落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

サーファーキングとジャーヘッドと豆食いマフィア

2008年01月21日 | book
『ボビーZの気怠く優雅な人生』 ドン・ウィンズロウ著 東江一紀訳
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年明けから行きつけの■区の区立図書館がシステムメンテナンスのため全館休館になってしまった。
実は家から目と鼻の先に○区の区立図書館があって通うぶんにはそこで問題はないのだが、■区の図書館にはインターネットで館外から蔵書を検索予約できるシステムがあって、いつでも思いついたときにどこからでも読みたい本が探せてリクエストできる。それでいつも少し遠回りをして■区の図書館に通っていたのだが、暮れに借りた10数冊を読みきってしまって読むものがなくなったので、昨日近所の○区の図書館に行って来た。
この○区の図書館も春からインターネットでの検索予約サービスを始めるそうなのだが、正直にいって、たぶんぐり個人はそう簡単には■区から○区には乗り換えられないだろうと思っている。■区の方はネット予約サービスを長くやっているぶんもあって蔵書の量がハンパではない。読みたいなと思って検索した本がヒットしない確率は■区の場合1割以下だ。これが○区の場合一気に5割まで落ちる。
ネット予約サービスが定着して利用者のリクエストが増えれば蔵書もこれから増えてくるとは思うけど、時間はかかるだろう。

そんなまだまだヘタレな○区の図書館で借りたのが『ボビーZの気怠く優雅な人生』。
去年秋に日本でも公開された映画『ボビーZ』の原作本。映画は勿論観ていない(爆)。観るまでもないから(爆)。
原作も読むまでもなかったですね(爆)。めーちゃめちゃゆる〜い、チョーお気楽なアクションサスペンス。てゆーかサスペンスじゃないな。ジャンルはサスペンスかもしらんけど、読んでてどこにもサスペンスは感じなかったから。
ぐりはかねがね、映像というメディアが文学に及ぼした悪影響は計り知れないと個人的に思っているのだが、この小説はその典型のひとつだろう(これが文学ではないことはさておき)。ひらたくいえば、子どものころ「くだらないお笑い番組ばかり観てるとバカになるよ」と親にいわれた経験をもつ人は多いだろうけど、まさに「こんなの読んでたらバカになりそうだな」という感じの娯楽小説は、主にTV世代以降の読者に向けて書かれてるとしか思えない。
別に主人公がバカでもいい、カネやセックスや暴力がエンターテインメントのメインストリームであることにも異議はない。けど、百歩譲って内容がそれだけだとしても、もっとストーリーにきっちり凝るとか、矛盾のない構成に頑張るとか、そういう丁寧さは最低限欲しいと思う。

『ボビーZの気怠く優雅な人生』のストーリーははっきりと穴だらけだ。メキシコにもカリフォルニアにも湾岸戦争にも行ったことがないぐりでも、「そりゃねえよ」なボロが満載である。
序盤、ボビーZに仕立てられた主人公ティムはボビーの元カノのゴージャス美女エリザベスと寝るのだが、エリザベスはティムが元カレではないことを見抜いておきながら騙されているふりを終盤まで続ける。ティム本人もいわれるまでまったくそのことに気づかない。
んなワケねーだろ!
ぐりは女だから男のことはわかんないけど、セックスまでして元カレと別人の見分けがつかない女なんかいるわけないし、男だってそれくらい常識的にわかるでしょ。ヤルなや。それとも何?男は元カノと顔さえ似てりゃま▼こは全部いっしょなの?
その後、ティムは罠にはめられたと知って人買い商人のブライアンを空の注射器で脅して逃走するのだが、これだって現実にはまず不可能だ。大体シロートが人間の腕の血管に注射針を刺すだけでも至難の業なのに、ブライアンはぶよぶよの巨漢ときている。太っている人間の血管は脂肪に埋もれていて訓練された専門職の者でさえ見つけにくい。しかも相手は検査台におとなしく座ってるわけではなく、殺されまいと必死でもがいている。絶対ムリ。ありえん。その程度の常識に気づきもしないでひたすらオタオタして、大事な人身御供をむざむざ逃がすよーなヌケ作が人買いマーケットの元締めなんてギャグにもならない。
きわめつけはボビーZは伝説的麻薬王であると同時に伝説的サーファーなのに、替え玉のティムが金づちってなんなのさ。替え玉を仕立てる麻薬取締局はティムにボビーに関する知識を教えこんだり身体的特徴を似せたりはするのに、泳ぎやサーフィンはいっさい教えない。そしてこの金づち設定はストーリーのラストまでまるで本筋に関わってこないのだ。意味がわからん。
あとワーグナーの『ワルキューレの騎行』を「『地獄の黙示録』のテーマ」と書いてたりするのはまあ演出だとしても、読んでて全体に緊張感がなさすぎるし先はみえみえだし、語り口のテンポのよさ以外に魅力のある小説とはとてもいえないのではないかと思う。麻薬取締局やら麻薬王やら人買いマフィアやらヘルズ・エンジェルスやら、設定ばっかり大袈裟な敵役が次から次へと登場するけど、出てくるだけで全然活躍もしないですぐ死ぬし。なんやねん。

ただ全体に視覚的表現がふんだんに駆使されていて、この小説をそのまま台本にして手軽にアクション映画をつくるにはうってつけな本ではある。あるいは著者ももともとそれを狙って書いたのかもしれない。
ぐりは個人的には小説と映像は別に楽しみたいので、そういうのはやっぱいただけなかったです。