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【書評190-2】     仏教の歴史 ~いかにして世界宗教となったか~    ジャン・ピエール・ロベール 著  今枝 由郎(訳)     講談社選書メチェ 791    2023年1月

2024-07-12 19:23:36 | 書評
★【仏教伝播とアジアの言語】
① パーリ語:アショーカ王の帝国で用いられていた言語に近いパーリ語は、最古の仏典テクスト(テーラワーダ)に用いられたが、それはブッダ自身が話した言語ではなかったので、既に翻訳
       だった。
② サンスクリット語:仏陀は弟子たちに彼の教えをサンスクリット語で残さないよう忠告していたとされるが、それは先行するバラモン教と同語のつながりが強かったからだ。 
        ⇒ ブッダはバラモン教と自分の悟りは異なることを強く自覚していた。「輪廻」「未来」の懐疑もしくは否定が最たる違いだが、それは時代が下るにつれて曖昧になった。

  紀元1世紀頃、大乗仏教の勃興で、古典サンスクリット語からはかけ離れた「混淆サンスクリット語」の使用が主流となり、中央アジア・チベット・中国・日本に伝わった仏典の大半はこの
  「混淆語」版を翻訳。ブラフマー神(梵天)の言葉(梵語)が真言(マントラ)を記すのにふさわしく、インド文字(梵字)も神聖視されるようになった。
   サンスクリット語による仏典は、タリム盆地及びパミールやヒンドゥークシ地方に現存する<トカラ語・コータン語>の文字文化形成の起源となった。
③ 中国語:サンスクリット語を翻訳する中で、外来宗教たる仏典は中国語に新たな意味を与え、新造語や新概念をもたらした。
       (例・・法、世界、時間)過去・現在・未来の時制、複数表現・能動/受動概念など、中国語の抽象概念と語彙を豊かにした。 ← 日本語への影響も然り。
④ チベット語:文字のほぼ全部がサンスクリット文字に置き換わったが、近代以降は中国による占領で、ラサ地方の方言に基づく近代語の使用が強制された。
⑤ ウイグル語:トルコ系のウイグル族はサンスクリット語からトルコ系言語への翻訳で仏典を翻訳した。 
⑥ モンゴル語:元による中国支配時も仏典のモンゴル語翻訳は試みられたが途絶。再開・完成されたのは満州人の清王朝になってから。然し、モンゴル人僧侶はチベット語の仏典を使い、モンゴル語訳は
        使わなかった。
⑦ 西夏語:タングート王国(中国名で西夏)は元に滅ぼされるまで(1038-1227) 独立を保っている間、漢字を基にアジアで最も複雑とされる「西夏文字」を作り、チベット語の大蔵経
      (カンギュル)を翻訳した。
⑧ 満州語:18世紀、乾隆帝の勅令でカンギュルがチベット僧の監督下、中国語と対照しながら満州語に翻訳された。
⑨ 日本語:最初、仏典は漢字音そのままで読んでいたが、8世紀の万葉仮名ならびに仮名<ひらかな・カタカナ>の発明で僧侶から庶民への仏典普及が促進された。
⑩ 朝鮮語:ハングル文字の発明(1443年)以降、漢語の仏典翻訳に用いられた。唯、儒教の伝統が先に根付いていたので、仏教の振興は日本ほどではなく、特に知識階級は漢字を使い続けた。

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 東南アジア諸国はパーリ語やサンスクリット語から自国語に翻訳した。ここで著者が翻訳において元の意味と違う意味に変わっている例を挙げているのは面白い。例えば;
「輪廻」を意味するパーリ語・サンスクリット語共通の<サムサーラ>がタイ語では『憐み・悲哀』カンボジア語では『愛』になっている。東アジアではそのような意味変化は少ないのでは。

アジア各地の仏教徒がサンスクリット語から自民族語へ翻訳した経緯をみると、翻訳と宗教伝播の深い繋がりを改めて思うと同時に、翻訳行為は前にみた【原始仏教から大乗仏教・小乗仏教への分岐】とも連動していることに気づく。(言葉の違いは解釈の違いを生む)という文化差異が宗教伝播に及ぼした影響を著者はクリアーに示してくれた。 しかも、朝鮮や日本での翻訳は中国語からの二次翻訳だし、モンゴルはチベット語からの二次翻訳で、ここが他のアジア諸国と違う。
 先行する儒教が仏教を駆逐した中国と朝鮮では仏教が大衆救済宗教として生き残ることはなく、東の果て・終着駅の日本に仏教各宗派の遺産が残り独自の発展を遂げた。   < つづく >
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