永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1003)

2011年09月27日 | Weblog
2011. 9/27      1003

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(64)

 薫はまた、

「昔の人のゆゑある御住ひに、しめ造り給ひけむ所をひきこぼたむ、なさけなきやうなれど、その御志も、功徳の方には進みぬべく思しけむを、とまり給はむ人々おぼしやりて、えさはおきて給はざりけるにや、今は兵部卿の宮の北の方こそはしり給ふべければ、かの宮の御料とも言ひつべくなりにたり」
――亡き八の宮が由緒あるお住いとして、この土地に建造された所を取り壊すのは、申し訳ないようですが、八の宮の御本願も仏事の方には進む筈のものとお考えになったでしょうに、後に残られる姫君方を思いやられて、そうは仰せにならなかったのでしょうか。今は、兵部卿の宮(匂宮)の北の方(中の君)の御料ですので、匂宮の御領地とも言えば言えることになりました――
 
 さらに、

「されば、ここながら寺になさむ事は便なかるべし。心にまかせてさもえせじ。所のさまもあまり川づら近く、顕證にもあれば、なほ寝殿をうしなひて、異ざまにもつくりかへむの心にてなむ」
――従って、此処をそのまま寺にすることは具合が悪いし、私としてもそう勝手はできません。この旧邸は土地柄もあまり川岸に近く、あらわに外から見えすぎます。やはり寝殿をとりこわして山寺の傍に移し、ここはここで別な形に造り変えたいと思うのだが…――

 とおっしゃいますと、阿闇梨は、

「とざまかうざまに、いともかしこく尊き御心なり。昔、別れを悲しびて、屍をつつみてあまたの年首にかけて侍りける人も、仏の御方便にてなむ、かの屍の袋を棄てて、つひに聖の道にも入り侍りにける。この寝殿を、御らんずるにつけて、御心動きおはしますらむ、ひとつにはたいだいしきことなり」
――あれといい、これといい、まことに有難く尊い思召しです。昔、観音勢至の二菩薩が、人の子であった頃、継母に殺されたので、父親は屍を首にかけて歎き悲しんでいましたが、仏のお導きによってついに仏道に入ったそうでございます。この寝殿をこのままにして、御覧になる度に亡きお方を思ってお心を動かすのは間違ったことで、往生の妨げとなりましょう――

 さらに、

「また後の世のすすめともなるべきことに侍りけり。いそぎ仕うまつるべし。暦の博士はからひ申して侍らむ日をうけたまはりて、物のゆゑ知りたらむ工匠二三人をたまはりて、こまかなる事どもは、仏の御教へのままに仕うまつらはせ侍らむ」
――ここを寺になさることは、貴方の後世のためにもなることでございます。早速、工事に取り掛からせましょう。暦の博士の選ぶ吉い日を承り、心得のある大工を二、三人まわしていただいて、細かなことは御仏のお教えに従って、事を選ぶことにいたしましょう――

 と、申し上げます。この夜は宇治の山荘にお泊まりになりました。

◆たいだいしきこと=怠怠しきこと=あるまじきことだ。もってのほかだ。

では9/29に。