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永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(99)その4

2018年11月05日 | 枕草子を読んできて
八六  頭中将のそぞろなるそら言にて   (99)  その4  2018.11.5

 修理亮則光、「いみじきよろこび申しに、うへにやとてまゐりたりつる」と言へば、「なぞ。司召ありとも聞こえぬに、何になりたまへるぞ」と言へば、「いで、まことにうれしき事昨夜侍りしを、心もとなく思ひ明かしてなむ。かばかり面目ある事なかりき」とて、はじめありける事ども、中将の語りつる同じ事どもを言ひて、「『この返事にしたがひて、さる者ありとだに思はじ』と、頭中将のたまひしに、ただに来たりしはなかなかよかりき。持て来たりしだびは、いかならむと胸つぶれて、まことにわろからむは、せうとのためもわろかるべしと思ひしに、なのめにだにあらず、そこらの人のほめ感じて、『せうとこそ。聞け』とのたまひしかば、下心にはいとうれしけれど、『さやうの方には、さらにえくふんすまじき身になむはべる』と申ししかば、『言加へ聞き知れとにはあらず。ただ人に語れとて聞かするぞ』とのたまひしなむ、すこしくりをしきすとのおぼえにはべりしかど、『これが本つけ試みるに、言ふべきやうもなし。こと、またこれが返しをやすべき』など言ひ合はせ、わろき事いひては、なかなかねたかるべしとて、夜中までなむおはせし。これ、身のためにも、人の御ためにも、さていみじきよろこびにはべらずや。司召に少々の司得てはべらむは、何と思ふまじくなむ」と言へば、げにあまたしてさる事あらむとも知らで、ねたくもあるかな。これになむ胸つぶれておぼゆる。この「いもうとせうと」といふ事は、うへまでみな知ろしめし、殿上にも、司名をば言はで、せうととぞつけたる。
◆◆修理の亮則光が、「たいへんなよろこび申し上げに、上の御局におられるかと思ってそちらに参上してしまっていたのです」と言うので、「なぜです。司召があるとも聞いていないのに、何におなりになっているのですか」と言うと、「いやもう、ほんとうにうれしいことが昨夜ございましたのを、待ち遠しく思って夜を明かしまして。これほど面目を施したことは今までありませんでした」と言って、最初にあった事々、源中将がすでに話してしまったと同じことをいろいろ言って、(さらに則光は)「『この返事次第で、そんな者がいるとさえも思うまい』と、頭の中将がおっしゃった時に、使いの者が何も持たずに帰って来ていたのは、かえってよかった。二度目に返事を持って来ていた時は、どうなのだろうと胸がどきっとして、ほんとうにその返事がまずければ、このきょうだいのためにも不味いと思ったのに、一通りどころではない出来栄えで、大勢の人がほめて感心して、『きょうだいよ。聞けよ』とおっしゃったので、内心はもちろんうらしいけれど、『そうした文雅の方面には、いっこう思慮できそうもない身でございます』と申し上げたところ、『批評したり、聞いて理解したりしろというのではない。ただ、人に吹聴しろということで聞かせるのだよ』とおっしゃったのは、少し残念なきょうだいの思われ方でございましたが、『これの上の句をつけようとしてやってみるけれど、どうにも言いようがない。ことさらまたこれの返事をしなければならないこともあるまい』などと相談して、下手なことを言っては、返ってきっとしゃくだろうというわけで、夜中までもそうしておいでになりました。これは、わたしの身のためにも、あなたの御ためにも、そのまま大変なよろこびではございませんか。司召に少々良い官を得ておりましょうのは、これに比べれば、何とも思いますまいことで」と言うので、なるほど大勢でそんなことがあろうとも知らないで、癪なことだったこと。このことでは胸がどきっとするように感じられる。この「きょうだい分」ということは、主上までもすっかりご存じあそばして、殿上でも、官名の修理の亮は言わずに「きょうだい」とあだ名がつけてある。◆◆


■修理亮則光(すりのすけのりみつ)=橘氏。長徳二年(996)修理亮。作者と親しい関係にあったらしい。
■よろこび申し=「よろこび」は自分のうれしく思う気持ち。
■司召(つかさめし)=秋の京官の除目をいうが、ここでは臨時の除目をいうのだろう。
■せうと=「兄人(せひと)」の音便。本来は女から同腹の兄弟をさしていう語。則光の通り名代わりに使われている。則光は作者と義兄妹の約束があったのだろうという。仮に「きょうだい」と訳す。年上か年下か確かなことは未詳。
■いもうと=「妹人(いもひと)」の音便。本来は男から同腹の姉妹をいう語。作者のこと。きょうだい分。愛人関係と普通解されているが、一説にはなお夫婦となるには距離なり事情がある場合に義兄妹の約をすること。



 物語などしてゐたるほどに、「まづ」と召したれば、まゐりたるに、この事仰せされむとてなりけり。うへのわたらせたまひて、語りきこえさせたまひて、「をのこどもみな扇に書きて持たる」と仰せらるるにこそ、あさましう、何の言はせたる事にかとおぼえしか。
 さて後に、袖几帳など取りのけて、思ひなほりたまふめりし。
◆◆女房たちと話をしている時に、中宮様から「すぐにいらっしゃい」とのお召しがありましたので、参上いたしましたところ、この事を仰せられあそばされたのでした。主上がお越しあそばされて、中宮様にそのことをお話しあげあそばして、その結果、中宮様は、「殿上の男たちはみな扇にあの句を書きつけて持っているよ」と仰せになるのには、それこそあきれて、何がそんな風に吹聴させていることなのだろうかと感じられた。
 それから後に、袖几帳などを頭の中将は取りのけて、お気持ちがおなおりになるようであったよ。◆◆

■何の言はせたる事にか=一説に、何という魔性の物が私に憑いて、あの時あの句を言わせたのか。
■袖几帳=前に「袖をふたぎて」とあった。
        頭の中将斉信(ただのぶ)の官位からすると、長徳元年(995)二月のことだろう。
一条帝16歳。中宮19歳。斉信(ただのぶ)29歳。作者30歳のころになる。