蜻蛉日記 中卷 (69) 2015.9.27
「またの日、こなたあなた、下衆のなかより事いできて、いみじきことどもあるを、人はこなたざまに心よせて、いとほしげなるけしきにあれど、われはすべて近きがすることなり、くやしくなどおもふほどに、家移りとかせらるることありて、われはすこし離れたる所に渡りぬれば、わざときらきらしくて、日まぜなどにうち通ひたれば、はかな心ちには、なほかくてぞあるべかりけるを、錦を着てとこそいへ、ふるさとへも帰りなんと思ふ。」
◆◆あくる日、こちらと時姫宅のところで、下人の間で喧嘩殴り合いのようなことがあって、面倒なことがいろいろあるのを、あの人(兼家)は私の方に同情して、気の毒がっていましたが、私は何事も近くに住んでいることが原因であって、近くに来なければ良かったなどと思っているうちに、移転ということになって、私は少し離れたところに移ったので、あの人は、わざと美々しく着飾って一日おきくらいに通って来られたのは、はかない今の心境から考えると、やはりころは満足すべきことだったかも知れませんが、私としては、「錦を着て故郷に帰る…」のたとえがあるけれど、それどころではなく、いっそ、元の家(もと住んでいた一条西洞院)に帰ってしまいたいと思う。◆◆
蜻蛉日記 中卷 (70) 2015.9.27
「三月三日、節供など物したるを、人なくてさうざうしとて、ここの人々、かしこの侍ひに、かう書きてやるめり。たはぶれに、
<桃の花すき物どもを西王がそのわたりまでたづねにぞやる>
すなはちかい連れて来たり。おろし出だし、酒のみなどして暮らしつ。」
◆◆三月三日、節供のお供えなど支度をしたのに人少なく物足りないといって、私方の侍女たちが、あちら(兼家方)の侍たちに、こんな歌を書いて送ったようでした。冗談めいて、
(侍女の歌)「桃花を浮かべた節供の酒を飲む風流人を探し求めて、あなたのところまで使いを出します。そちらは西王母の園で、桃の節供にふさわしい風流人がおいででしょうから、お招きいたします。」
さっそく連れ立ってやって来ました。お供えのお下がりを出して、酒を飲んだりして一日過ごしたのでした。◆◆
■おろし出だし=供物のあさがり。
「またの日、こなたあなた、下衆のなかより事いできて、いみじきことどもあるを、人はこなたざまに心よせて、いとほしげなるけしきにあれど、われはすべて近きがすることなり、くやしくなどおもふほどに、家移りとかせらるることありて、われはすこし離れたる所に渡りぬれば、わざときらきらしくて、日まぜなどにうち通ひたれば、はかな心ちには、なほかくてぞあるべかりけるを、錦を着てとこそいへ、ふるさとへも帰りなんと思ふ。」
◆◆あくる日、こちらと時姫宅のところで、下人の間で喧嘩殴り合いのようなことがあって、面倒なことがいろいろあるのを、あの人(兼家)は私の方に同情して、気の毒がっていましたが、私は何事も近くに住んでいることが原因であって、近くに来なければ良かったなどと思っているうちに、移転ということになって、私は少し離れたところに移ったので、あの人は、わざと美々しく着飾って一日おきくらいに通って来られたのは、はかない今の心境から考えると、やはりころは満足すべきことだったかも知れませんが、私としては、「錦を着て故郷に帰る…」のたとえがあるけれど、それどころではなく、いっそ、元の家(もと住んでいた一条西洞院)に帰ってしまいたいと思う。◆◆
蜻蛉日記 中卷 (70) 2015.9.27
「三月三日、節供など物したるを、人なくてさうざうしとて、ここの人々、かしこの侍ひに、かう書きてやるめり。たはぶれに、
<桃の花すき物どもを西王がそのわたりまでたづねにぞやる>
すなはちかい連れて来たり。おろし出だし、酒のみなどして暮らしつ。」
◆◆三月三日、節供のお供えなど支度をしたのに人少なく物足りないといって、私方の侍女たちが、あちら(兼家方)の侍たちに、こんな歌を書いて送ったようでした。冗談めいて、
(侍女の歌)「桃花を浮かべた節供の酒を飲む風流人を探し求めて、あなたのところまで使いを出します。そちらは西王母の園で、桃の節供にふさわしい風流人がおいででしょうから、お招きいたします。」
さっそく連れ立ってやって来ました。お供えのお下がりを出して、酒を飲んだりして一日過ごしたのでした。◆◆
■おろし出だし=供物のあさがり。