永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(38)その2 その3

2018年03月10日 | 枕草子を読んできて
二五    にくきもの    (38)その2  2018.3.10

 また、酒飲みてあめきて、口をさぐり、髭あるは、それを撫でて、杯、人に取らすほどのけしき、いみじくにくし。なやみ、口わきさへ引き垂れ、「また飲め」など言ふなるべし。身ぶるひをし、童べの「こほ殿にまゐりて」などうたふやうにする。それはしも、まことによき人の、さしたまひしより、心づきなしと思ふなり。
◆◆また、酒を飲んでわめき、口中をまさぐり、髭のある人はそれを撫でて、人に杯を与えるときの様子はひどくにくらしい。泥酔して、口の両端を誰下げ、「もっと飲め」などときっと言うのであろう、身体を震わせて、こどもたちが、「こほ殿まいりて」などと歌うような恰好をする。それは実は、本当に身分の高い立派な人が、そうなさったので、(この場合)気に入らないと思うのである。◆◆

■「こほ殿まいりて」=こう殿(国府殿)。当時の俗謡らしが、未詳。



 物うらやみし、身の上嘆き、人の上言ひ、つゆばかりの事もゆかしがり聞かまほしがりて、言ひ知らせぬをば怨じそしり、また、わづかに聞きわたる事をば、われもとより知りたる事のやうに、ことごと、人に語りしらべ言ふもいとにくし。
◆◆人のことを羨み、自分の身の上を嘆き、人のことをあれこれ言い、ちょっとしたした事も知りたがり、聞きたがりして、話して言わない人を恨んで悪口を言い、また、ちょっと聞き知ったことを、まるで以前から知っていたかのように、あらいざらい、人に調子づいて言っているのも、とてもにくらしい。
◆◆


 物聞かむと思ふほどに泣くちご。烏のあつまりて飛びちがひ鳴きたる。しのびて来る人見知りてほゆる犬は、打ちも殺しつべし。
◆◆何か聞こうと思うのに泣く乳飲み子。からすが集まって飛びちがいながら鳴いてるの。忍んでくる人を見知っていて吠える犬は、打ち殺してしまいたいほどだ。◆◆



 さるまじう、あながちなる所に隠し伏せたる人の、いびきしたる。また、みそかにしのびて来る所に、長烏帽子さすがに人に見えじとまどひ出づるほどに、物に突きさはりて、そよろといはせたる、いみじうにくし。伊予簾などかけたるを、うちかづきて、さらさらと鳴らしたるも、いとにくし。帽額の簾は、
ましてこはきもののうち置かるる、いとしるし。そばをやをら引き上げて出で入りするは、さらに鳴らず。
◆◆やむを得ず、無理な場所に隠して寝せておいた男が、いびきをかいているの。また、こっそり忍んで来る場所で、長烏帽子を、そうはいうものの、人に見つけられないようにしようと、あわてて出るときに、何かにぶつかって、がさりと音をたてているのは、ひどくにくらしい。伊予簾などを掛けてあるのを、くぐるときに、頭にかぶって、ざらざらっと音をたてているのも、ひどくにくらしい。帽額の簾は、まして固い物が下に置かれる音が、とてもはっきりしている。それは、端を静かに引き上げて出入りするときは、絶対に音はしないのだ。◆◆



 また遣戸など荒くあくるも、いとにくし。すこしもたぐるやうにてあくるは、鳴りやはする。あしうあくれば、障子なども、ほめかしこほめくこそしるけれ。
◆◆引き戸などを荒々しく開けるのも、ひどくにくらしい。少し持ち上げるように引けば、鳴ることがあるだろうか。悪く開ければ、障子なども、がたがた、ごとごと音がするのが、際立つのである。◆◆
 

■伊予簾(いよす)=細かい篠を編んだ伊予産の粗末な簾(すだれ)。軽いから揺れやすい。
■帽額の簾(もかうのす)=すだれの上縁に飾りぎぬを横に長く引き渡して張ったもの。
■ほめかしこほめく=ほめかし=がたがたいわせる?用例がない語。こほめく=ごとごと音がする。


 ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声に名のりて、顔のもとに飛びありくは、風さへさる身のほどにあるこそいとにくけれ。
◆◆眠たいと思って横になっている時に、蚊がぶーんと細い声で名のって、顔のあたりに飛び回っているのは、羽風までも蚊のからだ相応であってかすかなのが、ひどくにくらしい。◆◆

                           

二五    にくきもの    (38)その3

 きしめく車に乗りてありく者。耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。わが乗りたるは、その車のぬしさへにくし。
 物語などするに、さし出でて、われ一人さいまんぐるる者。さしいらへはすべて、童も大人もいとにくし。
 昔物語などするに、われ知りたりけるは、ふと出でて言ひくたしなどする、いとにくし。鼠の走りありく、いとにくし。
◆◆ぎしぎしと音のする車に乗って歩き回る者。耳でも聞こえないのかしらと、ひどくにくらしい。自分が乗った車がそうなのは、この車の主までもがにくらしい。
 話などをするときに、出しゃばって、自分ひとり話の先回りをする者。出しゃばって言ったり返事をしたりするのは全部、子どもも大人もほんとうににくらしい。
 昔の話をするときに、相手が自分の知っていたことなので、ふっと出てきて、言いけなしなどする、ひどくにくらしい。鼠が走り回るの、全くにくらしい。


■さいまんぐるる者=さいまぐる者=人の話の前にまわって、話の先を言う。
■言ひくたし=けなす。けちをつける。



 あからさまに来たる子ども、童べをらうたがりて、をかしき物どもなど取らするにならひて、常に来てゐ入り、しやうちうしぬる、にくし。
 家にても、宮仕へ所にても、会はでありなむと思ふ人の来たるに、空寝をしたるに、わがもとにある者どもの、起こしに寄り来て、いぎたなしと思ひ顔に、引きゆるがしたる、いとにくし。
◆◆ちょっと遊びにきている子供が、幼児たちをかわいがって、いろいろおもしろい物などを与えると、それに慣れて、いつもやってきて座り込み、「しやうちうしぬる」(増長する?)にくらしい。
 自分の家ででも、宮仕えしている所ででも、会わないですましてしまおうと思う人が来ている時に、寝たふりをしていると、自分のもとで使っている者が、起こしに近寄ってきて、いかにも寝坊だと思っている顔つきで、ひっぱってゆすぶっているのは、ひどくにくらしい。◆◆

■しやうちうしぬる=語意不審。一説に「じやうちう=増長」とよむべきとする。
■いぎたなし(寝汚し)=いかにも眠たがり屋



 今まゐりのさし越えて物知り顔に教へやうなる事言ひ、うしろ見たる、いとにくし。
 わが知る人にてあるほどの、はやう見し女のことほめ言ひ出だしなどするも、過ぎてほど経にたれど、なほにくし。まして、さし当たりたらむこそ思ひやらるれ。されど、それはさしもあらぬやうもありかし。
 鼻ひて誦文する人。おほかたの、家の男主ならで鼻高くひたる者、いとにくし。
 蚤もいとにくし。衣の下にをどりありきて、もたぐるやうにするも。また、犬のもろ声に長々と鳴きあげたる、まがまがしくにくし。
◆◆新参者が、もとからいる人をさし越えて、物知り顔で教えるようなことを言い、世話をやいているのは、とてもにくらしい。
自分が今恋人としている人が、以前に関係のあった女のことを褒めて、口で言いだしたりするのは、過去のことではあっても、やはりにくらしい。まして、その関係が現在のことであったなら、そのにくらしさは思いやられる。けれど、時と場合によって、大したことでもないこともある。
くしゃみをしてまじないを唱える人。(呪文を唱えればそれで良いとおもうから)だいたい、一家の男主人でなくて、無遠慮に声高くくしゃみをしている者は、とてもにくらしい。
蚤もほんとうににくらしい。着物の下でおどりまわって、着物を持ち上げるようにするのも(にくらしい)。また、犬が声を合わせて長々と鳴きたてているのは、不吉な感じで、にくらしい。◆◆

 
■今まゐり=新参者
■鼻ひる=鼻汁を勢いよく飛ばす。今のくしゃみをいう。くしゃみをするとすぐに呪文を唱えないと不吉だと言われていた。