蜻蛉日記 中卷 (98)の2 2016.2.13
「南面にこのごろ来る人あり。足音すれば、『さにぞあなる、あはれ、をかしく来たるは』と、沸きたぎる心をばかたはらに置きてうち言へば、年ごろ見知りたる人向かひゐて、『あはれ、これにまさりたる雨風にも、いにしへは人の障りたまはざめりし物を』と言ふにつけてぞ、うちこぼるる涙のあつくてかかるに、おぼゆるやう、
<思ひせく胸のほむらはつれなくて涙を沸かす物にざりける>
と、くり返し言はれしほどに、寝る所にもあらで夜は明かしてけり。
その月、三たびばかりのほどにて、年は越えにけり。そのほどの作法、例のごとなればしるさず。
◆◆この家の南に面した部屋(妹が住む)に、近頃通ってくる人がいます。足音がしますので、「いつものお方のようね。まあ、この雨の中をよくもお出でになること」と、私は羨ましく妬ましい思いをさておいて言うと、年来私たちのぎくしゃくした夫婦仲を知っている古参の侍女が、「ほんとうに、これ以上の風雨のときにも、昔はお殿さまは苦にもなさらず、お出でになりましたものを」と話すのにつれて、あふれる思いが涙となって頬をぬらしているときに、心に浮かんだ歌は、
(道綱母の歌)「あの人の訪れのない日の苦しみは、抑えても抑えても炎となって燃え立たせ、
悲しみの涙を沸きたぎらせることよ。」
と、何度もつぶやかれているうちに、寝所でもない所で、一夜を明かしてしまったのでした。
その月は三回くらい来てくれた程度で年を越してしまいました。年末年始のしきたりはいつものようなので、わざわざ記さないでおきます。◆◆
「南面にこのごろ来る人あり。足音すれば、『さにぞあなる、あはれ、をかしく来たるは』と、沸きたぎる心をばかたはらに置きてうち言へば、年ごろ見知りたる人向かひゐて、『あはれ、これにまさりたる雨風にも、いにしへは人の障りたまはざめりし物を』と言ふにつけてぞ、うちこぼるる涙のあつくてかかるに、おぼゆるやう、
<思ひせく胸のほむらはつれなくて涙を沸かす物にざりける>
と、くり返し言はれしほどに、寝る所にもあらで夜は明かしてけり。
その月、三たびばかりのほどにて、年は越えにけり。そのほどの作法、例のごとなればしるさず。
◆◆この家の南に面した部屋(妹が住む)に、近頃通ってくる人がいます。足音がしますので、「いつものお方のようね。まあ、この雨の中をよくもお出でになること」と、私は羨ましく妬ましい思いをさておいて言うと、年来私たちのぎくしゃくした夫婦仲を知っている古参の侍女が、「ほんとうに、これ以上の風雨のときにも、昔はお殿さまは苦にもなさらず、お出でになりましたものを」と話すのにつれて、あふれる思いが涙となって頬をぬらしているときに、心に浮かんだ歌は、
(道綱母の歌)「あの人の訪れのない日の苦しみは、抑えても抑えても炎となって燃え立たせ、
悲しみの涙を沸きたぎらせることよ。」
と、何度もつぶやかれているうちに、寝所でもない所で、一夜を明かしてしまったのでした。
その月は三回くらい来てくれた程度で年を越してしまいました。年末年始のしきたりはいつものようなので、わざわざ記さないでおきます。◆◆