永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(34)

2018年02月22日 | 枕草子を読んできて
二一   生ひさきなく、まめやかに   (34) 2018.2.22

 生いさきなく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらむ人は、いぶせくあなづらわしく思ひやられて、なほ、さりぬべからむ人のむすめなどは、さしまじらはせ、世ノ中のありさまも見せならはさまほしう、内侍などにてもしばしあらせばやとこそおぼゆれ。
◆◆これといった将来の見込みもなく、ただ真面目に、本物でない幸福を幸福などと思ってじっと座って暮らしているような人は、(私にとっては)うっとうしく、軽蔑すべき人のように思いやられて、やはり、相当な身分の人の娘などは、人の仲間入りなどさせて、世間のありさまも見せて慣れさせたく、内侍などにも、しばらくさせておきたいものだと思われる。◆◆



「宮仕へする人は、あはあはし」など、わろき事に思ひ言ひたる男こそ、いとにくけれ。さる事ぞかし。よにかしこき御前をはじめたてまつり、上達部、殿上人、四位、五位、六位、女房さらにもいはず、見ぬ人はすくなくこそはあらめ。女房の従者ども、その里より来る者ども、をさめ、御厠人、たびしかはらといふまで、いつかはそれを恥ぢ隠れたりし。殿ばらなどは、いとさしもあらずやあらむ。それも、ある限りは、さぞあらむ。
◆◆「宮仕えをする人は軽薄だ」などと、よくないことに思ったり、言ったりしている男性こそは、ひどくにくらしい。まあそうは言っても、そう思うのももっともだ。(宮仕へすれば)この上なき尊い主上をはじめてたてまつって、上達部、殿上人、四位、五位、六位、同輩の女房は言うまでもなく、顔を合わせない人は少ないであろう。女房の従者たち、そうした女房の里の家から来る者たち、後宮に仕える身分の低い女、厠の世話をする者、とるにたらない物の数でもない者まで、いつ、それらの人たちを宮仕え人は恥ずかしがって隠れているということがあったろうか。でも一方、宮仕えした女性を悪く言う殿方などは、そんなふうにいろいろな人に会わないのであろうか。それらの殿方でも、宮中にお仕えしているかぎりは、多分同じであろう。◆◆


 うへなどいひて、かしづきすゑたるに、心にくからずおぼえむ、ことわりなれど、内侍のすけなどいひて、をりをり内へまゐり祭の使ひなどに出でたるも、面立たあしからずやはある。
 さて籠りゐぬる人、はたいとよし。受領の五節など出だすをり、さりともいたうひなび、見知らぬ事人に問ひ聞きなどせじかしと、心にくきものなり。
◆◆宮仕えをしたことのある人を、「奥方」などと言って、大切に世話している場合、奥ゆかしさが乏しく感じられるのは道理だけれど、内侍のすけなどといって、時々参内し、賀茂の祭の使いなどに出ているのも、名誉でないことがあろうか。
 宮仕えのあとで、家庭に籠ってどっかと腰をすえてしまう人は、それなりにたいへんよろしい。受領などが五節などを差し出す折に、北の方がそのような人なら、いくらなんでも、ひどく田舎くさく、自分の見知らないことを人にたずね聞いたりなどはしまいと、そういう人は奥ゆかしいものなのだ。◆◆


■えせざいはひ=にせの幸い。

■いぶせくあなづらわしく=うっとうしく、軽蔑する

■内侍のすけなど=内侍の司の女官(尚侍・典侍・掌侍)の総称。

■男(をとこ)=「をとめ」に対する語。「をと」は「をつ」(若返る)と同源。「若い男性」が原義。中古では男性一般。

■さる事ぞかし=他人に顔を見られる点で淡淡しいと思われるのはもっともだ。

■をさめ=後宮に仕える身分の低い女官

■たびしかはら=「礫(たびし=粒石の転)瓦」が語源で物の数でない卑しい者の意という。

■受領の五節(受領のごせち)=新嘗会・大嘗会の折の童女舞の公事。公卿・受領(国守)から、それぞれ二、三人の舞姫を奉る。