永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(18)

2018年02月03日 | 枕草子を読んできて
七    うへに候ふ御猫は   その3  (18) 2018.2.3

 御前にもおぢわらはせたまふ。人々まゐりあつまりて、右近の内侍召して、「かく」など仰せらるれば、笑ひののしるを、うへにも聞こしめして、わたらせおはしまして、「あさましう、犬どもも、かかる心あるものなりけり」と笑はせたまふ。うへの女房たちなども、聞きて、まゐりあつまりて、呼ぶに、ただいまぞ立ち動く。なほ顔など腫れたンめり。「もののてをせさせばや」と言へば、「これをついでに言ひあらはしつる」など、笑はせたまふに、忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことにやはべらむ。かれ見はべらむ」と言ひたれば、「あなゆゆし。さるものなし」と言はすれば、「さりとも、つひに見つくるをりはべりなむ。さのみもえ隠させたまはじ」と言ふなり。
◆◆皇后さまにおかせられても、怖くもお笑いあそばされる。女房たちも御前に伺い集まって、右近の内侍をお召しになって、「こうこう」などと仰せになるので、みんなで笑って大騒ぎするのを、主上もお聞きあそばれて、こちらにお渡りになって、「あきれたことに、犬どもも、こうした心があるものなんだ」とお笑いあそばす。主上付きの女房たちも、これを聞いて、御前に伺い集まって、翁まろを呼ぶと、今こそは立って動く。やはり顔などは腫れているように見える。「手当をさせたいものです」わたしが言うと、皇后さまが、「そなたの翁まろびいきをこの機会に白状してしまったね」などと皇后さまはお笑いあそばせるのに、忠隆が聞きつけて、台盤所の方から、「ほんとうでございましょうか。それを見させていただきましょう」と言っているので、「まあ恐ろしい。そんなものはいない」と言わせると、「それでも、おしまいにみつける時がきっとございましょう。そうばかりお隠しあそばすことはできますまい」と言っているとのことだ。◆◆



 さて後、かしこまり勘事ゆるされて、もとのやうになりにき。なほあはれがられて、ふるひ鳴き出でたりしほどこそ、世に知らず、をかしくあはれなりしか。人々にも言はれて、なきなどす。
◆◆それから後、おとがめや勘当もゆるされて、もとのようになってしまった。やはり、わたしから可哀そうにおもわれて、震えて鳴きながら出てきた時の様子こそ、この世に類がないほど、おもしろくも、またしみじみとかわいそうでもあった。この翁まろは他の人にも言葉をかけられて、鳴きなどすることだ。◆◆


■おぢわらはせたまふ=「いみじく鳴く」声に恐れを覚えながら笑うの意。

■ののしる=大声をあげて騒ぐ。

*一条帝の猫の寵愛ぶりは異常なほどであったらしい。