三 正月一日は その1 (8) 2017.12.27
正月一日は、まして空のけしきうらうらとめづらしく、霞みこめたるに、世にある人は、姿、かたち心とにつくろひ、君をもわが身をもいはひなどしたる、さまことにをかし。
◆◆正月一日は、まして空のようすはうららかにいつもと変わって清新な感じで、あたりのものを、霞んでこもらせている折から、世の中にいる人はだれでも、身なりや顔を念入りにつくり飾って、主君をも自分の身をも祝いなどしているのは、いつもは見られない様子で、たいへんおもしろい。◆◆
七日、雪間の若菜摘み青やかに、例は、さしも、さるもの目近からぬ所に、もてさわぎ、白馬見むとて、里人は車清げにしたてて、見に行く。中御門の戸閾、引き出づるほど、頭ども一所にまろびあひて、さし櫛も落ち、よそいりなど、わづらふもをかし。
◆◆七日、雪の間からのぞいている若菜摘みは、青々としていて、普段は、そんなに、そうした見慣れりしているわれわれは牛車をきれいに装い立てて、見に行く。その牛車を待賢門(たいけんもん)のしきいのところで、引き出す時に、みなの頭がひとところにぶつかりころがり合って、挿し櫛も落ち、ヨソイリ(?)など苦しみ悩むのもおもしろい。◆◆
左衛門の陣などに殿上人もあまた立ちなどして、舎人の馬どもを取りておどろかして笑ふ。はつかに見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、立蔀などの見ゆるに、主殿司、女官などの行きちがひたるこそ、をかしけれ。いかばかりなる人、九重をならすらむと思ひやらるるに、うちにも、見るはいとせばきほどにて、舎人が顔のきぬもあらはれ、白きものの行きつかぬ所は、まことに黒き庭に雪のむら消えたる心地し、いと見苦し。馬のあがりさわぎたるも、おそろしくおぼゆれば、引き入れられてえよくも見やられず。
◆◆建春門の外側にある衛府の役人の詰所などに殿上人も大勢立ったりして、舎人の馬どもを取って、舎人をはっとさせて笑うのを、牛車の簾の隙間から、門内をちらっと覗き込んだところが、向うに立蔀などが見えるのに、そのあたりを主殿司(とのもりづかさ)や女官などが行ったり来たりしているのこそおもしろい。いったい、どれくらい前世からの果報にめぐまれたしあわせな人が、宮中をなれなれしくふるまっているのであろうかと自然はるかに想像されるのであるが、宮中でも、今見るのはたいへん狭い範囲で、舎人の顔の地肌も現れ、おしろいが行きわたらないところは、ほんとうに黒い土の庭に雪がまだらになって消えているような感じがして、とても見苦しい。馬が躍り上がってあばれているのも、恐ろしく感じられるので、自然に身体が車の中に引きいれられて、十分にも外を見ることができない。◆◆
■正月一日=宮中では四方拝、朝拝、節会など、一般には年始の礼がある。
■姿(すがた)=きちんと着物を着た様子。「そ(衣)型」の転かという。
■若菜つみ=七種の菜。なずな・はこべら・せり。なずな・ごぎょう・すずしろ・ほとけのざ。
■白馬(あをむま)=白馬の節会。馬は陽の獣、青は春の色で、正月七日に青馬を見ると、年中の邪気を除くという中国の習俗によって、当日宮中で天覧があった。青馬とは青白雑毛の馬なのでのちに白馬とも書いたとも、全くの白馬に代えられたので白馬と書いたともいう。
■中御門の戸閾(なかのみかどのとじきみ)=大内裏の東面の待賢門。
■よそいり=意味不明。
■立蔀(たてじとみ)=蔀のように格子の裏に板を張り、目隠しのため庭に立てるもの。
■主殿司(とのもりづかさ)=灯油・薪炭などを司る。
■女官(にょうかん)=命婦以上の上級の女官を「ニョカン」と呼ぶのに対し、下級のを「ニョウカン」と呼びならわすという。ここでは下級。
正月一日は、まして空のけしきうらうらとめづらしく、霞みこめたるに、世にある人は、姿、かたち心とにつくろひ、君をもわが身をもいはひなどしたる、さまことにをかし。
◆◆正月一日は、まして空のようすはうららかにいつもと変わって清新な感じで、あたりのものを、霞んでこもらせている折から、世の中にいる人はだれでも、身なりや顔を念入りにつくり飾って、主君をも自分の身をも祝いなどしているのは、いつもは見られない様子で、たいへんおもしろい。◆◆
七日、雪間の若菜摘み青やかに、例は、さしも、さるもの目近からぬ所に、もてさわぎ、白馬見むとて、里人は車清げにしたてて、見に行く。中御門の戸閾、引き出づるほど、頭ども一所にまろびあひて、さし櫛も落ち、よそいりなど、わづらふもをかし。
◆◆七日、雪の間からのぞいている若菜摘みは、青々としていて、普段は、そんなに、そうした見慣れりしているわれわれは牛車をきれいに装い立てて、見に行く。その牛車を待賢門(たいけんもん)のしきいのところで、引き出す時に、みなの頭がひとところにぶつかりころがり合って、挿し櫛も落ち、ヨソイリ(?)など苦しみ悩むのもおもしろい。◆◆
左衛門の陣などに殿上人もあまた立ちなどして、舎人の馬どもを取りておどろかして笑ふ。はつかに見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、立蔀などの見ゆるに、主殿司、女官などの行きちがひたるこそ、をかしけれ。いかばかりなる人、九重をならすらむと思ひやらるるに、うちにも、見るはいとせばきほどにて、舎人が顔のきぬもあらはれ、白きものの行きつかぬ所は、まことに黒き庭に雪のむら消えたる心地し、いと見苦し。馬のあがりさわぎたるも、おそろしくおぼゆれば、引き入れられてえよくも見やられず。
◆◆建春門の外側にある衛府の役人の詰所などに殿上人も大勢立ったりして、舎人の馬どもを取って、舎人をはっとさせて笑うのを、牛車の簾の隙間から、門内をちらっと覗き込んだところが、向うに立蔀などが見えるのに、そのあたりを主殿司(とのもりづかさ)や女官などが行ったり来たりしているのこそおもしろい。いったい、どれくらい前世からの果報にめぐまれたしあわせな人が、宮中をなれなれしくふるまっているのであろうかと自然はるかに想像されるのであるが、宮中でも、今見るのはたいへん狭い範囲で、舎人の顔の地肌も現れ、おしろいが行きわたらないところは、ほんとうに黒い土の庭に雪がまだらになって消えているような感じがして、とても見苦しい。馬が躍り上がってあばれているのも、恐ろしく感じられるので、自然に身体が車の中に引きいれられて、十分にも外を見ることができない。◆◆
■正月一日=宮中では四方拝、朝拝、節会など、一般には年始の礼がある。
■姿(すがた)=きちんと着物を着た様子。「そ(衣)型」の転かという。
■若菜つみ=七種の菜。なずな・はこべら・せり。なずな・ごぎょう・すずしろ・ほとけのざ。
■白馬(あをむま)=白馬の節会。馬は陽の獣、青は春の色で、正月七日に青馬を見ると、年中の邪気を除くという中国の習俗によって、当日宮中で天覧があった。青馬とは青白雑毛の馬なのでのちに白馬とも書いたとも、全くの白馬に代えられたので白馬と書いたともいう。
■中御門の戸閾(なかのみかどのとじきみ)=大内裏の東面の待賢門。
■よそいり=意味不明。
■立蔀(たてじとみ)=蔀のように格子の裏に板を張り、目隠しのため庭に立てるもの。
■主殿司(とのもりづかさ)=灯油・薪炭などを司る。
■女官(にょうかん)=命婦以上の上級の女官を「ニョカン」と呼ぶのに対し、下級のを「ニョウカン」と呼びならわすという。ここでは下級。