永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1243)

2013年04月15日 | Weblog
2013. 4/15    1243

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その35

「下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て、僧都今日下りさせ給ふべし、『などにはかには』と問ふなれば、『一品の宮の御もののけになやませ給ひける、山の座主御修法仕うまつらせ給へど、なほ僧都参らせ給はでは験なしとて、昨日ふたたびなむ召し侍りし。右大臣殿の四位の少将、昨夜夜更けてなむ上りおはしまして、后の宮の御文など侍りければ、下りさせ給ふなり』と、いとはなやかに言ひなす」
――(とかくするうちに)いかにも下役らしい僧たちがおおぜい来て、僧都が今日横川から下山される筈です、と言います。尼たちが「なぜ、そんなに早く」と訊ねますと、「一品の宮(いっぽんのみや=女一の宮:匂宮の姉宮)が御物の怪にお悩みになっておいでになりましたのを、山の座主(比叡山の天台座主)が御祈祷をなさいましたが、やはりこちらの僧都が参上なさいませんでは、効験が無いとのことで、昨夜また重ねてお迎えがございました。右大臣(実は左大臣)の四位の少将が昨夜、夜も更けてから横川にお見えになられ、明石中宮のお手紙などがございましたので、下山なさるのです」と、大そう大袈裟に吹聴します――

「はづかしうとも、逢ひて、尼になし給ひてよ、と言はむ、さかしら人すくなくてよき下りにこそ、と思へば、起きて、『心地のいとあしうのみ侍るを、僧都の下りさせ給へらむに、忌むこと受け侍らむ、となむ思ひ侍るを、さやうに聞え給へ』と語らひ給へば、ほけほけしううち肯く」
――(それを聞いて浮舟は)恥かしくても僧都にお会いして、尼にして下さいと言おう、さしで口をする人も少なくてよい折だと思って起き出して、「いつまでも気分がいっこうにすぐれませんので、僧都が下りておいでになりましたら、戒を受けさせていただきたいと存じますが、そのように申し上げてください」と相談しますと、母尼は呆けた様子でただ肯いておいでになります――

「例の方におはして、髪は尼君のみけづり給ふを、他人に手触れさせむもうたて覚ゆるに、手づからはたえせぬことになれば、ただすこし解き下して、親に今ひとたびかうながらのさまを見えずなりならむこそ、人やりならずいと悲しけれ」
――浮舟がいつもの自室に帰られて、お髪はいつも尼君に梳いていただいていましたのを、他の人に手に触れさせるのも気が進まないのですが、といって、ご自分では出来ませんので、ただ少しだけ髪をほどいて垂らしながら、もう一度母君に今のままの姿を見せずにしてしまうことが、誰に訴えようもなく悲しい――

「いたうわづらひしけにや、髪もすこし落ち細りにたる心地すれど、何ばかりもおとろへず、いと多くて、六尺ばかりなる末などぞ、いとうつくしかりける。筋なども、いとこまかにうつくしげなり。『かかれとてしも』と、ひとりごちゐ給へり」
――重く患ったせいか、髪も少し抜け落ちて少なくなったような気がしますが、しかしそれほど衰えてはいず、まことにふさふさとそてきれいにみえます。「このようにしようとは」と、古歌を口ずさみながら座っていらっしゃるのでした――

◆『かかれとてしも』=古歌「たらちねはかかれとてしもうばたまのわが黒髪を撫でずやありけむ」(私の母君は、まさか出家せよとのおつもりで、この黒髪を撫でてくださったのではなかろうに)

では4/17に。