夜11時半過ぎ
仕事場である自分の店を出た。
僕は車でゆっくりと国道467号線に入り、
慎重にアクセルを吹かした。
73年製のメルセデスW114のオートマチックは、
ゆっくりとシフトアップしていくので、
そうする必要がある。
カーステレオは鳴っていない。
この車では、鳴らすべきではないのだ、と僕は思う。
だから鳴らさない。
信号で止まり、前の車と近づいた。
割と大きな交差点で、この時間でも歩行者が横断歩道を渡っている。
前の車は70年代のフォルクス・ワーゲン・ビートルであり、
その車のルームミラーが右側のドライバーを少しだけ写した。
女性だ。
年の頃は分からない。
もちろん顔立ちや服装などはもっての他だ。
小さな古いルームミラーからのヒントは、
信号が青になり遠のく。
僕のメルセデスはしばらくの時間
ビートルの後ろを走った。
「どこまで行くのだろう・・・」
興味が沸いたまま僕はいつもと同じ帰路を走った。
藤沢警察署を左斜めに折れ、海へと向かっていく。
「最後の分かれ道は134号線のT字路になる。」
僕は左、彼女が右に行けば
「さよなら」
だ。
しかし、彼女は江ノ島方面
つまり左折ラインに入ったのだ。
僕はワクワクした。
なぜなら綺麗に仕上げてあるビートルの運転手を
間近で見れるチャンスだからだ。
彼女は左折し左レーンへ
僕も左折し右の追い越しレーンですぐの信号で止まった。
この信号が必ず赤になることを、
僕は毎日のことなので、当然知っていた。
僕と彼女は今とても近くにいる。
メルセデスとビートルのドアを挟んだだけだ。
当然、たまらずに声をかけた。
「何年式?」
彼女も窓を開けた。
「74年です。」
美しい女性だった。20代半ばだろうか・・・。
車を本当に愛している感じが、
その声から僕に伝わった。
「スポルトでしょ?」
「そうです。よく分かりましたね。」
「走りを見れば分かるよ。俺もこれだからね。」
彼女は僕のメルセデスを見渡した。
「73年だから君のと変わらないよ。」
彼女はうなずいた。
「しかし、綺麗に乗ってるね!」
「ありがとうございます!」
その感じから、まだ買って間もないレストア車だと僕は思った。
きっとまだ「試し乗り」期間で、
海岸線を軽く流しに来たのだろう。
信号が青に変わった。
「大切に乗ってね!」
「はい!」
僕はいつもどうりスムーズに発進し、
彼女を置き去りにした。
僅かな15分間のタンデム。
その中で会話はたったの1分半。
自宅のマンションにパーキングし、
外の海風を吸い、ふと思った。
これは十分なストーリーだな!
そして「彼女の笑顔」を少しだけ思い出していた。
< Mash>
2009年3月16日 筆