永子の窓

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枕草子を読んできて(41)

2018年03月22日 | 枕草子を読んできて
二八    暁に帰る人の    (41) 2018.3.22

 暁に帰る人の、昨夜置きし扇、ふところ紙もとむとて、暗ければ、さぐり当てむさぐり当てむと、たたきもわたし、「あやしあやし」などうち言ひ、もとめ出でて、そよそよとふところにさし入れて、扇引きひろげて、ふたふたとうち使ひて、まかり申ししたる、にくしとは世の常、いと愛敬なし。同じごと、夜ふかく出づる人の、烏帽子の緒強く結ひたる、さしも結ひかたまずともありぬべし。やをらさながらさし入れたりとも、人のとがむべき事かは。いみじうしどけなう、かたくなしく、直衣、狩衣などゆがみたりとも、たれかは見知りて笑ひそしりもせむとする。
◆◆暁に女のもとから帰る人が、昨夜寝所に置いておいた扇や、ふところ紙を探すとて、暗いので、手探りでそこら中たたきまわりもして、「変だ、変だ」などと言い、やっと探し出して、ざわざわと紙をふところに差し込んで、扇を広げて、ぱたぱたと使って、それではお暇などとしているのは、にくらしいとは世間で言うのは当然、とてもまったく可愛げがない。こんな男と同じように、夜がまだ明けず暗いのに女のもとから出る人が、烏帽子の紐を強く結んでいるのは、そんなにきちんと結び固めなくてもいいであろうに。そっと静かに、紐を結ばないまま、烏帽子をあたまに差し入れるとしても、人が非難することがあろうか。ひどくだらしなく、見苦しく、直衣や狩衣などがゆがんでいるとしても、だれがそれを見て知って、笑ったり悪口を言ったりしようとするだろうか。◆◆



 人は、なほ暁のありさまこそ、をかしくもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起きがけなるを、強いてそそのかし、「明け過ぎぬ。あな見苦し」など言はれて、うち嘆くけしきも、げにあかず、物憂きにしもあらむかしとおぼゆ。指貫なども、ゐながら着も敢へず、まづさし寄りて、夜一夜言ひつる事の残りを、女の耳に言ひ入れ、何わざすとなけれど、帯などをば結ふやうなりかし。格子押あげ、妻戸ある所は、やがてもろともに率て行きて、昼のほどのおぼつかなからむ事なども、言ひ出でにすべり出でなむは、見送られて名残もをかしかりぬべし。
◆◆人は、やはり暁の別れのありさまこそが、風流でこそあるはずである。分別を越えてしぶりしぶり起きにくそうにしているのを、女からけしかけられ、「とうに夜が明けてしまいました。ああみっともないこと」などと言われて、男が溜息をつく様子も、なるほどまだまだ満ち足りず、ほんとうに辛いのであろうと思われる。指貫なども、すわったままで、はき終えもしないうちに、女のところにさし寄って、昨夜から一晩中話したことの、残りあることを女の耳にささやき、何をするということでもなく、帯などを結ぶようである。格子を押し上げて、妻戸のある所は、そのまま女を一緒に連れて行き、このあとの昼には別れ別れでいて心もとない気持ちのことなど、口にしながらそっと女の家を出て行ってしまうのなどは、自然、女にとってはその男を見送るようになって、別れの名残も風情あるはずおことであろう。◆◆



名残も、思ひ出でどころあり、いときはやかに起きて、ひろめき立ちて、指貫の腰つよく引き結ひ、直衣、うへの衣、狩衣も、袖かいまくり、とろづさし入れ、帯つよく結ふ、にくし。
◆◆その名残の折も、男には他に思い出す女の所があって、たいそうきっぱりと起きて、支度にふらふらと立ち歩き、指貫の袴の腰紐を強く引き結び、直衣や袍や、狩衣も、その袖をまくりあげて、いろいろなものを全部ふところに入れて、帯をしっかりとむすぶ、こういう名残惜し気のない挙動は、にくらしい。◆◆