永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(65)の2

2015年08月26日 | Weblog
蜻蛉日記  上巻 (65)の2 2015.8.26

「見やれば木の間より水の面つややかにて、いとあはれなるここちす。しのびやかにと思ひて、人あまたもなうて出で立ちたるも、わが心の怠りにはあれど、我ならぬ人なりせばいかにののしりて、とおぼゆ。車さしまはして、幕など引きて、後なる人ばかりを下ろして、川に向かへて、簾まきあげて見れば、網代どもさしわたしたり。行きかふ舟どもあまた、見ざりしことなれば、すべてあはれにをかし。」
◆◆あたりを見渡すと、木々の間から宇治川の水面がきらきらとかがやき、風情ある景色にうっとりします。目立たぬようにとの忍んでの旅なので、一行を人数少なく出発したのは私の不用意ではありましたが、私のような人間でなければどんなに大仰な旅になるのかと思いやられるのでした。車の向きを変え、幕などを引きめぐらして、後ろの人(道綱か)だけを下ろして、車を川に真正面に向けて、簾を巻き上げて見ると、川には網代が一帯にしかけてあります。行き交う舟も多く、今まで見たこともない景色に、すべてが趣き深く、面白く感じられたのでした。◆◆


「後のかたを見れば、来こうじたる下衆ども、悪しげなる柚や梨やなどをなつかしげに持たりて食ひなどするも、あはれに見ゆ。破籠などものして、舟に車かき据ゑて、行きもて行け贄野の池、泉川などいひつつ、鳥どもゐなどしたるも、心にしみてあはれにをかしうおぼゆ。かいしのびやかなれば、よろづにつけて涙もろくおぼゆ。」
◆◆後ろの方をみると、歩き疲れた下人たちが、みすぼらしい柚子や梨などを大事そうに持って
食べたりしているのも趣ぶかい。破籠(わりご)のお弁当などを食べて、舟に車をかつぎ乗せて川を渡り、ずんずん進んで行くと、贄野(にえの)の池だとか、泉川などといいながら、水鳥などが群がっていたりする風景を眺めていますと、心に沁みて感慨深くおもしろく思われます。ひっそりとした内輪の旅なので、何事につけても涙がこぼれそうになります。◆◆


「その泉川も渡らで、橋寺といふところに泊まりぬ。酉のときばかりに下りてやすみたれば、旅籠所とおぼしき方より、切り大根、柚の汁してあへしらひて、まづ出だしたり。かかる旅だちたるわざどもをしたりしこそ、あやしう忘れがたう、をかしかりしか。」
◆◆その泉川(木津川)も渡らないで、橋寺というところに泊まりました。夕方六時ごろに車から下りて休んでいますと、旅籠(旅人に食料や、馬のまぐさなどを提供するところ)の調理場と思われるところから、刻んだ大根を柚子の汁で和え物にしたものを、最初に出してきました。このような旅先で経験したいろいろなことは忘れられず、面白い思い出になったことでした。◆◆


■網代(あじろ)=漁具の名称 (a)宇治川・瀬田川に設置され,木の杭を左右に立ち並べ,中間に簀を張った簗(やな)。その漁人は古くから天皇に贄(にえ)を貢献した。宇治網代は《万葉集》に〈八十氏河の網代木〉とみえ,田上網代は883年(元慶7)の官符に近江国の内膳司御厨として現れる。