永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1157)

2012年09月21日 | Weblog
2012. 9/21    1157

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その65

「夜はいたく更けゆくに、このもの咎めsる犬の声絶えず、人々追ひさけなどするに、弓ひき鳴らし、あやしき男どもの声どもして、『火あやふし』など言ふも、いと心あわただしければ、帰り給ふ程、言へばさらなり」
――夜がいよいよ更けていって、先ほどから気配を怪しんで吠える犬の声が絶えないので、供の者が追い払ったりしていますと、弓の弦を引き鳴らし、賤しい男どもの声で「火の用心」などと言うのも、まことに心あわただしく思いわれて、お帰りになる悲しさは言うに及びません――

「『いづくにか身をば棄てむと白雲のかからぬ山もなくなくぞ行く さらばはや』とて、この人をかへし給ふ。御けしきなまめかしくあはれに、夜深き露にしめりたる御香のかうばしさなど、たとへむかたなし。泣く泣くぞ帰り来たる」
――(匂宮は)「生きて甲斐のない身をどこに棄てようかと、白雲のかからぬ山はないように、私はあれやこれやと心にかかりながら、泣く泣くも帰って行くことだ。では早く帰るが良い」と仰せになって、侍従をお帰しになります。ご様子のなまめかしくあわれ深くて、夜深い露に湿ったお召し物の香の芳しさなど、譬えようもありません。侍従は泣く泣く帰って来たのでした――

「右近は、言ひ切りつる由言ひ居たるに、君はいよいよ思ひ乱るること多くて臥し給へるに、入り来てありつるさま語るに、いらへもせねど、枕のやうやう浮きぬるを、かつはいかに見るらむ、とつつまし。つとめても、あやしからむまみを思へば、無期に臥したり」
――右近は、きっぱりとお断りして匂宮をお帰しした由を浮舟に告げたのですが、浮舟はますます思い乱れて横になっておられるところへ侍従が入ってきて、先ほどのご様子をお話申し上げますが、浮舟は返事もなさらず、次第に涙で枕も浮くばかりになってきていますのを、二人は自分をどうみることかと恥かしく、翌朝も泣き腫らした目が人目にも、みっともないとも気が引けて、いつ起きるともなく寝ています――

「ものはかなげに帯などして経読む。親に先立ちなむ罪うしなひ給へ、とのみ思ふ。ありし絵を取り出でて見て、書き給ひし手つき、顔のにほひなどの、向かひきこえたらむやうに覚ゆれば、昨夜一言をだに聞こえずなりにしは、なほ今ひとへまさりて、いみじと思ふ」
――形ばかりの掛け帯をしてお経を読んでします。親に先立つ罪をお赦し下さいということばかり思っています。いつかの絵を取りだして見ては、あのときお書きになった匂宮の御手つきやお顔の美しさなどが、今も向き合っているように見えてきて、昨夜匂宮に一言もお話せずにしまったことが、今となっては一層悲しさがこみ上げて来るのでした――

では9/23に。