いことや、コンビニも薬局も居酒屋も見当たらないことや、中心市街地を抜けてもコンクリートの建物ばかりの殺風景な街だったということだ。そのかわり、街角ごとに交番のような四角い建物があり、機動隊ばりの恰好をした屈強そうな男たちが立っていた。その建物には「トキオ特区安全保障局管理交番」と看板表示が掛かっていた。日も暮れかかった街の通りを歩く人間たちもいなかった。猫すら一匹も歩いていない。昼間ビルの屋上から見たように、走っているクルマはトラックか、青バスA、黄バスBくらいだ。それらに混ざって国防色の装甲車が走っていた。その車両にも安全保障省と表示されていた。過ぎ去るバスから眺める街並みはまるで戒厳令でも出された後のような静けさで、そこはかとない物悲しさがあたりを包み込んでいた。

 方角から推測するに、乗っている黄バスBは練馬方面に向かっているらしいことがわかった。大通りを走っていたバスが大きく右に曲がり、鳥居の何倍もある大きな門をくぐって停止した。
 その門には、「としまえん中級民Bタウン」と大きく書かれた看板表示があった。

----としまえん・・・練馬区豊島園か・・・中級民Bタウン?
 停留所で突っ立ってその看板を見上げていると、工藤ちゃんが先へ歩いたので慌てて追いかけた。何棟も並ぶ五階建ての建物はバスと同じ黄色の外壁で、エレベーターはなく階段があった。工藤ちゃんは四階まで上って廊下を進み、四番目のドアの前に立ち、バスでしたのと同じように左の手のひらをかざすとカチャリと音がしてドアが解錠された。

 中に入ると手前が小さなキッチンとバスルームで、その奥が六畳ほどのワンルームになっており、パソコンが置かれた小さな机と一人掛けのソファとベッドがあった。彼女がバスルームに消えたのでわたしはソファに腰を下ろして大きく溜息をついた。部屋に侵入してからずっと息を殺していたのだ。やっと落ち着き、今日一日のことを回想した。

 食堂で彼女が取ったランチもBで、乗ったバスもB。つまり、ここに住んでいる工藤ちゃんは中級民Bということか。ならば、A魚フライを食べ、青バスAに乗ったあの高慢な態度の狐女は上級民Aということか。街の住人はAとBの2タイプに分類されているらしい。食堂でもバス席でも男女が右と左に別けられていた。街中はまるで丸の内のオフィス街のようで、コンビニも赤提灯も見当たらなかった。

 彼女はドアごとに手のひらをかざして魔法のように開け閉めしていたが、あれはどういうことだろう? バスも同じようにして乗ったが。手の中に何かの仕掛けがあってIDになっているに違いない。それにいちいちモニターに男が現れて、昼めしだ、休憩だと指示するのだ。

----この街は、まるで監獄じゃないないか・・・
 バスルームからシャワーの音がして、微かに鼻歌が聞こえていた。わたしはそのとき初めて彼女のプライベートな時間を感じた。やっと彼女は自分の部屋で解放されているのだ。
 
 シワールームへ行って覗こうかと足が動いたが、膝をつねった。それをしたらわたしは単なるのぞき男になってしまう。変態男になるためにわたしはここに来たわけではない。初心を忘れてはいけない。もう一人の自分が、一度だけならと言うが、これだけは何としてでも我慢した。わたしにだってプライドというものがあるのだ。それに何故だかわからないが、ここで我慢ができなかったら、この先が消えて無いという直感が働いていた。

 殺風景な部屋だった。女性なら花柄のカーテンくらい掛けるものだろうに、無地の布だ。飾り物といえばベッドサイドの古びたサルのぬいぐるみくらいのもので、カレシの写真スタンドもない。これでは病院の個室のほうがまだマシだ。こんな部屋に暮らしている工藤ちゃんのことが哀れに思え、溜息をついた。

 黄色いパジャマ姿の彼女が現れたので、わたしはソファを立った。真正面で顔が合い、慌てて横をすり抜けた。彼女は今までわたしが座っていたソファに腰を下ろして手に抱えたトレーを膝に置き、乾パンのような固形物を二つほど囓り、カップで緑色のドロドロしたものを飲んだ。

 一分もかからないで食事をすませると、膨満感を感じているのか彼女がお腹のあたりを撫で、大きなゲップ音を鳴らした。腹だけは満たされてまるで家畜の餌だ。トレーを片付けたあと、食後の楽しみといった感じでヘッドホンで何かを聴き始めた。その姿だけ見ていれば、どこにでもいるふつうの女性だった。

 どんなミュージックを聴いているのだろうか気になった。わたしならアイドル系で和むところだが、工藤ちゃんはジャズでも聴いているのか。それともロックかクラブ系か。
 そのとき、彼女が口を開き、
「世界統一政府 国はひとつ 地球維持の契約 人民上級民A 中級民B 下級民C 番外民Zは言語道断ぞ」
 淡々と言葉の羅列に節をつけて繰り返す。

----おいおい、北朝鮮じゃあるまいし何だよ、それ・・・
 工藤ちゃんは洗脳されているのだ。こんな言葉を吐いて、かわいい顔が台無しだ。わたしは胸が悪くなり、彼女の頬をひっぱたいて目覚めさせたかった。
 彼女が、サルのぬいぐるみを抱いてベッドに入った。サルのぬいぐるみに頬ずりして、おやすみと言って彼女は目を閉じた。
----恋人はサルのぬいぐるみ、かよ・・・
 わたしはやるせない気分に襲われ、誰に向けていいのかわからない怒りが込み上げ、
----バカ野郎!
 と怒鳴った。

 壁掛け時計を見ると九時だった。自分なら新宿の赤提灯で一杯やっている時刻だ。わたしはどうすればいい。彼女のベッドに入るわけにもいかない。どうせ何の感触がないのだし、感じたとしても今はとてもそんな気分ではなかった。ベッドの工藤ちゃんにおやすみを言い、頭を撫でながら「いい夢を」と願い、わたしはソファに腰掛け、ゆっくり目を閉じた。もう、わたしはすっかり工藤ちゃんを愛しているのだ。

(5章へ つづく)


国難原発事故重要資料会見

2011年05月06日 19時24分28秒 | 核の無い世界へ
鳩山由紀夫前総理主催の勉強会で講師を務めたフリージャーナリストの上杉隆氏ら「自由報道協会」による、東電記者会見での裏中の裏話。計画停電の計画真意。「電気を止めるぞ!」東電は国を恫喝している・・・参加議員も正直に語っています。圧力釜の底に穴が開いている・・・広島原爆の1000倍の放射能が海へ流れ出ている・・・日本は放射能垂れ流しのテロ国家になってしまっている・・・さあ、国民のみなさん、もう目を覚ませましょうよ。

志のある人なら、観ておかないと後悔しますよ。
   ↓↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=O0CRuajD6C8&feature=related


原発・勇気ある撤退

2011年05月05日 11時44分51秒 | 核の無い世界へ
「牛乳が飲みたい 原発・勇気ある撤退」
河出ビデオ1988年制作

福島第一原発事故で数々のコメントを出している京大・原子力実験所助教の小出裕彰氏が23年前に語る原子炉の真実。ここでも「原発を止めても電力は賄える」とハッキリおっしゃっています。

その1
http://www.youtube.com/watch?v=mTdURzPPb00&feature=related
その2
http://www.youtube.com/watch?v=MvyQaRfEaXI&feature=related
その3
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=sqyCT5vUfFM


ドリーマー20XX年 3章

2011年05月05日 09時51分15秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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第一部
ドリーマー導入編

~~3~~


 わたしはまた、真っ白なゼロの間にいた。
 いつものようにM師がにんまりしながら話しかけてきた。
「あのビジネスマンは、タイ国でリゾートホテルの大口の契約を交して帰国するところじゃったが、ちょっとした気のゆるみから鞄をなくしたんじゃ」
「嫌な奴だったよ」
「ほう、そうかな。あの村ではおまえさん、ほとんど同調しとったんじゃないかな」
「いや、まあ、おれも日本に帰りたい一心で」
「あの時代は日本のひとつのピークじゃった」
「あの時代?」
「一九八八年じゃよ。バブル経済真っただ中の」
「エッ、ということは過去に行ったということに?」
「過去だろうが未来だろうが関係ない。思えば、思いとなり、そこへ赴くといっただろう。肉体を離れればどこへでも行ける。お望みならばもっとちがう世界へも行けるぞ」
「どんな?」
「それはおまえさんが、思えば、思いとなり、そこへ赴く」
「すぐに?」
「そうじゃよ。さっきも自分で、あそこへ行ったんじゃからな」
「なら、行ってみたいところがあるんだけど」
「ほう、そうくるか。もちろん行けるぞ」
「あれ? まだ言ってないけど」
「おまえさんの考えることは分かる。では、行ってみるかな」

             ○○○

 少年がひとりで部屋の中にいた。畳の上で怪獣の本を読んでいた。わたしは天井あたりから様子を伺っていた。
ーー母ちゃん、遅いなあ、おやつは缶の中にあるかな、カルピス飲もうっと。
 少年が頭に思い浮かべた言葉が、わたしに伝わった。
 と、同時にわたしは少年の中にすべり込んでいた。

 怪獣の本をぱたんと畳み、台所へ行って、冷蔵庫からカルピスの瓶を出した。コップにどぼどぼと注ぎ、そのまま飲むとあまりにも甘く、ごほごほと咳込んだにもかかわらず、また、ひと口飲んでから、水道の水を注ぎ足した。今度はコップに並々と水を入れたから、とたんにカルピスが薄まった。水っぽいカルピスに我慢できず、半分ほど飲んでから液を足してやっと満足できるものになった。棚の戸を開けて菓子の缶を探すと、いつもあるはずの場所に缶がなかった。棚の中をあちこち探したが、缶は見つからなかった。

「母ちゃんが隠したんだ、ちぇケチ」
 少年(わたし)は、また冷蔵庫を開けて、今度は練乳の缶を取り出して、缶切で開けた穴に口をつけて中身をずるずるとすすった。とろりと甘い練乳が口の中いっぱいになり、魅惑的な甘さにうっとりした。
 練乳をごくりと飲み、また缶を吸った。もう、やめとこうと思いながら、またすすった。練乳が缶の底に少しだけ残った。

ーーおい、おい、そんなに甘いものばかり口にしてたら、デブになっちゃうぜ!
 と、わたしは少年をたしなめたかったが、例の約束「ぜったい口を開いてはいけません」があるから黙っていた。

 少年は可なりの肥満児だった。だが、自分では少し太っているくらいの自覚しかなかった。昼に大きなおにぎりを三個も食べてまだ二時間しかたっていないのに、もう腹が空いているのである。完ぺきな胃拡張だ。

 一気に糖分を摂取したせいで、空腹はおさまったが、今度はとたんに眠くなってきた。少年は押入に行って上の段にのった布団を半分下ろして踏台にし、空いた隙間にもぐり込んだ。アナグマ的性質とでも言えばいいのか、母親が留守のあいだ、少年はよくそうやって押入で眠った。もっと小さい頃は、シミーズか何か、母親の匂いの残った服を抱いて眠ったものだが、最近はその癖がなくなっていた。
ーー寂しいんだ。
 わたしは少年から離れ、胸のあたりがぐっと締め付けられる感じになり、黙って少年の寝顔を見ていた。

 ふっと、少年がどんな夢を見ているのか気になったが、突然わたしの耳にM師の声が届いた。わたしはM師と意識の中で会話した。
「夢に入ってはいかん」
「どうして?」
「出られなくなるからじゃ」
「するとどうなるの?」
「少年の夢の中にずっと住むことになる」
「夢に入ったままか」
「そうなると、この子は夢の中でいつもおまえさんと会いつづけるんじゃよ」
「じゃあ、おれは夢の主に?」
「二重の夢じゃ」
「夢?」
「おまえさんが後で思い出す夢と、少年の中の夢の二重じゃよ」
「ややこしいな」
「単純な話だがな」
「おれって意識が、何ていうのか、とても曖昧になって薄ぼんやりしたものになる。今はそれほどでもないけど」
「相手と同化すればそうなるんじゃ」
 もっとちがう場所へ行ってみたくなった。そう思ったとたん、わたしはパチンと弾ける音といっしょにどこかへ飛んでいた。

               ○○○

 女が夕暮れの路地を歩いていた。電柱の裸電球に明りが灯っている。朝から缶詰工場で立ち働き、両肩がぱんぱんに張っているが、女にとってそれは日常のことである。家に戻り、息子の顔を見ると疲れなどもうどこかへ消えてしまう。風呂から上がって息子に肩を叩いてもらうのが楽しみだ。亭主はどうせ今夜も酒に入り浸たり、飲み屋の女にうつつを抜かして帰ってくるかどうかも知れたものではない。日曜になれば、パチンコに出かけてしまう。

 女の憂鬱な足取りを見ていると、そういう事ごとがひと固まりとなってわたしの感情の中に侵入してきた。
 働いても、働いても、借金がかさんでちっとも楽にならない。別れないのは子どもがかわいそうだから。
 女が口に出したわけではないが、確かにそう言ったのがわたしにはよく分かった。
 ーー母ちゃん。
 声に出そうになるのをぐっと堪え、心の中でつぶやいた。
 女が電柱のほうを振り向いたが、そこには誰もいない。だが、女は何かを感じたように足早になり、家路を急いだ。

 アパートの階段を上がり、部屋の明りをつけると、息子の姿がなかった。
「一雄、どこ?」
 返事がない。
 女はふと思い立ち、押入を開け、布団にくるまって眠っている息子を見つけた。


「また、この子はこんなところで寝て」
 抱きかかえようとして女は溜息をついた。子どもをそのままにしておき、台所に立ってコップに酒を注ぎ、一気に飲み干した。熱い息を吐いたとたん、その場に崩れ落ち、肩を震わせ、声を殺して泣いた。
 何で、何で・・・
 手に包丁を握っていた。
 わたしは慌てて女の中に入った。手が喉元に伸びそうになるのを必死で堪えていた。

 女(わたし)は、死ぬのが怖いのではなかった。子どもをひとり残して死ぬのが辛いのだ。ならば、息子も殺して自分も死のうと心が動いた。
 駄目だ! と叫びそうになった。
 すると、どこからか声が聞こえた。
「死ぬのは簡単じゃ」
 女(わたし)は天井を仰ぎ見て、目を剥いた。包丁を落とし、わなわな泣いた。
 一雄が台所の戸口に立っていた。
「母ちゃん、どうしたの?」
「何でもないよ。今すぐごはんにするからね」
 
 わたしは女から離れ、天井に浮かんでいた。
 そうだった・・・
 わたしはあのとき、母が、死のうとしたことを知っていたのだ。だが、どんな思いからなのか分からなかった。ただ、母は死にたいのだろうとだけ思った。それが悲しかった。でも、わたしは母が死なないことを知っていた。この自分を残して死んでしまうことがあるはずがないと。

               ○○○

 ゼロの間で、わたしはしばらく放心状態でいた。
 あの日がターニング・ポイントだったのだ。あの日を境にわたしは変わった。まず押入で眠ることをやめた。甘い物はさらに食べ続け、六年生で体重が六十キロにもなった。勉強はクラスでビリだったのが、真ん中くらいにはなった。母親を少しでも安心させたかったのだ。そのぶん、父親には反抗的になった。中学で柔道部に入ったのも、父親を投げ飛ばしてやろうと思ったからだった。母に苦労ばかりかける父が許せなかった。母に手を上げようとする父の腕を掴み、投げかかったが、腰から砕け、投げることができなかった。父は怒り狂い、出て行けと怒鳴りつけた。わたしは友達たちの家をしばらく泊まり歩き、学校へは行かず、繁華街をうろついた。ゲームセンターで不良たちに絡まれ、殴られっぱなしで柔道技も出せなかったうえに、なけなしの金を喝上げされて家に戻った。不良にもなれない意気地なしのガキだった。
 それから三年後、両親は離婚し、わたしは高校を卒業して片田舎の町を去り、東京で一人暮らしを始めた。昼間は機械工場で油まみれになって働き、夜学に通った。

 あれから二十三年だ。
 ついでにその後を話しておけば、二度ほど転職して、今は新宿の小さな会社で営業の仕事に就いている。健康器具を売って歩く商売で、一応は世の中のためになる仕事だと思っているが、一流メーカーとちがい、その効果のほどは売っている自分にも自信がない。パンフレットには、ご不満の点があれば返品たまわりますと謳ってあるが、口のうまい苦情係が対応するので実際の返品はほとんどない。もっともメーカーものとちがって値段も安いから、背骨でも痛めたのなら話は別だが、苦情の数は月に五、六件といったところだ。

 給料は、一部上場会社の半分もないだろう。結婚はしていない。したくないわけではないが相手もいないし、独りなら気楽なものである。第一、結婚などして幸せな家庭を築く自信などない。趣味といえば、パチンコくらいのものか。それと、給料日の後に盛り場に出向く。アイドルのS嬢にちょっとばかり似た子がいるキャパクラがあるからだ。でも、デブのわたしがもてるはずもなく、まあ、一万円程度を使ってくれる月に一度の客でしかない。

 わたしの話は、もう、これくらいでいいだろう。
 いい人生だとか、悪い人生だとか、だからどうしたというのだ。この世に生まれたのだ。産んでくれと頼んだわけではないが、生まれてきたのだ。母は田舎で元気に暮らしている。あの父も元気なようだがもう何年も会っていない。

「まいったな、嫌なこと忘れていたのにな」
「だが、おまえさんは自分であの時代に行ったんじゃ」
「けど」
「何じゃね」
「もっと楽しいところへ行きたい」
「今夜は、もうこれくらいにしておいたほうがいい」
「疲れたよ」
「一言だけ話がある」
「何?」
「両親に感謝することじゃ。産んでくれと頼んだのは、おまえさんなのだからな。生まれてくるのは簡単なことじゃないのだよ」
「産道を通る、その前のことか」
「そのうち、そこへ行く。おまえさんが思えばな」
「思えば思いとなり赴くんだろ」
「そうじゃ」
「何か怖いな」
「人生、艱難辛苦。善きことも悪しきことも、すべてがすべて歓喜なり」
「何だか眠くなってきた」
「ならば、あちらで起きるということじゃよ」
「起きる?」
「後で思い出すことじゃ」
「はあ」
「では、また明日」
               ○○○

 一雄は押入の中で奇妙な夢を見ていた。
 どこか遠く見知らぬ外国の街で、美しい女と過ごしているというものだった。三か月ほど前、やはり押入で眠っていたとき、銀色に輝くジェット戦闘機に乗ってアイドル歌手の南リカと大空に舞い上がったことがあり、そのとき一雄は初めて夢精し、パンツの中に出た白くねばねばした精液を見て病気になったと思い込んだことがあった。始めての性感が、病気と思わせたのだが、たった今の夢は比べものにならないくらいのエクスタシーだった。

 うすぼんやりと今しがたの夢を思い起こしていると、台所で人の気配があった。母親が帰っているのだと思い、押入を出ようとしたが、まだ夢の鮮烈さの虜になったまま体が動こうとしなかった。夢の意味はまったく理解できなかったが、エネルギーの渦に吸い寄せられ、高く押し上げられた、あの感覚が、今も全身に残っていた。

 わたしは、一雄の情動をすべて感じ取り、この日を思い出した。
 ーーわたしは一雄として生まれて、母はあの日、一瞬だったが死のうとしたんだ。
 山田一雄という人間は、つまりこのわたしは、わたしがわたしと思っている以上に、大きな何かの一部であると感じた。それが何の一部であるのかは分からなかった。
 そこまで思ったところで、わたしは、「ぱん!」という音とともにゼロの間に戻っていた。
 M師がいつもの笑みを湛え、朗々と詩を吟じた。

 忘却の川をわたるとき
 ひとすくいの水を飲みなさい
 きれいさっぱり
 あの世とこの世が入れ替わり
 うれしうれしの旅はじまり
 親が子を受け入れて
 おつとめ果たし
 めぐりのめぐりの大歓喜
 
「人間の精神が牢獄なんだ!」
「ほう、哲学するか」
「そんなこと考えてもみたことがなかった」
「原因と結果の法則。因果応報か。めぐりめぐってな。星の数ほどの。考えて考えられるものじゃない」
「こうしてほんの一部でも覗けば、微かでも」
「それがこの旅の目的じゃよ」
「でも、どうしておれが、こんな旅を?」
「おまえさんは分からんだろうが、時期が来たからじゃ」
「時期って?」
「生まれる前に約束したことじゃよ」
「こんなおれが約束って、どんな?」
「この日本を救う使命とだけ言っておこうか」
「まさか、おれにそんなこと」
「おまえさんが気づいておらんだけじゃよ」
「あんた誰なんだ?」
「さあて、誰じゃろう?」
「はぐらかさないでよ」
「はぐらかしてはおらん」
「じゃあ、教えて」
「その時が来たら」
「その時って?」
「間もなくじゃよ」

 わたしは万年床からむっくっと起きあがり、今しがたの夢の中の会話はもう遠いどこか彼方へ消えかかっている。何か大事な話をしたという感触だけが残っていた。いつもどおり会社に出かける支度をのそのそと始め、歯を磨く洗面所の鏡に写った顔は、どこからどう見ても、団子鼻の不細工な山田一雄そのものである。


(ドリーマー導入編 おわり)


これは視聴しなきゃ!

2011年05月04日 21時26分12秒 | 核の無い世界へ
原発の重要資料

「もう原発はいらない! エコでピースな未来モデル」
ワールドフォーラム2010年12月 田中優氏講演

環境ジャーナリストの田中優氏が、今回の福島第一原発事故、以前に語った貴重な資料映像です。一つひとつの話にデータ資料を提示して、明快に語っています。「日本の原発は全て止めても電気消費量を賄える」などなど。国と電力会社のマヤカシをハッキリ語っています。

では、我々が具体的にどうすればいいのか、実質的で即、有功な知恵の宝庫。ホント、目から鱗です。「危ない!恐い!いらない!」と叫ぶばかりでなく、知恵をつけなければ何も先に進まないことが解ります。デモ参加の方々も、ぜひ、視聴して勉強しましょう。どう考え、どうすればいいか、するする解ります。気持ちが明るくなります。私は、遅ればせながら、この人が解いていることを、これから勉強します。

ソ・レ・ハ、志の有る企業と個人が手を組むことで、ホンモノの優良企業をネットワークさせることだった。デモのエネルギーを持続させて、今度はそこへ繋ごう!!!

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ワールドフォーラム
http://www.worldforum.jp/

Youtube版
http://www.youtube.com/watch?v=xW6kH_ix-4o&feature=player_embedded

注)しかしこのYoutube動画、共有も出来なければ、評価も、どのアイコンも作動しなくなっています。なぜだ!?