もうすぐ北京五輪、楽しみはオリンピックの華マラソンだ。女子には期待が大きくふくらむ。
-女子編-
女子マラソンはロサンゼルス大会(1984)から正式に採用された。
初のマラソンは灼熱の炎天下で行われた。優勝したのは地元アメリカのジョーン・ベノイトで最初から独走し圧倒的な強さで初代女王の座に輝いた。
二位はグレテ・ワイツ(ノルウェー)、三位はロサ・モタ(ポルトガル)。日本勢は第一人者の佐々木七恵が19位、増田明美は暑さの中途中棄権した。
足がもつれフラフラになりながらもゴールしたガブリエル・アンデルセン(スイス)がもうひとつの感動を与えてくれた。
ソウル大会(1988)では前回三位のロサ・モタが優勝。ポルトガルは男女により二大会連続金メダル。二位はリサ・マーチン(オーストラリア)、三位はカトリン・ドーレ(東ドイツ)。
日本勢は浅井えり子、荒木久美、宮原佐知子三人参加も惨敗。でも彼女たちの懸命な走りが日本女子マラソンを上昇気流に乗せたことは確かだ。
バルセロナ大会(1992)では有森裕子が先頭を行くワレンティナ・エゴロワ(EUN)をとらえデットヒートをくりひろげるが競技場手前で振り切られ惜しくも銀メダル。
三位は粘ったモラー(ニュージーランド)。山下佐知子が四位に健闘。小鴨由水は経験不足で大敗。
アトランタ大会(1996)では19km付近でノーマークのファトゥマ・ロバ(エチオピア)が先頭に出ると誰も追わずそのままゴールしてしまった。
有森裕子はロバを追ってスパートするもワレンティナ・エゴロワ(ロシア)に抜かれ銅メダル。またしてもエゴロワに敗れるも二大会連続のメダル。真木和12位、浅利純子17位。
シドニー大会(2000)では高橋尚子が日本女子陸上初となる金メダルを獲得する。高橋は終始先頭をひっぱりリディア・シモン(ルーマニア)と一騎打ちとなるが35kmでギアチェンジして逃げ切る。
競技場では粘りのシモンに追い上げられてドキドキした。三位はチェプチュンバ(ケニア)。
この大会メダル独占をもくろんだ日本だったが、山口衛里は途中転倒もあったが粘って七位、市橋有里は27kmまで高橋についていったが最後は15位に沈む。
前回のアテネ大会(2004)では野口みずきが日本女子マラソンに二大会連続の金メダルをもたらす。野口は25kmで早めのスパートで独走態勢に入る。
世界記録保持者ポーラ・ラドクリフ(イギリス)も36kmでレースを棄権していた。ところが前年の世界陸上で負けているキャサリン・ヌデレバ(ケニア)が追ってくる。
終盤ヌデレバに猛烈に追い上げられハラハラしたが野口は逃げ切った。三位はカスター(アメリカ)。日本勢は土佐礼子が五位、坂本直子が七位で全員が入賞を果たす。
さて北京大会(2008)は野口みずきが女子マラソン初の二連覇に挑む。土佐礼子は連続出場、中村友梨香にも期待する。
女子も有森から野口まで世界に通用する選手が続いているが、この後に続く選手の出現を願う。
追記
残念ながら野口みずきは故障により出場を辞退した。土佐礼子と中村友梨香にメダルをめざしてがんばってもらいたい。