『ヒトラーの贋札』
第二次世界大戦末期のドイツで起きた、ベルンハルト作戦と呼ばれる史上最大規模の贋札事件を描いた歴史サスペンス映画。
すっごくおもしろかったです。
舞台が強制収容所で登場人物の大半はユダヤ人だけど、既存のホロコースト映画とはまったく雰囲気が違ってます。もちろんナチ親衛隊もでてくるし、中にはどーみても軍人っちゅーより快楽殺人犯みたいな狂ったアホもいることはいる。
けどこの映画の成功は、主人公を原作者アドルフ・ブルガー(アウグスト・ディール)ではなく贋作師サリー(カール・マルコヴィックス)に設定しているところによるだろう。ブルガーはもともと共産主義運動にも参加していた活動家でもあり、妻も両親も収容所で失うという悲惨な経験をしているし、既存のホロコースト映画なら間違いなく彼が主人公になっていたはずだと思う。理想主義的な正義漢でおまけに見事な「ドラマ・クイーン」だ。
しかしこの映画はそうはしていない。政治も戦争も民族主義も何もどうでもいい、カネと女と明日の命がすべてでそれ以外のことはまるで興味のない天涯孤独なユダヤ系ロシア人のサリーは、現代人の視点からあの戦争の狂気をとらえるのにまさにうってつけな語り手といえる。いや、あるいは『戦場のピアニスト』で仲間を見殺しにしてまでひたすら逃げ隠れていたシュピルマン(エイドリアン・ブロディ)に腹をたてた人なら、サリーの行動に歯がゆいものを感じるかもしれない。サリーは戦前から人に乞われるままにビジネスとして偽造書類をつくりつづけて世の中を渡って来た。収容所でもそうするだけなのだ。それが彼のやり方だし、彼にとっていちばん大事なのは、何がどうあろうと明日まで生きのびることでしかなかった。
けど、戦争中だっていつだってほんとうにいちばん大事なのは、サリーと同じに、明日まで生きのびることに間違いはない。
サリー本人は斜に構えたちんぴらでもあり劇中では自らあまり語らない。そのぶん、将校や他の収容者たちのキャラクターにその場の心理をうまく代弁させることで、事件に関わった当事者の複雑な心情を表現している。ブルガーのように民族主義を貫こうとする正義漢もいれば、我が身可愛さのあまり仲間を裏切ろうとする短気者もいる。天真爛漫に故郷を懐かしがる若者もいれば、死んだ家族を思って絶望してばかりいる者もいる。さまざまな価値観と世界観の激しいせめぎあい。この割りふり方が実にうまい。コレもしかして舞台演劇にするとかなりイケるんじゃないかなあ。それくらい見事にキレイに人物構成が完成している。
そんななかでも寡黙なサリーもただ冷血漢を装っているだけじゃない。彼の優しさや誠意は静かなのだ。黙ってこっそり、ってところがシブイ。クールである。
解放後の収容所のなんともいえない情景描写がまた生々しい。何も知らずに平和を安穏と生きている現代人と、戦時の異様さとの距離感を如実に感じさせる上手い演出だと思う。
音楽もオシャレだし、汚くてコワイ戦争映画は苦手、なんて人にも是非おすすめできるいい映画。おもしろいしね。
原作もこれから読んでみたいと思います。
原作:『ヒトラーの贋札 悪魔の工房』 アドルフ・ブルガー著
第二次世界大戦末期のドイツで起きた、ベルンハルト作戦と呼ばれる史上最大規模の贋札事件を描いた歴史サスペンス映画。
すっごくおもしろかったです。
舞台が強制収容所で登場人物の大半はユダヤ人だけど、既存のホロコースト映画とはまったく雰囲気が違ってます。もちろんナチ親衛隊もでてくるし、中にはどーみても軍人っちゅーより快楽殺人犯みたいな狂ったアホもいることはいる。
けどこの映画の成功は、主人公を原作者アドルフ・ブルガー(アウグスト・ディール)ではなく贋作師サリー(カール・マルコヴィックス)に設定しているところによるだろう。ブルガーはもともと共産主義運動にも参加していた活動家でもあり、妻も両親も収容所で失うという悲惨な経験をしているし、既存のホロコースト映画なら間違いなく彼が主人公になっていたはずだと思う。理想主義的な正義漢でおまけに見事な「ドラマ・クイーン」だ。
しかしこの映画はそうはしていない。政治も戦争も民族主義も何もどうでもいい、カネと女と明日の命がすべてでそれ以外のことはまるで興味のない天涯孤独なユダヤ系ロシア人のサリーは、現代人の視点からあの戦争の狂気をとらえるのにまさにうってつけな語り手といえる。いや、あるいは『戦場のピアニスト』で仲間を見殺しにしてまでひたすら逃げ隠れていたシュピルマン(エイドリアン・ブロディ)に腹をたてた人なら、サリーの行動に歯がゆいものを感じるかもしれない。サリーは戦前から人に乞われるままにビジネスとして偽造書類をつくりつづけて世の中を渡って来た。収容所でもそうするだけなのだ。それが彼のやり方だし、彼にとっていちばん大事なのは、何がどうあろうと明日まで生きのびることでしかなかった。
けど、戦争中だっていつだってほんとうにいちばん大事なのは、サリーと同じに、明日まで生きのびることに間違いはない。
サリー本人は斜に構えたちんぴらでもあり劇中では自らあまり語らない。そのぶん、将校や他の収容者たちのキャラクターにその場の心理をうまく代弁させることで、事件に関わった当事者の複雑な心情を表現している。ブルガーのように民族主義を貫こうとする正義漢もいれば、我が身可愛さのあまり仲間を裏切ろうとする短気者もいる。天真爛漫に故郷を懐かしがる若者もいれば、死んだ家族を思って絶望してばかりいる者もいる。さまざまな価値観と世界観の激しいせめぎあい。この割りふり方が実にうまい。コレもしかして舞台演劇にするとかなりイケるんじゃないかなあ。それくらい見事にキレイに人物構成が完成している。
そんななかでも寡黙なサリーもただ冷血漢を装っているだけじゃない。彼の優しさや誠意は静かなのだ。黙ってこっそり、ってところがシブイ。クールである。
解放後の収容所のなんともいえない情景描写がまた生々しい。何も知らずに平和を安穏と生きている現代人と、戦時の異様さとの距離感を如実に感じさせる上手い演出だと思う。
音楽もオシャレだし、汚くてコワイ戦争映画は苦手、なんて人にも是非おすすめできるいい映画。おもしろいしね。
原作もこれから読んでみたいと思います。
原作:『ヒトラーの贋札 悪魔の工房』 アドルフ・ブルガー著