はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

『現代短歌朗読集成』(同朋舎メディアプラン)(4)

2008年11月23日 17時40分32秒 | インターミッション(論文等)
(3)録音時の時代と背景が推察できる

 この『現代短歌朗読集成』は、3つの時代にわたって録音された朗読が収められている。
 はじめは1938年。次に1977年。そして2007年。
 歌集にある収録年一覧を見ると、それぞれ録音された時代の背景が浮かび上がってくる。

 1938年は日中戦争たけなわの頃。太平洋戦争は目前である。聖戦が叫ばれていた時代ではあるが、読まれたものに戦争賛美や天皇礼賛の歌がほとんど無いところを見ると、まだわずかなりとも文学の自由が残されていたのか。それともガス抜きのために、あえてこのような企画が催されたのか。

 1977年は高度経済成長も一段落し、そのひずみがあちこちで吹き出している時代だが、同時に数年後に来るバブル景気の基になった時代でもある。
 まだ人々は上を見上げ、新しいものを欲していた。その空気がこの録音にも繁栄されている。
 音楽を駆使し、構成の新規をこらし、新しさを求めた朗読は、ほとんどこの1977年に収録されている。
 その時代の熱気が今となっては少々気恥ずかしくもあるが、その気恥ずかしさは、今が「微熱の時代」であることの反証なのかもしれない。

 そしてその「今」である2007年。新しさや熱さよりも、確かさ、穏やかさを中心に据えたような構成がほとんどで、前の2つの時代と比べてとても対照的だ。
 まるで、静かであることが一番大切なことだとでも言うように。
 その中で福島泰樹の『短歌絶叫コンサート』は異彩を放っているが、うがった見方をすれば、この熱狂も「静かな温気」の裏返しであると言えなくもない。

 印象論ばかりでも仕方がないので、少し実際的なことにも目を向けよう。
 3つの時代を聞き比べると、その詠じ方にもそれぞれの特徴があることが分かる。
 1938年ごろは和歌の詠唱法が一般的だったのだろう、ほとんどの歌人はその影響を受けた節回しで歌っている。
 それから40年経つと和歌の影響はぐっと減り、現代話法の抑揚で歌われることが多くなる。歌人は声を張り、あるいはささやくようにして歌い、いったいにメリハリの付いた詠唱となる。
 さらに30年が過ぎると、抑制のきいた歌い方が主流になってくる。和歌の影響はもうほとんど無く、静かなることによって歌の本意を浮かび上がらせる手法が多く取られる。

 2007年の印象をもう一つ言えば、読み方が「うまく」なってきた、ということだろうか。
 声の質や明瞭さは別として、詠者は
「録音媒体によって自分の声を聴かせる」
ということに、他の時代よりも慣れているように思える。
 俗に言ってしまえば「プロっぽい」ということになろうか。
 TVその他の普及により、30年前よりもマスコミュニケーション的話法が浸透した。
 こじつけではあるが、そう思えなくもない。

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