落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

日本史上のオタクの星

2010年01月18日 | book
『利休にたずねよ』 山本兼一著
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16世紀の日本に生き、現代まで続く日本独自の美意識を完成させたことで「茶聖」と称された千利休の生涯を描いた歴史小説。
第140回直木賞受賞作。

ぐりは茶道自体はまったくやったことがないんですが。
けど美術鑑賞は好きなんで、茶道具とかは観るのは好きですけども。まあ素人です。お茶に関しては。だから利休に関しても歴史の授業で習った以上のことは何にも知らない。
でもおもしろかったです。じゅうぶん。
とりあえず構成がいい。つかこれは構成ありきの小説ですねー。たぶん世の中にはそんなん小説じゃないーって方もおられると思うんですがー。ぐりは形式なんかなんだっておもしろきゃいいって方なんで。いいと思います。

日本の美といえば=「わび/さび」とゆー概念がありますが。
これって利休が発明したもんではなくて、たぶん戦国時代以降に武士階級が仏教を信仰するようになってから発展した美学なんだろーと思うんだよね。豪華であることよりも質素であることや、典雅であることよりも緊張感があることの方をより美しいとする。それをもう一歩先へ進めて完成させたのが利休だった。パイオニアではなかったわけです。
つーてもなんだってそーですが、その最後の一歩が難しいし、誰もが正しくその一歩が踏み出せるわけじゃない。踏み出してみたところで1ミリも進みませんでしたってのがあたりまえの凡人だろう。
それを利休は進めた。そして聖人になった。

この小説では、彼をして何がその一歩を踏み締めさせたかを、最期の一日から順序を遡って謎を解明していく。
ぶっちゃけてネタを明かせば恋なワケです。それも青春のころの、利休と呼ばれるころには大昔の過去になってしまっていたころの、儚い恋。
そういうふうにいっちゃうとすんごい矮小な話だけど、アートなんてそんなもんかもしれないです。とりあえずこの小説では、利休が追い求めた究極の美の根源が、忘れられない女への憧れとして描かれている。
それはそれでいいと思う。人間の記憶は都合がいいもので、どんな思い出も自分の頭の中できれいに浄化したり美化したりして自分だけのものにしていくことができる。この小説の利休も、長い間に、かの女と彼女への思いをひたすらに磨きたてていったに違いない。だからその思い出さえ、彼の芸術作品だということもできるのだ。

読者はその女に出会いたい一心でページをめくり、時代を遡っていく。
小説には利休をめぐる多くの歴史的人物が登場し、章ごとに彼らの視点から利休が語られる。
時期と立場によって多少の差異はあれ、どの人物から見ても利休は天才だったらしい。だから、この小説には利休がいかにして天才となったかという部分は描かれていない。
おそらくそこは小説のテーマとしては重要じゃなかったんだよね。それよりも、天才でありながら自らその才能に命を賭けるほど美学に溺れた、利休の美への探究心の方が、今も、昔も、人の心をつかんで離さないのだろう。今でならオタクの究極形とでもいうべきか。
それはわかるんだけど、ちょっとこわいよそれ。そこまでオタクになっちゃうのって、やっぱ尋常じゃないと思うもん。くわばらー。